エピソード14.変えられない優しさ
「…………」
外の天気が荒れている。野球ボール程ある雹が音を立てて落ちる。当たったらひとたまりもない。
「……」
「やっぱり、しん……ぱい?」
「そうだね。でも、僕たちに出来ることはもう無いよ」
彼女を送り出したこと、魔道具を作った事。
それらが正解だったかどうかは分からない。
もしかしたら、危険な道へと誘導してしまった可能性もある。少なくとも心配する理由はそれだけで充分だった。
「こっそり……さがす?」
「行ってもいいけど、かえって迷惑になるかも」
「……でも、いばしょ……もしかしたら…分かる」
「何かあったの?」
「森の、なか……すこし……うるさい」
「侵入者ってことかな」
「……ん」
「様子を見に行くくらいはしてもいいよね」
「あたり、……まえ」
そう決断した後の行動は早い。営業中の札を裏返し、店内を片付けて灯りを消し、森への扉をくぐる。
自宅へ戻ってくると、椅子に座った母様が何やら気難しい表情で窓を眺めていた。
「あら、今日は随分早いのね!」
「母様こそ、何かあったの?」
「ちょっとねぇ、前に森の南西の出入りについて調べて貰ったじゃない?どうやらそこから森の中に魔物が入ったみたいなの」
「ちょうどいいや。なら、僕が倒してくるよ」
「いいの?」
「他の用事もあるから」
「そう……ならお願いするわね!」
難しい表情から一変、にっこり嬉しそうな表情に。
「露骨に元気……母様、ただめんどくさかっただけなんじゃ?」
「し、失礼ね!!そのうち行こうと思ってたのよ」
「……そのうちねぇ」
「ぜったい……行かない」
「だね」
「うぅ……子供たちが辛辣だわ……」
僕は姿を霧と同化させるローブを着て、今すぐ出発出来る準備を整えた。
「にぃ……ナツも」
「一緒に行く?」
「行く」
「じゃあナツもこれ、着ておいてね」
同じ物をナツにも渡し、捜索の準備はできた。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね。何かあったら呼んでいいから」
僕達はあまり使うことの無い家の玄関を飛び出し、森の中へと駆けて行った。
「南西付近だと、ちょっと遠いよ」
「……がんばる」
「不安だなぁ」
ナツは空中を飛んでいるから、体力は使わないけれど、常に魔力を使っているから疲労感を感じる。
あまり疲れると、ナツはどこでも寝ちゃうからしっかり見ておかないと。
「確認だけど、方角はあってる?」
「……ん。気配に……近づいて……るよ」
母様ほど正確な位置や情報は分からないが、ナツも母様と同じ能力を持っている。森の中の探知は、ナツに頼るのが一番早い。
「ある程度森の奥に行けば霧の結界がちゃんと機能してるはずだから、魔物とか侵入者は森の端にいるはずよ」と母様が言っていた。
ナツの感覚と照らし合わせても、反応があるのは森の端。騎士様達と魔物が遭遇していなければいいけど……。
「にぃ……あそこ」
ナツが気配を見つけ指を指す。
「ぐるrrrrrr」
「ブラッドウルフ……この森には生息してなかった魔物だね。倒した方がいいか」
「たくさん……、いる」
「どこかに集まっているみたいだ。倒しながら追いかけてみよう」
「りょー……かいっ」
空中でくるっと一回転するナツは、何やら嬉しそうにしている。久しぶりの森の中だからかな?
精霊にとって、この森の環境と魔力の質は最適だと言える。今度はこんな状況じゃない時に連れてきてあげたいな。
「"
剣に風を纏わせ払う。本来、速度と威力は申し分無いが範囲が狭くて回避しやすい初級魔法だけど、この森との相性は最高。
霧の魔力で視覚的にも魔力探知でも感じ取りにくい。
狙えばほぼ当たる。
「死体は回収しておこう」
身体に大きな傷を残し倒れたブラットウルフの死体を回収する。放置していると有害な魔力の素となる可能性が僅かながらあるためだ。森の結界に影響があっては困るので、その辺は気にしながら進む。
「にしても多い……もしかすると率いている魔物がいるかも」
「あっち。ちがうまりょく……光?」
「光の魔力って……勇者か聖女しか」
言いかけて思い出す。
王女様の話では、騎士様は護衛の任務中だったとか。護衛が必要なら、高貴な方だと捉えるのが妥当だ。それも、騎士団の団長が直々に出向くとなれば尚のこと。
「護衛って聖女のことかも。ナツ!!その魔力の方向!」
「りょ……かいっ」
聖女の魔力の反応があるとすれば、それは回復のため。怪我人がいることの証明になる。
「"
空から降り注ぐ無数の矢。
ものすごい突風が発生し、あの霧でさえ薄れるほど。
ナツの放った魔法は大量にいた魔物の群れを蹴散らすのに充分すぎる威力だった。
「――見えた」
同時に、ボロボロの鎧を着た女性と群れの長らしき魔物を視認した。
「ロットリア剣術――"斬天"」
一騎打ちの現場に出くわしたらしい。
一度の斬撃で左右同時に攻撃を加えた
「凄い……」
洗礼された無駄のない動きと、一度のブレもない完璧な剣さばき。
見よう見真似でできるような技ではない。
僕では剣先を追うことはできても、真似は出来ないだろうな。
けれど……それでは仕留めきれない。
相手の魔物は狂人狼。
一度殺すと決めた相手は、その命が尽きるまで追いかけるまさに狂気。右の首筋を貫いた程度では止まらない。
「ナツっ、照準!頭!」
「ん、"照準……確定"いける……よっ」
「"
放たれた見えない弾丸は、ナツの照準によって確実に人狼の脳天を撃ち抜いた。
その弾丸は
狂人狼が倒れる。
続けて騎士様もが倒れる。
騎士様の方はただの疲労だろう。
「"スリープスモック"」
僕は辺りに気を配りつつ、顔を見られないよう睡眠作用のある魔法を使う。
ここら一帯生命は皆眠ったはずだ。
急いで騎士様達を保護しようと近づいたが……
「――誰?!」
やらかした。聖女にデバフや状態異常といった効果は効かないんだった。完全に忘れていた。
「ナツ、あっちに残った魔物は任せた。……やっぱりここに居たよ」
「お……けー」
残りはナツに任せ、僕は周囲の確認をする。
皆が倒れているが、命を落とした者はいないらしい。大きな怪我も見当たらないから、聖女様の賜物だろう。
「あのっ、誰……」
「"完全回復"」
聖女様の質問よりも先に、全ての傷を癒す。
「なっ……完全、回復……?!」
「僕は……その、ミオンさんの知り合いです。訳あって名乗れないですが、出来れば僕の事は忘れていただけると」
驚いた表情でこちらを睨む聖女様に、僕はぎこちない笑顔で説明する。とても信じては貰えないだろうけど、反撃されなければ大丈夫。
「森の外まで案内します」
とはいえ、全員を一度にここから運び出すのは無理だ。
それに森の外は雹。むやみに放り出す事は出来ない。
(……近くに来てるし、大丈夫かな)
僕は森の外に見知った気配を感じ取り、心配していた問題は直ぐに解決する。
「外に出たらあなたを助けに来た人達がいます。もう一度言いますが、僕たちの事は忘れていただけると」
「そ、それは……分かりました。ですけど一体ここからどうやって」
「ありがとうございます。では、"座標転移"」
そしてその森に、僕ら以外がいなくなった。
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