エピソード13.一瞬の死闘
「はぁ……はぁ……皆無事か?」
「は、はい……何とか」
「一旦の危機は……脱しましたかね……」
「だと良いがな」
魔獣との長い戦いの末、大量の魔獣を退けることに成功した。数匹だと思っていた獣共は、後から仲間を続々と呼び、数百に上る数を倒す結果になった。
幸いなことに聖女様の回復魔法によって負傷者はゼロと言っても良いだろう。しかし、回復魔法では癒せない体力の消耗を、この場にいる全員が背負っている。
魔獣や魔物の死体もあちこちに転がっている。その数と悲惨さが、この戦闘がどれだけ過酷なものであったかを物語る。
「あれからどれくらいが経った?もう夜は明けたか」
「分からないです……」
霧が濃く、先の様子も分からない。
かろうじて空の光が強くなっている。夜は明けたと思いたい。
「助け……来ませんね」
「上手くいっていれば使い鳩が到着しているはずだ。現在こちらに向かっているか……あるいは」
何らかの事故によって辿り着かなかったか……とは、口が裂けても言えなかった。その事実を口にしてしまえば、戦意の喪失は免れない。
この状況において、それが最も起きてはいけない事態でもある。
最後の最後まで、護衛対象を見捨てることは許されない。騎士として当然の務めだ。
「今はここで体力を温存する他ない。食料もない、水もないとなれば少しでも長く耐えられる道を探すしか……」
言いかけた途端のことだった。
バタッ…………
一人の騎士が限界を迎えて倒れてしまった。この中では一番の新人。
「大丈夫かっ!」
「生きては……いますね。ですが、脱水症状だと思います。……持ってあと数時間です」
「良かった。なるべくこの近くで寝かせておけ」
そうは言ったが、既に皆が満身創痍。
それに加えて戦力の減少。
(悪い事は、重なるものだな)
――ぐrrrrrrぁぁぁぁッッッ!!!
狼の遠吠えのような、空気を震わせる重たい叫び声。濃い霧の中、少しずつその何かが近づいてきた。
「狂人狼……。さっきの魔獣の群れはお前が原因か」
妙に統率の取れた動きだと感じてはいた。
魔獣は数匹ずつ間隔を保ち襲いに来るような知能も統率力もない。霧の魔力の影響かと思ったが、そうではなかったのだ。
(今の私に勝てるのか?)
――狂人狼。
それは人狼族の中でも、他種族との会話を拒絶し、戦闘を好む正しく狂人。対話どころか、言葉すら忘れてひたすら生命を奪う獣。心を魔物に犯された、人狼族の変異種……魔族だ。
厄介なのはその戦闘力の高さ。
元々、人間よりも身体能力が遥かに高く、知能がある故に集団戦もできるのが人狼族だ。魔法が使えない欠点はあれど、近接戦闘で人間が叶う相手では無い。
まして、狂人狼……。
私では勝てないだろう。
「だが
二足歩行する獣、その紅い目に剣先を定めて立ち塞がった。足はまだ動く。剣もまだ振れる。
護衛対象はまだ生きている。
私の騎士としての誇りだってまだ生きている。
「はぁっ!」
先制した斬撃は、カツンと分厚く硬い毛皮に弾かれた。私の知っている毛皮とは全くの別物。
「ぐぁっぁぁ」
弾かれた衝撃を使って後ろに飛び退く。
「何っ?!」
しかしその速度を上回る勢いで、私の懐へと爪を振るう。ぐしゃぁっと嫌な音が耳を伝う。
「……王国一の鎧がこうも簡単に」
爪の攻撃を防いだ胸当は、たった一度でボロボロ。それでも、これがなければ今の攻撃で死んでいた。
「ぐrr………っ」
一息付く暇もなく、人狼の連撃が襲いかかる。
もはや一度の攻撃も当たるわけにはいかない。
剣が折れることなく、かつ攻撃が当たらないよう剣を使って攻撃の威力を受け流す。
どしゃぁっと、受け流す度に背後の地面が衝撃で抉れていく。受け流す場所を間違えれば倒れている部下たちに被害が出る。
(くっ……霧で気配が)
敵が視界から消える度、敵の魔力に意識を集中して位置を探さねばならない。
霧を上手く利用しているのは敵。
長い戦いはこちらが不利だ。
(次で決めるっ)
ふぅ……。
気配の察知に全力を注ぎ、次の一撃に全てを込める。
(……来る)
背後から敵の爪撃。
「ロットリア剣術――"斬天"」
敵の攻撃を弾く一撃目。
左側面からの二撃目。
そして背後から左首筋を狙った三撃目。
「ぐrrr」
全て受けられ……
「ゴハッ……」
防がれたのは
斬天は、同じ動きをその刹那で鏡合わせに行う秘技。
敵の右手首を切断した一撃目。
右側面への二撃目。
右首筋を貫いた三撃目。
「勝った………の…か」
全力を出し切った私はその場に座り込んだ。
「もう……無理……だな」
「団長さん?!」
「す、まない……私はもう動けそうにない……」
「いえ、守っていただきありがとうございます。ゆっくり休んでください」
聖女様に抱えられて、私は力の入らない手で剣の柄を握りしめる。これだけは手放してはならないと、心の中で誓ったのだ。
「グル…………」
「仕留め……損ねた、のか。…………すまない」
「いいえ、ダメージは充分あったようです。逃げるだけならば、今の私でも」
倒れて動けない私を安心させるようにニコリと笑いかける聖女様。本人も分かっている。一撃で仕留めきれなかった人狼は、
果たして、逃げ切れる可能性はどれだけあるか……。
聖女様の笑顔と共に意識が遠のく寸前。
「"
謎の飛翔物に頭を撃ち抜かれ倒れる魔物と、
「――誰っ?!」
「……ッ、あっちの魔物は任せ……、やっ、り……こに……居た」
聖女様の慌てた声とは別に、微かに見知った声が聞こえた気がした。
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