エピソード11.友を助ける道具
「今日はあんまり天気が良くないね」
「……お客さん……来な……い?」
「かもね」
店内の窓からでも分かる暗く濁った空模様。もう、いつ降り出してもおかしくは無い。こんな日は街を歩く人の数も減るから、この小さな店には滅多に人が訪れない。
たまにはこんな日があってもいいと、のんびり窓の外を眺める。
「言ってる側から降ってきた。窓にはあんまり近づかないでね。割れた時に危ないから」
「……動くの、めんど……くさい」
「念の為だよ」
天気が悪い。ただし、
――ゴンッ。ドドンッ。
重く硬い何かが落ちる音。今落ちてきているのは雹に似た何かだ。魔力を帯びた氷……という表現が正しい。
一年のこの時期にだけ起きる現象で、大気中の魔力が同じく大気中の水分と混ざり合い、氷の塊になる。物体として見えるようになったそれらは、抗うことの出来ない重力によって地上へと落ちてくる。
外を歩く人は、雨でなく専用の兜か魔法障壁で守るしかない。
これで外出しようとする人なんて、よっぽどの理由が無い限りはいないだろう。
「風がないだけ平和だ」
重たい音の響く室内で、僕は静かにその音に耳を傾けていた。……のだが。
「セイタさんっ!!!助けてくださいっ」
「えっ?!アヤメさん?だ、大丈夫ですか?お怪我は……」
「私は平気です!それよりもっ」
「落ち着いて……一体何があったんですか」
一度でも当たれば大怪我をするような天候の中、厚みのある鉄板で頭を守りながら彼女はやって来た。アヤメ王女である。
「………………」
見たところ怪我は無さそう。
椅子に座らせ、直ぐに暖かいお茶を作る。
「……ふぅ」
「落ち着きました?」
「はい。取り乱してしまい申し訳ありません」
「いえ、それよりも……今日は一人なんですね」
「そうですっ!!そのことで」
素朴な疑問に、再び青い顔をした王女様が相談を持ちかけてきた。
「現在、ミオンはとある護衛任務で街から出ていたのですが、その最中、何者かに襲われて乗っていた馬車を捨てたと報告が」
「……お怪我はされてないでしょうか」
「ええ、ミオンは強いですから大丈夫だと思います。ただ、馬車が無いまま長距離の移動は不可能。一度この街まで引き返すことにしたそうで……それが昨日の晩のことです」
昨日の晩。
その後返事が途絶えているとなれば……
「まだ、帰ってきていないのですね」
「はい……」
どこか心配そうな表情は、待っているだけが辛いと訴えかけている。そうでなければ、こんな危険な天候の中わざわざ訪ねてきたりはしないだろう。
「僕はどうすればいいですか?場所さえ分かれば一緒に探しに行きますが」
「いえっ、これはあくまで王城の……私たち国の問題です。我が国民である前に、私たちの友人であるお二方を、こちらの事情で命の危険に晒すわけにはいきません」
自分たちの問題で、人様に被害があっては国全体の評判にも関わる。それを理解した上で訪ねてきた……つまり。
「この天候の中、安全に探しに行ける道具……」
「あるのですかっ?!!」
言い終える前に身を乗り出して期待の眼差しを向ける王女様。心配なのは僕らも同じ。
僕らの事情で直接助けに行けないのなら、せめて最大限助けになるサポートをするのが僕らアイテム屋の務めだ。
「探しに行くのは王女様お一人ですか」
「えっと……私を含め実力のある騎士数人です」
「分かりました。既にあるものでは難しいですから、少しだけ時間をいただきますね」
「はいっ!!ありがとうございます」
僕はそう伝えるなり、店の奥へと引っ込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
(騎士団数人分、外には魔物もいるだろうから巨大な一つよりも個々に守れるのがベスト。助けに行く人達の分も必要だから、ここから持ち運びに優れたもの……)
魔道具の作成はイメージの創造でもある。最終的な形、効果、用途をはっきりとさせ、それに合わせた魔力を流し、付与し、形作る。
目的に合う物を、最適な形で仕上げる。無駄があれば、それだけ結果に影響が出る。丁寧に素早く、かつ確実に。
手の先に意識を集中させて、魔力を密に練り上げる。
「できた!」
魔法が必要な部品は完成した。
後はこれを取りつける何かが……
「……ん、これ」
「ナツ、ありがとう」
いつから準備していたのか、違和感なく隣にいたナツが静かにそれを差し出した。
完成まで経ったの15分。
そこに費やした能力は計り知れない。
しかし、今はそんな事はどうでもいい。
人の命がかかっているかもしれないんだ。出せる力は全て出し切るのが、人の……アイテム屋としての意地。
「できました!早くこれを持って」
「こ、これですか……?わかりました、ありがとうございます!私は直ぐに戻りますね」
僕は袋に入ったそれらを渡し、急いで向かうようにと頷いた。
「あっ、使う時はそのボタンを押してください」
扉を開けて飛び出して行く王女様に、慌てて使い方を叫んだ。
「分かりました!!これですね!えっ?!えぇっ?!」
走りながらボタンを押した王女様の声は、既に遠くに聞こえる。
驚いたような叫び声がかろうじて届いたから、無事動いてくれたに違いない。本来ならば試作品として一度試さなければならないが、今回はその時間すらも惜しい。
正常に動いてくれるかどうかは賭けだったが、少し安心した。
「……しん……ぱい?」
「そうだね。すごく心配だ。けど、僕が迷惑をかけずにできる最大限は尽くしたつもり。あとは無事に戻ってきてくれることを願うだけだ」
「……うん……私も」
危ない音のする窓の外を、僕らは祈るように眺めるのだった。
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