エピソード10.メリークリスマス
「ふぅ。あんまり飾り付けても目立つだけだし、内装はこれでいいかな」
「……んっ。頑張った」
「ナツは寝てただけでしょー」
いつもは質素で目立たない店の内装に、少しの飾り付けがされている。暖色を基調とした色合いの小物に、緑色のツリー。それを彩るがごとく、小さな明かりがキラキラと点滅していた。
――本日は冬祝祭。
地球で言うところの12月25日。クリスマスだ。
どうしてこの世界にも似たような祭りがあるのか詳しくは分かっていないけれど、母様が言うには僕らのように地球から転生や転移してきた過去の人々が、この世界に広めたのではと推測していた。
「ナツはこれ、被ってね」
僕はあらかじめ作っておいたサンタ帽をナツの頭に被せた。元から可愛い人形のような姿だが、サンタ帽を被ると余計に人形味が増す。
「これ……あったかい……」
当の本人は幸せそうに帽子を触り、そのまま寝る。
いつも通りに。
「お店、開けるよ」
整理整頓してしまえば、開店に必要なのは表の札を裏返す作業のみ。
『営業中』
外の空気は、いつもより賑わっている気がした。
イベント日といってもお店の営業に変化があるかと言われれば、……特にない。
街に人がいるおかげで、この路地も普段より人が通る。この店を見つけて入ってくれる人も多少は増えていると感じる。
けれど、やっている事はいつもと変わらない。
「ありがとうございました」
買い物をしてくれたお客様への感謝をし、店を出ていく姿を眺める。強いて変化があるとすれば、
「……ん?」
しばらくして人の出入りが落ち着いてきた頃、ガラス越しに中を覗く見知った顔を発見した。
「ニア、おはよう」
「おはよー!なんかお店の中が綺麗だね!」
相変わらず元気で明るい。店内まで少し明るくなったようだ。
「少しは冬祝祭にも触れないと」
「わっ!!コナツちゃん可愛い!!赤い帽子似合ってる!!もちろんセイタも!」
「あはは、ありがとう」
「これ、セイタが作ったの?完成度高いねー!」
「物作りは得意だから」
少し前に関わりができて以来、彼女は頻繁に遊びに来るようになった。ナツの存在も、特段隠していた訳では無いが彼女にはすぐにバレてしまった。
しかし、そのコミュ力の高さから、あっという間に仲良くなった。
「にしてもほんと、便利な道具とかアイテムが多いね。何度見てもびっくりだよ」
「壊さないでね」
「分かってるよー!」
彼女は店の商品を眺めたり、僕と話をしたり、ナツと戯れたりと、基本的に自由にしたい事をして帰る。何か予定があるとか、用事がある……というような場面には出くわしたことがない。
毎回、他にお客様のいない時に尋ねてくるのは、その時間を狙っているからだろう。思わず聞かれたくないことを話してしまうかもしれないから。
常に周囲に気を張っていなければいけないのは大変そうだ。……とはいえ。
「ニア、もしかして暇なの?」
「うぇっ?!そ、そんなこと……無い……ことも無い」
「どっちなのそれ」
「もー!聞かないでよ!」
今日に限らず、彼女が来るのはいつも異なる時間。開店直後の時もあれば、お昼時、閉店間近の時もある。
さすがに1日暇している……って事はないと思うけど。
しばらく店内を見て周り、僕と少し話をして、他のお客様が入ってきたところで変わるように出て行った。
帰り際に「また後で来るねー!」と言っていたが、一体何をしに来るのだろうか。
「あの……店員さん」
「あっ、はい!だだ今!」
途中で呼ぶ声がして、僕は考えるのを中断した。
それからまたしばらくして。
「こんにちは」
「祝い日でも営業をしているのだな」
「偉いですね……ハッ?!こ、コナツちゃんっ……か、かわ、かわわ……可愛いです!!!!」
「アヤメ様!!いきなり走り出しては危ないですよ!」
店に入るなりいきなり騒がしい王女様と、いつも通りの騎士様がやって来た。最近はあまり姿を見なかったので、少し久しぶりな感覚。
「あぁコナツちゃん、可愛いです、愛おしいです、スベスベですぅ……」
「ん……んーー」
「アヤメ様、嫌がっていますよ」
「うっ……ごめんなさい。……嫌がって遠ざかるコナツちゃんもそれはそれで……かわ」
なんだかうへうへしている。
起きたてのナツが、怯えた顔で僕の後ろまで逃げてきた。困ったなと呆れる騎士様が、彼女の手を引いて落ち着かせる。
「うちのお嬢様が申し訳ない」
「いえ、相変わらずで安心しました。ナツが慣れるにはもう少しかかりそうです」
「いや……」
「んーだって可愛いんですもん」
笑うしかない状況でナツの頭を撫でつつ、二人にここへ来た理由を尋ねる。
「お二人はどうしてここに?」
「それはもちろん、日頃お世話になっているお礼や個人的な感謝も込めて」
王女様の行動に目を取られて気が付かなかったが、騎士様の方は手に箱を持っていた。
「頑張っている君に、ささやかなプレゼントだ。きょうは良い子にはプレゼントを贈る日、受け取って欲しい」
そして、それをプレゼントだと手渡してくれた。
プレゼントを贈る習慣というのも、きっと冬祝祭のイベントと一緒に伝わったのだろう。
「えっ、いいんですか」
「当たり前だ。私たちの友人として、これからもよろしく頼む」
「ありがとうございます。僕の方は……すみません、何も用意していなくて」
「いいや、勝手なプレゼントだ。せっかくのイベントでもあるしな」
「そうですよ!!セイタさんは謙虚すぎます!」
二人の申し出に、僕は有難くプレゼントの入った箱を受け取る。
「開けてみても?」
「無論だ」
丁寧に紐を解き、箱を開けた。
中には二つの御守りと、サンタ帽を被った二体の人形が入っていた。
「これって…」
「アヤメ様は手先が器用なんだ。二人の人形を作ってくださったのだ。知っての通り私は不器用で、よく効くと言われている御守りを買うことくらいしかできなかったが」
御守り……?どちらかといえばお正月なのではというツッコミはさておき、プレゼントを貰った経験の無い僕らは素直に嬉しかった。
「とても嬉しいです!」
取り出した片方はナツに。
「……凄い」
ナツも嬉しそうだ。
「僕からも何か差し上げたいです……、今から作るので、待っていてください」
「えっ?!今からか?!」
このまま貰うだけでは僕の気持ちが収まりそうにないので、今からお返しを作る。
棚の中に入っている毛糸をいくつか取り出し、机の上にのせる。魔力糸で作られた毛糸は、丈夫で暖かい。
「すぐに出来上がるので、少しだけお時間をください」
僕は複数の毛糸に魔力を放ち、魔力操作を利用し空中で糸を操る。まるで自然に動きだしたかのように見える。
「きれい……」
「ああ、美しい」
魔力糸はその性質上、魔力を含むと淡く輝きを放つ。空中で光る毛糸が形作られていく様は、さながら物語のイベントシーンだ。
物語どころか、この世界が既にファンタジーな世界ではあるけれど。
「――できた!」
時間にして数分。
あの光景の果てにでき上がったものは、毛糸のマフラーと手袋のセット。赤と黄色が一つずつ。
「僕からのプレゼントです。どうぞ貰ってください」
「わぁー!ありがとうございます!大切にしますね!」
「有難く頂戴しよう」
赤は王女様が。
黄色は騎士様が手に取る。
お互いの髪の色を模したモノを互いに選ぶのが、二人らしいと思った。
「似合ってますね、良かったです」
喜んでくれる事がとても嬉しかった。
魔力操作中も背後で服の裾を掴んだままだったナツの頭を撫で、さらにその後ろにある棚から一つの箱を取りだした。
「本当はもう少し後に渡そうと思ってたんだけど……」
小さなその箱は、綺麗なラッピングとリボンで包まれている。
「メリークリスマス、ナツ」
前もって用意していたプレゼントをナツに手渡す。
「……っ!!あけて……いい?!」
「いいよ」
中身は僕が入れたものだけれど、特別教えたりはしない。ただ、中を見たナツが柔らかく微笑んで嬉しそうにしていたのを見て、準備しておいて良かったと心の底から思った。
「くっ、あの笑顔っ……私では勝てませんわ」
「アヤメ様、わざわざ張り合わなくていいのです」
そんな風にして、二人との時間は過ぎていった。
「二人とも、元気そうだったね」
「……うるさかった」
「あはは、嫌がっても離れそうには無いよ」
嵐のように過ぎていった後の店内は、どことなく寂しげな雰囲気がある。外も夕方になりつつあり、今日は店を早く閉めてナツとの時間にしようと考えていた。
そんな中で……
「やっほー!!また来たよ!」
「……その格好」
「えへへ〜、作ってみました!どう?」
再び現れたニアは、サンタ帽にお揃いの赤くモコモコした服。この時期には寒そうな短めのスカート。
両脇にプレゼントを抱えている。
そこは袋であって欲しかったと、言っても分からない要望を思ってみたり。
「なんというか……寒そう」
「そーなんだよ、これめっちゃ寒くて……じゃない!そうじゃないよセイタ!!」
「あーうん、似合ってるよ」
「ほんと!?やった!」
朝来た時に着てなかったのは、たぶん完成してなかったんだろうな。
「はいこれ!プレゼント!」
「じゃあ僕からも、袋には入ってないけど」
マフラーと手袋を作った時に余った毛糸で、ついでに作っておいた物を渡す。
「えー!いいの?!嬉しい!」
色はイメージカラーに合わせた薄紫色。
元々着ているサンタと合わせ、モコモコ度合いが増した。
「私のは魔道具だよ!って言っても、大抵の物はセイタが作れちゃうんだろうけど」
言われるがままに箱を開けてみる。
「上着?……いや、ローブかな」
僕とナツ。
同じデザインのローブが二つ。
「おばあちゃんに手伝ってもらって作ったの。魔力を隠してくれる付与付きだよ!」
よく見ると確かに魔法の付与がある。
しかし、色の組み合わせと模様のセンスが良い。僕の作る物よりも華やかで暖かそうだ。
「ありがとう。大事に使うよ」
「えへへ、私こそありがとう!!あっ、私このあと予定があるから、またねーー!!」
「えっ?あぁうん、また……」
先程の二人よりも嵐のように、颯爽と去っていった。あの格好でいったいどこに行くのだろうか……。
「ナツ、ローブはどう?」
「あったかい……」
こっちにもモコモコな生物が。
「帰ったら母様とも祝おうね」
「ん……美味しい、ご飯……」
「頑張って作るよ。さ、片付けだ」
一年に一度のイベント。
今までには無いほど、優しい人たちに囲まれた一日となった。ナツも満足そうで僕も嬉しい。
「ナツ」
「??」
「メリークリスマス」
「……ん、メリー、クリスマス」
誰も居なくなった店内に、二つの灯りが音もなく微笑んだ。
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