エピソード09.定休日の出会い③

「んだとてめぇ、誰に物言ってんのか分かってんのかよ」

「……知らないですよ」


 そもそも冒険者でもない僕が知るはずもない。


「俺ァザイードだ。A級冒険者ザイード様だぞ!」

「はぁ……。それではザイードさん、僕達はこれで」

「待てよ。逃げんのか」

「目立つのは嫌いなので」


 口ではそう言ったものの、既にギルド内の注目が集まっているのは言うまでもない。さらに言えば、こういった輩の性格で目立たない選択は存在しないと理解している。


「舐め腐ったガキだなクソガキっ!!!」


 予想通り、背を向けた瞬間に殴りかかってくる。巨大な身体から振り下ろされる拳は、ただ大きいだけの無防備な生身を晒す。


 あと十数センチで僕の後頭部に直撃する寸前。


 ズジャァッッ


「ぐぁぁぁぁぁぁぁっっっ」


 肉が引き裂かれたような鈍い音と、男の激痛による叫び。次に認識する情報は、男の腕があった部位から吹き出る鮮血と、目の前に落ちる


「きゃっ……きゃぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 そして最後に、この場にいた人々の恐怖が入り交じった悲鳴。最高位精霊の加護の前に、悪意を持って害を成そうとしてはならない。すれば相応の報いを受けるから。


「うっ……うぅ……」

 

 目の前では瀕死の男。騒ぎを聞き付けて警備隊が集まってこられても困る。


「"完全回復リークラペシオル"」


 地面で悶える男へ魔法をかけると、男の身体は何事も無かったかのような綺麗な体に戻る。


――完全回復。

 、遥か昔、勇者と共に旅をしていた賢者が使っていたとされる回復魔法。


 目の前で起こる有り得ない現実に、ギルド内の人達がざわめき出した。これは噂どころでは済まないかも。


「お、おい、あいつ今」

「ま、まさか……勇者?!いや、もしかしたらせ、精霊……」


 。その噂だけはまずい。

 そう思った次の瞬間、僕は脳みその命令よりも早く魔法を発動させていた。


「"記憶改竄ファルメモリー"」


 範囲指定はこのギルド内部にいる人間全て。


――僕以外の全ての時が止まる。


 まるで別の空間に迷い込んだような、人の記憶が混在する不透明な空間。浮かび上がる文字のような何か。


 それらを書き換え、元に戻す。

 ここにいる全ての人の記憶から、『僕に関わる全ての記憶』を消す。


――記憶改竄

 限られた神域に住む者だけが扱えるという禁術。人の記憶を操るという禁忌に踏み込んだ魔法。僕らの日常を護るため、僕は迷わず魔法を完成させた。



「……あれ、俺は何を……誰だお前?」


 1秒に満たない僅かな時間での出来事。


 しかし、ここにいた全ての人は、それまでの時間がになった。


「こんにちは、冒険者ギルドです」

「だからさー、この間のダンジョンで」

「報酬のいい依頼は無いか……」


 誰もが平穏な一日を過している。

 目の前の男も、突然座り込んだように見えたはずだ。僕は何も言わず、彼女の手を引いて立ち去る。


「おいてめぇ!ちょっとまちや……が……ひっ」


 男は目の前から遠ざかる僕に不信感を抱き呼び止め…られずに小さな悲鳴を漏らして後ずさる。


 当然だ。


 消したのはあくまで記憶だけ。

 その時感じた感情――恐怖心は消えていない。


 名も知らないの僕が、腕を吹き飛ばしたというが、本能的に僕からの距離を遠ざける。


 あの巨大な男が怯えている様子を見て、周囲からの注目が集まり始める。


 これ以上認識される前に、ここから退散しよう。

 僕は黙ったままの彼女の手を引いて、ギルドをでた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ちょうどお昼時、賑わいを見せる街中を少し足早に通り過ぎる。手を引かれているニアは、何かを察したように黙って着いてくる。


 ギルドからも離れ、人のいない路地まで移動した僕は彼女の手を離して目を合わせる。


「先に……黙っていてくれてありがとう」

「う、うん……私こそ、助けてくれてありがとう」


 無表情のままお礼を言う僕に対し、ニアは取り繕った笑顔でそう返した。


 しかし、恐怖の感情は一切見えない。

「あれを見ても……怖くないんだね」

「まぁね。私の秘密もバレちゃったし」


――そう。


 あの場で禁術に抵抗してきた。彼女が僕の範囲指定からのだ。


「その瞳……精霊眼と魔人眼、だよね?魔法に抵抗したのはその眼の力?」

「正解!」


 あの時、僕の魔力に反発し、魔法の結果に抵抗した。意図的では間に合わないそれを、に眼を使って抜け出したのだ。


――精霊眼は一部の精霊だけが持つと言われるもの。

 周囲の魔力を可視化でき、魔法の痕跡や魔力の質などまで見ることができる。


――魔人眼は魔人族が持つ特殊な眼。

 その能力は未来視に近いもので、自身に影響を受けそうな魔法や攻撃を数秒前に察知できる。


「私の両親が……ね。精霊と魔人族なの」


 また珍しい組み合わせだ。

 母様の話では、魔人族と精霊はあんまり仲が良くないと聞いたことがある。その大小に違いはあれど、勇者と魔王の戦い……なんかは分かりやすい例。


 勇者に加護を与える精霊は、正しく魔族の敵だ。


「けど、ニアは人間……だよね」

「すごく複雑なんだけど、私のお母さんは精霊と人間のハーフで、お父さんが魔人族と人間のハーフなんだって。えっと……遺伝?の影響で私は人間だった。両親から受け継いだのはこの眼だけ」


「ってことは、ニアのおばあちゃんは……」

「ううん、セイタの知ってるおばあちゃんは人間だよ。おじいちゃんの方が魔人族」


 すごく複雑。種族が違うとその寿命も違う。

 今話に出てきた種族の中では、人間が圧倒的に寿命が短い。他種族での関わりや交わりが少ないのは、これが理由だと母様が言っていた。


「だいたい分かった。僕の方も……まぁバレてるか」

「えっと……実は勇者様……とか?」

「僕はただ加護が多いだけの一般人かな」

「その能力で一般人は絶対嘘だよ!!」


 盛大にツッコまれた。


「ふふっ」

「ははは」


 その拍子に、今まで真剣な話に緊張していた身体がほぐれた気がした。


「誰にでも秘密はあるもんね!」

「詳しいこと話せなくてごめん」

「いいよ!黙ってたのは私もだし、秘密を明かせた初めての人だもん!」


 秘密……か。


 僕も自分がなるべく隠してきたモノを知られたのは初めてだ。何となく、彼女の感じていることが分かる気がする。


「それに、セイタの加護が有り得ないのは、初めて会った時から見えてたし……」

「……へぇ」

「あっ、違うよ!!確かに気になってはいたけど……お店までつけて行ったことは無いよ!」

「……僕の店を知ってるんだ」

「え、えっと……その……あ」

「はははっ、冗談だよ。初めて会った日、僕の後をつけてきてたのは気がついてたし」

「なっ、……むむむ、セイタの意地悪」


 あの時はまだ、周囲への警戒が強かった。すぐにつけられているのが分かり、帰る前に振り切った記憶がある。


「あ、あの……さ。あんな事あったけど、……その、これからも仲良くしてくれると、嬉しい……な。セイタと仲良くなりたかったのは本当なんだよ!!」


 歳上とは思えないモジモジとした態度。

 オマケに余計な念押しで、逆効果だ。

 僕じゃなければ……ね。


「僕も、なんだかんだで今日は楽しかった。今度は是非、僕の店に遊びに来てよ」

「絶対行く!!」


 ニアのような人なら、ナツとも仲良くなってくれるだろう。彼女ならば、ナツの友人になっても信頼できる。


「よろしくね」


 こうして、僕はこの世界に来て初めて、僕の秘密の一部を知る人と仲良くなった。

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