エピソード07.定休日の出会い①
「ん…………眩しい」
「おはようナツ。よく寝れた?」
「ん、まだ……眠い」
「あぁ、二度寝しないで。それと、なんで僕のベットで寝てるの?」
「…………夜……寒かった、から」
霧の濃い森は冷える。
特に朝晩は昼間に日が当たらない関係で、地面が冷たいままだから街よりもかなり気温が下がる。僕らが住むこの家は霧の影響を受けないように対策されてはいるが、気温や天候まで変えることは出来ない。
よって寒いのは事実として存在する。
「もう一枚毛布を用意してあったよね……?わざわざ僕の部屋まで来なくても」
「にぃ……あったかい……」
えへへと微笑むナツに、少しドキリとする。
ナツは妹で、今も昔も変わらない。とはいえ兄妹と言えど、美少女に微笑まれてはドキリとしてしまう。というかこのままだとまた寝そう……。
「ご飯食べに行くよ!起きて!」
普段は僕よりも早く起きるし、時間に間に合うよう起こしに来てくれる。
けれど今日は定休日兼買い出し日。
遅くまで寝れると分かった途端これだ。無理やりベッドから引き剥がし、食卓へと向かう。
「あら、やっと起きたのね。おはよぉ2人とも」
「母様……パン焦がしてない?」
「失礼ねぇ、私だってやる時はやるんだから!」
「母様……料理……下手」
「うっ……純粋な娘の眼差しが痛いわ」
キッチンには既に母様がいて、料理を作っていた。あまり見慣れない光景に多少意外性はあるけれど、定休日毎に同じ光景を目にしているおかげで慣れた。
「何作ってるの?」
「うふふ、この間美味しい卵を貰ったのよ」
「じゃあ目玉焼きか」
「わっ、なんで分かったの?!」
「母様それしか作れないじゃん」
意味の分からないやり取りをする僕達に混ざるように、小精霊たちが集まってくる。
光の泡のような精霊達の声を僕は理解することが出来ない。家の中をぐるぐるとしているから、おそらく僕らの話を聞いて楽しんでいるのだろう。
「そろそろご飯にしましょ」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「今日セイちゃんは買い出し?」
「うん。何か欲しいものとかある?」
「そうね……あっ、物では無いのだけど、近頃森の南西部に人の出入りがあるみたいなの。えっと……ぼーけんしゃ……ぎ……ルド?に行って何があったのか調査してきてくれる?」
森の外をよく知らない母様が、うろ覚えな単語を使って相談する。魔法や精霊語なら完璧な母様が言葉に不安する姿は少し面白い。
「南西……ちょうど街に近いところだね。いいよ、様子を見てくる」
「助かるわ」
頷く母様は、森の事になると一段と真剣な表情を見せる。森を護る大精霊として、森に被害が出そうな出来事はいち早く対処するのが護り手の務めなのだ。
そういうところは、素直にかっこいいと思う。
……膝にコナツを乗せて、撫で回している姿を無視すれば。
「ナツ、寝るなら母様の膝上じゃなくてベッドに戻りなよ」
「えー、私はこのままコナツを撫でていたいわ……」
「嫌がられるよ」
眠気からされるがままのコナツに声をかけつつ、デレデレしている母様にため息を着いた。
「僕は買い出しに行ってくるよ」
「行ってらっしゃいー!」
「……眠い…………おやすみ」
どうやら、今日は一人で街に行くことになりそうだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「いらっしゃい!!新鮮な魚が安いよ!」
「肉だ!あの珍しいサーベルボアの肉が入ってるよ!」
「上質な皮を使ったローブ、普段使いに便利な服は要らんかね」
朝の市場は常に一定の賑わいを見せる。特に食材系統が多く売られていて、有名な料理屋の店主や酒場のマスターなど、仕入れのついでに様子を見に来る人も多い。
僕の目的はそんな場所の一区画。
「薬草は要らんかい。ポーションにしても、そのまま塗っても効果てきめんじゃよ」
少し愛想の悪いおばあさんが売っている、様々な種類の薬草だ。食材を売っている店と比べると明らかに人は少ない。
まばらに薬草を買う人の中に、僕が買いに来る際よく見かけるフードを被った女性が今日もいた。
「おばあさんこんにちは。いつもの材料と、魔力付与に使う魔石をお願いします」
「やっと来たね。そろそろ必要になる頃だと思って用意して置いたよ」
おばあさんは僕の顔を見るなり、店の奥に引っ込んでしまう。何を買いに来たのか、既に理解しているのだ。
「やっほー!君、いつも居るよね」
「……僕、ですか?」
お店の前で待機していると、いつも黙って姿を消すフードの女性がいきなり声をかけてきた。話しかけられるとは思っておらず、つい身構えてしまう。
声のトーンや仕草、フードの中から覗く小さな片目。淡い水色は空の色とそっくり。綺麗な済んだ空色だ。
……というか顔が近い。深く被ったフードの中の瞳が見えるくらい至近距離。そんなに顔を近づけなくてもいいだろうに。
「あっ、ごめんね!私ニアって言うの。弟から人との距離感が近いってよく怒られちゃうんだよね」
片手で視界を遮り、顔を離すように押すと、フードを取った少女がにこやかにお辞儀をした。紫色の髪が肩で揺れる。
……大人の女性かと思っていたけれど、少女だったのか。
通りでそれによく喋る。
にも関わらずこちらの問いには答えない。
「これニア。少年が困っておるだろう」
「ごめんなさい!前から話したいと思ってたものだからつい!」
「すまないねうちの孫が。これが品物だよ」
「ありがとうございます。お孫さんだったんですね」
「生意気な小娘に育っちまったがなぁ」
「あっ、おばあちゃん酷い!」
なんだろう、何処かで似たような光景を見たことがある気がする。
「そうだ!君!名前は?」
「セイタです」
「何歳?」
「16です」
「じゃあ私の方が年上だ!」
ふふんと無い胸を張る……少女。
予想よりも年齢が近かった。
初めて出会った時の妙に大人びた雰囲気は気のせいだったのだろうか?
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