エピソード05.信頼の形

「いらっしゃいま……あ、たいやきの騎士様」

「た、たいやき……。いやまぁ、先日は世話になった。実は貰ったレシピを参考に、色々と試行錯誤しているんだ」

「満足するものはできましたか」


 私は先日、この店で購入したレシピを隅々まで読み、お嬢様に食べてもらうため慣れない料理に挑戦した。


 王城に勤める兵士や料理人からは、珍しいものを見る目で見られたものだが……お嬢様の笑顔には替えられない。


 何度も失敗し、それでも諦めずに挑戦し続けた結果。ついに目的のたい焼きを作る事が出来たのだ。


「その……、できたには出来たのだが」


 応えると共に、白い袋を前に出した。

「何度も試して食べているうちに、どれが正解なのか分からなくなってしまって……。お嬢様には完璧な物を召し上がって頂きたいのだ」


「……それでここまで」

「すまない。他に頼れる相手もなく」


 もしも、万が一にも。

 お嬢様に美味しくないものを差し出してしまったら。――まずいですと、言われてしまったら。


 私は一生立ち直る事が出来ないだろう。

 そのために、こっそりここまで来た。


 しかし……あれだな。

 自分の手作りの物を他人に食べてもらうのは……なかなかに恥ずかしい。それも、失敗している可能性があると思うと余計に。


「ど、どうした?早く受けとってくれ」

 私が前に出した手と、その袋がそのままで。

 少年は何故か袋を受け取らずに固まっている。


「なんだ……まさか既にどこか違うというのか」

「いえ、そうではなくて……」


 すると、少年の視線が私ではなくその後ろにある事に気がつく。


「その、感想は僕じゃない方がよろしいかと」

 私は首を傾げて背後に目を向ける。


「…………」


 ショーウィンドウから覗く者と目が合った。

 その瞳を濡らして、こちらをじっと見つめて――


「あ、アヤメ様っ!!」

 王城にいるはずのお嬢様が、何故か店の前で泣いていらっしゃったのです。


ーーーーーーーーーーーーーー


「どうしてここへ?おひとりですか?!」

 困惑の色を隠せない私は、動揺したままアヤメ様のそばに駆け寄った。


「ミオンのバカっ!!長く離れていて……私に飽きてしまったのですね……」

「そんなことはありませんっ!私は……その」


 どうやら王城から後をつけられていたらしい。騎士団長である私が気が付かない尾行……さすがお嬢様です。


「ぐすっ……捨てられてしまいました……」


「すてっ?!違っ……」

 泣き出してしまうお嬢様に戸惑っていると、店の中から少年が姿を見せます。


「お取り込み中すみません。ここは日が当たらず冷えこんでいるので……中にどうぞ」

 詮索しないでくれるその気遣いに、感謝しなくてはならない。


「えっと……お噂の王女様……ですか?騎士様は王女様の笑顔が見たくて頑張っていたようですから、あまり無下にはしないであげて下さい」


 扉を開けたまま、少年はそう言い残して店奥に戻っていく。それと同時に、私は手に持った袋の存在を思い出す。


「そ、その……これを」

「これは?」


「私が作ったたいやき……です。お嬢様に差し上げようとこっそり。完成はしたのですが、少し不安で。お世話になったあの少年に感想を聞こうと」


 やはり中途半端な品をお嬢様に差し上げる訳にはいかない。前に出した袋をゆっくり引こうとする。


「いただきます!今すぐっ」


 引いた腕をお嬢様が強く握り返し、笑いながら袋を受け取ってくれた。ゆっくりと袋を開け、中の冷えてしまったたい焼きを掴み、そのまま口元に。


 ドクドクと心臓の音が鳴り止まない。鍛えてきた技も緊張の前には無力。今すぐこの場から逃げたくなる衝動を抑えて、作ったたいやきが、愛するお嬢様の口へと運ばれていくのを見届ける。


「ど、どうでしょう……か」


 一口食べたお嬢様。

 やはり美味しく無かった……


「美味しいです、美味しいですよミオン!」

「!!!」


 その言葉が、私の緊張を紐解く。


「本当は、温かいものを差し上げるべきだったのですが」

「いいえ、これです。これが良かったです」


 嬉しさと、お嬢様を心配させてしまった罪悪感。

 何より泣かせてしまった自分自身を殴りたい気持ちでいっぱいではあったが、何よりもすべき事がある。


「アヤメ様、ここでは風邪をひいてしまいますから。少年のご好意に預かって室内に」

「はい!」


 お嬢様の安全と健康が第一だ。



「ご、ごめんなさい……早とちりでとんだ誤解を」

「仲直りできたようで、良かったです」


 お嬢様は丁寧に謝罪の言葉を申し上げた……が、店内に並べられた数々の道具やアイテムに興味深々の様子。無論、私も気になる物は沢山ある。


 しかし、店内の雰囲気と夕刻の時間帯を考えると既に閉店時間ギリギリのはず。王国の騎士として、これ以上少年に迷惑をかける訳にはいかない。


「アヤメ様。あまり長居されてはご迷惑になるかと」

「そうですね……私たちの事情に巻き込んでしまいましたし」

「大丈夫ですよ。僕達も、今日はやる事無いですから」

「何から何まですまない。感謝する……」


 少年の申し出に再度感謝したところで、遅れたように疑問が頭をよぎる。


 今、"僕達"と言った…ような?

 ここには私とお嬢様と少年だけ、のはず。


「しょ、少年……たちとは一体」

「ん……ふぁ……、にぃ……おはよ」


 質問が帰ってくる前に、全ての疑問は解消される。

 そしてお嬢様と二人、大いに驚くことになった。

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