エピソード03.少年の願い

「「ありがとうございました」……ました」


 最後のお客様が去り、僕は店を閉めた。


 看板を裏返し『CLOSE』に。


 商品には"ホコリよけ"と"劣化阻止"の魔法。ここの商品は全て僕が作っているから、仕入れにお金はかかっていない。


 だけど、せっかく作った商品が劣化や損傷、汚れで廃棄されてしまうのは勿体ない。


 一つ一つ丁寧に。

 誰かの手に渡るまで、制作者として、売り手として、最高品質を保つための務めを果たす。


「これでよし」


 掃除は終了。明かりも消した。売上げのメモも書いた。


「……ナツ。戻るよ」

「……………」


「ナツ?起きて」

「………んぅ……おわったの?」

「おはよう。終わったよ、早く帰ろう」

「ふあぁ……帰る」


 僕の呼び掛けに、人形を抱いて寝ていたコナツが目を覚ます。覚ますと言っても瞼はまだ半分閉じている。


 足を動かさずとも、自然と浮くことが出来る精霊は半分寝ていても移動ができる。


(人形は持っていくのか)

 何も考えていないコナツは、抱いた人形を持ったまま転移の扉に向かう。


 暗い店内に、薄ら青白く光るコナツと浮いた人形。

 まるでホラー番組の幽霊だ。


「ただい……

「二人ともおかえりー!お母さん、お腹すいちゃった」

「………かあ様…痛い……」

「んもーコナツぅ〜お母さん寂しかったよ」


 扉を通り抜けた先で待ち構えていた銀髪で長身の女性が、眠気眼のナツに飛びかかった。


 ナツは避けようとせず、嫌な顔を隠すこともせずに、その女性を受け入れて文句を放つ。


 おっとりした彼女は――今のナツの母様だ。


 ……僕の事も息子同然に扱ってくれる、優しい母様。


「今ご飯作るよ」

「セイちゃん働き者ねー!お母さん、嬉しいわ」

「……かあ様、料理……下手」

「コナツったら辛辣ぅ」


 コナツは過剰なスキンシップとまったりペースの母様を嫌がっているけれど、僕から見れば充分似たもの同士……仲良しの親子に見える。


 今のコナツが大人の姿になったらあんな感じなんだろうな……って感じ。あのズボラで適当な性格だけは似て欲しくないけれど。


「森の方は大丈夫だったの?」

「安心して。この私が護っているんだから!」

「あんまり……安心……出来ない……」


 未だ母様の胸の中で抱きしめられているコナツは、鬱陶しそうに嫌味を口にする。


 対して母様はニコニコと娘を撫でることを辞めようとしない。


「セイちゃん達こそ、お店の方は?繁盛してる?」

「あまり繁盛し過ぎても良くないけど……問題なく回ってるよ。知り合いも増えてきたし」


「そーなのー?私もたまには街に行ってみようかしら」

「その姿で行ったら大騒ぎになるから辞めて。それに森の守護はどうするのさ」

「んもぅ、セイちゃんのいじわるぅー」


 頭を撫でることに飽きたのか、今度はコナツのほっぺたをぷにぷにし始めた。完全に表情が緩んでる。今の母様を見て、この森の大精霊ですって言っても、誰も信じてくれなさそうだ。


「………むっ」


 あぁ……。

 コナツがそろそろ限界かも。


「……っ!!かあ様っ……しつこ……いっ」

 カプリっ。


 母様の指がコナツの口の中に。


「うふふ」

 かじられた母様はむしろ嬉しそうに受け入れている。可愛い娘に指をかじられながら嬉しそうな母様は、親バカ……と言うよりも変態……。


「うわっ」

 よそ見をしていて危うく火加減を誤るところだった。


 ちなみに、母様ほどの大精霊ともなると食事を取らなくても大気中の魔力を吸収できる。実は食事そのものがいらない。


 しかし、『食事は大切なコミュニケーションの一つなのですよ!』と、人間では無い種族の母様がそんな事を言って、毎日の夕飯には参加している。


「わっ、いい匂いがしてきた!」

「まだ食べちゃダメだからな」

「私がそんな事すると思う?」

「思う」


 一応、精霊にも味覚や嗅覚がしっかりと備わっているから、作った料理は美味しそうに食べてくれる。

 僕としては結構嬉しい。


「……ナツ?」

「お、……にぃのご飯は……美味しい」


 母様の束縛から逃れたナツが、菜箸を振るう僕のそばに近づいて呟く。


「あはは、ありがとう。けどつまみ食いはダメだよ」


 我が家ではそれなりに人気なようで、良かった。



「やっぱり……売上げが伸びてきてる」


 夕飯も終わり、今日も一日が終わろうとしている夜。僕は一人、自分の部屋でメモをした売上をノートに記録していた。


 就寝前に終わらない時は起きてからやっている。ひたすらにノートに筆を走らせていると、机の端に置いていた消しゴムが自然と落ちた。


(今日はやけに精霊が多いな)

 これは小精霊の仕業だ。

 窓を開けて作業をしていると、たまにこうして森の精霊が遊びに来る。


 僕の作業を邪魔しないように動いてはいるようで、周囲をふわふわと漂ったり、たまにこの部屋の物を珍しそうに触ったり。消しゴムが落ちたのも、見えない精霊が遊んでいたのかもしれない。


「ナツ?どうしたの」

 僕は少し前から感じていた背後の気配に声をかける。


「……みつ、かった」

「増えてた精霊はナツについてきた子たちだね」

「……ごめん……なさい」

「怒ってないよ。それよりどうしたの?寝れない?」

「………ここで……寝て、いい?」

「いいよ」


 たまにコナツはこうして甘えてくる。


 転生しても、優秀な種族でも、中身は12の妹。

 色々な理由があって尋ねてきたのだろうから、詳しくは聞かない。ふわふわと移動し、僕のベットに横になる妹を見つめる。


「お客さん……増えてきた……ね」

「うん。少しペースは早いけど」


「……大丈夫……かな」


 "たくさんの人と関わっても大丈夫なのか"。

 その心配は、お店を初めてからずっと、ナツが心配していること。

 関わる者が増えれば、それだけ面倒事に巻き込まれる確率が上がる。問題だって当然増えるだろう。それは平和な日常を望む僕らにとって、喜ばしい結果とは言えない。


「僕たちはさ、前の世界では自分のしたい事も満足に出来なかった。平和に生きる事も」


 思い出したく無い記憶。

 だけど忘れてはいけない記憶。


「この世界ではそれが叶う。なら、出来なかったことをたくさんしよう」

「したい……」

「人と関われば、それだけ嫌な事も増える。けど、嬉しいことだって増える。僕はさ。ナツに友達を作ってあげたいんだ」


 僕が望むのは『のんびりまったり生きる』こと。

 そこには、ナツが笑顔で生きられる世界を作る事も含まれている。


「……ナツも……にぃに友達……作って欲しい」

「そっか。それじゃあ、これからもお店、頑張ろう」

「うん……」


 僕の事を心配して来てくれたんだろうか。

 話し終えたコナツはすぐに寝てしまった。

(慣れない体は……疲れるもんな)


 この世界に来て一年。未だ分からないことばかりだけど、少なくとも今、僕たちは幸せだ。


 優しい母様、不自由ない生活、笑顔の妹。

 過去、天に祈った僕の願いは、叶いつつある。これ以上神様に望むことは出来ない。これからの目標は、自分自身の手で乗り越える。


 僕はペンを置いて、見慣れてきた窓の外をぼんやり眺める。


「綺麗だなぁ」

 満天の星空と精霊たち。

 こんな景色はここでしか見れない。


「明日も楽しくなるといいね」

 眠っているコナツにこっそり、そう言い聞かせる。

「………がん、ば、る……」


 帰ってきた返事に驚いて顔を見た。


「……寝言?」

 夢の中で、同じ景色を見ているのだろうか。

 ……そうだったら嬉しいな。


 軽く頭を撫でた僕は、机の明かりを消して。

 僕らの一日を終えるのだ。

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