エピソード02.アイテム屋の意義

「あちらの席で待っていてください」


 私は少年にそう言われて店内に入った。


 中は丁寧に整頓されている。隅の机の縁をなぞる。ピカピカのまま、ホコリ一つも見当たらない。

 棚の陳列にも、どことないこだわりを感じる。


 何より驚いたのは、その商品の種類の多さだ。

 ポーションに薬草などの冒険者には必需品となる基本的アイテム、ナイフや火打石などの野宿用の道具、美しい食器類に鞄や小棚まで。アイテム屋と呼ぶには、取り扱う商品が多すぎる。


 何故このようなお店がこんな裏路地に?


 何気なく置かれていた小型ナイフに手を伸ばす。


「これは……っ」

 とても軽い。それに、妙に手に馴染む。


(切れ味はどうだ?)


 すぐ横に切れ味を試せる小枝が用意されていた。ナイフの刃を小枝の一部に合わせて押し込む。すると、何一つ違和感なく刃は枝へ吸い込まれていった。まるで紙を切るような手応え。


 しばらくそのナイフを眺めていたが、不意に横に置いてある謎の石が目に入る。


――魔道具『魔力砥石』

従来の砥石と同じように研ぐことで一部の武器の切れ味を戻す道具。魔力的なサポートが入るため、一般人でも簡単に扱うことができ、さらにその効果も通常より高くなる。


 砥石と言えば、鍛冶屋の作業場に置いてあるのを見た事がある。剣やナイフの切れ味を戻すもの……だったはず。


 しかし、私が知っている物はもっと大きくて持ち運びには適さない。これはほとんど両手に乗る大きさ。

 本当にこれで切れ味が戻るのだろうか?商品名の書いた紙には、『ご自身の物でお試し頂けます』と記されている。


 私の剣でも大丈夫だろうか。


 恐る恐る腰の剣を抜き、見よう見まねで剣の先に砥石を当てた。


「なっ、なんだ?!」


 するとその砥石が剣を認識して形状を変えていく。みるみるうちに剣を覆った砥石は、――カチンッと一度だけ音を立てて元の大きさに戻った。


 私は実際には何もせず、一連の動きを見ていただけ。驚く事も忘れて立ち尽くしていると、「切れ味、試しますか」と背後から声がかかった。


「あまり店内が大きくないですから、振り回す事は出来ませんが」


 そう言って近くの木材を指さした。

 これを切っても良い……という事だろうか。


 少年が頷く。

 私は他の商品を傷つけないよう注意しながら自身の剣先を木材に押し付ける。


 違和感どころか、切った感触が一切無い。

 木材にはしっかりと切った痕がある。


「これが……私の剣?」


 よく見ると長年使い続けてボロボロだったはずの長剣が淡く光っている。


「気に入ったら買ってください。あと、たい焼きができました」

「……ありがとう!!それと、これを……買ってもいいだろうか」

「ありがとうございます。銀貨3枚です」


「銀貨3枚?!これが?!!」


 思わず大声で叫ぶ。それほど驚くべき値段だった。


 銀貨3枚。

 銀貨一枚は銅貨100枚と同じだ。

 そして、このたい焼き。外で買えば……銅貨10枚。


「大丈夫なのか?外で売れば金貨2枚は付けられる値段だぞ」

「そ、そうなんですね……」


 どうも反応がおかしい。

 そもそも魔道具は普通金貨数枚が最低価値とも言われている。この砥石はその魔道具に匹敵する代物。それをたった銀貨3枚で売っている。まるで……この街で買い物をした事が無いような、そんな反応にみえる。


「………………」

 疑問が頭の中を回る。何か尋ねるべきかと悩んでいると、少年が手に何かを持って来た。

 白い紙に包まれたそれは……


「たい焼きです。熱いので気をつけてください」

「もう作り終えたのか……早い――熱っ?!」


 息をふきかけ少し冷ましたそれは、間違いなく私の知っているたい焼きだった。


「いただきます」

 一口……また一口。

 私が空腹だったというのもあるだろうが、それにしても美味しい。焼き加減、大きさ、中の……これは豆?


 外で売っているクリームとは全く違うものだが、何故かこちらの方がしっくり来る。


 適度な甘さと、ホカホカな皮と混ざりあって絶妙な味わいを保っている。ただのアイテム屋が作れる味とは思えない。


「少年、君は料理屋……ではないようだが、随分と料理が上手なのだな」

「そこまで難しいレシピでは無いですよ」

「そう……なのか。私は料理が苦手だが、私でも作れるだろうか」


 簡単そうに話す彼の言葉に、ついそんな質問を投げかける。


「作り方さえ分かっていれば、後は練習あるのみです」

「なるほど……挑戦せねば何も変わらない、と。であれば少年、作り方を教えていただけないだろうか」


 彼に教わることが出来れば、この美味しさを彼女にも伝えられるかもしれない。


「ここはアイテム屋です。料理屋のように作り方を教えることは難しいです」

「そ、そうか……」

「ですが、こういったアイテムは要りませんか?」

「……これは?」


 少年が差し出したのは一冊の本。


「『簡単スイーツのレシピ本』です。売り物ですから、無料でさしあげることは出来ませんが……」

「こんなものまで?!……是非買わせて欲しい!」


 普段はあまりお金を使うことの無い私が、この店だけでいくつもの買い物をした。


「ありがとうございます」


 この街に、このような店がある事を知らなかった。だからこそ今日、この店に出会えた事は奇跡と呼ぶに相応しい出会いだ。


 出会えて良かったと心から思う。これでまた、彼女の笑顔が見れるかもしれない。店を出る時には、そんな事しか考えいなかった。


「絶対にまた来ると誓おう」

「「ありがとうございましたー」……ました」


 私がこの時、背後から聞こえるの声に気が付かなかったのは、恥ずかしながら浮かれていたからに違いない。


 何より……

「ご婦人のバックっ!!!」


 店の扉を出てすぐに、まだ何も終わっていないことを思い出した。


 彼と出会った原因を危うく忘れる所だったのは、ここだけの秘密にさせてくれ。

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