エピソード01.災難なお客様
――私がその店を見つけたのは、本当にたまたま……偶然が重なった結果だった。
その日は月に一度の貴重な休日。
私は王城にて近衛騎士団を指揮する団長……になってしまっただけの女騎士。本来はお嬢様の護衛として彼女の近くでお守りしていたかったのだが、現在は騎士団に入団する者も減りつつあり人手不足が否めない。
常にお嬢様の近くに居る事ができないのだ。
(……アヤメお嬢様、今頃何をしていらっしゃるのだろうか)
去年まで、私は彼女と休日に城を出ては、この街でこっそり買い物をしたりお茶をして……楽しかった。
一人の休日では、何もすることが無い。はっきり言って暇だ。お嬢様の居ない休日など、国のない大陸……切れ味のない剣、……彩のない日常だ。
「はぁ……」
萎れたままの私は、それでも何かを求めるように街へと繰り出していた。城下町は今日も大勢の人で賑わっている。
あの花屋は、お嬢様のお好きな花を知るきっかけとなった場所。
あっちの露店は、お嬢様お気に入りの
……確かにあれは美味だった。
あまりの美味しさと溢れる彼女の表情が記憶に残っている。可愛すぎるお嬢様をむしろ私が食べてあげ………
「ハッ?!私は何を考えて……」
まずい、お嬢様成分不足で頭がおかしくなっているらしい。歩きながら首を振って考えを改める。
ふと、意識を周囲の景色に戻す。目の前には巨大な噴水。いつの間にか街の隅まで来ていた。
ぐぅぅぅ…………
気を緩めた反動なのか。はたまた朝から何も食べていない事にようやく気がついたからか。ここぞとばかりに腹の音が空腹を報せる。
「何か食べる物を……」
「きゃァァァァ!!私のバックっ!!返して!」
その時、たった今歩いてきた方向から叫び声が聞こえ、急いで声の聞こえた場所に駆け寄る。
若干の人だかりを抜けた場所で、一人のご婦人が尻もちを着いて道端に座り込んでいた。
「どうされましたか?」
「私の大切な荷物がっ……」
「誰に盗られたは分かりますか」
「普通の男性でした……。私にぶつかった後、そのままあっちの方に」
「分かりました。私は追いかけて捕まえてきますので、あなたはここで待っていてください」
「は、はい……」
腰には日頃から持ち歩いている剣がある。服装は激しい動きに向いてはいないものだが、ただの盗人が相手ならば問題無い。
素早く立ち上がり、ご婦人の指した方角へと走り出す。人の間を縫って走り続けること数十メートル。
「あれかっ!!」
いかにもな動きをする男の後ろ姿を捉えた。妙に周囲を警戒した視線の動き。まったく挙動不審である。もしかすると仲間がいるのかもしれない。
(合流される前に捕まえるっ)
「――っ?!」
人混みに紛れられる前に接近したが、もう少しのところで勘づかれた。背後の私に気が付き遠ざかるように走り出す。
当たりだ。
近づいた事で手に女性用の豪華なバックを持っている事が確認できた。盗んだ物で間違いはなさそうだ。
「待てっ!!」
急いで後を追うが、盗人もかなりの手馴れのようでその差は縮まらない。それでも執拗に追いかけ続けていると、急に方向を変えて狭い路地へと逃げ込まれた。
「わざわざ人が少ない所へ逃げるとは……」
より追いやすくなった。
頭上では紐で吊るされた洗濯物が揺れている。こんなにも天気がいい日だと言うのに、私は何をしているのだろうか。せっかくの休日に、知らない盗人と追いかけっこ。
人助けとはいえ、もう随分な距離を走ってきたように思う。
「へっ、油断したな」
追いかけながら余計なことを考えていたせいだ。盗人が急に向きを変え、頭上の紐に向けて小型のナイフを放つ。
洗濯物が干されている紐にナイフが当たればどうなるか。
「まずっ」
足を止めた時には既に遅く、空から大量のシーツ等の洗濯物が降ってきて私の視界を覆う。
油断した。
大きな布に絡まれてしばらく身動きができない。
やっとの思いで布の拘束から抜け出した。が、既に男の姿は無く、静かな路地が私を笑って見下ろしているようだった。
「……これ、どうしよう」
目の前には乱雑に放置された洗濯物の山。このままここに放置はさすがに許されない。
「戻そう……」
洗濯物の持ち主の方、少し汚してしまってすみません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ。もう追っても無駄か」
ロープを元の位置に張り直し、散らばった洗濯物を元に戻した。時間にすれば数分の事だが、逃げる相手を見失うには充分な時間と言える。
諦めて元の道を引き返……。
「どこだここ?」
走ってきた道が、実はかなり入り組んでい事に今更気がついた。追う事に夢中で、自分が走っていた道中を覚えていない。
仕える街で、道に迷ったのだ。
災難ばかりで気が滅入る。
「……このまま進んでみるか」
街の中であることは確かなのだから、ここに留まる理由がない。人のいない路地を道なりに進んでみることに。
相変わらず空は高く、綺麗な青空か広がっている。
何度か角を曲がり、この道はどこまで続いているのだろうと考え始めた頃。
今までとは違う、緩やかな曲線を描く通路に差し掛かる。そろそろこの路地から抜けられるか。
ほっと一息付く。
「……ん?」
すると、その先に一人の少年と見覚えのある男の人影を見つけた。
さらに近づくと、見覚えのある男が先程まで追っていた盗人であることが分かる。
……何故倒れ伏しているのか。
「少年!その男は……」
「えっと……お仲間?」
「違う!そいつは盗人で、私は騎士だ。ちょうど追っていたのだが」
「やっぱり……このバックはこの人の物では無いんですね。どうぞ。あ、騎士様に渡して良いのですよね」
縄でぐるぐるにされた男から、少年は小綺麗なバックを取り出して渡す。
「……この男は君が?」
「えと、襲ってきたので」
とても無表情な少年。
それが私が彼に抱いた最初の印象だった。
「と、とにかくっ。その男はこちらで引き取らせてくれ」
「はい。お願いします」
とりあえず、これでご婦人の物は取り返した。
ぐぅぅぅ……
一息ついて安心したのか、忘れていた空腹が再び襲いかかる。
「………」
「…………」
気まずい沈黙。
少年の視線が私の心に刺さる。
……恥ずかしい。
みるみる顔に熱がこもる。
すると、少年が小さな顔でこう告げた。
「何か……食べますか」
「い、いいのか?」
「大丈夫です。食べたい物とかあれば」
「た……」
「た?」
「たいや………き」
しまった。
「あ、これは……その……」
少し前にたい焼きの事を考えていたせいだ。
「いいですよ。たいやきですね」
「あるのか?!」
「はい。ですが作るのに少し時間がかかるので、店内で待っていてください」
「作る?ここでか?……お言葉に甘えさせて頂く」
私は恥ずかしさも相まって、肯定以外の言葉を失い、首を縦に振ることが精一杯だった。
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