街の小さなアイテム屋さん
深夜翔
プロローグ.それは大陸の片隅で
ここはユーランダ大陸の一部。この大陸で最も発展し、巨大な国ルイドの城下街ライード。街の中央にそびえ立つ塔と、それを囲うように町の四隅に設置された巨大な噴水が観光スポット。白を基調とした家々が立ち並ぶ美しい街並み。
ここではない別世界に住まう人々がこの地を訪れれば、誰もが西洋の建築に近いと感想を述べるに違いない。
さて、そんな美しい街ライード。そんな街にも
治安が最も良いと評判の街だ。治安の悪い事件が起きることは滅多にないが、店を構えるにはあまりに不向き。
その一角に、目立たない小さな店がひっそりと佇んでいた。
『――小さなアイテム屋』
――これは、街でひっそりとお店を経営する、仲の良い兄妹のお話である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「――?」
「――!!」
「――――」
霧がかった森に、鳴き声や自然音とは異なる音が響く。
異質な音は、しかし不思議と心地よい。
「……にぃ……ご飯、できた」
「もうそんな時間?今行くよ」
そんな中、人間にも理解できる言葉が聞こえてくる。
「ん……、さむ、い」
窓を開けた少女の銀髪が朝風に揺れて輝く。
霧によって生まれる水気が空気を冷やす。
小さな体を震わせて、渋々開けた窓を閉じた。
「まだ早朝だからね」
机に向かって
森の朝は寒い。木々に囲まれたこの家は、日の高いお昼でさえ日が当たるのはほんの数時間。
雰囲気は住居と言うよりも"隠れ家"に近い。動植物や精霊が沢山住むこの森には、人の気配はしない。
迷いの森とも呼ばれるこの森は、不当な伐採や侵略から森の生命を護るため、守護精霊によって魔法がかけられている。人の気配がある方がおかしい。
「お金……足りない?」
少女は仕事で
「大丈夫。今のところマイナスにはなってない」
「……そっか。よかった」
しかし、ここに人の気配が
霧の魔法は森に入ってきた侵入者を拒む結界。人間は絶対に入れないはずのこの森に、彼ら兄妹は住んでいる。
兄の名は――セイタ。
元の名を――
森に住む
妹は――コナツ。
元の名を――八取
彼女は、別世界からきた転生者。召喚では無く転生。元いた世界では既に命を落としてしまった事になる。
そして、特殊な転生を遂げた。
妹はこの世界の精霊として生を受けたのだ。
――森を守る大精霊の子。
その力は人間種とは異なり、寿命・魔力・生命力と持てる全てにおいて桁違いに高い。
人間と似ているのはその容姿だけ。
「今日のご飯は……パン?」
「……そう。売ってた」
「この世界にもあるんだ。……ナツは食べれそう?」
「このままじゃ……難しい」
「そっか。少し待ってて」
そのため、人間と違い食事というものにも違いが現れる。精霊は魔力を多く含まなければ、食事に意味を成さない。物体では無く、その魔力が栄養の主成分となっているために。
人間の街で仕入れたパンは、精霊が食べれる程の魔力は含まれていない。
「"魔力放出・付与"」
セイタが手に取ったパンに自身の魔力を込める。
「これでどう?」
「……はむ……、んく、美味し」
魔力を含んだパンを受け取ったコナツは、小さくかじりつき笑った。つられて兄も笑う。
本来この世界に来るのは
イレギュラーな方法での世界渡り。幸か不幸か、彼は世界を渡った影響で、本来人間種が持てる量の魔力を大きく超えた
その数値は、この世界で最も魔力保有量の多い精霊族の約5倍以上。さらに彼には、この世界には存在しなかった特殊な境遇を持ち合わせている。
「母様は……、まだ寝てるみたいだね」
「……ん。お寝坊さん」
転生した妹と、その転生先の母親である大精霊。そして、この森に住まう数多くの小精霊たち。その全ての加護を授かっているという点。
本来精霊の加護とは、人間が人生をかけて精霊と関わり、信頼された人物がたった一つ授けられるもの。加護を得ているだけでも英雄。まして、それを複数授けれている者はこの世に一人も居ない。
色々と特別なこの兄妹だが、二人の望みはたった一つ。
実にシンプルで明快。
『のんびりまったり生きる』
二人がここに来るまでにどんな過去があったのかは、今はまだ語られない。ただ、二人にとって今の日常は、かけがえのない大切なもの。
だから
「かあ様、待つ?」
「待ってたら日が暮れるかも。もうお店の方に移動しようか」
「……うん……行く」
「それを食べ終わってから、ね」
兄が食事を終えて立ち上がると、妹もそれに続く。食器を片付けて、洋服を着替えれば準備は万端。
部屋を出て短い廊下の突き当たりに、不思議な青い模様の扉がひとつ。内装に似合わぬそれを開ける。
すると、森の中ではない綺麗に整った内装が現れる。まるでどこでもドア。おとぎ話ような移動の方法も、この世界ならば日常にもなり得る話。
無論、転移魔法は上級魔法に組みする難易度の高い魔法である。
片や精霊、片や異世界転移のチート少年。
転移魔法が高難易度である事など知る由もない。
「……ポーション、補充…した?」
「大丈夫。在庫の確認も済ませてある」
「さすが……にぃ」
セイタは開店準備に店内を軽く掃除、整理整頓。コナツはレジに設置された二つの席の片方に座り、小さなお人形を抱えて兄の様子を見守っていた。傍から見れば、どちらが人形なのか分からない。
数分のうちは兄の動きを目で追っていた妹。気がつけばウトウトと瞼が下がり始めている。
その間に、店内を掃除し終えたセイタは、レジで必死に眠気と戦っている妹の様子を見て、安心したように柔らかな笑みを浮かべる。
「コナツ、そろそろ始めるよ」
「……バッチ……リ…………です」
開店時間丁度。準備が終わり、残すは一つ。
入口の扉に掛かっていた、看板を裏返すこと。
『営業中』
こうしていつもの一日が始まるのだ。
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