地球焼け

半ノ木ゆか

*地球焼け*

 階段室に西日が射し込んでいる。壁には蔦が這い、床には草が茂っていた。まるで森の中だ。そこを、矢筒を背負った人物が登ってくる。毛皮の服をまとい、わらじのようなものを履いていた。

「父さん、おかえりなさい!」

 お腹を空かせた少年が飛び出してくる。父が何も持っていないのに気付いて、息子はがっくりと肩を落した。父がぽんと頭を撫でてやる。

「イノシシを取り逃したんだ。今夜は山菜汁で我慢してくれ」

 満月が崩れたビル群を照し出している。東京タワーの足元に森が広がっていた。

 廃墟になった高層マンションの一室から、一筋の煙が立ち上っている。焚火の前で、少年は夕飯を飲み干した。だが、まだ物足らない様子で、母の飲みかけのお椀を狙っている。

「あの日も、こんな満月が出ていたっけ」

 空を見上げ、父は険しい顔をした。

「俺が小学校に入学した年。夜空に、満月よりも明るいものが無数にやってきたんだ」

 その光は、世界中の上空に突然現れたかと思うと、次々に人々を撃ち倒していった。地球人は反撃したが、敵う相手ではなかった。都会も田舎も見境なく焼き尽くされ、たった一年で、世界の人口は一万分の一にまで減ってしまった。

「宇宙人は俺たちを殺すだけ殺して、さっさとどこかへ帰っていった。地球に住み着くわけでも、俺たちを喰うわけでもなかった。何が目的だったのか、ちっとも分らないよ」

 父は不思議そうに言った。

 月が空のてっぺんに昇った頃。少年は一人で外をうろついていた。寝床をこっそりと抜け出して、どこかにヘビイチゴでも生えていないか、探しに来たのだ。

 異星人の襲来から三十年経って、街はすっかり変ってしまった。手入れする人がいなければ、道も建物も雨風にさらされて、だんだんと砕けてゆく。今では緑に覆われ、鳥や獣も住み着いた。あと百年もすれば、人間の栄えていた証なんて、跡形もなく消えてしまうだろう。

 満月のおかげで、灯りがなくても草むらの形は見える。四つん這いになって、手探りしていた時だった。

 少年は、どこからかいい匂いが漂ってくるのに気付いた。

 辿ってゆくと、森のなかにぽつんと、机のようなものが置いてあった。月明かりに照されて、てらてらと光っている。その上に、白い器のようなものがのっていた。

 おそるおそる触れてみると、温かかった。紙の蓋がついていて、何か文字が書いてある。

 少年は知る由もなかったが、それは、カップラーメンという食べ物だった。

 人間がほとんど消えてしまった街に、熱々のカップ麺が置いてあるだなんて、どう考えてもおかしい。だが、お腹がぺこぺこの少年に、思いを巡らしている余裕はなかった。

 蓋を開けると、食欲をそそる匂いとともに、白い湯気が立ち上った。肉や野菜も入っていて、見た目もすごく美味しそうだ。

 指先で摘んで、ちゅるちゅると啜ってみる。人生初の文明の味に、少年は頬を緩ませた。

「お、おいしい……!」

 無我夢中でむさぼり、最後の一滴まで飲み干した。

 夜中に食べるカップ麺ほど、美味しい物はない。お腹を満たして、さあ帰ろうと歩き出すと、金属製の檻が落ちてきて、あっけなく捕まってしまった。自分が罠にかかったことに、少年はやっと気づいた。

 背後の茂みががさがさと揺れる。檻の外に現れたものを見て、少年は言葉を失った。

 大きな頭に、左右二本づつの腕。太い三本の脚で、カメのようにゆっくりと近づいてくる。それが全部で四人もいた。地球の生き物ではないと、一目で分った。

「ぼ、僕を食べても美味しくないぞ!」

 後ずさりしながらわめくと、驚いたことに、相手は日本語で話した。

「安心しなさい。我々は地球の動物を調べるためにやってきた、ただの生物学者です。長年の研究で、ヒトの言葉も心得ているので、このように会話もできるのです。身長と体重を測って、サンプル用に髪の毛を一本抜いたら、すぐに逃がしてあげますよ」

 異星人たちの言う通り、少年はすぐに解放された。怯えながら、少年は訊ねた。

「昔、地球に攻めてきた宇宙人っていうのは、お前たちのことだな。何のために、人間を滅ぼそうとしたんだ」

 異星人たちは、びっくりしたように顔を見合せた。

「滅ぼすだなんて、とんでもない。ただの個体数の調節です」

 何を言っているのか、少年にはよく分らなかった。異星人は説明した。

「我々は五十万年前に地球を発見して、長いあいだ、ここに暮すさまざまな生き物について研究してきました。ところが、近頃はヒトが大量発生して、森が丸はだかにされたり、他の動物が喰い荒らされたりするようになったのです。磯焼けならぬ、地球焼けです。そこで、余分なヒトを駆除して、豊かな自然を取り戻そうとしたのですが……」

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地球焼け 半ノ木ゆか @cat_hannoki

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