ロートンのながいゆめ
丸乃みむ
ロートンのながいゆめ
チクタク……チクタク……
ローテンカルアの街はもうすっかり夜更け。温かいお布団の中、みんなグッスリねむっています。
しかし、ロートンというかけ出しの若い画家だけがまだ眠れずにいました。
「うーん、うーん……。」
時計の針はもうてっぺんでふたつ重なる時間ですが、何をしているのでしょうか。
ロートンは今まで誰も見たことも描いたことのないような斬新で新しい絵が描きたいのですが、当然そんなものなかなか思い浮かばず、もう何時間も真っ白なキャンバスをにらんでいるのです。
「このままでは画展に間に合わなくなってしまう。」
それでも時間は止まってくれず、針はどんどん進んでしまいます。
ロートンはだんだん疲れて眠くなってきてしまいました。
これでは今日もキャンバスが真っ白なまま、一日が終わってしまう!
眠い頭をめいっぱい回転させ、ロートンはひらめきます。
「そうだ!夢の中で描きたいものを探せばいいんだ!」
名案を思いついたロートンは早速お布団の中に入り込み、
期待に満ちてきらきら輝くひとみを閉じて眠りにつきました。
ふわふわ……もくもく……ぐるぐる……
夢の世界はつぎはぎで、見覚えのあるさまざまな景色がはちゃめちゃに繋がっていました。
見える景色は昔の思い出、昔見た映画やドラマの景色。そして昔空想した世界の景色。
ふわふわもくもく不安定で、ぐるぐると景色は変わっていきます。
とても不思議で美しい世界です。
しかし、ロートンは気づいてしまいます。
「これでは未知のモチーフに出会えないじゃないか!」
腹を立てたロートンは来た道を戻ってしまおうとおおきく振り返ります。
するとそこには、とてもとても美しい悪魔がポツンと立っているではありませんか。
ロートンは「見つけた!」と思わず駆け寄ります。
「とても美しい悪魔さん、どうかあなたのことを描かせて頂けませんか?」
そう聞くと、悪魔は少しだけ驚いたように目を見開きます。
とても美しい姿をしていますが、相手は恐ろしい悪魔。うかつに近づくと、とっても危険な目にあってしまうかもしれません。
ロートンは期待と不安で胸がどうにかなりそうなまま、静かに返事を待ちます。
「いいだろう。しかし条件が一つだけある。
今夜だけ、身体を貸してくれないか?」
「一晩だけならもちろん貸そうじゃないか!」
ロートンがはつらつとそう答えると、悪魔はパッと姿を消しました。
きっともう現実の世界に行ってしまったのでしょう。
ロートンは座り込み、夜が明けるのを待つことにしました。
ふわふわ……もくもく……ぐるぐる……チクタク……
ロートンは頭の中で時間を数えますが、いつまで経っても悪魔は戻ってきませんし、何度目を見開いても目覚めることはできません。
「悪魔に騙されてしまった……。」
ロートンはうずくまってしまいました。
するとその時、泣き声が聞こえてきました。
ふわふわ……もくもく……ぐるぐる……えーんえーん……
ロートンは立ち上がると、少し遠くになんだか見覚えのある天使を見つけました。
「お客さんだあ!」
目が合った天使はすぐさま羽根をはためかせ、ロートンの元にやってきました。
「お客さん!一緒に神さまを探してよ!」
天使はロートンの手を握り、強く訴えかけてきました。
どうやら天使は神さまと逸れて泣いてしまっていたようです。
「まぁ他にすることもないし、いいよ。一緒に探してあげよう。」
「ほんと!?やったあ!」
天使は一緒に探してくれる人に出会えて機嫌が良くなったようで、鼻唄を歌ってもう一度羽根をはためかせ、飛び立ちました。
ふわふわ……もくもく……ぐるぐる……ふんふーん……
全ての記憶が溶け込んだ夢の世界はやっぱりとても美しくて、空を舞う天使の後ろ姿はそんな景色によく似合っています。
ふわりふわりとゆるやかに飛ぶ天使の後ろを歩きながら、ロートンは考えます。
「このまま一生目覚められないんだろうか。外で悪魔は何をやっているんだろうか……。」
なんだか楽しそうな天使と心ここに在らずなロートンは、まるで正反対に思えます。
「それにしても、どうして天使に見覚えがあるんだろう?」
ロートンはもう不安や疑問がたくさんありすぎて、全部全部どうでもよくなってしまいました。
「こうなったらもう、この夢の世界を楽しんでしまおう!」
ロートンは走り出しました。
記憶の中のさまざまな景色がロートンの視界をぐんぐん通り抜けていきます。
ふわふわ……もくもく……ぐるぐる……ぐんぐん……
ふと、パンダの遊具が目に止まりました。
「これは……。」
ロートンが思わず立ち止まると、景色はちかちか変わっていきました。
宙に浮くのは淡い色の綺麗な絵本、緑色の恐竜おもちゃ、お母さんに作ったシロツメクサのかわいい冠、そして
「待ってよ〜!」
想像の中でいつも一緒に遊んでいた天使。
気がつくと、ロートンは幼い頃の姿に戻っていました。
ロートンが呆然と天使を見つめていると、天使は何かを悟ったように微笑んでくれました。
「ロートンくん、あーそーぼー!」
天使に導かれ、ロートンは自然と引き寄せられていきます。
「い……いーいーよー!」
二人はブランコに乗り、どちらの方がより高く漕げるかを競い始めました。
「負けないよー!」
「こっちだって!」
ふわふわ……もくもく……ぐるぐる……びゅんびゅん……
ブランコは一回、二回、三回転!
くるくるびゅんびゅん回ります。
だんだんだんだん目もくるくるで、
勝負はおあいこ。
「目が回る〜……」
「次は滑り台にいこう!」
すっかり幼い頃の気持ちに戻ったロートンは、
天使を連れて元気に滑り台の階段を登っていきます。
ふわふわ……もくもく……ぐるぐる……するりん!
勢いよく滑り、二人は空へ投げ出されてしまいました!
「「うわー!!」」
すた、とジャングルジムのてっぺんへ華麗に着地。
「く、ふふ、あはははは!」
「あはははは!着地成功!」
なんてめちゃくちゃな世界!
馬鹿らしくって楽しくって、二人は笑いが止まりません。
ひとしきり笑い、遊び疲れたロートンは天使に話を切り出します。
「ねぇ天使、きっときみの探しているこの夢の世界の神さまは僕なんだ。」
そう伝えると天使は頷き、また微笑んでくれました。
ロートンは安堵し、話を続けます。
「でも僕はもう、昔とは変わってしまったんだ。」
「僕らはずっと友達だよ。神さまにはなれないけれど、これからは天使も自由に、幸せに……。」
そこまで伝えるとなんだか瞼がとっても重くなり、ロートンは思わず目を閉じてしまいました。
ふわふわ……もくもく……ぐるぐる……ぱちん!
ローテンカルアの街はすっかり夜明け。
みんな学校や仕事の準備で大忙しです。
ロートンが目を覚ますと、そこはベッドの上でした。
「天使は……?」
天使の返事が聞けないまま目覚めてしまい、
なんだかもやもやしているとお母さんが起こしにやって来てくれました。
「ロートン!起きなさい!朝食が冷めちゃうよ!」
「うーん、わかったよ……おはよう、お母さん。」
「おはようロートン、あなた昨夜はなんだか様子が変だったわよ。」
「変……?」
ロートンが起き上がり顔を洗おうと洗面所へ向かうと、鏡にはなんとあの夢で出会った悪魔が映っていました。
美しい切れ長のひとみを驚いたように見開いて、こちらを見つめています。
ロートンは、騙されていませんでした。
それからロートンは夢を見ることがなくなり、五年の時が経ちました。
「先生!今回の絵も素敵です!」
「写実画以外は描かないんですか?あの空想画とか!」
ロートンは一年に一度の画展に今年も間に合うことができたようです。もうすっかり常連さん。
「ありがとう。でも、空想画はあれでもうすっかり描き切っているんだ。」
ローテンカルアの街は今夜も穏やか。
温かいお布団の中、みんなグッスリねむっています。
おしまいおしまい。
ロートンのながいゆめ 丸乃みむ @marumimu_15
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