第8話
首都付近の小さな町の市場。
中国人ブローカーに買収された将軍が乗ったベンツと、将軍の護衛が乗った2台のパジェロが夕暮れ時の市場のはずれに現れた。
市場では人々が買い物で賑わい、喧噪が辺りに満ちていた。
市場に面した建物の窓からは複数の傭兵団私服チーム暗殺隊のメンバーが大型の突撃銃を構えて将軍のベンツに狙いを定めていた。
また、市場のはずれに留められた平ボディのトラックの荷台にはRPGロケット発射機を構えた3人の傭兵団私服チーム暗殺隊のメンバーがトラックに積んである穀物が入った麻袋の間で息をひそめていた。
顔の傷を隠すためにサングラスをかけられた中国人ブローカーが左右を傭兵団私服チームの男に挟まれて将軍のベンツに手を振った。
将軍のベンツが中国人ブローカーに近寄って行った。
その時、トラックの荷台に潜んでいた傭兵団の暗殺隊が体を起こし、将軍の護衛を乗せたパジェロに向かってRPGロケットを発射した。
2台のパジェロが立て続けに爆発した。
ベンツが危機を感じて急発進した。
中国人ブローカーの左右に立っていた傭兵団私服チームの男たちはベンツの目の前にブローカーの体を突き飛ばした。
ベンツがブローカーの体に乗り上げてバウンドして速度が落ちた時、私服チームの一人が強力な磁石がついた爆弾をベンツの車体に張り付けた。
市場は騒然となり、人々は悲鳴を上げて安全な場所を求めて逃げ惑った。
爆発したパジェロの生き残りの兵士が四方八方に銃を乱射し、暗殺チームも応射を始め、人々は次々と流れ弾に倒れた。
時限信管が作動して爆弾が破裂してベンツの車体が吹き飛んだ。
暗殺チームの射撃により護衛の兵士達はすべて射殺され、割れたベンツの車体から血まみれになった将軍を引きずり出され、数人が寄ってたかって将軍の胸部にとどめの銃弾を撃ち込んだ。
チームの一人がベンツに轢かれ虫の息の中国人ブローカーの首をナイフで切り取り、赤い布に包んで持ち去った。
さらに一人の私服チームの一員が将軍の死体をカメラで撮りまくった。
顔を狙わなかったのは確かに将軍を暗殺したことを証明する証拠写真を撮るためだった。
傭兵団私服チームは将軍の護衛達全てにとどめの銃撃を加え、全員の死亡を確認すると乗って来た車のトランクから中国人ブローカーの死体を持って来て将軍の横に並べ、後部席で事切れているブローカーの死体を引きずり出し、死者の列に加えた。
車の後部座席に乗せられていた中国人ブローカーは銃撃戦が始まった時に喉を耳から耳まで切り裂かれて息絶えていたのだ。
私服チームは用意された別の車に乗り込むと速やかにその場を去った。
やがて、傭兵団大佐に率いられた政府軍憲兵中隊がおっとり刀で乗り付けた。
その30分後、中国大使館の庭に中国国旗に包まれたボーリングの玉くらいの物が放り込まれた。
大使館警備員が駆け寄り恐る恐ると包みを開けると中には暴行を受けて散々に傷ついた中国人ブローカーの生首が入っていた。
ブローカーの口は大きくこじ開けられ、中には拷問を受けているブローカー達の惨たらしい写真が数枚と、少管・閑事!と血で書かれた紙が捻じ込まれていた。
紙に書かれた文字は、手を引け!屑ども!と言う意味であった。
包みを開けた警備員は生首の横で激しく嘔吐した。
憲兵中隊は市場での銃撃戦をおざなりに検分し、賄賂の額を巡って死亡した政府軍将軍と中国人ブローカーの間で銃撃戦になり、民間人の巻き添えを発生させた末に全員死亡したと結論を出した。
傭兵軍大佐は2人の将軍の元に赴き、将軍の死体を撮影した写真を見せて、逆らうとこうなるぞと言う脅しを匂わすような話し方で、死亡した将軍の派閥に属する将校の逮捕状の作成を急がせた。
駐屯地では練兵場の車列の横で兵達が夕食を摂っていた。
駐屯地の前では少佐に駐屯地に帰るように命令した政府軍大佐率いる小部隊がいまだに監視をしていると、監視塔の兵士からの報告があり、少佐は苦い顔をした。
少佐は引き続き即時出撃待機を兵達に命じた。
兵達は食事を終えると文句も言わずにトラックの横で銃を抱いて身を横たえた。
夜は更けていったが上級司令部からの新しい命令は下りなかった。
少佐は4人の中隊長をはじめとする上級将校を集め、検問所を強行突破し、政府軍大佐の小部隊を皆殺しにし、闇から闇に葬れないか検討した。
様々な問題をどう解決するかひそひそと話し合ったが、どうしても解決策が浮かばなかった。
少佐は駐屯地内の私服チーム指揮官に目を向けたが、彼は両手を広げ肩をすくめるだけだった。
少佐は将校たちを解散させた。
練兵場の車列の横では兵士達が、時折もぞもぞと体を動かしながら眠りについた。
少佐はじっと夜の闇を見つめていた。
夜が白々と明けて来た。
一睡もせずに夜を明かした少佐は兵達に早めの朝食を摂らせるように命じた。
兵士達は車列から離れずに、昨日の昼から三度目の食事を摂り始めた。
やがて東の方角からヘリコプターの爆音が聞こえて来た。
監視塔の兵士から、3機の政府軍UH-1ヘリコプターが駐屯地に向かって来ると報告を受けた少佐は駐屯地ゲートに急いだ。
2機のヘリコプターが政府軍大佐の検問所を挟むように着陸するとばらばらと憲兵達が降り立ち、政府軍大佐の小部隊に銃を向けて包囲した。
もう一機のヘリコプターが駐屯地ゲートに向かって来て上空2メートルほどにホバリングした。
ヘリコプターから傭兵団大佐が身を乗り出し思い切り腕を伸ばすと書類が入った筒を少佐に差し出した。
少佐がジープの荷台に飛び乗って手と体を伸ばして筒を受け取ると、大佐は一度こういう事をしてみたかった!と叫び、笑顔を受かべて敬礼した。
少佐が敬礼を返すとヘリコプターが急上昇し、憲兵隊を援護するかのように政府軍大佐の小部隊の上を旋回した。
政府軍大佐の小部隊は憲兵隊に包囲され、なすすべも無く武装解除された。
大佐は近づいた憲兵将校に逮捕状を掲示され、あっけにとられたまま後ろ手に手錠をかけられた。
少佐は受け取った筒の蓋を開け、中身を読みつつ練兵場に走りながらすぐ隣を走る将校に出撃命令を出した。
将校はにやりとして少佐に敬礼をすると大声で出撃命令を叫びながら走って行った。
下士官が笛を吹きながら走り回り、兵士達が食べかけの朝食を放り出し手で口を拭いながら突撃銃を抱えて我先に練兵場の車列に走り、慌ただしくトラックに乗り込んだ。
少佐は書類を畳んで胸のポケットにねじ込み、当番兵が差し出したショットガンを受け取ると先頭のジープに向かった。
ゲートがいっぱいに開かれ、少佐と護衛の兵士が載る大型ジープを先頭に、丸一日待たされた戦闘歩兵大隊兵士達を満載したトラックが続々と駐屯地から出発した。
少佐の隣に陣取った元イスラエル女兵士の護衛兵士が、後ろ手に手錠をかけられ、青ざめた顔でヘリコプターに連行されてゆく政府軍大佐に向かって中指を立てて罵った。
少佐ははしゃぎ、ハイタッチをする護衛兵士達の間で傭兵団大佐からの書類を胸のポケットから取り出して読んだ。
書類は戦闘歩兵第2大隊の行動の自由が保障された内容が書かれた政府軍の公式書類だった。
そこには、傭兵側についた2人の政府軍将軍のサインが書かれていた。
さらにもう2つの書類があり、一通は少佐が傭兵団歩兵中佐への進級を告げる書類と、軍曹を傭兵団准尉へ進級させる旨の書類だった。
少佐は書類をしばらく見つめた後、書類を握りつぶし、胸のポケットに押し込んだ。
そして、昨晩から一睡もしていなかった少佐はジープの運転手にもっと飛ばせと命じると、被っていたベレー帽を前にずらせて目を隠し、左右を大柄な護衛兵士に挟まれて、ショットガンを抱えたまま眠りについた。
血に飢えた兵士を満載したトラックの車列は軍曹率いる囮部隊救出のためにサバンナの道を驀進した。
少佐率いる車列は3時間ほど走ったのちに停止した。
護衛兵士に揺り起こされた少佐が何事か尋ねた。
車列の先の街道を3人の自警団兵士に守られた200人ほどの難民の群れが街道をとぼとぼと、疲れ切った足取りでやって来た。
少佐達が車を降りた。
彼らは軍曹達が駐屯している村の住人達だった。
村北側の枯れた川を渡り、何とか民兵の襲撃を逃れた一団であった。
少佐が通訳と護衛兵士を連れて村民達に近づいた。
村長と村長の息子である自警団指揮官が進み出て少佐に喰ってかかった。
彼らは考えられないほど大量の民兵に襲われた事、避難する時に傭兵団が助けてくれなかった事などを早口で述べ立てて少佐を罵った。
自警団指揮官が少佐の顔につばを吐きかけた。
少佐の護衛兵士達が突撃銃を構えて少佐の前に立ち塞がった。
自警団指揮官も村長も慌ててあとずさり、背後の村民達も不安そうに体を寄せ合った。
少佐は顔に掛かったつばを拭きもせず、村長と自警団指揮官に敬礼をすると足早に車に戻った。
護衛兵士達も不承不承車に戻り、車列が出発した。
無表情に座っている少佐に元イスラエル女兵士の護衛兵士がバンダナを差し出した。
少佐は礼を言ってバンダナを受け取ると顔を拭いた。
太陽は高々と昇り、じりじりとサバンナを焼いた。
車列が村に近づいて行くと、街道沿いの草原に射殺された村民の死体を見つけた。
少佐が車列を停止させた。
車を降りた少佐はハンドトーキーで配下の2人の中隊長を呼び出した。
トラックから降りた中隊長達に斥候の派遣と周囲の警戒を命じた少佐ははるか遠くの村に双眼鏡を向けた。
選抜された斥候隊が草原を進んでいった。
辺りは静まり返っていた。
ハンドトーキーが鳴り、斥候からの報告が入った。
村北側の枯れた川にたどり着いた斥候達に村内に侵入するように命じた少佐は兵士達に乗車する事を命じた。
斥候が通った後を車列が進んで行き、村のはずれについた。
車を降りた少佐の前に斥候隊指揮官の少尉が近づいた。
少尉は顔を引き攣らせて小声で少佐に、全滅であります、と言った。
少佐は黙って頷くと1人の中隊長に村周辺の捜索を命じ、もう1人の中隊長に村の内部の捜索を命じると、護衛兵士達を連れて村の中に入って行った。
広場の中央には軍曹率いる囮部隊の死骸が積み上げられていた。
彼ら彼女らは着ていた衣服を全てはぎ取られ、体のあちこちを切り刻まれていた。
囮部隊の死体の山の天辺には軍曹や女衛生兵や伍長などの首が長い槍で団子の様に数珠つなぎに貫かれて晒されていた。
女衛生兵と仲が良かった元イスラエル女兵士の護衛兵士が苦悶に体を曲げ大声で罵りの声を上げた。
少佐が広場を歩いてゆき、死骸の山に近づいた。
軍曹達の生首は目を潰され鼻を削がれ耳を切り落とされ、切り取られた男女の急所が、こじ開けられた口いっぱいに押し込まれていた。
ところどころ黒い布がかけてあると思ったのは死体をついばんでいる禿鷹だった。
少佐はショットガンを構え禿鷹を狙って引き金を引いた。
死体の山にとまっていた禿鷹の一羽がバラバラに吹き飛び、銃声に驚いた禿鷹達が空に舞い上がりたちまち空が暗くなった。
少佐は広場の西側に積み上げられた死体の胸壁をちらりと見た後、ハンドトーキーで村のはずれにとまっているトラックを広場まで入れて傭兵団兵士の死体の回収を命じた。
少佐は死体の胸壁に向かって行き軍曹が築いた防御陣地に入った。
西側胸壁から双眼鏡を覗いた少佐は草原の彼方にある森を見つけ、森の捜索を命じた。
村の中から子供の泣き声が聞こえて来た。
何人かの傭兵が声のする方向に走って行き、重傷を負って動けなくなった子供を引きずってきた。
重傷を負って仲間から見捨てられた少年兵が村の家に隠れていたのだ。
他の動けなくなった少年兵達が次々と傭兵達に容赦なく引きずられて広場に連れてこられた。
腹部や胸部に重傷を負っていた少年兵はぐったりとして意識も定かでは無かったが、足などの傷を負った少年兵達は意識もはっきりしており泣き叫びながら傭兵達に赦しを乞いながら引きずられて来た。
少佐が少年兵達の前に立った。
左の足首から先を吹き飛ばされ、自分で布きれで縛り付けた少年兵、大腿骨を骨折して太ももから折れた骨が顔を出している少年兵、さまざまな子供たちが少佐に両手を合せ、涙を流し、か細い悲鳴を上げながら命乞いをしていた。
少年兵達を連行してきた兵士達は憎悪のまなざしを少年兵達にむけ、あどけない声で泣き叫びながら命乞いをする少年兵達の頭をひっぱたいた。
護衛兵士達は少年兵達に突撃銃を向け、ギラギラと目を光らせながら少佐の発砲命令を待っていた。
少年兵の一人が折れた脚を引きずりながら少佐の足元まで這って来て、泣きながら少佐の足にしがみついた。
少佐は歯を食いしばりながら、涙と鼻水に濡れたあどけない顔で必死に命乞いをする少年兵を見つめた。
まだ7~8歳くらいであろうか、少佐は少年兵の顔を見つめてそう思った。
少佐は少年兵を蹴り飛ばした。
少年兵は折れた脚に体重がかかり悲鳴を上げてのたうちまわった。
少佐は腰のピストルを抜いて少年兵に向けると少年兵の胸板を撃ち抜いた。
少年兵は鼻と口から血を吐いて仰向けに倒れた。
連行され、集められた他の少年兵達がいっせいに悲鳴を上げて這いずり逃げようとした。
少佐は全て射殺しろと兵士達に命じた。
少佐が広場の囮部隊の死骸の山に向き直ると背後で立て続けに銃声が鳴り響き、少年兵達の断末魔の悲鳴と、傭兵達が少年兵達を罵る声が聞こえて来た。
捕虜は見つけ次第に射殺するように改めて命じた少佐は、ピストルを腰のホルスターに納め、囮部隊兵士達の死骸の山に近寄り、死骸の回収作業を見守った。
村の西側の草原や森の中から生き残った民兵を射殺する銃声が響いた。
少佐は微動だにせず、囮部隊兵士達の死骸の回収作業を見つめていた。
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