第7話

軍曹は時々双眼鏡を覗き込み、接近してくる民兵の集団を観察しながら大声で西側胸壁の兵士達に指示を出し、励ました。

そして、広場に面した胸壁の兵士達にも注意を呼びかけた。

西側から銃声が聞こえてくれば当然広場側からも、西側と呼応して攻撃を仕掛けてくるに違い無い、かえって広場側の胸壁の方が守備が薄い。

軍曹の防御陣地の広場側は薄皮一枚で覆われている状態だった。


突如、重機関銃が連射を始めた。

何事かと重機関銃の着弾した辺りを双眼鏡で見た軍曹の顔が強張った。

12・7ミリの巨弾に撃ち倒された民兵が担いでいたのは軍曹が危惧していたRPGロケット発射機だった。

射撃から少し遅れて重機関銃陣地の指揮を執っている伍長が弾着の辺りを指さしてRPG!と警報を発した。

異様に視力が良い黒人の重機関銃手がいち早くRPGを抱えた民兵を見つけて射撃したのだ。

有効射程500メートルのRPGを近づけると厄介な事になる。

RPGロケット弾が当たると防御陣地内の建物など、中にいる人間と共に簡単に吹き飛んでしまうからだ。

軍曹は双眼鏡を左右に振ってRPGロケット発射機を抱えた民兵の数をざっと数え、ゆうに20人近くいる事を知った軍曹が悔しそうに歯ぎしりをした。

重機関銃がまた咆哮し、何人かのRPG射手を撃ち殺すと、沈黙した。

重機関銃の弾丸が無くなった。

機関銃手は足元を見まわし、空の弾薬箱しかないことを確認すると悪態をついて自分の突撃銃を手に取って構えると迫り来る民兵の群れに狙いを定めた。

突撃銃の有効射程はおよそ300メートルと言われているがそれは動かない標的の場合だ。

確実に移動する敵を打ち倒すには200メートルでも難しい。

軍曹達が緊張しながら民兵の群れを待ち構えた。

軍曹は兵士の列の後ろを歩きながら、調子をつけた声で、まだまだ撃つなよ、良く狙えよ、皆殺しにしろ、傭兵団の意地を見せて見ろと言い続けた。

軍曹のいつも通りの声を聞いて兵士達は少し落ち着きを取り戻したようだった。

落ち着いて心拍数が減るだけでも確実に命中率が向上する。

射撃する兵士を落ち着かせるのは指揮官の重要な職務だ。

草原を進んでくる民兵の群れがジリジリと村に近づいてきた。

軍曹が優先的にRPG射手を狙うように兵士達に言った。

草原の一角で煙が上がり光の尾を引いて一発のRPGロケットが飛んできた。

RPG!と誰かが警報を発した。

軍曹達は頭を下げ、胸壁に伏した。

RPGロケット弾頭は死体の胸壁に突き刺さり、しばらく尻から盛大に炎を吹き出すと沈黙した。

不発だった。

元々戦車など、装甲車両を破壊する為に設計されたRPGロケットの弾頭信管はわざと鈍感に作られていて、柔らかい死体の肉に突き刺さって不発に終わった。

ロシア製のRPG弾頭ならば推進用のロケット噴射が終わった時点で自爆するが中国製の弾頭はその機能が無くただ沈黙するだけだった。

兵士達は安堵のため息をついて苦笑いを受かべた。

軍曹も苦笑いを浮かべながら、運が良い猿ども!撃て!パーティを始めろ!と命令した。

多少距離は遠いが少しでも民兵の数を減らしたかった。

訓練を重ねた傭兵団の兵士は通常の歩兵よりも突撃銃の有効射程が長かった。

兵士達は狙いを定めて射撃を始めた。

軍曹は双眼鏡を置いて自分でも銃を手に取った。

また一発RPGロケットが飛んで来た。

ロケットは西側胸壁のはずれに着弾して、今度は爆発し防御用に積んである死体を盛大に吹き飛ばした。

胸壁に積んである死体の欠片が吹き飛び、ばらばらと軍曹達に降り注いだ。

降り注ぐ死体の破片を浴びながら、軍曹達は撃ち続けた。


広場側の建物からも、誰かが警報を上げて激しい射撃音が聞こえてきた。

村に潜んでいた民兵が西側からの攻撃に呼応して一斉に姿を現し、広場を横切って突撃して来た様だ。


草原の民兵達が銃を撃ちながら突撃して西側胸壁に殺到してきた。

胸壁の兵士達もだんだんと射撃の間隔が短くなり、民兵の叫ぶ声が近付いてきた。

軍曹は横に回り込んでくる民兵を注意しながら、西側胸壁で射撃をしていて弾切れになってこちらを向いた兵士に並べてある民兵から奪った銃を投げ渡した。

時折、RPGロケットが飛んで来て重機関銃陣地や西側胸壁の近くに着弾して爆発した。

民兵は陣地前面に満ち溢れて来た。

胸壁の兵士が1人、顔を銃弾で吹き飛ばされて崩れ落ちた。

軍曹は弾切れの兵士に次々と突撃銃を投げ渡した。

防御陣地の北側に回り込もうとした数名の民兵を連射で撃ち倒した軍曹が弾を撃ち尽くした銃を捨てて並べてある突撃銃を拾おうとした。

その時、胸壁の兵士が持っていた銃の弾が無くなり、悪態をつきながら軍曹の方を振り向いた。

軍曹は手に取った突撃銃をその兵士に投げ渡した。

置いてある突撃銃が残り1丁になった。

もう1人の兵士が振り向いたので残った突撃銃を投げ渡しながら、これで最後だ!と叫んだ。

軍曹は腰からピストルを抜くと横から回り込もうとした兵士を慎重に狙い、撃ち倒した。

その時に西側胸壁に取りついた兵士の1人が後ろからの銃撃で背中を撃たれて倒れた。

振り向いた軍曹の目に、広場に面した胸壁に突撃してきた民兵が死体の胸壁を乗り越えようとしているのが見えた。

軍曹はピストルを構えて胸壁を乗り越えようとした2人の民兵を射殺した。


広場側の胸壁守備をしていたインドネシア人兵長が手榴弾を胸壁の向こう側に放り投げた。

爆発音がして民兵の悲鳴が聞こえた。

インドネシア人兵長が胸壁から身を乗り出し民兵に向けて銃を掃射した。

そして、胸壁の向こうに飛び降りた。

胸壁の向う側から民兵の突撃銃が何丁も投げ込まれた。

兵長が軍曹達の為に倒した民兵の銃を拾って投げ込んでいた。

軍曹は広場に面した胸壁に走った。

5、6丁の突撃銃が投げ込まれていた。

胸壁の向こうからこちら側に戻ろうとしたインドネシア人兵長が後ろから撃たれ、ずるずると胸壁の向こう側に落ちていった。

軍曹は走りながらインドネシア人兵長が投げ込んだ突撃銃を拾い、胸壁に身を乗り出した。

近づいてくる民兵に掃射を喰らわせた軍曹の目の前で仰向けに倒れているインドネシア人兵長の姿が映った。

彼の腹は破れて内臓がはみ出ていた。

もう、立ち上がる事は出来ないだろう。

彼は、手榴弾のピンを抜いて、血まみれの顔で軍曹にウインクをするとHG!とかすれた叫び、手榴弾を掴んだ手を高く掲げた。

軍曹が胸壁の陰に身を隠すと爆発音が響き渡り、なおも胸壁に取りつこうとしていた民兵達もろともインドネシア人兵長は吹き飛んだ。

軍曹は広場側胸壁の守備についている2人の兵士に後を任せると怒鳴り、拾った突撃銃を抱えて西側胸壁に走った。

その時、重機関銃陣地にRPGロケットが2発直撃して爆発し重機関銃陣地の壁を吹き飛ばした。

黒人の重機関銃手の上半身がちぎれて、小腸を長く引きながらクルクルと回転しながら飛んでいった。

陣地守備をしていた伍長ともう1人の兵士が血まみれになりながらも陣地に残った銃を手に持って民兵に向けて射撃をしながら西側胸壁に走って来た。

もう一発のRPGロケットが左側の建物に命中して建物の中から広場に向けて射撃をしていた兵士とともに吹き飛んだ。

軍曹は建物の爆風を浴びて倒れた。

身を起して銃を拾い西側胸壁に行こうとした軍曹が、激痛に顔を歪めた。

建物の破片の尖った木が軍曹の左側の太ももに深々と突き刺さっていた。

軍曹は木の破片を握って引き抜くと血の跡を転々と残しながら足を引きずって西側胸壁に向かった。

西側胸壁で民兵に射撃をしている兵士はもう、4人しか残っていなかった。

破壊された重機関銃陣地から西側胸壁に走って来た伍長ともう一人の兵士が死体で築いた胸壁を乗り越えようとした。

兵士が腰に銃弾を受けてずるずると滑り落ちた。

伍長が兵士に手を伸ばして引っ張り上げようとしたが、兵士は背骨に弾丸を受けたらしく下半身が動かなかった。

兵士は自分の足を拳骨で悔しそうに殴った。

兵士は手を伸ばす伍長に向けて顔を横に振った。

そして、死体の胸壁に突き刺さったRPG不発弾頭をゆっくりと引き抜いてヘルメットを外した。

すぐ後ろには、顔を歪めて咆哮し、突撃銃を乱射し、振りかざしながら民兵兵士が迫って来た。

伍長は小さく兵士に敬礼をすると胸壁の向こう側に飛び込んだ。

腰から下が麻痺した兵士は迫り来る民兵に体を向けると大声で叫びながらRPGの弾頭をヘルメットに叩きつけた。

胸壁前面で爆発が起こり兵士と民兵の何人かが吹き飛んだ。

軍曹が持ってきた突撃銃を拾った伍長が、胸壁の外に向かって射撃を開始した。


軍曹が後ろを向くと、中央の建物から飛び出してきた女衛生兵や子供を背負ったままの若い女が胸壁から侵入しようとする民兵を片っ端から射殺していた。

彼女たちは目を吊り上げ、甲高い叫びを上げながら民兵を罵りながら銃を乱射した。

その間に中年の女や年が若い子供たちが出て来て、撃たれ負傷し、胸壁に転がっている味方兵士を引きずって建物の中に回収した。

軍曹が西側胸壁を伍長に任せると足を引きずりながら広場側の胸壁に向かった。

胸壁から広場を見ると突撃してきた民兵が銃を乱射しながら後退していった。

軍曹は若い村の女に自分のヘルメットを脱いで、被せてやった。

若い女はにこりとして軍曹にぎこちない敬礼をすると民兵兵士の死体から突撃銃をもぎ取り、建物の中に入っていった。

軍曹は長年愛用している小振りの黒いベレーを取りだすと、それを被った。

女衛生兵が軍曹の足の傷に気がつき、腰のポウチから包帯を取り出して軍曹に近づいた。

その時、胸壁のはずれで倒れていた少年兵がふるえる手で銃を持ち上げると軍曹と女衛生兵に向けて撃った。

女衛生兵は数発の銃弾を背中に受けて倒れた。

軍曹はぎりぎりで銃弾を避わすと少年兵に近寄り、その頭を掴んで渾身の力を込めて捻った。

少年兵は首から不気味な音を音を立てて、痙攣して死んだ。

軍曹が女衛生兵の所に近寄ると彼女はその愛くるしい顔の目や口や鼻から大量に出血して目を見開いて事切れていた。


広場側の胸壁から新たによじ登って来た民兵が顔を出した。

軍曹が拾った突撃銃を民兵の顔に近づけて引き金を引いたが弾が出なかった。

軍曹はそのまま銃口を民兵の口に突っ込むと思い切り横に払った。

びりっと音がして民兵の頬が破れ、民兵は血と歯を吐き出しながら胸壁の向こうに落ちていった。

軍曹は銃を捨てて廻りを見まわしたが、使えそうな銃が無かった。

軍曹は上着の前をはだけ、懐にはさんでいた東洋のやくざが使う短いドスを抜いた。

胸壁の端から数人の民兵が胸壁を乗り越えて来た。

軍曹は唸り声をあげて民兵達に突進して、ドスを操り、瞬く間に全員を殺害したが、軍曹も腹に1発の銃弾を受けた。


西側胸壁を見ると次々と民兵が乗り越えて来て、伍長と、ただ二人残って胸壁守備についていた兵士達が取っ組み合いのけんかの様な白兵戦を展開していたが、多勢に無勢で次々と民兵の波に押し倒され、飲み込まれた。

今や防御陣地のあちこちが綻び、ありの群れのように民兵達が入り込んで突撃銃を乱射しながら、ナタを振り回しながら駆けまわっていた。

右の建物の中からごついひげを生やした東洋人の兵士が突撃銃を構えて飛び出し、最後に残った弾倉の弾をまき散らして数人の民兵を撃ち倒した。

弾丸が無くなり、腰の銃剣を抜いた兵士に民兵達が一斉に押し寄せ引きずり倒すとナタをふるって絶叫し続ける東洋人の兵士を散々に切り刻んだ。

軍曹も民兵に周りを取り囲まれた。

軍曹は突撃銃を構えてやや怯えた顔で自分を睨みつけるギョロ目の少年に目をとめた。

ンガリだった。

軍曹は長距離斥候任務に就いた時に襲われた集落でンガリが愛犬と一緒に写っている写真を見た事を思い出した。


何故お前がここにいる!


軍曹はアジアの母国語でンガリに怒鳴った。

聞きなれない言葉と軍曹の剣幕に驚いた民兵達は凍りついたように軍曹を見た。


何故お前はそんなものを持っている!


子供はそんなものを持ってはいけない!


子供はそんなものを人に向けてはいけない!


子供はそんな目で人を見てはいけない!


子供は戦争なんかしてはいけない!


軍曹は混濁した意識の中、足を引きずりンガリに一歩一歩近づきながら怒鳴った。


そんなものは俺に渡して家に帰れ!


さぁ、そんなものは俺に寄こせ!


周りの民兵達は何かの儀式を見るようにンガリに手を伸ばして歩み寄る軍曹を身動き出来ずに見つめていた。


さぁ、そんなものは俺に渡して家に帰れ!


恐怖で動けなくなったンガリに軍曹が手を伸ばした。

ンガリは突撃銃の引き金を引いた。

軍曹の伸ばした手の指が吹き飛び、軍曹が握っていたドスの刃が根元から折れ飛び、きらきらと日の光を反射して地面に突き刺さった。

軍曹は胸部と腹部にも銃弾を浴びて倒れた。

朦朧とした軍曹の目に、中央の建物の入口で、軍曹がヘルメットをかぶせてやった村の若い女が、死んでいる乳飲み子を背中に背負ったまま血まみれで倒れているのが映った。

数人の民兵が若い女の死体を踏みつけて戸口に殺到して、建物の中に向けて突撃銃を乱射していた。

建物の中からは子供たちや負傷兵たちの断末魔の叫びが聞こえてきた。

軍曹はゆっくりと倒れて仰向けに転がった。

雲ひとつなく晴れ渡った空が地上での人間同士の醜い争いを見下ろしていた。


その時、広場側の死体を積んで作った胸壁をぶち抜いて傭兵を満載したトラックが突っ込んで来た。

トラックからは戦闘歩兵第2大隊の兵士が素早く飛び降りて民兵達を蹴散らした。

民兵達はバタバタと傭兵団兵士達の銃撃で倒れ恐慌状態で逃げていった。

少佐が愛用のショットガンを構えて軍曹の所にやって来た。


軍曹、良く持ちこたえた、と笑顔の少佐が言った。


少佐殿、いささか遅かったですな、と軍曹が答えた。


お前の見せ場を作ってやったんだ、と少佐が笑った。


光栄ですが、いささかくたびれました、家に帰っても良いですか、と軍曹が尋ねた。


除隊を許可するがお前は家に帰れないぞ、と少佐が微笑んだ。


何故ですか?と軍曹が尋ねた。


お前には新しい任務がある、俺が買った農場に、ここにいる可哀そうな子供たちを連れて行って面倒を見ろ、と少佐が言った。


この子供たちに突撃銃やナタで人を殺す事なんかじゃなく、作物や家畜を育てて、人や自然を愛して立派に生きて行くように教えてやれ、と少佐が言った。


もちろん勉強もだ、と少佐が笑った。


自分は勉強が苦手です、と軍曹が答えた。


俺がみっちりと一から教えてやる、と少佐が言った。


さぁ、立ち上がれ、と少佐が声をかけると、軍曹は立ち上がった。


軍曹の体の痛みは消え失せていた。

少佐が辺りを見回しながら、さあ、お前たちも起きろ!と手を叩くとあちらこちらで倒れて死んでいる少年兵達が起き上がり、不思議そうな目をして集まって来た。


おまえら、戦争は終わりだ!このおじちゃんについて行って楽しく暮らせ!と少佐が子供達に言った。


少年兵達は訳も分からずに頷いて、手に持った突撃銃やナタを捨てると軍曹の下に集まりあどけない瞳で彼を見上げた。


軍曹の手に触れた子供の手を軍曹は静かに握った。


あ!忘れてた、お前の嫁さんを連れて来たぞ!子供を育てるなら嫁さんが必要だからな!と少佐が軍曹に言った。


少佐の後ろにはウエディングドレス姿の女が顔を赤らめて俯いて立っていた。

軍曹が戦場に来る前に知り合ったスナックの女だった。

一度だけ店を終えた後食事に誘った女だった。


お前の除隊祝いと結婚式はわが戦闘歩兵第2大隊で執り行う!文句はないな!と少佐が重々しく告げると周りにいた傭兵達が一斉に軍曹に敬礼をした。

軍曹は俯いた花嫁の手を握ろうと手を伸ばした。

軍曹の目の前の幻の花嫁や幻のあどけない表情の少年兵や幻の少佐や幻の第2大隊の兵士達が消えうせて、雲ひとつない真っ蒼な青空がどこまでも広がっていた。

軍曹は血まみれの顔に穏やかな微笑みを浮かべて死んだ。



民兵達は、ンガリに撃たれ、倒れた軍曹に恐る恐る近づいた。

ンガリの小部隊を指揮する最年長の少年兵が突撃銃で軍曹をつついた。

少年兵はナタを抜くと仰向けに倒れ微笑みを浮かべて横たわっている軍曹に思い切り切りつけた。

息絶えた軍曹の体は微動だにしなかった。

民兵達は軍曹の遺体に殺到し、奇声を上げながらナタで切りつけ、突撃銃で殴りつけた。

最年長の少年兵が軍曹の半ば千切れかけた頭から黒い小振りなベレー帽をもぎ取ると、尻もちをついて突撃銃を構えたまま放心状態になっていたンガリに渡した。

そして、ンガリにそのベレー帽をかぶるように言った。

ンガリはマジマジとベレー帽を見つめ、頭にかぶると少年兵がにやりと笑って手を差し出した。

ンガリがその手を握ると、少年兵は手を引っ張ってンガリを立たせた。

防御陣地内の銃声は絶え、勝利した民兵達が奇声をあげ、飛び回りながら傭兵団兵士達や自警団兵士達、村民の死体を引きずりまわし、切り刻み、様々な辱めを与えていた。

黒いベレー帽をかぶったンガリを何人もの民兵が笑いかけながら叩いた。

悪魔のような大柄の東洋人を倒したンガリを民兵達が手荒く祝福した。

やがて、民兵指揮官が防御陣地内にやって来た。

指揮官は敵の死体と味方の損害を調べさせた。

民兵側は死者と使い物にならなくなった負傷者を含めると300人以上の損害を出していた。

民兵指揮官は村に立てこもった傭兵側の兵士の死体を数え、ほんの30人程の兵士しかいなかった事に戦慄を覚えた。

民兵達の間で、我々は悪魔と戦ったのだとの囁きが漏れた。

指揮官はその囁きを利用した。

我々は悪魔と戦い勝利したのだと宣言した。

民兵達は人間以外の存在と戦い勝利したと宣言した。

生き残った民兵達はその言葉に興奮し、叫んだ。

兵士達は傭兵団兵士の死体を切り刻み、その血を飲み、叫びまわった。

傭兵団兵士達の死体は広場の中央に集められ、念入りに辱めを受けた。

そして民兵達は、村にある価値のありそうな物を略奪し、自力で動けない重傷者の内、大人の民兵は荷車に載せ、重傷の少年兵達を見捨てて意気揚々と村を後にした。

民兵組織が村に攻撃を開始してから7時間が過ぎていた。




その頃、第2戦闘歩兵大隊の駐屯地では練兵場に駐車したトラックの車列の横で待機している兵士達に、調理場から食事を運ばせて遅い昼食を摂っていた。

少佐は疲労した通信兵を交代させ、軍曹が指揮を執る囮部隊に即座退却を指示する符丁を打ち続けさせた。

少佐はむっつりと黙り込み上級司令部からの出撃許可の命令を待っていた。

首都にある傭兵団司令部では、傭兵大佐が、私服チームが拷問によって探り出した中国人ブローカーと政府軍将軍の癒着の証拠を持ち、将軍と対立関係にある2人の将軍の元を訪れていた。

彼らは買収された将軍の関係者の逮捕に難色を示した。

下手に事を起こせばただでさえ弱体な政府軍内で深刻な闘争が起こるからである。

それに中国政府と対立する姿勢を見せると自分達の立場が危うくなってしまうと、弱気な姿勢を見せた。

傭兵軍大佐は将軍暗殺に関して傭兵団が実行する事と、中国人ブローカーの殺害に関する罪を買収された将軍に被せる事を約束して2人の将軍を説得した。

2人の将軍は、傭兵団大佐の約束と、多額の賄賂を目の前にして、買収された将軍の派閥に属する将校の逮捕に不承不承、承知した。

しかし、その実行は将軍の暗殺が成功した時に行うと言い張った。

暗殺が失敗すれば自分達は動かないと強硬に言い張った。

傭兵団大佐は、臆病で私利私欲に敏感な2人の政府軍将軍達を前に煮えたぎる思いを腹に秘めつつ、絶対に暗殺を成功させ、中国人ブローカーの殺害の罪を将軍にかぶせてみせると誓った。

傭兵団大佐は2人の将軍の派閥に属する将校が指揮を執る憲兵中隊を借りる事を2人の将軍に同意させた。

私服チームの暗殺隊は、中国人ブローカーを脅して、将軍と待ち合わせを約束させた場所への配置を済ませ、将軍を待った。

傭兵団大佐は2人の将軍から借り受けた憲兵中隊を引き連れて将軍との待ち合わせ場所に向かった。


日が暮れてきた。


上級司令部での出来事を知らずにいらいらと命令を待つ少佐は沈む行くサバンナの夕日を見つめていた。

民兵組織に限らず、アフリカ人は極端に夜戦を嫌う傾向がある。

もし日が沈むまで持ちこたえていてくれれば。

少佐は軍曹が生き残っていれば死ぬほど酒を奢ってやらなければならないな、と思った。

少佐は軍曹が生きていれば財布どころか給料を全部ハタイテも後悔しない、と思った。

指揮下の将校が夕日を見つめている少佐に、兵達の夕食はどうするか尋ねた。

少佐は夕日を見つめたまま、兵達の即時待機を継続させ、夕食も練兵場の車列の横で摂らせるように命令した。

血のように真っ赤な太陽が、サバンナの彼方にゆっくりと沈んでいった。




続く

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