第6話

森の中では民兵組織の幹部達が額を寄せて話し合っていた。

一回目の攻撃で思わぬ大損害を蒙り、幹部達の間では動揺が走っていた。

民兵指揮官は損害の集計を見て眉をひそめた。

西側からの攻撃で140人が死に、北側からの別動隊100人は30人の死者を出してほうほうの態で退却してきた。

死者の殆どは弾避けの為の、今回が初戦の少年兵だったが次回の攻撃は弾避けが少ない分慎重に近寄らなければならなかった。

民兵指揮官は荷車に積んだRPGロケット発射機の入った木箱をちらりと見た。

重火器を持たない彼らにとってRPGは貴重品だった。

大量に買い付けた突撃銃に比べてRPGは高価で少量しか買い付けなかった。

中国人ブローカーは彼らの足元を見て中東などの相場よりも2倍以上の値段を吹っかけていた。

RPG一基を発射する位なら少年兵20人に銃を持たせて突撃させ、その殆どが死んでも攻撃が成功するなら、そちらの方がよほど安上がりだ。

民兵指揮官はもう一度力押しをしてみる事にした。

あの村にいったい何人の敵がいるのだろうか?民兵指揮官は自問自答した。

今までの政府軍兵士達との戦いに比べての手ごわさから考えたらおそらく100人位は立て篭もっているのだろう。

そして、第一回目の攻撃の時に何人殺したのだろうか?

それはこれからの攻撃で判るだろう。

民兵指揮官は村に立て篭もっている兵士全てを殺す決心を固めていた。

民兵指揮官は手持ちの兵力から100人を割いて村の北側から、もう100人を村の南から侵入させる事にした。

そして、残りの400人余りを前回より慎重に村の西側から近寄らせ、あの忌々しい土嚢で固めた陣地を何とか奪おうと決心した。

たとえまた200人が死んでも構わない、また集落から子供をさらってくれば良いのだ。

子供たちは一番安上がりで扱いが楽な消耗品なのだ。

指揮官は集まった配下の者たちに攻撃命令を下した。


ンガリは逃げて行く年長の少年兵を追って森まで逃げて来た。

耳は聞こえるようになったが激しい耳鳴りがンガリを悩ませた。

最初の攻撃の時に一緒に最前列にいたンガリ同様に今回が初戦の少年兵は20人から8人に減っていた。

ンガリの背後にいた年長の少年兵は全員が生き残っていてまったく無傷だった。

ンガリを集落からさらって来て部下に組み込んだ最年長の兵士が、ンガリ達を一列に並ばせて、攻撃が失敗したのはお前らが臆病だからだと拳を固めて一人一人を殴って回った。

ンガリは殴られて鼻血を出しながらも銃を握りしめて立っていた。

ンガリ達の小部隊は村の北側から攻撃する部隊に組み込まれて、慎重に身を隠しながら草原を迂回していった。


森の中ではほとんど衛生設備を持たない民兵組織が負傷して自力で逃げて来た少年兵達の内、使い物にならない者を次々と罵声を浴びせてナタで殺していた。

民兵達は、手の指が吹き飛んだり、耳が引きちぎれたり、腕を骨折して骨が飛び出していたり、足に弾丸が当たりながらもかろうじて歩ける少年兵達を集めて、お前らに戦士になるチャンスをもう一度やると言って並ばせた。

少年たちはベソをかきながらも民兵の剣幕を恐れ、痛みを我慢して渡された突撃銃を手に取った。

戦う事を拒否するとどうなるのか、傍らでナタで殺された子供たちを見て判り切っていた。

およそ80人ほどの負傷した少年兵は西側からの第二回の攻撃の時の弾避けに使われた。

民兵組織は彼らを先頭に並ばせると再び攻撃を始めた。

民兵指揮官は安全な森から双眼鏡をのぞいて彼らの後姿を見ながら酒をあおった。


軍曹は森から民兵が出て来たと警報を受け、食べかけの食事を放り捨てて死体で作った胸壁に向かった。

軍曹は胸壁の配置についている兵士達に弾丸を節約して撃てと指示を出しながら廻った。

軍曹が双眼鏡を覗くと、民兵の最前列のべそをかきながら銃を持ち進んでくる少年兵の列が見えた。

突撃銃よりもはるかに射程が長い重機関銃が、早くも射撃を始め、容赦無く、民兵の群れの最前列の子供達を破壊し始めた。

12,7ミリの巨大な弾丸は栄養不足で華奢な体つきの子供たちの体を易々と引き裂いた。

べそをかいて哀れに見える少年達でもその手に持っている突撃銃は十分な殺傷力があるのだ。

殺さないとこちらが殺られる。

軍曹は自分にそう言い聞かせて双眼鏡を覗き込んだ。




その頃、ンガリ達、北側から村を攻撃する別動隊は枯れた川沿いの藪にたどり着いた。

北側に配置されていた2人の傭兵がンガリ達を見つけ、ハンドトーキーで小声で軍曹に警報を発した後、慎重に物陰に身を隠し、銃の照準をンガリ達に合わせて迎撃する態勢をとった。


軍曹は北側と南側に配置についている兵士達からそれぞれ100人規模の民兵の別動隊を発見したと警報を受けた。

軍曹はなるべく敵を殺しながら防御陣地まで後退して来るように命令した。

東側の2人の兵士からは敵発見の報が無かった。

軍曹は東側の兵士に速やかに陣地に戻る事を命令した。

そして左右の建物の守備についている兵士に後退してくる味方兵士に気を付けながら村側から来る敵を警戒するように命じた。

森からやって来る民兵の群れは最前列の負傷した少年兵以外はしっかりと身をかがませて遮蔽物を利用しながら進んできた。

めぼしい標的を殆んど撃ち倒した重機関銃手は弾薬を節約する為に射撃を中止した。


村の北側ではンガリ達が枯れた川沿いの藪から顔を出すと、周りを警戒しながら川底を渡り始めた。

先頭を歩く2人の少年兵が待ち構えていた傭兵の狙い澄ました射撃を受けて倒れた。

ンガリ達は弾が飛んできたと思われる方向に向けて銃を乱射した。

その後、村から弾は飛んで来なかった。

先頭の少年兵を狙撃した2人の傭兵はすかさず村の中に下がり、次の狙撃に備えて身を隠す場所まで後退した。


ンガリ達は前進を再開して村側の川の斜面を登った時に、また二人の少年兵が狙撃され胸板を撃ち抜かれて川底に転がり落ちた。

最年長の少年兵が川底でンガリ達に横一線に並んで一斉に斜面を登るように命じた。

大人の民兵達がまだ川向うの藪で身を隠したまま少年兵達が村に侵入するのを見つめていた。

銃声が轟き、また二人の少年兵が斜面を転がり落ちたが残りの少年兵たちは突撃銃を乱射しながら村に侵入した。

大人の民兵達はそれを見届けると周りを警戒しながら川底を渡り、少年兵達の後に続いた。

2人の傭兵は巧みに遮蔽物を利用して民兵を狙撃しては西側にある防御陣地に向けて後退をしていった。

南側でも同じように傭兵達の銃撃を受けながらも民兵の別動隊が村に侵入する足掛かりを作り上げていた。

北と南で配置についていた傭兵は待ち伏せ射撃を続けながら防御陣地の胸壁に向けて後退していった。

民兵は建物の角角で狙撃を受けながら、おっかなびっくりと進んだ

北と南からの侵入によって村の東側3分の一が民兵の手に落ちた。


死体の胸壁内の建物の広場に面した窓から配置についた兵士、衛生兵、自警団兵士、村民の女達が銃を突き出して民兵の襲撃を今か今かと待っていた。

やがて広場に北側と南側から後退してきた兵士が現れた。

緊張していた衛生兵の一人が後退してきた兵士を民兵と勘違いしてサブマシンガンを撃った。

こちらに背中を見せて後退して来た兵士の一人が危うく弾に当たりそうになりながらも地面に転がって難を避けた。

苦笑いを浮かべながら立ち上がった兵士を、広場に到達した民兵が一斉に射撃をして射殺した。

建物からも民兵に対して応射が始まり、たちまち辺りが銃声と悲鳴、怒号に満ちた。

後退してきた兵士の生き残りが敵味方の射撃に頭も上げられず双方の間で孤立した。

後退してきた兵士は銃弾の嵐の中を匍匐前進して遮蔽物にたどり着き、民兵に向けて射撃を始めた。


その頃、西側重機関銃陣地とそれに面した胸壁でも、互いに激しい銃撃戦が始まった。

重機関銃陣地に肉薄する民兵の側面を軍曹が指揮する胸壁からの銃撃を受けて民兵がバタバタと倒れた。

重機関銃陣地からも伍長達が盛んに射撃をして、民兵は死体の山を築いていった。

それでも民兵達はじわじわと重機関銃陣地に迫って来た。

軍曹は胸壁の兵士達に手榴弾を用意させて一斉に安全ピンを抜かせた。

そして、良く通る大声で重機関銃陣地に向けて、HG!と手榴弾使用警報の叫びをあげた。

陣地内の兵士がすかさず頭を下げて土嚢の陰に隠れた。

軍曹達が重機関銃陣地の廻りに向けて一斉に手榴弾を投げた。

連続した爆発音が響き、民兵達は大量の穴だらけの死体を残して慌てて後退していった。

村の広場では依然として散発的に銃声が轟く中、孤立した兵士が何とか胸壁内に戻って来た。


村に侵入した民兵達は防御陣地からの激しい射撃に阻まれ広場の反対側の建物の陰に潜んでそれ以上接近してこなかった。

やがて広場の銃声も止み、双方睨みあいの状態になった。


軍曹達は民兵の2度目の襲撃も撃退した、が、重機関銃陣地で2名、広場で1名の兵士が死亡し、中央建物で自警団兵士一人が死亡、左右の建物にいた兵士の内の2名が死亡し1名が頭部に銃弾を浴びて人事不肖に陥いり、中央の建物に収容された。

軍曹の手持ち兵力は軍曹を含めて戦える戦闘歩兵が18名、衛生兵3名自警団兵士2名、それに村民の女性2人となった。

軍曹は腕時計を見た、少佐から駐屯地出発の連絡を受けてから3時間20分が経っていた。

あと40分。

軍曹は防御陣地内の兵士の配置を手直ししながらもうすぐ救援が来ると兵たちを励ました。

だが、万が一の時に軍曹達が持ってきた大量の医薬品を敵に渡さないように、衛生兵に命じてなけなしの手榴弾を何個か医薬品の山にセットさせた。


重機関銃の残弾は30発を切っていた。

手榴弾も、もはや全ての兵士の数より少なくなった、守備についている兵士達の銃の弾薬も心細くなってきたが、軍曹は少佐の到着までかろうじて持ち堪える事が出来ると計算した。

待ち伏せ射撃で損害を出しながら村に居座った150人程の民兵は攻撃の機会をうかがいながらそれぞれ建物の陰に陣取った。

もしも彼らが全滅覚悟で胸壁に殺到したら防御陣地は裏から崩壊するだろう。

しかし、村に侵入した別動隊指揮官はいったい何人の敵があの死体で築いた壁の向こうにいるか判らずに恐怖心に捕らえられてしまい配下の攻撃を止めた。


またも夥しい損害を出して後退してきた民兵の群れを見て、民兵指揮官はRPG対戦車ロケット発射機の木箱を開け、弾頭を装着するように命じた。


駐屯地では少佐がどっかりとテントの椅子に腰かけて頻繁に煙草をふかせながら上級司令部からの連絡を待ちつつ、通信兵に囮部隊の呼び出しを続けさせていた。

少佐は通信兵に囮部隊を呼び出すだけでなく、ある符丁をモールス信号と音声信号で打電する事を命じた。

無線機の故障で受信は出来るが送信が出来ないかも知れない。

フランス語で、各自勝手に逃れよ、と言う意味の言葉の頭文字をとった符丁だった。

少佐と囮部隊にだけ通じる符丁で、村も何もかも捨てて退却しろと言う意味だった。

通信兵は飽きることなく打電し続けた。


駐屯地の正門前では少佐達を追跡してきた政府軍大佐が、指揮下の政府軍兵士達に応急のバリケードを築かせていた。

彼らの執拗さに少佐達は危惧を抱いた。

やはり、裏で何かあるのではないか?

少佐の配下の4名の部隊長が、色々と議論を始め、中には政府軍兵士達を血祭りにして出発しようとの強硬論も出た。

更に政府軍を敵にして、いっその事、この国を乗っ取ってしまおうと物騒な意見も出た。

さんざん政府軍のだらしなさに泣かされてきた不満が噴き出していた。

少佐も一瞬、その考えに取りつかれたが、いかんせん兵力が足りなかった。

この国全土を掌握するには今の手持ちの20倍の兵力が必要だし、万が一国を乗っ取る事に成功して傀儡政権を打ち立てても国際世論が認めてくれるはずも無い。

それは形を変えた地獄を作るだけの事なのだ。

少佐は議論を打ち切って部隊長達を解散させた。

少佐は上級司令部を呼び出し、事態の進展を問い合わせたが、とにかく待機せよとの一点張りだった。




少佐がいらいらしながら上級司令部からの連絡を待っている間、傭兵団私服チームは拉致した中国人武器ブローカーを拷問に掛けていた。

拉致した5人の内3人は死亡したが、まだ息がある内の1人が民兵組織の為に傭兵団の活動を抑える為、政府軍高官を買収していたことを告白した。

その高官とは、少佐率いる傭兵団戦闘歩兵第2大隊を首都に移転させる書類にサインをした将軍だった。

傭兵団私服チームの指揮官は、顔が数倍に膨れ上がり、耳をそぎ落とされ太ももに何本もナイフが突き刺さって呻いている中国人ブローカーに電話を渡し、買収した政府軍将軍に、書類に手違いがあって、新しく送金する時に困るから、至急書類を持って来て欲しいと電話をさせた。

私服チーム指揮官は死んだ中国人ブローカーを車のトランクに入れ、生き残ったが人間の残骸と化しているブローカー2人を後部座席に詰め込み、12人からなる暗殺チームを同行して将軍との待ち合わせ場所に向かった。

上級司令部は私服チームからの連絡を受け、買収された将軍と熾烈な派閥争いをしていた二人の将軍に連絡を取り、買収された将軍の派閥に属する将校の逮捕手続きを取るように迫った。



村では軽傷を負った兵士の治療の為に衛生兵が慌ただしく走り回っていた。

軍曹は新たに手に入れた死体を積み上げて陣地を強化させた。

中央の建物の前では、中年の女が銃撃から生き延びた村民の子供達の内の年長の子供達に民兵から回収した突撃銃の扱い方を教えていた。

その横では、広場での銃撃戦で3人の民兵を撃ち倒した若い女が、壁に突撃銃を立てかけて、胸をはだけて乳飲み子に乳をやっていた。

若い女は村に伝わる子守唄をハミングしながら、慈愛溢れる顔で無心に乳房に吸い付いている赤ん坊を見ていた。

軍曹はそのちぐはぐな光景を複雑な表情を浮かべて見ていた。

少佐がこの光景を見たら激怒するだろうな、と軍曹は思った。

女子供や老人や民間人から戦争を取り上げて、いつか人類から戦争を追い払うと、酒を飲んでいる時に少佐が良く言っていた事を軍曹は思い出した。

どういう風に取り上げるのですか?との軍曹の問いに、少佐はいたずらっ子のように目をくりくりさせて、まぁ、見ていろ、その為の作戦はここに詰まっていると、自分の頭を指差して笑った。

軍曹は難しい事は判らないが少佐のその企てに力を貸したいと思っていた。

しかし、今は子供も含めた死体の山を築いてもこの場所を守らなければならなかった。

死体の山を築くのは軍曹の得意分野だった。

軍曹は頭を振りながらその場を離れて胸壁内部の兵士の守備位置を手直ししていった。


右側の建物の中ではごついひげを生やした東洋人の兵士が膝を抱えて俯き、北側の守備についていたインドネシア人の兵長が英語交じりのたどたどしい東洋人の母国語で何やら慰めていた。

軍曹が建物の中に入って来るとインドネシア人兵長とごついひげの東洋人兵士が立ち上がって敬礼をした。

軍曹はインドネシア人兵長の肩をポンポンと叩いて感謝の気持ちを表しながら広場に面した胸壁の監視を代わってくれるように言った。

インドネシア人兵長が建物を出て行くと、軍曹はひげの兵士を座らせて、その横に腰を下ろすと煙草の火を点けた。

軍曹は母国の山中での予備訓練の時からこの若者の兵士を知っていた。

陽気なムードメーカーでいながら、器用で根性があり、肝が据わっていたので長距離斥候班にも推薦した男だった。


この兵士は軍歴はあったが実戦経験が無かったにも拘らず、斥候任務で評価が高かったので囮部隊に引っ張ったのだ。

いま、その男が涙と鼻水でごついひげを濡らしながら、声を押し殺して子供の様に泣いていた。

我々は死ぬんですか?と兵士が軍曹に囁き声で聞いた。

軍曹は煙草の煙を吐き出しながら、笑顔を兵士に向けて、死ぬのが怖いか?と尋ねた。

怖いです、と兵士が答えた。

軍曹は何を言ってよいか判らずに兵士の肩を抱いて優しく揺すってやった。

少佐はこういう時になんと言うのだろうか?

軍曹はそう思いながら泣きじゃくる兵士の体を優しく揺すってやった。

俺も死ぬのは怖い、と軍曹は言った。

何せ死んだ事が無いからな、と続けた。

そして、皆から見えないところで静かに泣く兵士を褒めてやりたくなった。

陣地で立て篭もっての防御戦ではこの手の気配りが一番大事なのを軍曹は肌身に染みて知っていた。

誰かが取り乱すとたちまちパニックが伝染して総崩れになる事があるのだ。

軍曹は兵士に、安心しろ、お前は絶対に死なない、と言った。

軍曹は口から出まかせでお前のような顔つきの奴はしぶとく生き残ると、そして、一番先に隠れて泣く奴で今迄の軍曹の戦闘経験で死んだ奴はいないと言った。

兵士はひとしきり泣くと何とか嗚咽を堪えて軍曹に感謝の言葉を言った。

軍曹はこのままこの建物の守備を兵士に命じた。

軍曹は兵士に、生き残るには死に物狂いで敵を殺せ、弾が無くなったらナイフでナイフが折れたら素手で殺せと、そして殺せなくなったら逃げろと言った。

最後の手段は死に物狂いで逃げることだと言った。

兵士はごしごしと顔をこすって涙を拭くと照れ隠しの笑顔を浮かべて軍曹に敬礼した。

軍曹は、お前のようなごついひげの奴は絶対に生き残る、と言いながら敬礼を返して建物を出て行った。


突撃銃の扱いを習った子供達は中央の建物の中に入り、広場に面した窓から銃口を突き出し、真剣な顔で広場を見つめながら守備についていた。

軍曹は銃を構えて広場を警戒している子供たちを見て、急に家に帰りたくなった。

侘しい一人暮らしをしていた6畳と4畳半のうらぶれたアパートにどうしようもなく帰りたくなった。

そして、出発する少し前に知り合い、一度だけ店が終わった後に一緒に食事に行ったスナックの女の顔を思い出そうとした、が、女の顔はあやふやにぼやけていた。

不器用な軍曹はスナックの女にキスの一つもできなかった。

軍曹はキスを誘うように自分に顔を寄せて来た女の顔を必死に思い出そうとしたが駄目だった。

軍曹は気を取り直して顔を引き締めると、村の西側胸壁の守備についている兵士の所に歩いて行った。

じりじりと熱い日差しが軍曹の首筋を焼いた。



軍曹の首筋を焼く同じ日差しで、村の広場に面した建物の陰で息をひそめて銃を構えているンガリもまたじりじりと焼かれていた。

ンガリの数メートル前ではンガリと同じ集落の少年が、死体を積み上げた胸壁からの銃撃で腹を裂かれ、地面にブチまかれた自分の内臓の上にうつぶせに倒れていた。

驚いた事にその少年は虫の息ながらまだ生きていた。

内臓に匂いにつられて飛んできたハエが、せっせと少年の内臓を溶かしながら飛び回る羽音を聞きながら、聞こえるか聞こえないかの早い息遣いで少年は喘いでいた。

ンガリはなるべくその少年を見ないようにした。

少年を助けようと建物の陰から身を乗り出せばたちまち死体の壁から銃弾が飛んできて少年の二の舞になる。

ンガリは無性に水が欲しく、無性にこめかみの傷に麻薬入りの軟膏を塗って欲しかった。

ンガリの向かいの建物の陰には最年長の少年兵が建物の陰に腰をおろして煙草を吸っていた。

ンガリが周りを見回すと、すっかり少年兵の姿が減って大人の民兵達ばかりになった別動隊が突撃銃を手に広場をときどき見ては、それぞれ思い思いに体を休めていた。

朝から食事を取っていないがンガリは全く空腹を感じなかった。

民兵別動隊の指揮官が建物の陰から陰を伝い歩いて来て、最年長の少年兵に二言三言話すとまた、どこかに行った。

やがて大人の民兵が突撃銃の予備の弾倉を抱えてやって来てンガリ達に配り始めた。

銃を撃ちまくり、予備の弾倉を使い切ったンガリは新たに受け取った2個の弾倉を迷彩服のポケットに捻じ込んだ。

ンガリが周りがいきなり静かになったと思い不思議そうに見まわすと、腹を撃たれて倒れていた少年の息遣いが止まっている事に気付いた。

少年は地面にぶち撒いた己のはらわたに倒れこんだまま息絶えた。

タバコを吸っていた最年長の少年兵もそれに気がついて、ンガリと目が合った。

最年長の少年兵は大きな欠伸をひとつすると、タバコとライターを手に持ってンガリに投げた。

ンガリは煙草を拾うと火を点けて大きく吸うと白い煙を吐きだした。

太陽はじりじりとンガリ達や死んだ少年兵や死体の胸壁で作った防御陣地に立て篭もっている軍曹達を焼いた。

少佐が駐屯地を出発したとの連絡があってから、既に4時間が経っていた。



防御陣地西側の胸壁から草原の向こうの森を双眼鏡で見つめている軍曹がちらりと腕時計を見た。

少佐が言った到着の時間から既に何分か過ぎていた。

軍曹は救出に来た少佐の車列が民兵の待ち伏せ攻撃にあっているのではないかと心配した。

少佐は常に部下達の先頭にいたがる男なので、少佐の安否が心配になった。

その時、森からわらわらと民兵の群れが出てきた。

軍曹は陣地内に警報の叫びを出すと、兵士達が銃を手に取って西側胸壁に取りついた。

軍曹は双眼鏡を持ったまま兵士達の背後に廻り、兵士達の後ろを歩きながら、大声で引きつけて撃つように十分狙って撃つように叫んだ。

軍曹達からはまだ遠くて判らなかったが、森から出てきた民兵の列の後尾には、RPGロケット発射機を担いだ20人の民兵が予備の弾頭を持った民兵をそれぞれ従えて注意深く身を隠しながら続いていた。

民兵達は草原に身を伏せながら遮蔽物を探して前進して来た。

一回目、二回目の攻撃の時とは様相が違っていたし、そして、少年兵の数が明らかに少なくなっていた。

軍曹は障壁の兵士の後ろからそれを認めると、見ろ!本物の兵隊どもがやって来たぞ!お前ら失礼が無いように丁重にお出迎えしろ!と大声で笑いながら怒鳴った。

胸壁に取り付いて突撃銃を構えて、民兵に照準を逢わせ続けている兵士達が軍曹の声に応えて口々に冗談を言った。

民兵達はじりじり突撃銃の有効射程に近づいてきた。

残り僅かな重機関銃弾しかない射手は確実に倒せそうな民兵を狙って舐めるように銃口を左右に動かしていた。

少佐が村に到着する予定の時間から既に30分が過ぎていた。





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