支店だからなのかもしれない。ショーケースの数は少なく、店の一部を占める――しかも一列に並んでいる――だけだった。安価なカードをまとめて収納してあるストレージも、圧巻とはいえなかった。バラ売りのパックも、ひとつのシリーズをのぞいて、専門店でなくても購入することができるものばかりだった。


 それでも、対戦スペースには圧倒させられた。店の半分にびっしりと机が並べられているほか、お菓子や飲み物まで売られており、半日も対戦に興じることができるくらいの環境だった。つまり、対戦に特化したショップと言っても差し支えない。繰り返すが、この店は『魔法集結』という国内外で人気のカードゲームの専門店の支店であり、別のカードは一枚も売られていない。そのことも、わたしには新鮮だった。


「自作に反映することができそうだ」――素直にそう思った。想像していたより規模が大きいわけでも、取り扱っている商品の数も多いというわけでもないけれど、いままで見たことのない雰囲気のカードショップであることに違いはなく、そのことを体感できただけでも、有意義だった。


 ショップに入った以上は、冷やかしはゆるされない――というのが「わたし」のポリシーだ。ストレージから安価なカードを、千円分、買うことにした。わたしは相手の動きを妨害するコントロール系のデッキが好きだっただけに、そうした能力を持つカードを選んだ。そして、パックもふたつ購入した。計二千円弱を使った。


「また来よう」――わたしはそう、心に決めた。


     *     *     *


 帰り道、アドレナリンが抜けた運動選手のように、かのイベントに行くことができないという事実が、ふたたび、わたしの心身に痛みを与えはじめた。先生への――師に対する自責の念、そして師の活動をすべて追い切れていなかった自分の失策、それらがわたしを苦しめている。もちろん、身勝手に苦しんでいるだけなのだけれど、この苦痛をどのようにしずめればいいのかが分からない。


 K駅から下宿の最寄り駅までのあいだ、本を読むこともなく、吊革につかまりながら、窓の向こうで斜めに走る雨をじっと見つめて、こんなことを考えていた。


 わたしは「物書き」だ。この懊悩おうのうを、自責を、後悔を――ひとつの小説にまとめあげてはどうか。むろん、。なにかしらの虚構に仮託して表現したい。自分の気持ちを、思考を、懊悩自責後悔を、私小説としてでしかまとめあげられないのならば、成長をしたとはいえない。あらゆる形式で、それらを物語として昇華することができれば、物書きとしてステップアップしたということになるだろう。


 大勢のひとがY駅で降り、それより多くのひとが乗ってきた。車内は、一気に窮屈になった。たくさんのひとが周りにいると、わたしは思考の部屋に閉じこもりたくなる。そして、明日くらいに鹿野と通話をしたいと思うようになった。帰宅したら早速メッセージを打とうと考えた。


     *     *     *


 首筋にシャワーを当てたまま、動くことができなかった。風邪をひくかもしれない。暖房のきいた部屋で、カップ麺をすすった。温かいお茶を飲んだ。だけれど、身体の芯の部分は、なかなか熱を帯びてくれなかった。体温計は平生へいぜいより低いあたいをうつした。おでこはひんやりとしていた。


《午後からなら、オーケー。1時くらいに。打ち合わせが長引いたら3時になるかも》


 わたしもそれで大丈夫だということを返信し、そして、帰り道に書くことに決めた小説について考えた。私小説ではなく、フィクションのなかで、わたし自身を表現する。それは、さぞかし艱難かんなんなことだろう。いままで書いてきたフィクションに、わたし自身のことが表現されていないわけではない。だけれど、わたしの「核心」を反映したものは、ひとつもない。


 椅子にもたれかかりながら、エアコンが稼働していることを示すランプを見つめる。どうしたら、わたしは次のステップへと成長することができるのだろう。書くしかない。それは分かっている。しかし、突き進んでいく道がどこにあるのかが、いまいち分からない。


 わたしがこうした袋小路に陥ったときに、鋭い批評と的確なアドバイスを与えてくれるのは、鹿野だけだ。情けないことに、わたしは彼女に依存し続けている。

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