からあげ定食を注文した。お腹はすいていたが、もう、揚げ物をたくさん食べられるほどの胃ではない。しかし、近くにあったのは、からあげ、豚カツ、エビフライ……などの揚げ物を提供する飲食店であり、いわゆる「軽い」料理は扱われていない。だけれど、はやく情報を検分したかったから、お店を選んでいる暇はなかった。


 最近のイベントは、前売りの入場券を持っていなければ「参加」できないところが多い。しかしもう、通販での販売は終わっていることだろう。イベント当日までに、購入者のもとへと届かない可能性があることを見越して、そうする場合が多い。


 この予想は当たり、すでにイベントの入場券はソールドアウトになっていた。先生は「宣伝」をするタイミングが遅いのが常であり(むろんそれは、お忙しいからであり、なんの不平不満もない)、一週間前にサークル参加する旨を告げるのは珍しいことではない。


 今回はあきらめるしかないだろう。新刊にかんしては、後日、通販もあるだろうから。


 しかし、わたしは先生に直接お会いしたいという気持ちが強かった。お手紙をお渡しさせていただきたかった。しっかりとした文章で、自分の想いを記したかった。だからこそ、悔しいのだ。新刊を手にすることができるのは、もちろん嬉しいことなのだが、先生が、わたしの尊崇している「師」である以上、溢れ出る気持ちを直接お伝えしたいというのは、切実な思いだった。


 これから取材に出向くのに、この喪失感のせいで、すっかり気が重たくなってしまった。自分の小説のことを考えることが、できなくなった。窓にしたたる水滴を、ぼんやりと見てしまっている。


 しかし、思い直す。


 たしかに喪失感は計り知れない。いまにも泣き出してしまいそうなくらいだ。先生の告知が遅いと責めるつもりは一切ない。その気配を察知することのできなかった自分の不甲斐なさが、あまりにも情けない。繰り返すと、先生を非難する気持ちなど、ひとつもない。すべて、自分の受動的な姿勢が悪いのだから。


 今回はもう諦めるとして、わたしは、自分の「するべきこと」に集中しよう。先生と一緒にお仕事をしたいというのが、わたしの究極の夢だ。その夢に向けて、邁進まいしんしなければならない。そのための第一歩となるのは、これから、しっかりと「取材」をすることだろう。


 そう割り切ることができたからだと思う。落ちこんでいた気分は、横着にも少しずつ快復していった。美味しくからあげを食し、いまさらながら、価格の安さに驚嘆きょうたんした。会計を済ませて外に出ると、すぐに傘を差して、お目当ての店に向かった。


 靴下がほんのりと湿っていた。手袋はもう水気を吸ってしまい脱ぐしかなかった。手荒れが冷風にさらされて、ひりひりと痛む。しかしいまのわたしは、それくらいのことではめげていられない。よりよい小説を書くために、しっかりと取材をしようと決意している。


     *     *     *


 しかし「取材」というと、大袈裟な感じがしないでもない。店員さんにインタビューをするわけでも、店内を撮影させていただくわけでもない。店の雰囲気を体感するだけだ。しかしそれは、自作の登場人物をいきいきとためにも、必要なことであった。


 縦長のビルの3階に居を構えるその店は、あるカードゲームを扱う専門店の支店であり、この専門店というのは、カードゲームの販売にかんしては、国内第一の規模を誇る。ほとんどすべてのカードが手にだけではなく、もう手にシリーズの新品の「パック」が置いてあったり、各店舗にこのカードゲーム――『魔法集結』のルールに通暁つうぎょうしている専門家の方が在駐したりしている。


 わたしはむかし、この『魔法集結』に熱中していたのだが、そのときに、この専門店に足を踏み入れたことはなかった。だから初めて、ここを訪れるということになる。


 エレベーターが降りてくるのを待っているときに、ふと、わたしの小説に寄せられた批判のことを思いだした。


 大学院の描写のリアリティを強く攻撃された。批判者はどこかの大学院の出身者らしく、彼のいう「リアル」を長文で説明してきた。しかしわたしは、怒ることも悲しむこともなかった。自分の見ている世界が「リアル」であり、そこから逸脱するものは「フィクション」だという、自己中心的な見方を前提にしているその批判は、わたしには、ほとんど読むに値しないものだったから。


 小説なのだから、大学院生、大学教員のカードゲーマーがいてもいいじゃないか。というより、カードゲーマーだという院生や教員は、実際にいるかもしれない。研究に忙しくて、趣味や恋に興じる暇などないという批判は、的を射ていないように思える。


 エレベーターに乗り3階のボタンを押す。いったい、どのような景色が広がっているのだろう。わたしは、胸を高鳴らせていた。

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