第4話
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。
そこは学校の屋上だった。周囲の風景を見てみると見慣れた自然豊かな田舎の風景が広がっていた。僕たちは火星に行ったはずだった。しかしなぜか僕たちは今地球でずっと通っていた校舎の屋上にいた。何が起こったのだろう。
「おおおっと、どうなってんだこりゃ」
「はあああ!?なんで!意味わかんないんだけど!」
横で倒れていた二山と雪が戸惑いの声を上げながら起き上がった。初絵はすでに起き上がり屋上から駐輪場と中庭と食堂が見える位置にいた。背の高いフェンスが付いてるところに顔が付くほど近づけ様子を窺っている。僕は初絵に近づき声をかける。
「初絵ちゃん、今どうなってるか分かった?」
「うん?わかんないけど。私の夢の中とかかな。だって火星に行ったはずなのにこんなのあり得ないでしょ?」
初絵は何処か深刻そうな表情を浮かべ言った。彼女に分からないとすればこれは困った状況だ。僕らが考え込んでいると、二山と雪もこちらによってきた。
「おい、ここ学校だろ。いったんさ状況分かんないから色々見て回んね?」
二山が提案をしてくる。僕と初絵だけでは少し考えすぎてしまう節があるので、彼のように行動的なタイプがいると助かる。
「とりあえず教室いってみない?」
雪もショックから立ち直ったみたいだった。しかし先ほどから初絵の様子がおかしい。
「いや、いったんここから離れてもいいかも、逆に」
「なんだよ、逆にって。」
みんな初絵の発言は冗談だと思ってその案は流された。しかし僕は教室に向かう話が出てから初絵の焦りが目に見えて強まり、それが僕には少し怖かった。
僕たちは結局そのあと少し足取りが重そうな初絵の背を押し校舎内に入るドアから階段を下り、五階にある図書室フロアを通り過ぎ4階の教室に向かった。向かう途中で図書室もドアから覗いてみたが僕たちの知る図書室に違いなかった。そして僕たちが教室に着くとどうやら授業中らしかった。確かに僕らが火星に行く日は他の学生の修学旅行は別日なので通常登校日だった。僕たちは騒ぎにならないように扉につけられた窓からこっそりと中の様子を窺う。
「え?」
「なんだよ、これ」
「え、なんで私が居るの」
その時限は古文の授業だった。古典の定年退職が見えてきた年齢の山谷先生が教科書を黒板に写している。そして、そのクラス内にいたのだ。居るはずのない僕たちが。いつも通り真面目にノートをとっている。グイッ!突如強い力で肩を引っ張られる。振り向くと顔が青ざめ目の端に涙を浮かべた初絵がいた。
「みんな、静かにして。今すぐに学校から出よう。この状況は少し普通じゃない。いったん私の家に行って状況を整理しよう」
そう話す初絵の様子に違和感を感じた。僕たちはこの初絵の変化をよく知っていた。あの事件の時や僕たちの誰かが困っているとき、トラブルに巻き込まれたとき、そんなとき初絵は雰囲気と少しだけしゃべり方が変わるときがある。そして大抵そういったときは彼女に従わないとひどい目に合うことや、事態が悪化することしかなかったため、この時の彼女にはおとなしく従うことにしている。
僕らは息をひそめながら、学校から外に出るとちょうど学校の前に来ていた市内循環バスに乗り込んだ。実際一時間に一本しか来ないこのバスが偶々タイミングよく来ていなかったら、自転車も使えないため延々と続く田んぼ道を歩いて初絵の家に向かうことになっていたので。僕らは安堵した。
初絵の家は町のはずれの山の麓に面して建っている、一般的な大きさの二階建ての一軒家で広い庭と大きな立派な古い門が付いていて、一見して昔の建物を建て替えた家だと分かった。この家は初絵が高校に入学し一人暮らしを始めるまで、仮の両親と暮らしていた家だった。しかし、確かに知っている家のはずだが、芝生が綺麗にそろえられた立派な庭だったはずが、コンクリートで舗装された玄関に続く道以外の部分が雑草が生い茂っていて、その庭の一部にある花壇も花は咲いていなかった。
「さあ、どうぞ。あがってリビングで話そう」
僕たちは慣れたようにリビングのソファーに座る。入ってきてやはり少し気になったことだが少し埃っぽい気がする。
「それで初さん、一体どうなってるの?今の状況はまた貴方のせいだったりしないでしょうね?」
「雪ちゃん。私のせいではないよ。私も今の状況に混乱しているし、いくつかの推測もできるけど判断材料が少なすぎて妄想の域を出ないんだ。」
「初絵さん、でもさっきなんであんなに慌てて学校を離れたんだ?もう少し他のクラスとか教師の様子を見てからでもよかったんじゃね?」
「それは……ん。ねえ、皆はドッペルゲンガーって知ってる?」
また変わった。今日の初絵は良く変わる。ドッペルゲンガー詳しくは知らないが自分と全く同じ人間が存在しているとかそんな感じの話だった気がする。
「もちろん知っているよ。自分と同じ人間のことだよね?」
僕がそう言うと初絵が頷いた。
「いや、ルカ!!おまえドッペルゲンガーなめんなよ?自分と出合ったら消えちゃうんだぞ!?」
「それだよ!糺(ただす)君!そう、わかんないけどさ万が一そんなことになったら、悲しいじゃない?だからだよ!」
ああそういえばそんな都市伝説も昔聞いたことがある。流石にいまだに火星人を信じているほどのUMA好きの二山は詳しかった。ふと横を見ると初絵の手が震えていた。
「初さん、私さ小学生の頃とさ、去年の事件の後に聞いたことがあったじゃない?ずっと答えてくれなかったから。改めて聞かせてほしんだけど、ずっと何隠してるの?ねえ、なんであの教室に初さんだけいなかったの?」
雪はいつもと変わってまるで子供から嘘を白状させるかのように優しい諭すような雰囲気で初絵に質問をした。僕は初絵が居なかったと聞いてハッとした、たしかに居なかったような気がした。もともとドアの窓からコッソリ覗き見ていたのでそこまで気づかなかった。しかし、その言葉を聞いて僕にも思い当たる節が一個あった。
「いやいや、雪ちゃん何言ってんの別に居なくても別に変じゃないでしょ。そもそもいまかなり異常なこと起きてて。その大きな異変の中に私が居なかったぐらい含まれても逆に普通まであるよね?ね!?」
やはりどこか胡散臭い雰囲気の初絵だった。
「ねえ、初絵ちゃん?」
「うん?ルカ君言ったてよ。そんなこと話してる暇じゃないでしょって。」
「いや、初絵ちゃんさ、ドッペルゲンガーに会うのを避けるって言ってたよね?ここ初絵ちゃんの家だよ、あの場に初絵ちゃん居ないってことは休んで家にいる可能性も高かったよね」
初絵はまるで今にも泣きだしてしまうかのような顔になっていた。部屋の空気も重くなる一方で、この件に関しては僕たちも、この場に居ない二海と山田も考えていたことであって、今まであまり触れなかったのは少しでも話を聞こうとすると、初絵はとても悲しそうな表情になるからだった。しばらく初絵が俯いて口をもごもごと動かし何か言おうとしていたが、急に勢いよく顔を持ち上げて皆の顔を見渡して言った。
「私、小学五年生のころ、ドッペルゲンガーに会ってるの。私がまだあの人たちと暮らしてた時に休みの日に家でお留守番してたら玄関の鍵が急に開いて、「ただいまー」って言って入ってきたの。私は驚いて声をかけようとした瞬間その子と目が合うと、急にその子が私に向かって飛び掛かってきて、それでそのまま消えちゃったの。」
僕たちは静かに初絵の話に耳を傾けていた。先ほどから徐々に日が傾いてきて、冬の季節ということもありとても冷え込んできた。今の僕に事の顛末などを予想するほど余裕はないが、おそらく彼女の行ってることは事実だった。
「その日から、急に頭の中で勝手に私の声が響てきて。なんていうか、たまに自分で思考してないことが頭の中でぐるぐる回ったり、自分の体もたまにいうこと聞かなかったりして。それで気づいたのあの日見たドッペルゲンガーが頭の中にいるんじゃないかって。それからしばらくして思考の並列処理が可能になってやっとお互いの思考に邪魔されずにドッペルゲンガーとの会話が可能になったの、これはルカ君なら知ってると思うけど多分私だからできたことで普通はあんなに頭の中がぐちゃぐちゃになってたら、途中で気が狂ってると思う。」
そういって初絵が言葉を区切り下を向いて少しの間、黙ってしまった。
「そうだな、たしかに、ここからは私の番だ。では改めて話そう。私が件(くだん)のドッペルゲンガーだ。本来なら、消えた方が本物で今残ってるのがドッペルゲンガーの名に相応しいはずだが、じゃんけんで負けて私がドッペルゲンガーになった。今まで騙していて悪かったね。皆に頭のおかしい奴だと思われるのが怖かったし、偉い大人に病院に連れていかれるのが嫌だったんだ。でもここに来てから教室の中を見て、そして明らかに人の住んでいる気配のないこの家を見たときに確信したんだ。私はもともとこの世界の住人だったんだって」
ブルッと誰かが身震いをした気配がした。それは寒さからか、それともこの得体も知れない世界に対してか、分からなかった。
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