第2話

その一週間後の放課後、火星旅行の注意事項や緊急時マニュアルのカリキュラムが始まった。教室内にいるのは、ルカ、初絵、田中雪、二山糺、の四人だった。四人並んで教卓前の最前列に座っていた。


「はぁ……初さん。これは流石にやりすぎだって」


雪がため息と共に横の席の初絵を呆れたような顔で見た。初絵があらかじめ配られてあった分厚いマニュアルをめくっていた手を止めて、唇を尖らせて不満そうに言った。


「はいはい、全部私のせいなんですねー。言っとくけどマジで私がやったのって「火星行きたいって」SNSで百回投稿したくらいだから。それ以外ほんとに何もしてない。なんかその後、各所から連絡着てたけど全部無視してたし。だから完全に向こうが勝手にやったことなんで。はい。」


初絵は国から特別な存在として扱われていた。理由はいくつかあるが一番は国自体が彼女に弱みを握られているからだった。少子高齢化防止人類種保存研究、という国の機関が、体外受精の末に人工羊水やらなんか色々やってできたのが彼女だ。ここまでは公にされていて人権的、倫理的な観点から批判が殺到したが、実際に何十人かの子供が産まれていた。しかし問題はそこではなかった、その機関に提供された精子、卵子これらの遺伝子を組み替え意図的に優れた人類を作る計画が裏にあった。そして初絵は国の施設で仮の親と一般の家庭のように育てられた。そだった初絵はある日まで普通の子供のように暮らしていてたが、ある日、急に両親が寝ている間を狙い両親の使ってるパソコンからデータを抜き出し取っておいた。そして高校に入学し一人暮らしを始めた段階で株取引をはじめすぐに億万長者になった。で、たぶん去年、その少子高齢化防止の研究所を指示していた政治家を脅した。彼女を逮捕するために集まった特殊警察が学校になだれ込んできた。それを人離れした身体能力を使い、全員ボコして名前と身分、高校に乗り込むにしては必要以上に武装された銃や防弾スーツ、そして国際法で禁止されている人類の遺伝子操作の人体実験の情報の一部を海外の多くのメディアに流した。当然日本でも翻訳されニュースでこそ報道はされなかったがSNSですぐにその話が出回りトレンドに載った。ちなみにここまで話した一連の彼女の事件にはすべて僕も加担していた。


「あーついに認めたー。いや、良いよ。後々考えたら火星行けるのってすごい嬉しいし。でもこんだけ棚から牡丹餅な特別な修学旅行なのに参加者なぜか私達だけ。変じゃない?」


雪はこの前と違ってなんか控えめな感じだった。雪は本来、とても真面目で頑固な性格だが、他人の行動をあえて苦言を呈するタイプではなかった。しかし初絵が去年の冬に起こした事件に巻き込まれてしまい怖い思いをしてから初絵との関係はギクシャクし始めた。


「え、てかさ。そんなの当たり前じゃんね。火星なんか行きたがる私たちがおかしいんだって。逆にみんなニュースとか見てないの?去年、火星に向かう日本の民間宇宙船が二度も謎の失踪をしてる事件。他国の仕業だとか宇宙人が誘拐したとか陰謀論みたいなことも騒がれてたし。そりゃふ普通行きたがらないでしょ。万が一行きたがっても普通は親が許可出さないよ。」


そうだった。去年の冬にそんなこともあった。その時は連日報道やトレンドに載り騒がれてたし、たぶんいまだに騒がれてるのかもしれない。その頃はちょうど彼女が大事件を学内に持ち込んできた時だったので忘れていた。彼女と共に過ごすことであらゆる意味で鈍感になっていたのかもしれない。冷静なると少し怖くなってきた。あの失踪事件の報道では何度も不可解にレーダーから姿を消した宇宙船やその乗客、乗組員の写真が流れていた。「普通は親が許可を出さない」か……ならこの四人だけになるのも仕方がないのだろう。そんふうに考えていると、いつもの担任の教師と一時的にこの学校に赴任してきた宇宙航行に関する特別教師が教室に入ってきた。今日から本格的に授業と称した訓練が行われる。僕たちはそれぞれ真面目に授業に臨んでいった。


三か月後……


「よし、試験全員合格だ。おめでとう。俺は残りのクラスの奴らと沖縄に修学旅行の付き添いをしなくてはいけないから、ついてはいけないが。まあ政府の宇宙船だ問題はないだろう。着いたら向こうのガイドと政府の人がいろいろ施設やら観光を案内してくれるから、せかっくだからよく学んで、よく楽しんできなさい」


最後の居残り授業を終え担任が教卓の前で話してくれた。どうやら僕ら以外の修学旅行先は例年通り沖縄に決定したらしい。担任が教本をまとめて持ち教室から出ていくと、皆それぞれ力が抜けだらけた態勢になった。


「ああーやっと終わったー!!最後の試験受からなかったらどうしようかと思ったわ。マジでむずかった。てか緊急時マニュアルの三問目さあー、ひっかけ問題とかやばいだろ、ここまで来て落とす気満々の問題出しやがって焦ったわ」


二山が緊張がほどけたせいで不満が爆発していた。しかし確かに三問目の「もし未確認の飛行物体が接近してきたら」は暗記したマニュアルには載っていなく、しかし似たような状況のマニュアルがあったのでそこから推測するしかなかった。ひっかけというより応用問題に近かった印象がある。まあ何はともあれ全員合格できたのはうれしい事だった。


「あーそういえば、農業組も先週の土曜に受かったんだよね。一緒には行けないけど向こう着いてからの自由時間とか、泊まるホテルも一緒だから良かったね」


「そうだねー」


二海と山田の二人は農業高校に進学したので、それからは農業組とか言われてる。いつもの六人組でまさか修学旅行に行けるとは思ってもいなかったが、最高の修学旅行になることは間違いなかった。

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