ドッペル大転移
鳥木野 望
第1話
2120年、埼玉県秩父市にあるとある県立高校2-1組クラス内でのこと。
「おはようございます。えー、さっそく今日の連絡です。来年十月にある修学旅行の行き先についてですが、火星になりました。」
それは一年生の冬にどこからともなく流れ出した噂、今年度入学の学年は修学旅行で国際火星記念館と日本の火星街を見学することができるという話だ。本来であれば極限られた私立高校のお金持ちが行けるのだが、三年に一回全国の公立高校で十校が国からの補助を受け招待される。来年はその年で、わが校が選ばれることになるらしい。
「ということで、いまから参加の有無のプリントを配る。火星に行くには特別な授業とマニュアルの暗記が義務付けられている。半年間の特別授業の受講とマニュアルについてのテストをクリアしてもらう。我がクラスは進学クラスのため、無駄な容量を使いたくない者もいるだろう。さらに限りなく少ないが命の危険もある。参加をしない者は他クラスに混じり通常の修学旅行に行くことができる。また火星に行くにあたっての詳しい説明をする保護者説明会も開かれるその参加の有無のプリントも配るから、必ず保護者に渡すように頼む」
放課後になってもクラス内は騒然としていた、僕の席は一番後ろにあり入り口の冷たい空気が感じられる場所にある。席から立ちあがると彼女が視線をこちらに向けた。
「ルカ君さあ、ちょいこっち来てよ。」
彼女は目の形が切れ長で睫毛が長く、瞳の色は焦げ茶色で、高く通った鼻梁に日本人らしく薄めの唇、肩甲骨ほどまで伸ばした艶やかな髪、地毛申請を出しているが明らかに染めている明るい髪色。少しハーフっぽさも感じられるが彼女はとても美人だ。おそらくここまでであれば彼女の美しさに近寄りがたさはあるものの、怖いとは感じないだろう。しかし、見た目は良くても中には何が入っていいるかわからないのが彼女なのだ。彼女は時々人が変わる、そこまで変わってしまう彼女を解離性同一性障害だとか察することもできたが、彼女はおそらく違う。僕は彼女とは小学校から一緒でそのことを知っていた。
「初絵ちゃん、火星行きたかったからありがと」
「ん?ルカ君なにいってんのさ、今回は別にルカ君の為じゃないから」
「初さん、そんなこといいから答えてよ。前みたいに何かしたんじゃない?」
すでに先に彼女の席にいて話していたクラスメイトの田中雪が座っている彼女を見下ろす形で冷たく問いただした。田中 雪はその淡いピンクのカーディガンを羽織り焦げ茶色のセミロングを内側に軽く巻いていて、平均よりも少しだけ低い身長と華奢な体躯をしている。そんな可愛らしい彼女は外を見つめだした初絵を睨んでいる。
「んー、まあ、いいじゃん!もしそうでも今回は別に何も悪いことないでしょー?win-winだね」
「なに言ってるのよ、あなたは行動すること自体が悪いことでしょ?」
田中雪はその宝石のように輝き丸いくりくりとした茶色の目を見開き初絵を見つめている。田中雪は去年の夏に初絵の学校中をひっくり返すような事件に巻き込まれてから、初絵を敵視してる。明確な疑念がうかがえた。いつの間にか教室には私たちと黒板を濡れ雑巾で拭いている先生しか残っていなかった。
「ちょ、田中さん、何そんな怒ってんだよ。いいじゃん、火星!初絵さん!よくやった!まじナイスプレイ!!俺昔からオリンポス山見るの夢だったんだよ!俺実はバイトで火星旅行貯金してたんだけど、普通に民間の船で行こうとしたら50万だぞ?そんなVIPな旅に無料で行けるんだよ!?」
先ほどから田中雪の横で大げさな身振り手振りで感情を精一杯表し雪の横で立っていた、二山 糺(ふたやま ただす)が周囲に漂う剣呑な雰囲気を吹き飛ばした。
「二山、私はそんなことはどうでもいいの。それは私だって火星に行けるとあれば飛び跳ねたいくらいうれしいよ。ただ彼女がこの前の事件から何も反省してなかったから」
彼女が少しだけ冷静になると視線をさまよわせ下を向いてしまった。
「まあ、みんな落ち着いて。それよりももう火星旅行参加するかどうか決めたの?」
僕は再び暗くなっていった雰囲気を察したので話題を変えた。
「俺はもちろん参加だ!!オリンポス山はもちろんだが、きっとどっかに隠れているだろう火星人を見つけてやる!!」
二山が胸をドンッと叩くと、いまだ興奮冷めやるぬ感じで話した。ちなみに各国の調査では火星人はその痕跡さえも見つかっていないことから、存在は否定されている
「私も行くにきまってるじゃない。火星街一のショッピングモールに火星産の食材で提供されるレストラン。あとついでに博物館も気になるし」
田中雪は視線を下に向けたまま、先ほどまで問い詰めていたのが気まずいのか小さな声で答えた。
「んー?もちろんルカ君行くんでしょ?」
初絵がこちらをじっと見てきた。さてここが問題だった。気持ちで話すならもちろん興味はあるけど、行くのに必要な最低限のカリキュラムを普段の授業のあと居残りで受けるのが正直めんどくさかった。バイトもあるし。
「僕は……うーんちょっと」
「ルカ君なんで?うちらでさ将来同窓会とかで行こうよって話、ルカ君が中学の時に言ってたじゃん。もしかして居残りが嫌なんでしょ?それだったらルカ君だけカリキュラム軽くできないか頼もうか?」
「うん、やっぱ行こう!!みんなで居残り楽しみだなあー。ぜんぜん頼まなくっていいからやめてね?僕だけカリキュラム受けなくて不測の事態で宇宙の藻屑になったらいやじゃん!」
彼女が変なこと言いだすから、焦った。
「ああーそういえば中学の時、そんな話したなー。それでいったらあの二人来れないの残念だな。」
二山が話している”あの二人”とは小学生の頃から中学まで一緒にいつも遊んでいた、二海 佐湯(ふたうみ さゆ)と山田 悠希(やまだ ゆうき)のことだ。高校は別々になったが今でも正月は毎年初絵の家に集まって鍋パーティーをした後、除夜の鐘を鳴らしに行って徹夜でボードゲーム、カードゲームを遊びつくしてから初詣に向かうという、恒例行事をしていた。初絵は人差し指を振りながら嬉しそうに答えた。
「それなら大丈夫、同じ日の民間船あの二人用に貸し切っといたから、土日休み返上して訓練受けることになるみたいだけど、二人に聞いたらよゆーって言ってた。大学ではどうせみんなバラバラになっちゃってさ、忙しくて集まれないこともあるかもしれないし。高校生活最大のイベント楽しも!!」
そう話す彼女はとても純粋で楽しそうに笑っていた。
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