ベーゼ・クラシカル

生來 哲学

髪の毛の色が気になる

「好きです! 付き合ってください」

「誰だ、君は?」

 路地で俺を呼び止めたのは見知らぬ少女だった。

「ボクは先日あなたに一目惚れしたものです!」

 顔をうつむかせたままの少女が叫ぶがリアクションに困る。

 こちらとしては完全に初対面の他人にいきなり告白されたのだ。着ている制服から別の学校の女子高生だと分かるが、それ以上は何も分からない。

「……たとえば俺の名前を知ってる?」

「クラシックさんですよね」

「惜しい! 俺の名は倉宿仁司<くらじゅく・ひとし>。ただの高校生だ」

「ボクの名前は米瀬樹里華<べいぜ・きりか>です」

 顔を上げた少女は――やはり見覚えがなかった。

 前髪の一部をピンク色に染めており、こんな見た目の子を見たことがあればきっと忘れるはずがない。

「じゃあ、米瀬さん」

「樹里華って呼んでください!」

「いやその、」

「呼んでください!」

「……分かった樹里華さん、俺の何処に惚れたんだ?」

「鼻唄です」

「はい?」

 自信満々で語る彼女にただただ困る。

「時々、駅で一人で待ってる時に鼻唄歌ってますよね」

「それは――歌ってるけど」

「いつも、帰り道駅で見かけて……毎回聞いてるうちにやみつきになって、いつの間にか好きになっちゃいました」

「それは俺じゃなくて俺の鼻唄が好きなだけだろ?」

「それも含めて好きになっちゃったんです!」

「なっちゃったかー」

「はいっ! なっちゃいました!」

 元気一杯に応える彼女の笑顔はかわいい。

「でも、俺は君が思うようななんかこう、いい男じゃないよ」

「それはこれから知り合いましょう! それとも、彼女とか他に好きな人居ますか?」

「そりゃ、別にいないけど」

 俺の言葉にぱぁっと顔を輝かせ、少女がぽんっと胸の前で手を叩く。

「なら、いいじゃないですか! 付き合っちゃいましょ!」

「そんなこと言われてもなぁ」

「それとも、怖いんですか?」

 ふふーん、と何故か挑発的な目でこちらを見上げてくる前髪ピンク女。

「怖いね、他人は。これが悪意のある悪戯の可能性もある」

 ががーんっと効果音が聞こえてきそうなほど跳び上がる半分ピンク頭にこちらがびびる。

「悪戯じゃありません! ボクにはそんな演技力はありません!」

「それは、俺には見抜けないことだな。君の善意を、俺ははかりかねる」

「どうすればいいんですか? その、キスをすればいいですか? ぼ、ボクはそれくらい覚悟してますよ!」

「声を震わせながらそんなことを言うのよしてくれ」

 キスくらいで怖じ気づいてるのに変な強がりはよして欲しい。

「ボクは嘘ついてません! 本当に貴方のことが気になってます! どうしたら信じて貰えますか!」

「愛の証明か。それが出来たらノーベル賞ものだな。有史以来、それを証明できた人は居ない」

「え? じゃあなんで世の中には浮かれた恋人達が溢れかえってるんですか?」

 それまでの悲壮感がさっぱりと消え去りきょとんとした顔をする髪染め少女。

「君も意外と口が悪いな」

「憧れてるんです! 私も恋人作って浮かれたい!」

 ――憧れるところそこなのか?

「浮かれるはあんまりいい意味じゃない。酔っ払いみたいなもんだ」

「酔っ払い。いいじゃないですか。大抵の大人達は自分から酔っ払いたくて酒飲んでるんですから!」

「頭のねじを緩めることに対する憧れがすごい。意外とまじめちゃんだな」

 髪の毛を染めてる割にとても初(うぶ)でまともだ。

「いやっその、全然真面目ちゃんじゃないです! ホントにっ! 時々歯磨きを忘れて寝たりするし」

「本当に不真面目な人間は歯磨きを忘れたことなんていちいち気にしない」

「なるほど。え、でもじゃあボクが真面目なら気持ちが本当だってことの証明になりますよね?」

「そんな簡単な話じゃない」

「もう、クラシックさんてすぐ否定する!」

 口をとがらせハーフピンク少女が睨んでくる。

「嫌いになったか?」

「許容範囲の嫌いです!」

 ――意外と心は広いらしい。

「相手を全肯定しないのはいいことだ。恋人同士でも相手への好き嫌いがあって当然だ。友人同士でもね」

「……もしかして、話を逸らしてます?」

「気づいたか」

 愛想笑いで誤魔化す俺にああもう、と両手を胸の前でぐぐぐっと両の拳を震わせる半人前ピンク少女。

「結論を先延ばしにして! そんなの男らしくないですよ!」

「じゃあ、返事はおことわ――」

「おおっとぉぉー! 結論を急いじゃいけません! もっとボクを知ってください!」

 はいはい仕切り直しっと言わんばかりに胸の前で両手を×印にした後すらぁぁっと両手を両サイドに広げる半分桃色審判少女。線審なのか? ライン判定ぎりぎりセーフのジェスチャーなのか?

「じゃあ話を戻そう。愛を証明することは出来ない」

「一気に戻った! じゃあこの気持ちをどう証明すればいいんですか?」

「互いに証明は出来ない。俺の気持ちも、君の気持ちも」

「じゃあ、相手の気持ちが本物か分からないまま世の中の人達は付き合ってるんですか」

「そうだよ」

「えぇ……ホントですかぁ?」

 半眼でこちらを見つめてくるジト目桃染め髪女子高生。

「本物かは分からない。けれども、本物だと信じることは出来る」

「もしかして、宗教の話ですか?」

「宗教みたいな話だよ。かみ砕けばね」

「みんな、恋愛教の信者かなにかなんです?」

「みんなはそれを宗教と思わず無意識にやっている。俺はただそれを分析してるせいで宗教っぽく聞こえるだけだ」

 彼女はうーむと腕を組みながら身体をくねらせて考える。

「……みんなは無意識に教徒?」

「そういう話ではないかなぁ」

「じゃあ、どういう話なんです?」

「相手の気持ちを証明することは出来ない。キスしたって、抱きしめたってそれは無理って話だね」

 とはいえ、キスされてしまったら、だいたいの人間は好きになってしまうのだろうけど。特に俺たちのような高校生なんかは。

「もう一度聞いちゃいますけど、じゃあどうするんです?」

「互いに信じるしかない。たぶん、相手は自分のことを好きだってね」

「なんの確証もないのに?」

「互いに証拠なんて要らないくらいに好きになるか、相手に嫌われても好きでいるか、て感じかな」

「……相手の気持ち関係なく好きでいられるか、てことですか! だったら今のボクはまさにその状態! ボクはクラシックさんの気持ちに関係なく好きですよ!」

 ボンクラ半人前頭ピンク女子に思わずため息をつく。

「互いに、って言ってるだろ。気持ちが双方向じゃなきゃ」

「えっと、じゃあボクを好きになってください!」

 事を急く暴走桃色脳禁少女に俺はびしっと指を立てて押しとどめる。

「キミは、たとえば高校に入学した時、初めて隣の席に座った子がいきなり好きです、て言ってきたら好きになれるのか?」

「ちょっと好きになりますね」

 ――我ながらたとえがよくなかった。

「いい子だ。まあ世の中の大多数は実は好きって言われたら相手になんとなく好感を持つって言われてる。大多数がどれくらいかは知らないが少なくとも半分以上はそうらしい」

「クラシックさんは違うんですか?」

 当たり前でしょ、て顔をする黒桃混載少女。

「少数派だね。なんで自分を、て疑うタイプだ」

「鼻唄が上手いからです!」

「その言葉がますます戸惑わせるんだなぁ」

 正直、一番信じられないところはそこである。

「なんでですか? 歌を聞けば、心が綺麗かどうか分かります。歌が上手い人に悪い人はいません! ボクには分かります! クラシックさんの心が綺麗なことが!」

「……そっかキミは純真だな。尊敬する」

「ちょっとは好きになりました?」

 漆黒の両眼がじっと俺の目を見つめてくる。髪の毛と違って、その目には迷いが一切ない。

「色々と考えすぎる自分が馬鹿馬鹿しくなる」

 俺はがっくりと肩を落とした。

「でも、クラシックさんの難しい話、ボクは面白いですよ。賢くなった気がします」

「そうかぁ?」

「そうです!」

 ここらが潮時だろう。

 俺の理性は悪として打ち倒されることにする。

「そっか……じゃ、付き合うか」

「っ! はいっ! よろしくお願いします!」

「はは……はっはっはっ」

「え? なんですか、その変な笑い方?」

「なんというか、説明は難しいんだが。俺は一生誰のことも好きにならないって思ってたんだけどな。彼女なんて出来ることないし、こうして握手することもないと思っていた。なんというか……現実感がない」

「キッ、キッ、キスでもすればいいですか?」

 前のめりだが火が出そうなほど顔を真っ赤に声と手を震わせるハーフピンク脳みそ少女。

「……そんな気分じゃないな」

「ボクはそんな気分なんですよ!」

 興奮のまま両の手を胸の前でぶるんぶるんと上下させる桃染め女子高生。

「わがままな欲しがりさんめ」

「じゃあどうすればいいですか?」

「形から入ろう。ひとまず連絡先を交換だ」

「なるほど、分かりました! これで! はい! で、キスはいつですか?」

 素早くスマホを取り出し無駄の一切ない動きで連絡先を交換する桃色半分彼女。

「……キスは次回な」

「ホントですか? 絶対ですよ! 具体的には明日の帰り道ですからね!」

「……来週にしないか?」

 そんなに強調されるとだんだん断りたくなる。宿題してる時に宿題しろと言われるとやる気がなくなるのと同じだ。いや、違うか。

「ダメです! 明日ですよ! 明日絶対キスですからね!」

「…………分かった」

 俺の言葉に彼女はふんすっと鼻息を荒くしつつ、くるりと背を向けた。

「それじゃ、ボクは今日はこれで………………明日はキスですよーーーー! よー よー よー」

 だぁぁぁっと顔を赤面させながら猛ダッシュで去って行く樹里華。そんなはずがないのにこだまのように声が響く。

 嵐の過ぎ去った後のような静けさだけが残される。

「……明日、休もうかなぁ。いや、連絡先を交換してしまったからダメか。

 ま、明日どーにかなーれ」

 俺は考えるのをやめた。

「……今日は寝る前にしっかりと歯でも磨いておくか」

 かくて俺たちは恋仲となった。らしい。たぶん。

 呆けているとブブッとスマホが震える。

>>「明日はキスですよ。よろしくお願いします」

 頭ピンクな連絡が来たので今日はもうおしまいだ。

 俺はたどたどしく、「あ、はい」と愛すべき半桃彼女に返した。



>>「ところでその桃色の髪は何?」

>>「告白のために気合い入れて染めました! もしかして黒に戻した方がいいですか?」

>>「いや、すごくいいのでそのままで居てくれ」

>>「はい!」


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