第12話:ピザと主役
壁にかけた時計を見ればもう夕飯にしてもおかしくない時間になっていた。
「あー…冷蔵庫何も入ってないと思う」
帰りに買い出しに行くのを忘れていた、かと言って今更外に出て買い物をするのも面倒くさい。
「もうデリバリー頼めばいいんじゃない?私お金出すよ?」
「これから色々と付き合ってもらうんだ、夜ご飯ぐらい奢るさ」
やったぜと言わんばかりにガッツポーズをする椿、青嵐は単純だなと思った。
夕方の雨の中運んでくる配達員の人には少し申し訳ないが、たまには楽をさせてもらおう。
「ピザでいいか?」
「コーラ付きでいいよ」
「仰せのままに」
少しだけ奮発することになるが、腹が減っては戦はできぬとも言う、腹が減っては考え事なんて出来るわけもないのだ。
椿はこれから青嵐によって存分に振り回される事になる、報酬の前払い的な意味も込めてコーラも一緒に注文することにした、もちろん青嵐も飲みたいから2本にした。
スマホでアプリを開き、多種多様なピザから選ぼうとする。
「何か食べたいやつは?」
「ピザ食べるならあれでしょ」
ニヤリと椿が笑う。
「「マルゲリータ」」
青嵐が1番好きなピザの名前を出すと椿の声とぴたりと重なった。
「青嵐いい好みしてるじゃん」
「お互いにな」
勿論他のピザが嫌いなわけではない、しかしマルゲリータは2人の中では別格、不動の頂点である。
青嵐はよほど嬉しかったのか、大きめのサイズを注文する事にした。
「他は?」
「あれ、すっごいチーズのやつ」
「クアトロチーズな、了解」
雑に伝えられたが、何のことを言っているのかは青嵐にしっかりと伝わった。
ご注文のピザを画面に発見し、もう一枚を大きめで頼んだものだから少し小さめのサイズで注文した。
購入画面に2枚のピザとコーラが2つあるのを確認し、キャッシュレス決済のアプリで購入を済ませた、到着まで大体15分だそうだ。
「私ピザにはうるさいよ〜」
「俺のお気に入りの店だから任せろ」
実は青嵐は母親の影響なのかは不明だが、イタリアンにはそこそこうるさい。
どれほどうるさいかというと、わざわざチェーン店ではなく個人経営の店を食べ歩いて選び抜いた店のものをデリバリーサービスで配達してもらうぐらいにはうるさい。
そんなもはやイタリア人よりイタリアンにうるさい青嵐選りすぐりの店のピザを前に悶絶する椿が容易に想像できる。
「機会があれば私の料理振る舞ってあげるよ」
「そりゃ楽しみだな」
そんな機会が来る日はあるのだろうか、神のみぞ知るといったところだ。
そうこうしているうちに、ピンポーンとチャイムが家全体に鳴り響く、注文の品が届いたようだ。
「私が出るよ」
「いい、俺が行く」
椿が立ち上がってウキウキ気分で受け取りに玄関に行こうとするのを青嵐は静止した。
何故なら今の椿を人前に出させるわけに行かなかったからだ。
「下を履かないやつに受け取りに行かせるわけにいかないだろ」
椿の視線が徐々に下へと向かっている、その先にはズボンを履いておらず下着が見えなくもなさそうな自身の下半身が。
段々と顔が赤く染まっていくのが青嵐には面白かった。
「お願いします………」
「はいよ」
玄関で商品を受け取りに行く、受け取った瞬間に美味しそうな香りが家中に漂う。
リビングに入った瞬間椿はピザの入った箱に飛びついた。
箱を食卓に並べて、開ければwebサイトの写真通りの品が入っていた。
「じゃあ早速いただきま〜す!」
椿は切り込みの入ったマルゲリータからひと切れ手に取り熱々のうちに口に入れる、口が火傷してしまいそうなぐらい出来立ての熱さだった。
「及第点かな」
「じゃあ食うな」
「すみませんでしたとても美味しいです」
続いて青嵐もマルゲリータをひと切れ頬張る、トマトの酸味とバジルの爽やかな風味が口の中いっぱいに広がる。
「やっぱこれだな」
青嵐にとっていつも通りの変わらない味だった。
何も変なことをせずに王道を貫くのが1番美味しいと青嵐は感じる、実際彼が作る料理のほとんどが何の手も加えてない一般的なものだった。
「美味しいけどさ、多分私が作ったほうが美味しいと思うよ?」
「何でそんなに自信満々なんだ」
言動から迷いが一切感じられない、本当に青嵐のお気に入り店舗より美味しいものが作れると信じているようだった。
青嵐自身、何度かピザ作りに挑戦したことはあるもののどうしても上手くいかない、感覚を頼りにしても、動画を見たとしても上手くいかなかった。
もし本当に椿がピザ作りが得意だというのなら、作り方を教わってみたいものだ。
青嵐はマルゲリータをもう一口、もう一口と食べ続けた。
「んん!チーズの方も最高!」
椿がもう一枚のピザの先を咥えて噛み切ろうとすると、びよーんと音が聞こえそうなほどチーズは長く伸びた。
伸びたチーズを麺を啜るように食べる椿、その光景を見て青嵐はごくりと唾を飲んだ、もちろんピザに対してだ。
青嵐もチーズを目一杯に伸ばして食べる、今度はチーズのまろやかな風味が口いっぱいに広がり、幸せな気分になる。
「母さんにも、食べさせてあげたかったな…」
美味しいものを食べるたびに、青嵐はそんなことを考えてしまう。
家族と嬉しさを共有したくなるのは当然の欲求だ、母親のいない彼にとって叶わない願いなのは別の話だが。
「だ・か・ら探すんでしょ?しんみりしないの!」
椿はクアトロチーズの垂れた先で青嵐のことを指してきた、顔は不敵にニヤリと笑っている。
全くもって椿の言う通りだった、母親と一緒に美味しいものを食べることも、青嵐がやりたいことのひとつである。
そのやりたいことをするために話し合っているというのに、何を弱気になっていたのだろうか、青嵐は椿の微笑みに同じように微笑み返した。
「そうだな、これに夢中になってる母さんを見たいからな」
「そうこなくっちゃ!」
「それで、どう探すか決めないとな」
方針を決めない限りは、探せるものも探せない、少しでも決めなければ話も歩みも進むことはない、チーズを伸ばしながら頭を再び捻った。
「といっても、情報がなさすぎるよね」
「ロクな情報なくて悪いな」
情報を得るにしてもある程度の前情報が必要なのだ、今の2人には調べるための前情報が不足している、だから動こうにも動くことができないのだ。
「お母さんを探す方法、ね…なんか申し訳ないよ」
「俺が何年も探してるのに尻尾も見せないんだ、たった1日で手がかりが得られると思ってないさ」
椿は少し控えめに謝るが、そんな1日2日で青嵐の数年が覆されることなんてあり得ない、もしあったとしても青嵐の数年間が虚しいものになってしまう。
「………母さんは俺に何を残した」
青嵐は今一度考え直した、魔女を名乗った母は自分に一体何を残したのか。
まずは五月雨の苗字、しかしそれが見つからなかった以上使い物にならない。
次に感覚として青嵐を支え続ける魔女の教え、しかしその教えがジャンルを問わず多種多様なスキルなので母親が多才なことしか分からない。
そして今現在2人がいるこの家、だが所有者の名前は五月雨を語った偽名、母親に直結する情報はあるはずもない。
「………いや、ある」
気づいた。
青嵐が探している人物が自信の母親であるのと同時に、世間からは何と呼ばれているのかを。
そして何故そう呼ばれたのか、理由となるおとぎ話の存在を。
青嵐は立ち上がった、テレビの横に佇む家族写真を持ってくるために、そして本棚から一冊の絵本を取り出した。
「それって………」
青嵐の後ろから椿が絵本を覗き込む、表紙を見て椿は固まった。
「母さんの言葉を信じるなら、母さんについての本だ」
絵本の表紙には『イタズラ魔女と不幸の雨』と大きく書かれている、悍ましくデフォルメされた魔女の絵と共に。
青嵐の母親は彼に対して自分こそが魔女だと語った、青嵐は勿論信じているが、その言葉に嘘偽りがないのならば、今青嵐が手に持つ絵本は母親について書かれたものだということだ。
青嵐はそのタイトルを見て、何とも言えない違和感を感じていた。
「霞草、変だと思わないか?」
「何が?」
椿はきょとんと首を傾げた。
青嵐は絵本をパラパラとめくり、目的のページで手をとめた。
「ほらここ、母さんは王様に倒されたことになっているだろ?」
魔女は王様に倒され、世界中を呪い、それが雨となり今も降り続けているという筋書き、悪者は成敗されると子供に教えるためのなんの変哲もない普通の描写、だがそこに青嵐は違和感を見出した。
「それのどこがおかしいの?青嵐のお母さんが生きているからおかしいってこと?」
「違うそうじゃないんだ」
おとぎ話なんて語り継がれるうちに段々と変化していくものだ、それに対しては説明がつく、だが明らかな違和感の正体に青嵐は気づいた。
「これ、王様が主役の話だろ?」
「そうだね」
「なら、なんで母さんが主役みたいなタイトルなんだ?」
「…ああ!確かに!」
おとぎ話のタイトルはどの地域どの国でも『イタズラ魔女と不幸の雨』だ、王様が魔女を倒して讃えられるお話なのに、タイトルで主役のようになっているのは悪役の魔女だ。
王様が主役なのならば、もっと王様が主役だと一目でわかるタイトルにした方がいい、文学について詳しい知識を持っているわけではないが青嵐はそう考えた。
そしてそれには何か理由があるはずだと感じた。
もしここに描かれているお話が、全文でないとしたら?意図的に魔女が主役となる部分だけ切り取られていたとしたら?
「このお話、本当は母さんが主役なのに、母さんが悪く見えるところだけ抜粋したんじゃないのか?」
椿はハッとした、青嵐の主張に論理性があり、一貫していていたからだ。
描かれている魔女の髪色は白く瞳の色は赤、写真に写っている青嵐の母親の外見的特徴と一致している。
もし青嵐の推測が正しいのならば、絵本では描かれなかった部分に魔女となった所以が、知られざる母親の一面を、自身が探し続けてきた母親の人物像が描かれているのかもしれない。
母親に会う、という1番の目的に直結するわけでもない、そうだったとしてもようやく見つけた新しい魔女の手がかりを前に、飛びつかないわけがなかった。
小さな魔女の手がかりをようやく見つけることができたかもしれない。
「母さんの居場所に繋がるわけじゃなさそうだが、これについて調べるのが良さそうじゃないか?」
例え青嵐の思い込みだったとしても、母親について知る数少ない手がかりのひとつなのだ、こうなってしまえば動かずにはいられまい。
「じゃ、決まりだね!その本について調べていくってことで!」
目の前の笑顔の少女との出会いがひとつ進展させたかもしれない、青嵐は心の中で小さく椿に感謝した。
羅針盤の針は定まった、後はその方向に向かって船を進めるだけだ。
ようやく方針が固まったところで椿はまだ開封されていない缶コーラを青嵐に持たせた、無論同じものを自身も持っている。
椿は勢いよくプルタブを起こした、カシュっと気持ちいい音がして甘い匂いが部屋中に充満した。
「乾杯しようよ!」
「何にだよ」
「2人の出会いに?」
「何でお前が疑問系なんだよ」
確かにと笑い出す椿を横目に青嵐は呆れつつプルタブを起こした、炭酸の音が小さく聞こえる。
「2人の出会いに、乾杯」
「乾杯!」
結局乾杯の理由は思いつかなかったので椿のものを採用することにした。
アルミ缶をコンと軽くぶつけて、コーラを一口分だけ口に含んだ。
コーラの清涼感と、シュワシュワと喉を刺激する炭酸が心地よかった。
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後書き
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