魔女の証明〜雨よ、悠久に降り注げ〜

GOA2nd

第1話:ワスレグサ

こんなおとぎ話がある。

昔々、1人の魔女がいた。

いたずら好きな魔女は雨を降らせて人々をびしょ濡れにしては楽しんでいました。

そんな魔女に困っていた国の王様は魔女を倒しました。

しかし魔女は死ぬ直前に王だけではなく、世界中を呪いました。

その呪いは雨となり、降り止む事なく、振り続けました。

魔女を倒した王様は、国民に愛され英雄と讃えられましたとさ。




朝日が輝く事のない、どんよりしていながら活気に溢れる街の中を、大勢の人が歩いている。

ある人は出社するために、ある人は犬の散歩を、人混みの中を走る人はもしかすると忘れ物をして焦っているのかもしれない。

十人十色というに相応しい色とりどりの様子、しかし人々にはひとつの共通点があった。

スーツ姿の大人も、ランドセルを背負う子供も、誰しもが必ず

当たり前のことだ、何故ならおとぎ話と同じように雨が遥か昔から永遠に降り続いているからだ。

雨が降っていれば傘を差す、至って普通のことを四六時中続けているだけだ、誰もそれを不自然に考えることはない。

いついかなる時も雨が降り注いでいるのはどの国も例外ではなく、宇宙にでもいかない限り陽を浴びることは不可能だろう。

しかし雨を魔女が降らせたというおとぎ話を信じているのは、せいぜい小学生にも満たない子供ぐらいだろう。

当然だ、川から桃が流れてこないことを知ったり、サンタクロースの正体が親であることを理解するように、成長するに連れたった1人の魔女が雨を降らせたことがだと理解するものだ。

科学が発達し、ありとあらゆる現象や不可解な存在に説明がつくようになったのもおとぎ話が作り話だと言われるようになる要因の一つだろう。

だがそんな科学が発達した現代において魔女の逸話が真実だと、実際に起こった出来事からこそ雨が降り続けているのだと、高校生である五月雨青嵐さみだれせいらんは信じていた。

魔女は実在する事を、今も振り続けるこの雨の原因にその魔女がいる事を。

周りが次第に信じなくなり、周囲に忌避されたとしても、集団から孤立してしまったとしても、その確信は揺るぐことはなかった。


だがそれは青嵐にとってのアイデンティティであると同時に悩みの種でもあった。

至って普通の高校生として、傘を差し淡々と通学路を歩く。

コンクリートがひび割れた少しだけ歩きにくい道を、ぽつぽつと傘に打ちつける雨音を楽しみながら歩く。

はしゃぐ小学生の通学班が隣を走り過ぎるのも意に介さず、ただ淡々と歩いていた。

滑らないように着実に歩道橋の階段を上り、踏切が閉まっていれば開くまで待つ、始業の30分前には私立特有の広い学校の敷地に入り、昇降口で傘を閉じる、まさに普通の高校生だ。

だが一度教室に入ってしまえば、青嵐は普通の高校生とは、違った。

自身の所属するクラスルームの扉を開け、窓際に位置する自身の机に置かれた素朴な花瓶を見て、青嵐は今週に入ってから何度目かわからないため息を吐き出した。

そう、青嵐は所謂いじめという何とも幼稚な戯れの対象になっていた。

花瓶に乱雑に生けられたのはワスレグサ、オレンジが映える美しい花を乱雑に扱う、なんとも古典的な嫌がらせだった。

さてどうしたものか、青嵐が席について考えていると周囲からくすくすと笑い声が聞こえる。

だが生憎、青嵐の心にはこれっぽっちもダメージは与えられていなかった、面倒臭いと思うことは多々あれど、彼が病むことはなかった。

前から孤独な事が多かった青嵐に並大抵の嫌がらせは意味をなさなかった。

おそらく適当にむしり取られて何の意図もなく花瓶にぶち込まれた美しい花をかわいそうに思った青嵐はせめて美しく生けることにした。

少し大きめのペンケースから汚れが見当たらないハサミを取り出し、自身の体が、細胞の一つ一つが覚えている感覚のままに深緑の茎を断ち切っていく。

長さを合わせて、気の向くままに萎れた花に新たな美しき命を与えていく。

荒々しく繊細に、無惨に命を奪われた花達を弔うように、淡々と手を進める。

「………こんなものかな」

青嵐が花を生け終わる頃には、教室中は妙な静けさに包まれていた。

仰天3割と悔しさ3割と忌々しさ3割、そして1割の感嘆が入り混じった何とも言えない、だが青嵐には心地よい雰囲気だ。

仕上げと言わんばかりに青嵐は自分の机に花瓶を置いたであろう犯人の元へと、花瓶を落とさぬよう優しく扱い、持って行った。

「財前、俺から生け花のプレゼントだ喜べ」

「あ?」

青嵐はその人物の机に花瓶をそっと置いた。

財前と呼ばれた金髪で耳にピアスをつけたいかにも不良といった風貌の制服を着崩した少年はスマホをいじる手を止めて青嵐の顔を邪険そうに伺う。

数秒考える様子を見せた、こいつをどう調理してやろうか、どう辱めてやろうか、そうまわっている思考回路が青嵐には筒抜けだった。

そして閃いたと言わんばかりに財前は邪悪な笑みを浮かべた。

「邪教徒が生けた花なんて汚くていらねえよ、気持ちだけ受け取って………いや、心は忘れちゃってんだっけ?」

花瓶が机の上から払い除けられ、床と衝突した花瓶は砕け散り、青嵐によって美しく整えられた花が見るも無惨な姿へと変貌する。

財前の周囲に訴えかけるような大声に呼応して教室中が笑いの渦に巻き込まれる。

静けさが吹き飛んだ教室に青嵐の味方は何処にもいなかった。

「大好きなお花が大変なことになっちまったぞ?放置してていいのか記憶喪失メモリーレスの邪教徒君?いや、花の名前すら覚えてねえのか!」

朝早くから本日2度目のため息を肺から気だるげに吐き出し、青嵐は花瓶だったものと水に濡れて悲しげな顔を咲かせる花を片付けた。

その姿を見て笑い続けるクラスメイト達、青嵐が邪教徒なら彼らは悪魔か鬼か、もしかするともっと恐ろしい存在かもしれない。

「ごめんな、俺が不甲斐ないせいで」

青嵐は周りに聞こえないほど小さな声でぼそりと花達に謝罪した。

せめてもっと美しく生けてあげる事ができたのなら、自分の立場が違ったのならば。

理不尽に、人のエゴによって命を摘み取られた花達のことを思うと、彼は謝罪せずにはいられなかった。

雨が少しだけ、強く窓に打ちつけた気がした。


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