夏~

ひんやり冷製クリームスープパスタ #1

こんなことになるとは、王女様に雇われたときには想像もしていなかったな。


心地よい疲労感に身を任せ、椅子にもたれかかりながらクロードは今までのことを思い返していた。

ここは料理屋「テーベ」の休憩室。

今は昼営業と夜営業の間の休憩時間で、店主のセリーヌから休憩を言い渡されたのだった。


宮廷料理人としてあがり、複数の料理人を雇いたい王女様の意向でそのまま召し抱えられたクロードは、今こうしてダンジョン都市「ペアリス」でその腕を振るっていた。


無論、職を失って流れ着いたとかではない。

いわば料理留学だとか技術交流とでもいうべき話で、王都から送り出される料理人として選抜されたのがクロードだった。


何故自分が選ばれたのかと、料理長のギーに問うてみれば(雇い主に聞くなど恐れ多い)、「お前は仕事が丁寧だし飲み込みも良い。俺からも推薦した」との有り難いお言葉。

まあ、表面上の理由だろう。あの厨房で仕事をする料理人は皆、決して無能ではないのだから。

わざわざ自分を選んだ理由というのが他にあるはずだが、それはよく分からなかった。


ともあれ――。


「お疲れ様です、クロードさん」

「あぁ、ありがとう」


店主と幼馴染で今も給仕という立場で支えているというダニエル少年の労いの言葉に素直に応じる。

その手の盆には何やらパスタが2皿載っていた。


「おや、今日のまかないはパスタか」

「えぇ、今日は麺を少し作りすぎたからと」

「ふうん……」


言われてみれば、パスタのストックが随分と多かった気がする。

余るぐらいなら食べて消化したほうが良いからな、道理といえば道理だ。


「いただきます」

「イタダキマス」


イタダキマス、と言いながら両手をあわせる。

よくわからないが、食べ物への感謝の気持ちを示す言葉だという。

店主のセリーヌが良くこうしているとかで、ダニエルも真似するようになったそうだ。

そして自分もまたこうして何となく真似をしている。


ダニエルとこうしてまかないを食べるのは良くあることで、その度のことなので彼と一緒に食べる時は合わせるようになった。

クロードとしては食べ物に感謝、という考え方が気に入ったというのもあった。


「そういえばこうして食事をご一緒するのも慣れましたね」

「そうだな……こっちに来てもう大分経って、陽も長くなってきた」


ここに派遣される話を聞いた当初は面倒半分、興味半分だったと記憶している。


雇い主の王女様がいたく気に入った店があると聞いた時は、またぞろ物好きな話だと思ったものだが、それも吸熱箱とかいう魔導具と一緒にスープが送られてくるまでだった。

厨房の全てを取り仕切る料理長ギーが絶賛し、半信半疑で試食させてもらったときのあの衝撃は忘れることなど出来ない。


スープを凍らせて保存する?そもそもその素を長時間かけて煮込んで作る?

挙句の果てに冷たく美味しいスープだって?


魔導具の力を借りて、それを実現してみせた料理人。

それどころか、その魔導具自体がその料理人の発想と要望から作られたものだったという。


王都でもない、それどころか単なる商人と冒険者が行き交う街。

あくまで地方の変わった都市でしかないダンジョン都市「ペアリス」。

そこからこのようなものが生まれるなど、クロードにとっては価値観が揺さぶられるほどの衝撃だった。


アンヌ=マリー様の厨房に入ったときでさえ随分と驚かされたのだ。熱意のある料理人たちと、充実した設備。大きな宴とあらば適切な人員配置と分業体制を敷き、その全てを統括しながらも王都の誰よりも料理達者な料理長。

何より国内外から食材を集め、更にレシピを考案する雇い主。


あれほど面白く刺激的な場所は他にないと思っていたのに。それが覆されたのだから。


「クロードさん?」

「あ、あぁ。すまない。ちょっとな、物思いに耽ってしまった」

「はは、そういうこともありますよね。ここに来るまでのことでも?」

「まあ、そんなところだ。さて、まかないも食べてしまわねばな。……ん?」


気を取り直して麺を掬ってみれば湯気らしきものがない。

それに、気づかなかったがパスタの下がスープに浸っている。


「なるほど、スープパスタか。それにしてはスープが若干少なめで薄そうだが」


スープを掬ってみれば随分とさらりとしているし、妙に白い。

牛乳を使って作るというクリームスープか。


「クリームスープがあったのでそれを使ってみたと言ってましたね。あと、冷たいパスタだとか。暑くなってきたから良いんじゃないかって」

「冷たいパスタ……?」


冷製スープで驚かされた記憶が蘇る。

これはそのスープに浸されたパスタ、ということか。

しかも湯気が立っていないところをみるに、パスタ自体も温かくはないのだろう。


「面白いなぁ……」

「クロードさん、興味を惹かれた時は楽しそうに笑いますよね」

「ん、顔に出てたか?」

「割と」


クロードは少し気恥ずかしくなり目をそらした。

まぁ、これぐらいの軽口を叩いてもらえるほうが有り難い。

険悪な関係からいい仕事は生まれない。


「そ、それより早く食べるか。休憩時間が終わっちまう」

「そうですね。頂きましょう」


さて、しっかり味も確認しておかないとな。

まかないとはいえ、自分に課された仕事を思えば、これもまた学びにつなげるべきものだろう。

クロードは良し、と気を引き締めて一口目を口にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る