ひんやり冷製クリームスープパスタ #2
ちゅるん。
一口食べただけで、普段食べるパスタとの違いは明確だった。
「麺の食感が違う……!」
「これは良いですね、暑くなってきたこの時期にはピッタリかもしれません」
パスタというのは茹で加減で印象が決まる。
ソースに合わせた茹で加減をどう見極めるかで料理人の腕と思想がわかるといっても過言ではない。
それを考えるとこの冷たいパスタというのは異端でありながら、非常に面白い。
「冷たくしているからか麺が締まって感じられるな……!」
「はい、ですが固いわけではありませんよね」
「あぁ。なんていうか……モチッとしているんだが歯ごたえが違う。不思議な感覚だ」
これは温度からくる錯覚かと思いもう一口食べてみるが、やはり麺自体の食感が異なるように思う。
これは単に茹で上がった麺を冷まして出しているわけでは無いように思えた。
「ダニエル、このパスタってどう作ったかとか聞いてたりするか……?」
「いえ、聞いてはないですが……。あぁ、麺をお湯からあげた後に吸熱箱から取り出した水をかけていたような」
「冷水で冷やしたのか!」
麺をそうやって締める工程はとったことがないから効果の程はわからない。
だがこの食感はその工程によるものに違いなかった。
恐らくそうでもなければ、ここまで麺自体の食感を残したまま冷やすことは出来ないであろうし、麺自体が固まって美味しさを損なうだろうことは容易に想像ができた。
「それにこのスープ自体も美味い。牛の乳が使われている分クリーミーではあるが、冷たいからかそれ以上にあっさりに感じられる。何より、冷たい液体が喉元を通っていくのはやはり良いな」
つい先程まで厨房であくせく働いていた身だ。火照っていた身体がすっと内側から冷えていくのを感じる。
このさっぱりとした味わいと冷たさであればスルスルと食べ進めることができる。
「全体的にあっさりとした印象を与えるのにインパクトがしっかりあるな……。コクがあってクリーミー、だけどサラサラなスープ。塩気をきちんとつけられて、つるつるでもちっと食感のパスタ。上に軽く散らされているハーブもまた良い香りで、食が進んじまう……」
手が止まらないながらもクロードは目の前の食べ物に対して分析を進める。
どうやって調和の取れた一皿としたか、それを読み取ろうとどうしても考えてこんでしまう。
――こればかりは職業病かね。
あとで吸熱箱の使用許可を貰って、夜にでもまた自分で試してみるべきか。
どこまで再現できるかはわからないが……。
そうやって考え込んでいたからだろうか。
不意打ちのような問いかけに、ついそのまま答えてしまった。
「クロードさん、料理が本当にお好きなんですね」
「おう。美味しいものが出来ると面白いからな……と」
答えてからハッと気がついた。
「ん、んん。まぁ、これでも宮廷で働いていた身だしな。それなりに真面目に仕事もするさ」
「はは、そうですよね。お嬢様も仰られていましたよ。助かってると」
「そう言ってもらえるのは有り難いんだがな……」
店主であるセリーヌと共に仕事を始めて暫く経った。
月日が経って、少しは慣れたとも思うが、実に刺激的な日々を送れていると思っている。
「元々この料理屋を始めてから活き活きとするようになりましたが、最近は特にそうです。料理用の魔導具の話をする時も、試作を重ねている時も、お客さんの笑顔を見る時もそうでしたが――クロードさんと料理の話題で話せるようになったことも、また嬉しいことの一つのように語っていました」
「こっちとしちゃ、教わってばかりな感じなんだけどな」
肩を竦める。
チラッと
初めはそれを、自分の技術は他の誰にも真似できないという自負か傲慢によるものだと思っていたが暫くすればそれも誤りであることがわかる。
ただ単に、料理が好きで。
同様に料理の道を歩んでいる人間に対して、技術や知識を秘匿しようという気が全くない。それで他の人間が美味しい料理を作れるようになるなら、寧ろそれは好ましい。
そう考えているようだった。
であるから、クロードは今日もまた、このまかないについて色々と後で聞くことになるだろう。
加えて、その再現を業務時間外に試みることも、彼女は許可を出してくれるだろう。
それが今のクロードの日常であり、そのことが非常に面白く楽しく思えているのも確かだった。
「俺としても助かってはいるんだがな。そもそも派遣された理由が、この店で料理人として成長してこいというようなものであるし」
「であれば、お互いにWIN-WINということですね」
「そういうことになるのかねえ」
つるん、ずず。
最後の最後までまかないパスタを食べきった。
やはりというか、最後まで飽きることなく、スルスルと食べ進められてしまった。
あっさりと食べられるのに強い満足感。
この味覚と食感、そして身体を適度に冷やしてくれたからだろうか。
この快感を食事一つで与えられる、それはある意味で料理人として羨むべき境地の一つだろうと、クロードは思った。
「この店は……なんていうか。不思議だよな。腹を満たせばいいってだけじゃあない。美味しい、面白い、幸せ。そういう何か違う、ポジティブな感情が客の様子からうかがえる」
料理人としてこれほど羨ましい環境はない。
宮廷に戻った時、自分の雇い主をああやって喜ばせることが出来るだろうか。
そんなことも考えてしまう。
王女アンヌ=マリーが嫁ぐ話も聞いている。その時に料理人たちもどういう道に進むか、選択を迫られるだろう。
望めばそのまま召し抱えてくださる、という確約は貰っているが、同時に宮廷にいられなくなることをどう捉えるか。幾人かは違う環境を望む可能性だってある。
……まさかと思うが、入れ替わりに人を派遣する、という話はそういうことも含んでいるのだろうか。
今のうちに経験を積ませておきたい、というような。
クロードはその最初の試金石に自分が選ばれたことへの責任を、改めて感じた。
(存外この店で働き続けるのも……或いは、同じように店を出してみるのも、王女様についていくのも。宮廷に残るってーのも、どれも悪い選択肢じゃないんだよな)
身の振り方を考えながら、そのために経験を積んできなさい。
そんな言外の意図を、今更ながら感じたクロードだった。
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