あまあま春キャベツとグリンピースのシューマイ #2

「んー、我ながら良い感じ!」

「見事なものだ……これが一度凍らせた豚肉から作ったものだとは信じられないな……」


マルクは驚嘆した。肉を皮で包んだ、というがそれだけでこれほどに味わいが変わるとは。

一つ一つのサイズは小さい。

だが、一つ口に放り込み、噛んでみたなら。

薄い皮がややもちっとした歯触りで。それを噛み切った瞬間にじゅわぁとたっぷりの肉汁が溢れてくるのだ。

これは堪らない。


それだけではない。キャベツの甘みもしっかりと主張してきて、そのおかげか肉料理であるというのにまるで重さを感じさせなかった。

それどころか、これならば幾つでも食べられてしまいそうなほどだ。


「キャベツの甘みが凄いな……豚肉に全く負けていない」

「はい。この時期の、甘みが強いものを意図的に選んでます。歯ざわりはちょっと物足りないかもしれませんが、味は抜群です」

「なるほどな……」


それに……。


「試しに入れてみた豆、悪くないですね」

「あぁ……これは一体何かね?見た目はえんどう豆のようだが、その割に小粒であるし、何より食べてみたときの味と食感が違う」


普通、えんどう豆などはもう少し実が大きく、また食べた時の食感が柔らかなものになるはずだ。

だがこれは違う。こういうとおかしいが、少し青臭く、また弾力がある歯ごたえが返ってくる。

好みは分かれるかもしれないが、マルクとしてはこの青臭さは寧ろ面白く感じた。


「グリンピースです。未熟なえんどう豆、ですね。王女様曰く、最近注目している食材らしくて無理を言って幾つか持ち帰ってきたんです」

「宮廷で食べられていると?」

「というよりあの王女様の趣味みたいですね……。大陸各地から面白そうな食材を集めているらしく、その中の一つらしいですよ」

「ほう……」


件の王女様は噂通りの美食家であらせられるらしい。

まぁ、この店の権利を買うなんて言い出すぐらいである、寧ろ納得できるものがあった。

それよりも、その未知の食材をこうして試作品に混ぜ込むセリーヌにも驚かされる。


「あちらではどうやらスープに浸して食べたりして試しているらしいですね。青臭さが誤魔化せますし、風味と味も楽しめるので悪くないと思います」

「ふむ。それでセリーヌ嬢がこの料理に使った理由は?」

「彩りとアクセントですね。この緑色、中々綺麗だと思いませんか?」


確かに。この豆が載せられておらず、ただ白いだけの物体が並んでいる様を想像する。

そう考えると、この白と緑のコントラストは見栄えという点では優れているのは間違いなかった。


「まあ……少し個性的な味ではあるので、好みは分かれるかもしれませんね。店で出す時はまず別々に出して様子を見てみようかと思います」

「個人的には好きな味だがね」

「恐縮です」


スクランブルエッグに混ぜてもいいですし、ポタージュにしても美味しいんですよ。

セリーヌはそう言って楽しげに笑った。


なるほど、それも美味しそうだ。マルクは頷き、今度店で頼んでみようと内心で決めた。


再びシューマイを口に放り込む。

何度食べても美味しい。なんなら少し冷めた今でも美味しさがあまり損なわれていない。

無論、温かいうちに食べたシューマイも絶品であったが、少し冷めつつあるこれもそれぞれの食材の味が強く感じられる気がする。

それでも濃すぎない程度のものでやはり感覚としては軽い。不思議なぐらいに食べられてしまう。

一度ミンチにされた故に柔らかな豚肉と、それを包む薄皮。そして中に入れられたキャベツの甘さと豆の香りが後をひく。食べやすく、それなのに奥深い味。


「しかし、ふうむ。いつもながら料理のレパートリーに驚かされる。これなど、小さいしちょっとした間食に良さそうだ」

「皮を作るのがひと手間ではありますけれどね。そろそろ人手のことも考えたいとは思っています」

「あぁ、そうだ。それだ。色々と棚上げにしていた話があっただろう」


仕入れのこともそうだが、実は他にも懸案事項があることを思い出し、水を向ける。


「保存食や旅人向けの食品を作る話、吸熱箱の改良を待つとしても、君一人で全てを賄うのは難しくなってくるだろう? 販路に関しては私のところやレオナールが請け負うとしても」

「そうなんですよね。給仕はともかく、厨房が……といっても、実は近いうちに解決しそうなんです」

「おや、そうなのか?」


マルクは眉を上げた。

そんなアテがあっただろうか?

あぁ、いや。王都から帰ってくる前はそのようなことを言っていなかったのであるし。

なら、あちらで何かあったと考えるのが自然か。


「何か、件の王女様から打診が?」

「まあ、そんなところです。お抱えの料理人をこちらに派遣したい……と、申し出を受けまして」

「ほお……」


興味深い話だ。

確かにそれならば厨房に人が入り、人手という意味では助けとなるだろう。

だが、それにしてもだ。随分な入れ込みようというべきか。


「その話は君から相談して?」

「いえ、あちらからの提案です。どうやら随分気に入っていただいたみたいでして、『勉強させたい』などと。期間も大分長めに取ってもらえてるというか、何なら入れ替わりで寄越したい、という話も出ているので暫くアテに出来そうなんです」


自分としては祝福ギフトありきでやっている部分もあるので、レシピをお送りしますよとも言ったんですが。

そう言って、「有り難いけど良いのかなあ」、という感情を隠そうともしない彼女にマルクは苦笑した。


「私に料理のことはよくわからないが、君の考えている以上の価値があると判断されたんだろう」

「そうかもしれませんね。あちらの料理長の方、随分と気にかけてくださっていましたし」

「答え合わせのようなものじゃないか。祝福ギフトだよりというが、それを差し引いても学ぶ価値があると思われた証拠だよ」

「そう考えてみると悪い気はしないですね」


くす、とセリーヌは笑った。

マルクは店内を軽く見渡した。

今はまだ営業を再開していないから閑散としたものだが、再び店が開けばここは料理に魅了されたお客でいっぱいとなる。

王都に行く前の繁盛ぶりを見ていたのもあるし、自身もまたここに魅了されていたことを改めて自覚したマルクにとってそれはもはや確信を越えて、必ず来る未来のように思われた。


「発想だけが先行していても現実にはなりえない。腕だけが先行していても、ここまで店が上手くいくこともなかっただろう。そう考えるなら、今ここまで来ているその事実だけでも、称賛すべきことであるし、認められるに足る実績だと思うよ」

「……もう、褒めすぎです。でもまぁ、少しは自信を持ってもいいのかもしれませんね」


食べても食べても、美味しさが損なわれないシューマイ。

それは何度来ても驚かされ、楽しませてくれるこの店を連想させてくれるようで。


この店は変わらずにあり続けて欲しいと。

マルクは心底に願うのだった。

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