あまあま春キャベツとグリンピースのシューマイ #1

料理屋「テーベ」に出入りする商人、マルクは久方ぶりにその店を訪れることにした。

暫く王都に行くとのことで店が閉められていたが、先日帰ってきたと知らせがやってきた。

改めて仕入れをどうするか相談する必要もあったし、何よりしばらく、かの店の料理がご無沙汰であった。


営業の再開はまだだ。

寧ろその為の相談をしにいかなければならないのだが、それでも店に行く足が早足になったことは否めない。

もしかすれば、彼女の料理を何らかの形で食べられないかという期待がないといえば嘘になる。

そこまで考えて、心中で苦笑する。


(思えば開店前に出会ったトンテキから、随分と経った)


冬から春になり、そしてもう少しで初夏が訪れる。

たかが半年、されど半年。

決して短くない時間であったと思うし、なにより濃密な時間を過ごしてきたと思う。


料理屋「テーベ」は良い取引先だ。

食材の消費量がまとまったものであるし、仕入れも頻繁であるから、マルクの商会は随分と潤った。

マルクの商会はホーク商会ほどではないにせよ十分に大身といえる。

1商店との取引で全てが賄えるような規模ではないし、隊商とも数多くの取引がある。


それでも有力な収入源の一つとして数え上げられる程度の規模の取引は実際に発生していた。


――加えて。


(食肉の加工や管理について、妙に詳しい。料理の領分と言われればそれまでかもしれないが、お陰でうちの扱う肉の品質が褒められることも多くなった)


加工食品の生産などにも挑戦できないか、相談をしていたりもする。

ソーセージなどはその最たるもので、彼女の力を借りることが出来れば、より評判を得ることもできるだろう。

吸熱箱の存在とあわせれば、マルクの営む商会の食品をより遠くまで広げることだって可能かもしれない。


様々な意味で、良い取り引き先なのだ。

商会の当主であるマルクがわざわざ顔を出してまで気にかけるのは、友人であるレオナールの娘であるという理由もあるが、それだけではないということ。

商人として、このコネクションは最早逃せるものではないのだ。


「いらっしゃいませ、おじ様!」

「あぁ、お邪魔するよ」


扉の音に気づいたのだろう。パタパタとセリーヌが駆け寄ってくる。

マルクは軽く笑いかけると、席に着いた。


カウンターの奥に一度引っ込んだのは飲み物を用意するためだろうか。それとも……?

やがて、セリーヌはティーカップと幾つかの皿を載せたお盆を手にして戻ってきた。


「ちょうどよかったです。軽く試作品の試食を兼ねて、お昼にしようかと思ってましたので」

「おや?ご相伴に預かっても良いのかね?」

「もちろん。吸熱箱で凍らせていたものを戻して使っているので、それほど凝ったものではなくて申し訳ないですが」


ニコリとする彼女に、マルクは頬をかく。

見透かされていたようで少し恥ずかしい。

いい歳をして食事一つに一喜一憂している自分。それを考えると、少し面白い。

商売のためなのも本当であるし、友人との友情によるものも本当だ。

だが、或いはもう一つ。やはりというか、この店と料理に魅了されているのも確かなようだった。


「それは仕方ない。再営業の為の相談をしたいという場であるしね」

「有難うございます。いつも助かってます」

「いやなに、こちらこそ儲けさせてもらっている」


ペコリと頭を下げるセリーヌに、マルクは頭を振った。

本心からの言葉だった。良好な関係を築けていると思っているし、いい取引が出来ている。

何よりこの店であればそう簡単に潰れることもあるまい。


何せ王都におわす高貴なる方から、あのように贔屓されているわけであるし。

レオナールから聞いている話と、また実際に店に刻まれた紋章。王都に彼女が行ったという事実。

その全てが、今のこの店と彼女の立ち位置を物語っている。


「こちらこそ、今後とも末永い取引を願いたいところさ」

「はい、マルクさんには色々ワガママも聞いていただいているので助かっています」

「いやいや、そのワガママがうちの評判にも繋がっているからね――」


苦笑する。もう半年も経って、店も繁盛していた。

この少女の歳の若さを考えれば、十分に増長してもおかしくない話なのだが、どうにも落ち着いている。

その点もマルクとしては有り難く、また好ましく思っている点であった。


大ゴケしない。転んだとしても大きな失敗はしないだろうという信頼。

それは商人として重要な資質だ。


「さて、取引の話と行きたいが――」

「はい、食事をしながらでも」

「有り難い。そういえば、試作と言っていたね?」

「えぇ」


マルクはそこで、テーブルに置かれたお盆の上に視線を向けた。

大皿の上に幾つか何やら不思議な物体が置かれている。

強いて言えば四角状で白く、また指でつまめるほどの小ささの物体。

そしてその上には緑色の豆のようなものが見受けられる。


何やら美味しそうな湯気を立てており、まだ温かいものであることを示している。


「ショーユはないんですが、洋風出汁でシューマイを蒸してみました。……またなんちゃってなんですが」

「ふむ、シューマイ。どういう料理なのかね?」

「豚肉のひき肉を餡にして皮で包んで蒸した料理……というとちょっと分かりづらいですね。中にお肉と野菜が入っています。今回は柔らかいキャベツをしっかり入れているので野菜の甘味が感じられるんじゃないかなと」

「ほう……」


確かに立ち上る湯気は実に美味しそうに感じられる。

彼女が不思議な料理を作るのは今に始まったことではないが、どれも美味であることに変わりはない。

冷める前に食べてみたい。


「さ、まずは食べてみましょう。感想を是非聞かせてください」

「喜んで。ではご相伴に預かろう」


商談や、彼女の近況を聞くのはその後でも遅くない。

寧ろ、腹を満たしてからの方が良いに違いなかった。

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