驚愕に値する晩餐会
その後のスープ、魚料理、肉料理……。
その全てが絶品というほかにない。
ラルカンジュ子爵は感嘆のし通しであった。
何が違うかをはっきりと口にすることは難しい。
何故ならどの献立も斬新でこそあったが、一度は王女の食卓で食したものだからだ。
だがしかし、その頃とは確実に"何かが違う"。
今までも似たような料理は食べている。
アンヌ=マリー王女の晩餐会には出来るだけ参加してきているのだ、その変遷もよく知っている。
だが、それにしても今回の料理は一際違った。
なんというべきか、今まで僅かにズレていたものがカチリとハマったかのような……。
「ラルカンジュ卿、此度の食事は如何でしょうか?」
「おっと、これは失礼」
ううむ、と唸っていたラルカンジュ子爵にアンヌ=マリー王女が問いかけた。
他にも列席者は居るが、時折彼女は戯れのように問いかけることがある。
ラルカンジュは素直に答えることにした。
「アンヌ=マリー様の料理人は流石ですな。いつ食べても驚きに満ちており、また美味によって舌を喜ばせてくれる。いつでもそうですが、今宵は特にそう思われます」
「ともうしますと?」
「まず最初に口にしたテリーヌ。アレはなんとも見事なものです。肉というのは野趣溢れる風味とともに口にするのが美味い。肉付きの良いものであれば至上である。……かつてはそのように考えておりましたが、最早そのような常識も過去のもの。特に今宵のテリーヌは絶品という他にないでしょう」
つらつらと語り始めてしまう。
自身の悪癖だと自覚してはいるが、こうなるともう止まらない。
「口当たりが実に滑らかで、とろけるような味わい。その中に潜むレバーの強い旨みと味わい。それを引き立てるのは少量のスパイスと香味野菜。それだけではないですな、塩味も見事に調整されていた」
「かつて、肉にはスパイスで色をつけるぐらいがちょうど良いと申されていた卿も変わりましたね」
「ははは、こうも美食に目覚めさせられたのは貴女様のせいですぞ」
苦笑いする。周囲の貴族も同様の反応だ。
自分だけではない、この食卓の虜になったものは宮廷でも数多い。
まさしく、舌と胃袋を掴まれたかのようだった。
「次に出てきた冷たきスープもまた得も言われぬ快感をもたらしますな。あの深い味わいをもちながらも澄んだスープ、まさしく驚かされます。アレを夏場に頂いたならば素晴らしい体験となるでしょう。今から楽しみです」
「加えて魚のフライに
そこまで口にしてハッとする。
そう、全ての料理のクオリティが高かった。
何かが違う。だが、今日食した料理の全てにそれを感じられるなら。
きっとそれは単純な違和感で片付けられるものではなく――。
「……もしや、何か新しいことを試されましたか?」
「えぇ、厨房に少し新風を」
「ほう……」
具体的なことは何も言わないが、さもありなん。
料理は目の前の王女の趣味であり、やはり武器でもあるのだから。
或いは、何かを
「ラルカンジュ卿の舌は確かですわね。仰るとおり、今宵は特別な宴と言っても良いでしょう。政治的な何かが変わるわけではありませんが、
「ふむ」
「次の宴の料理も楽しみにしておいて頂きたいですわね。料理人たちも切磋琢磨、試行錯誤しておりますから。いずれ、
「それは興味深いですな。次を楽しみにできるというだけでも有り難いことです」
還元、と来たか。
何かを抱えているのは間違いない。
周りの貴族たちの目の色も僅かに変わっていた。
無論、そのまま表に出す愚か者はこの場には居ないわけだが。
実に面白い。
ラルカンジュ子爵は満足げに腹を擦り、次に来るデザートを心待ちにすることとした。
※ ※ ※
宴の後のこと。
アンヌ=マリーは料理長であるギーを呼び、今日までのことを問いかけていた。
「それでギー、どうでしたか?」
「どうもこうもないですね。見事なものでしたよ」
ギーは肩を竦め、苦笑した。
思い返すようにして、一つ一つ語っていく。
「晩餐会の少し前に呼んでおいて正解でしたね。お陰であの娘の言うフォンやブイヨンの作り方についても学べましたし、出す予定のメニューについても相談することが出来ました。実際の段取りはこちらが主導しましたが……」
「やはり、大分手間暇をかけていましたか」
「それも相当に。元々レシピを伺ったときから思っていましたが、あれらはとても庶民が作るものではありません。市井のレストランにあんなものを出されていては、我々の立つ瀬がないぐらいですね」
「そうよね……やはり、そういう料理よね」
アンヌ=マリーは一度食しているから、言わんとすることはよく分かる。
あのときの一連の料理は自分たちが王族や貴族であるからのもてなしである面もあったとは思われるが、あれに類する料理を市井に提供しているとあれば、宮廷に居る人間よりも遥かに良いものをあの街の者たちは食していることになる。
幸い、物理的にも文化的にもやや遠い立地であることだけが救いだった。人の口に上り、彼らが知るのはもう少し先のことであろうから。
「あぁ、それと。魔導コンロ、でしたか。是非うちの厨房にも導入したいですね。実際にスープストックを作ってみたいと思っています」
「彼女の実家を当たってみましょう。吸熱箱のこともありますし、出来れば魔導技師ごと囲い込みたいのですが、いかんせん手紙でのやり取りというのもありますし、まだ具体的な話にはなってないのですよね」
「店の権利は手にしていたのでしたか」
「えぇ、一応ね。彼女を守るための意味合いが強い契約になっているけれど」
アンヌ=マリーはお茶を口にした。
吸熱箱とて、関係性を深めにいったことで厚意として幾つか譲ってもらったという背景がある。
セリーヌはまだしも、彼女の実家はそう甘くない。
店の権利までは買い取れたにしても、商売のタネとなる魔導具まではそう簡単に渡してくれるわけがないのだ。
だが、それとて販路を広げるのであれば、噛めない道理もない。
彼女自身、吸熱箱の普及――どちらかというと、食品保存の概念には興味を示していたことであるし。
彼女が望んでくれるなら、権力者として一つの未来を提示したいとは考えていた。
だが、まだそれを安易に提示するのは時期尚早でもあった。
「それで、発想と能力はわかったわ。調理技術の方はどうでしたか?」
「興味深く学ばせてもらいましたよ。手際が年齢に見合わぬほどに良い。不慣れなうちの厨房でも目を見張るほどの働きを見せていましたから。自分も同じぐらいに出来る自負はありますが」
「逆に言えば、貴方以外はそうはいかないと。私のもとで、何人もの料理人を統べる貴方も十分に傑物なのにね」
「あれを見てはね。まだまだ出来ると思わされました」
彼は厨房において効率的な分業体制を導入し、また、自身も全体を見回しながら調理を行える。
極めて優れた人物であり、アンヌ=マリーのアイデアを実現する手足そのものだった。
セリーヌは別の意味で特異であるが、彼もまた十二分な才覚を持っている。
その彼がここまで評価するということ自体が、彼女の能力を物語ってもいるだろう。
「経験も未熟とは程遠い。アレは庶民向けの店で料理を重ねた結果得た手腕なのかもしれません。加えて、軽く教えてもらいましたが、料理に対する目が我々以上に鋭いものでした」
「それが完成度の差に繋がる、ということですか?」
「はい。彼女自身
「……ふうむ」
彼女が
それを差し引いても、或いはそのお陰で得られた技術が、十分に
ただのアイデアだけの料理人ではない。
それぐらいは分かっていたが、本職の、それも自分が最も信頼する料理人のお墨付きとなれば。
それならば、考えていたアイデアのうちの一つを相談してみるのも良いだろう。
そう思い、アンヌ=マリーは口を開いた。
「考えていたのですが――」
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