放浪聖女とワイバーンステーキ #2
「パウリーネは最近この辺に?」
料理を待つ間は手持ち無沙汰だ。
折角知り合いが居るのだから、話をしようと水を向ければパウリーネはうんと頷いた。
「あぁ、弟子に会いにね。そうしたら思わぬ出会いがあったというわけさ」
「それがこの店、か」
「そうだね。……気づいたかい?」
試すような口調。
それにマルガレータは心当たりがあった。
「それはどっち? 看板の方か、店主の方か」
「両方だよ。ま、あんたなら気づくか。何せ聖都の上に居た人間だものねえ」
「政治はからっきしだったけどね。でもまあ、流石に王国の国章ぐらいは覚えてる」
看板に刻まれていた片翼のペガサス。アレは王国で平民が勝手に刻んでいいものではない。
ペガサス自体が神聖視される国なのだ。
それが意味することは王族の息がかかっているということ。
片翼ということは国王ではないのだろうが――
「ま、ちゃんと後ろ盾があるということだね。あの店主の娘自体はこの向かいにある商会の子のようだが、中々どうして面白いコネを持っている」
「それだけの何かがあるということ。それほどのものが、店主の手に……か」
「それも、料理を見ればわかる」
そしてもう一つ。
あの店主は
それ自体はそう珍しいものでもないが、纏う気配が少し特異だった。
「そういえば、マル。あんたはあんたでなんでこっちに。それもダンジョンなんか潜って。忙しいんじゃないのかい?」
「あぁ、それ。今のわたしはなんでもない一人の信徒よ。教皇になっちゃいそうだから逃げてきちゃった」
マルガレータが近況を話せば、パウリーネは驚くでもなく得心したように頷いた。
「あぁ、例の法力主義は相変わらずなのかい」
「そういうこと。さっきも言った通り、わたしは政治に向いてないし。別に神託で任命されるものでもないし。それなら別に聖都に居続ける理由もないな、って」
「それで旅に出たって?放浪司教と変わらないんじゃないかい」
破門された聖職者の行き着く先。世間で言うインチキ聖職者。
マルガレータの状況は確かに似ているかもしれないが、自分から出ていった点と、別に破門されたわけではないことが異なる。
出ていったのは勝手だったが、それとて他の連中が勝手に担ぎ上げようとした動きもまた勝手だったのだから。
「別に破門されたわけじゃないわ。ちゃんと後から手紙は送ったし、あっちも渋々だけど巡回活動を認めてくれた。一応公認なのよ?」
「そりゃまた。流石にあんたほどの力の持ち主を敵に回したくはないってことか」
「わたしなんて、ただちょっと力のある個人に過ぎないのにね」
肩をすくめると、パウリーネからは呆れの眼差しで見られた。
だがこの魔女だって似たようなものだ。
力が強くなりすぎて、どの国にも肩入れできなくなった。
それ故に『何にも属さぬ』パウリーネなどと世間から呼ばれるようになった大魔女。
結局、社会や組織が個人を持て余したとき、その個人はそこを飛び出すしかないのだ。
そんなことを考えていたら、給仕の少年が皿を手にやってきた。
「お待たせいたしました。前菜として、ワイバーンの茹で肉サラダです」
「へえ、サラダ」
見れば、中心には湯通しされて色が変わった肉が薄切りにされており、その周りにレタスが散らされている。
透明な何かがかけられており、後は揚げたニンニクの薄切りだろうか?それも散らされていた。
「私も貰っていいかい?」
「勿論よ。一緒に食べましょう。あぁ、これから持ってくるものも2人分ずつでいいわよ」
「かしこまりました」
それにしても、ワイバーンの尻尾で出てくるものがサラダ。
コレは少し驚きだった。単に焼いて出してくるものかと思っていたが……。
(前菜と言っていたわね。ということは、これはメインではない。あまり待たせるのを嫌って繋ぎで一品を出してきたってことかしら)
多少待つぐらいならば慣れているし気にしないのに。
そんな思いで、期待せずに肉を口にする。
「わ……」
普段食べる肉と全く違う感触。
茹で肉だと言っていたが、さっぱりとした味わいで食べやすく感じる。
柔らかい食感にかけられた塩味のソースがピッタリで驚く。
「ただ塩を振りかけたわけじゃなくて、柑橘類の酸味かしら。妙に後をひくわね」
「野菜も食感を残しているから一緒に食べると合うよ。流石だねえ」
「それにこのニンニクの薄揚げ。物足りないと思ったところにちょうどよいアクセントね」
もしゃりもしゃりと。2人で取り分けたサラダを口にしていく。
「それにしても新鮮なだけあって肉も悪くないね。ワイバーン肉ってのは脂身が旨いと聞くが、あまりくどく感じない」
パウリーネの言葉にマルガレータは頷いた。
「ワイバーン肉は面白い味わいで、特に尻尾なんかは弾力がある。脂がたっぷりあるというのに何故かくどくなく、赤身もサッパリとして食べやすい。魔性の肉なんて呼ばれるような代物なのよね」
「茹で肉で食べたのは初めてだが、この加減は焼いてないからかね?」
「だと思う。焼いたらもう少し脂が良くも悪くも主張すると思うし、そういう意味では贅沢だけどちょっと面白い食べ方ね」
そんなことを話しながらサラダを食べ進めていくと、結構なペースで消えていく。
シンプルな料理のようだが、食材とソースが良い。
手が止まらない。
「……あっという間になくなったわね」
「すまないねえ。ご相伴に預かっちゃって」
「あぁ、それは別にいいのだけれど……」
良い前菜だった分、次への期待のハードルが高まる。
少しの物足りなさが残るこの塩梅は、恐らく店主も計算しているのだろう。
メインディッシュが今から楽しみでしかなかった。
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