放浪聖女とワイバーンステーキ #1

「うーーーーーん、どうしよう」


マルガレータはゴロンと横になりながら考え込んでいた。

ここはダンジョンの下層。油断すればどんな熟練の冒険者でも命を落としかねない危険な場所。

だが、そこに一人潜るマルガレータは気の抜けた声で転がるばかり。

それもそのはず、マルガレータにとってダンジョンとは間引きと暇つぶしの場。

危険などこれっぽっちも感じない場所だった。


マルガレータの視線の先には、その証拠といわんばかりに大型の巨躯を誇る竜――ワイバーンがその身を横たえていた。

無論、マルガレータが屠ったもので、悩みのタネもまたこの遺骸であった。


「襲ってくるからつい殺しちゃったけど……。ちょっと大きすぎるなあ」


一人で運ぶには大きすぎるモンスター。狩る予定になかったもの。

マルガレータとしては下見ぐらいのつもりだったのだ。かのダンジョン都市の中心部たるグレートダンジョンがどの程度のものか、覗きに来ただけ。

それがどうにも探索が捗り、気分がノリ、潜りすぎてこうして今に至る。


無論、傍目に無防備に見える彼女を襲おうとするモンスターは多く居たが、いずれも一撃のもと物言わぬ身となった。

その内8割は彼女の火力が高すぎて塵すら残らなかったわけだが。


「素材を持ち帰れば路銀の足しにはなるだろうし、喜ばれるだろうけど……。全部持ち帰るのは面倒。めぼしいものだけ持ち帰って、ギルドに教えてあげればいいか。回収クエストか何か勝手に発行するでしょ」


ん、しょと。起き上がり、今後の方針を考える。


「肉も持ち帰りたいわね……。良い調理してくれる宿とかないものかしら。その辺もギルドに聞けば良いかな」


無造作にワイバーンの鱗と切り落とした尻尾を手に、マルガレータは町までの帰路についた。


※ ※ ※


「教会も寄ったら大分時間が経っちゃったな……」


夜もどっぷりと更けた頃。

マルガレータはワイバーンの尻尾を籠に入れて街を歩いていた。

ギルドに寄って、予定通り情報を提供して鱗を売り、最近評判という料理屋の名前を教えてもらったは良いが。

その後に寄った教会で随分と説法をせがまれ、時間を費やしてしまった。


今やなんの役職も持たぬ・・・・・・・・・・・自分の話など、無理に聞かずとも良いのに。

なぜだかこういうことが多いことに首を傾げながらも、求められること自体は悪いことではない、と思い直した。


「とはいえ流石に店も閉まってるかな」


肉には防腐用の加護・・・・・・をかけているから出直しても良いのだが、具合の悪いことにお腹はそこそこ減ってしまっている。

だから、無理は言わずとも一縷の望みをかけて店に足を運んでいるというのが現在だった。


「お、見えた。意外と立派な店構え。多分アレよね」


この春になって、片翼のペガサスの紋章が刻まれたエンブレムが看板に刻まれているので分かりやすいですよ――そう言われていた通り、この夜更けでも近年普及しつつある魔導灯に照らされ、十分に判別が出来た。


中からも灯りが漏れているし、これは案外行けるかも……?

ほんの少しの期待とともに、マルガレータは戸を開いた。


「いらっしゃいませ」

「あ、開いてる?大分遅い時間に悪いのだけれど……」

「少々お待ちを――」


給仕と思しき格好の少年が、パタパタと背を向けて奥に引っ込んでいった。

恐らく店主に確認をしているのだろう。

こんな時間に訪れた方が悪いのだ、断られても仕方ない。そうは思いつつ、店内を軽く見渡す。


(客は……殆ど居ないか。カウンターのところに、一人女性が居るみたいだけれど……)


「おや?」


こちらの気配に気づいたのか振り返った顔を見れば、久しく見ていない知り合いの顔だった。


「パウリーネ?」

「そういうあんたはマルじゃないか」

「もう、わたしはあの頃の子供じゃないのよ?」


以前会ったときもそうだが、幼少期からの呼び名を変えてもらえないことに思わず拗ねた声が出てしまう。


「ふん、そう言ってるうちはまだまださ。こっち来なさい」

「いや、まだ店に入っていいかは……」

「入るだけなら問題ないだろう。この面倒な老人に付き合うと思ってほら」

「……仕方ないわね。けど、あなたはいつ会っても変わりなく綺麗なままね」


押し切られて仕方なく横に座る。

ちらっとみれば、何やら小鉢に入った葉物を突いているようだった。


「それで、どうしてまたここに来たんだい?」

「あー……。偶々こっち来てダンジョン潜ったんだけど――」


経緯を説明する。

ワイバーンの肉を期せず手に入れたし、折角だから評判の良いところで調理してもらおうと思ったのだと。

すると目の前の大魔女はニヤリと笑った。


「なるほど。それならあんたは大正解を引いたよ」

「へぇ、ってことは」

「おうさ。私が知るなかでも最良だと思うね」

「……そこまで言うの?あなたが?」


逆にそうするとこんな時間に訪れちゃったのが気になるのだけれど、とマルガリータはため息をついた。

パウリーネはケラケラと笑って、手を軽く振った。


「大丈夫じゃないかねえ。ここの店主はそんなに偏屈じゃないし、まあ出直すにしても拒否することはないだろう」

「なら良いのだけれど……」


そう言ってチラと店の奥を覗いたその時、給仕のあの少年と、その後ろに華奢な少女が現れた。

もしや、あの少女が店主だというのだろうか?


「セリーヌと申します。ええっと、夜の営業はもう終わろうとしていたところだったんですが……」

「あぁ、やっぱり。なら――」


無理もない。なら出直すべきだろう、とマルガレータは立ち上がろうとする。

だが、パウリーネがそれを制した。


「まあまあ。店主や、その様子だとただ断るわけじゃないんだろう?」

「あ、はい。パウリーネさん。来てくれたお客様を断るということはしたくないので……。お出し出来るメニューは限られると思いますが、それで良ければ……」

「そういうことなら、問題ないと思うよ、ほら」

「えぇっと。もし、大丈夫ならなんだけれど……」


背負っていた籠をおろし、中身を取り出す。

すると、少女の目が光ったような気がした。


(……?)


「それは?」

「ワイバーンの尻尾だよ。結構珍しいモノでね、新鮮なまま食材になることは少ないと思う」

「なにせ魔法薬の素材としても珍重されるしねえ。純粋に食用にしよう、っていうのは中々ないね。値段も張るし」


へえ、とセリーヌと名乗った少女は声をあげた。

見たところこの食材を見たのも初めてのようだが、うまく調理できるのだろうか?

だが、パウリーネが最良とまで言い切った店だ。ならなにかあるのだろう。


「それをどうして?」

「これはわたしが偶々ダンジョンで手に入れたものでね。折角だから腕の良い料理人に調理してもらいたくって」

「……光栄なことです」

「いや、こっちこそ夜遅くにすまないね」


手にとっても?

そう問われたので少女に手渡す。

ワイバーン、その巨躯についていた尻尾だから相応のサイズで。

彼女の手の中には収まらず、抱え込むような形になった。

だが、暫くすると少女はニコリと笑った。


「なるほど、これはいい食材です。……全て使っても良いのですか?」

「構わないよ。別に何か他に使い道があるわけじゃないんだ。薬の材料になるといってもわたしには無用だしね」

「かしこまりました。少々お時間を頂きたいと思います」

「もちろん」


思わぬところで思わぬ人に出会ったのだし、多少時間がかかるぐらいは問題ない。

その間に、少し話しておきたいこともあった。


「有難うございます。その代わり、ご期待に応えられるものをお出しいたします」


少し抱いていた不安も、その自信有りげな態度で少し払拭され、楽しみに待つことにしたのだった。

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