ぷるぷるゴマ豆腐とニコニコ精進揚げ #4
「次の一品となります。笑い茸と人参の精進揚げです」
「ショウジンアゲ?」
「卵を使わない天ぷら……あぁいえ、少し食感の違う野菜のフライのようなものです」
「ふうん……」
初めて聞く料理だが、要は野菜やキノコの揚げ物ということだ。
それにしても笑い茸か。
確か食べると死にはしないけど文字通り笑いが止まらなくなるなんて、興奮作用があったような。
「笑い茸って食材になるのね」
「店長が毒抜きの方法を見つけたそうで」
「へぇ……凄いわね。中々エルフでも知らないと思うわよ」
一部の毒キノコの毒を抜くことが出来る、というのはユーフェも知っている。だが恐らくニンゲンでそれを知る者はそう多くないだろう。
それに笑い茸が毒抜き出来る、ということまではユーフェも知らなかった。
毒抜きの技法もエルフの中で誰もが知る知識というわけでもない。そういう意味では興味深い話だった。
「そういえば、あのゴマドーフなんだけど」
「お口に合いましたか?」
「まあまあね。いや、そうじゃなくて。アレってどうやって作ってるか知ってる……?」
レシピを聞くのはマナー違反だろうか。だが、興味があったのだ。ヒントだけでも欲しい。
すると給仕の少年は少し考え、思い出すようにしながら教えてくれる。
「確か
「……思ったより詳しく聞けたわ。驚きね」
「私もこの店の給仕ですから、最低限こうした受け答えが出来るよう努めています」
見たところまだまだ子供のような若さだろうに。立派なことだ。
「野菜出汁……つまりスープのことよね」
「正確には当店ではその素として作っています。ストックがあったのでちょうど良かった、と店長が言っていました」
「ストック……?まぁいいわ、でもまあ少し掴めた」
「それは何よりです。ですが恐らく店長の作るものを模倣するのは難しいでしょう。お気に召したようでしたら、是非ご贔屓に」
「ん。……考えておくわ」
それはそうだろうな、とユーフェも内心では同意する。
素直に認めるのは癪だが、あの奥底から主張してくる味はこの店でしか出せないだろう。
自分でちょっと作ってみようと思うものの、中々うまくはいかないだろうな、とも考えるのだ。
「有難う。フライが冷める前に頂きたいし、もう良いわ」
「かしこまりました。また何かあればご用命くださいませ」
「ん」
下がっていく給仕を横目に、運ばれてきたショウジンアゲを見てみる。
大きなキノコが幾つかにスライスして揚げられている。
だが、その揚げ物の色味もどこか薄かった。
(ふうん……。上品な感じを目指しているのか、それとも私達と感性が近いのか。あるいは偶々こんな感じなのか……)
ニンゲンが食べるフライといえば肉や魚が定番だ。シュニッツェルなどご馳走といって齧り付くのを何度か見たことがある。
それらを見た記憶を総合しても、やはりここまで色味の薄いフライは見たことがない。
衣も薄い。キノコの土色も、人参の薄い赤色も衣越しに見えて綺麗に見える。
(あまり脂っこいものは好きではないから良さそうだけれど……)
まずは人参から口にする。
幾ら毒抜きしているとはいえ、キノコを口にするのに少しの躊躇があった。
「はむ……」
しゃくり。思ったよりも衣が薄いのか、歯切れの良い食感が口の中で伝わってくる。
細切りにされた人参が纏められているので食べやすい。
よく見てみれば、幾つか人参の大きさが異なる形で揚げられていることに気づいた。
「料理人の遊び心ってところかしら」
今度は太い一本で揚げられたものを口にする。
すると、口当たりがまた異なり、更に人参自体の味の主張が違うことに気づく。
(さっきは軽い口当たりで風味もそれなり、って感じだったけれど。こうなると人参の主張が凄く強いわね)
独特の野菜の甘みと、良い意味での土臭さ。
それが口いっぱいになって、どこか幸せな心持ちが胸に広がる。
齧ったフライをしげしげと見つめる。
「大きい割に食べやすい。芯が固くならないように適切に処理されている……」
人参は処理が難しい野菜だ。
切り方も数多くあるし、茹で方もそれによって変わる。
細切りであれば固めに歯ごたえを楽しめるように、
太くするなら柔らかく芯を感じられないように。
調理技術と、適切な状態の野菜を使うことが求められる。
普段から気を使って調理しているユーフェだからこそ、この揚げ物がどれだけの心配りをされて作られているか見抜くことが出来た。
食感も切り方も異なるフライ。
見た目は地味に見えても、この創意工夫はユーフェからしても思わず唸る他になかった。
それに。
「ユーフェ、そういえばそっちのフライはソースがかかってないんだな?」
「えぇ。塩だけまぶされているみたい。けれど、とても甘い」
「ほーう?」
ニコラが興味深げに視線を注ぐ。
思わずユーフェは皿を守る。
「ダメよ。これは私が頼んだ料理なんだから」
「ははは、取りはしねえよ。今度頼んでみるわ」
「……人間の男って野菜は好きじゃないんじゃないの?」
特に、肉体労働をする冒険者は。
そんな意を込めて問うてみれば、男は笑った。
「ああ、ここ以外ならそうだな。だがここは何でも美味い。野菜が甘い、なんて初めて知った。だからお前さんの言うこともよく分かる」
「ふうん……」
エルフのことを人間が理解ってたまるか。
そうも思ったが、目の前の料理を見ると強く否定する気も失せてしまう。
これこそまさに、人間が私達と同じ価値観を持ちうるという証左にも感じられるからだ。
どういう思想で生まれた料理かは知らない。
だが、ユーフェの舌に届く味には確かに一切の肉や血の味がしない。
隠し味で獣や魚の骨が使われているということもないし、溶け込んでいるものを誤魔化しているわけでもない。
純粋に、エルフが食べられるものだけで作られた料理。
「まさかと思うけど、ここの店主がエルフなんてことは――」
「この街出身の人間だよ。変わり者ではあるがな」
「……そうよね」
不思議なものだ。エルフのことを考えて作ったわけではないだろう。
だが、現実にぴったりな料理がこうも簡単に出されている。
今度は笑い茸の揚げ物を口にしてみた。
茸ならではの芳醇な香りと強烈な旨味が舌に残った。
歯ざわりもやはり良い。それに、食べてみて身体が不調を訴えることもない。
「今度おでんでも一緒に食べようぜ。煮物も絶品なんだ、ここは」
「あぁ、豆の煮物も美味しかったものね。けど、おでん?」
「ネリモノとかはダメだろうが、味のしみた大根は堪えられない美味さだ。店主に言えばエルフに食べられるアレンジにしてくれるだろうさ」
「へぇ……」
まだ美味しい料理があるという。
ユーフェは外に出たエルフだ。エルフにしては、という但し書きはつくが好奇心が強い。
「暫くは、この街に滞在してもいいかもね」
「俺等もここがあるからまだ居座ってる面があるしな」
食べ物は、旅の中でも一等の娯楽だ。
それはユーフェにとっても例外ではない。
彼女の場合は自炊が主にはなってしまうが、現地で手に入る食材で料理をするのは嫌いではなかった。
だがここでは、それに加えて腕のいい料理人の調理を味わうことが出来るという。
自分の料理に活かせるものもまだあるかもしれない。
そう思えば、少しだけ楽しく感じられた。
「……ニコラ。少し話でもしましょう。あれからあなた達は何をしていたの?」
「む。珍しいな。だが、そうだな。俺たちは……」
不思議と、やり場のない感情はどこかに消え失せていた。
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補足:シュニッツェル
欧風カツレツというべきもの。油は少なめに揚げ焼きする点が大きな違いの一つ
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