ピリリと痺れる旨辛煮 #1
パスカルはホーク商会に所属する専属のライダーである。
普段から地方という地方を飛び回り、商談を纏めたり、商品を空のルートから運び込んだりととにかく忙しい身だ。
魔獣をパートナーとする者は見ないわけではない。だが、大鷹を友とするパスカルの一族には歴史がある。
ホーク商会はこのダンジョン都市ペアリスが興るその時からあった歴史ある商会だが、その立ち上げに大きく関わったのがパスカルの一族だ。
開拓団に随行していたというパスカルの一族とホーク商会はその時からの付き合いであり、運命共同体であったと言って過言ではない。
大鷹と共に空を翔び、陸運のみならず空輸という可能性を商会に与えた彼らの働きは非常に大きなもので、ホーク商会の存在感にも繋がり、ひいてはダンジョン都市ペアリスの発展にも大きく影響を与えたと言える。
そんな誉れある一族に生きるパスカルの今の仕事はというと。
「おや、マルク殿」
「パスカルさん。丁度来ていたのですね」
小料理屋「テーベ」の前で馬車に乗ったマルクと出くわす。
馬車の荷はこの周辺で手に入る野菜と食肉だろう。パスカルが今背に負ってる背嚢に詰められたモノは逆にこの周辺では手に入らない食材や
陸運を担う彼と、空輸を担う自身。その2人による仕入れと冒険者たちから買い取るダンジョン食材。それらを元に美食を生み出すのが、今の小料理屋「テーベ」であった。
マルクとここで出くわしたのは偶然だが、この場に集ったことは偶然ではない。
店主のセリーヌを交えて定期的に仕入れの相談を行っているのだ。
彼女曰く「労いの場」でもあるらしい。
※ ※ ※
「お待ちしておりましたっ」
朝早く、閑散とした店内に少女の朗らかな声が響き渡る。
いつ見てもこの小娘の身体のどこからあのような料理が生まれるのか、不思議に思える。
パスカルとてホーク商会で働いて長い。セリーヌとの付き合いはそれこそ彼女が生まれてからだ。
だが、いつの間にかこのような料理屋を切り盛りするようになるとは、想像だにしていなかった。
「はい、これ。いつものに加えて、持たされた吸熱箱?も持ってきた」
「ありがとうございます!パス兄。いつも助かってます」
「いや、これも仕事だからな……」
パスカルは困ったように笑った。
各地を飛び回る日々であることに変わりはないが、その中で食べられそうなモノを見つけると「セリーヌは喜ぶだろうか?」と考えることが増えた。
料理というものについてこれほど深く考えるようになるとも思っていなかった。
「いつも不思議に思うんですが、あんなに大きな鷹を良く御せますよね」
「うちの一族は卵の時から相棒を育ててるからな。信頼関係の為せる技さ」
「この世界、こういうところファンタジーだよね……。人を悠々と乗せて運べる大鷹なんて……」
「ん?どうかしたのか」
「いいえ、なんでもないです。凄いよなあ、と」
セリーヌが小声で何かを言ったように思ったが、パスカルは気にしないことにした。
この娘はそういうところがある、というのは長い付き合いでよく知っている。
彼女は気を取り直したようにパスカルが運んだ荷物を確認する。
「良し、ゴマもありますね」
「む。入用だったならもう少し持ってくるべきだったかな」
「ええ、最近エルフのお客様が常連になりまして。ゴマ豆腐を随分と気に入ってもらえた感じです。何かと使える食材ですし、次の仕入れでは多めに欲しいかもしれません」
「了解した」
また新たな常連を獲得したらしい。流石というか、なんというか。
ゴマ豆腐なるものを食べたことはなかったが、今度注文してみようか。
「こちらからもいつも通り仕入れの品を持ってまいりましたよ。今うちの者達が運び込んでいるはずだ」
「おじ様もいつも有難うございます。こちらもいつも通り、ダニエルが受け取りをしてくれると思います」
「そうだね。それと、次からの仕入れについてだが」
「あ、そうですね。お二人共、ご案内させていただきます」
テーブルまで案内される。
彼女は普段から仕入れの相談に手ずからの料理を振る舞う。これが彼女曰く「労い」であるらしい。
店内に入ったときから匂っていた香りは旅の空から帰ったパスカルの胃を酷く刺激していた。
だが。
「おや?」
マルク殿が疑問の声をあげる。パスカルも肩透かしな気分であった。
それもそのはず。
何やら煮込み料理の芳醇な香りが漂っていると思ったら、テーブルの上には食器だけが並んでいたのだから。
まだ準備ができていないということだろうか?
「少し趣向を凝らしたいと思いまして」
セリーヌがにこりと笑った。
そして受け取った吸熱箱をもう一つ開けて……。
「うん、流石パス兄! もう一つの注文もバッチリ!」
「これを使うのか?」
「えぇ、折角ですし、試作品第一号を食べてもらいたいと思って。あ、でもちょっとだけ待たせちゃいますね。マルクさん、パス兄。ごめんなさい」
パスカルは首を横に振った。
「いや、少し待つぐらいなら何でもないさ。それに、その気持ちは嬉しいしな」
「ふむ。私も構わないが。何を持ってきたのかな?」
「ふふ、これですよ」
吸熱箱を開いて中身を見せる。
その中には。
「ほう、これは……」
「これは中々この辺じゃ食べられないと思いますよ! 楽しみにしててください」
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