ぷるぷるゴマ豆腐 #3

「お待たせいたしました。ゴマ豆腐とレンズ豆の煮物です」

「待ってたわ」


眼の前に運ばれてきた2品の料理。

一応給仕曰く、「もう一品お運びします」とのことだったが目の前の料理が妙に気になった。

レンズ豆は良く食べるし、ただ煮ただけのものであればそれほど変わったものではないだろう。

だが、この薄く色づいた四角い物体は本当に食べ物なのだろうか?

上には液状のソースだろうか?これまた色味の薄い何かがかけられていた。


「運ばれてた時、プルプルと震えていたわよね……」


その様子を注視していたのは自分だけではない。

ニコラとルイーズも興味深げに覗き込んでいた。

自分にも一つ、と給仕に頼んでいたのをユーフェは見逃していなかった。


ともあれ、まずは一口。


「やっぱり固くはない……」


木匙がスルッと入る。不思議な感触。

すくい上げてみれば、やはりフルフルと震えており、どこかおかしみを感じる。


口に入れてみれば――


「わっ……」


思わず声が漏れ出た。

舌の上で少しネットリと残ったと思ったらその次の瞬間には消え失せてしまった。

だが、その間に感じられた味覚の変化は強烈なもので、ゴマの香り高い風味と遅れて何やら野菜の旨味が感じられた。

恐らくはゴマの部分がこの四角い料理の本体で、後から感じられた味が上からかけられていたソースの味なのだろう。


だが、とても濃厚で力強い旨味に反して……。


「どこか、優しい味……」


これはエルフ好みだ。

肉も魚も食さないエルフだが、他種族に揶揄されるほど野菜そのものが好きな訳では無い。

無論、他の種族よりは食べるし好みではあるのだが、生野菜や草花をただ齧る草食獣と同列にされるのは耐え難い侮辱といえよう。

故郷の森では新鮮なサラダを美味しく食べる術を追求したものだし、火を使った料理を忌避しているわけでもない。当然、味付けもそれなりに気にする。

かといってあまりにも香辛料をかけたものや味が濃すぎるものが苦手というのも事実だ。


翻って、このゴマドーフに秘められた強い旨味はとても好みだ。素材の滋味とでもいうのだろうか、そういったものが豊かに感じられる。妙な誤魔化しがない、淀みのない味。


(悔しいけれど、これは……)


チラッとニコラとルイーズの方を見やる。

それぞれで好きなものを注文しており、ニコラは何やら雑多なものが入った煮物料理を食べて頷いているし、ルイーズは目を瞑ってパイを味わっていた。


幾度か木匙を動かし、その度にスルリと入る食感と風味豊かな味わいに感嘆する。

半分ほど食べ進めたところで、ふとレンズ豆の煮物の存在を思い出す。

口の中の味覚を少し変えてもいいだろう、と思い豆を掬う。


(豆の煮物なんてどこで食べてもそう変わらないでしょうけれど)


種族柄、人の領域で活動するとどうしても食事は問題になる。

エルフに伝わる伝統の保存食もあるが、アレはそう頻繁に食すようなものでもない。

すると必然、自分で材料を集めて料理をすることになる。

だから、ユーフェも勿論豆の煮物など作り慣れているし、食べ飽きてもいるものだった。


(けど、このゴマドーフの合間に食べるならそんなに悪くはないかしら……ん?)


思っていたよりも旨味が濃く、首を傾げる。

もう一度口に運ぶ。やはり違う。

更にもう一度。気のせいでなければ、美味しい。

……いや、そもそもレンズ豆とはこのような味だったか?


豆を噛めば噛むほど感じられる、奥底の旨味。これは煮物を煮ているスープの味だろうか。

そして、何故かゴマドーフの味わいとの調和が感じられる……。


(……?)


再び2つを交互に食べてみる。すると気づいた。


「このゴマドーフにかけられているソースと、煮物を煮ているスープ、同じものか」


ゴマだけではありえない野菜の旨味。豆だけではありえない豊かな味。

その正体が見えて、ユーフェは思わず厨房のある方向に顔を向けてしまった。


(これほどまでに強い野菜の旨味。それも濁っていない。ただ長時間煮ただけではない、丁寧な処理をして初めて得られる味に違いない)


自分が作る野菜スープと比較してどうだろうか。答えは考えるまでもなかった。

無論、エルフでもないそこらのヒトが作るものとは大樹と若木の如く違った。

それだけではない。これで一切肉や魚を使っていないというのだ。

エルフでもないだろうに、どうしてそんな技術を持っているのか。不思議でたまらなかった。


(咄嗟の注文でこれほどのものを出してくる。ただものではないわね……)


ユーフェは誇り高きエルフである。

里を出るエルフの例に漏れず、比較的世慣れはしているが、それでもニンゲンを好いているわけではない。

だがそれでも。どのような種族でもこれほどの料理の腕を持つならば、感嘆もする。

その腕に至るに要した労力と努力を思い、称賛もしよう。


もう一品来るという。ユーフェにはもはや、挑戦的な心持ちは欠片もなく。

ただただ、その次の一品が待ち遠しかった。

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