魅惑のオレンジシャーベット#4

少年領主シリル・ド・ローランは困惑を隠せなかった。

未だ年若い自分に良くしてくれる商人たち、彼らの力と支援があってこそダンジョン都市「ペアリス」を含めた所領を統治できている。

そもそも、かの都市は力のある商人たちによって運営されているとさえ言える。ローラン家は近隣の有力者として彼らと手を結び、形の上で彼らが下に着いているだけに過ぎない。


そして、今代の当主シリルも先代からの方針を引き継いでおり、家には多くの商人が出入りする。

そして目の前の商人もまた、その一人だった。


――だが。


「このようにして、氷を作り出すことが出来まして。これは画期的な魔導具といえましょう」

「なるほど、それは凄いな!」


それ以上に何を言えば良いのだ。

見たこともない魔導具を目の前で見せられてもその価値と有用性を直ぐに見抜くのは難しい。

眼の前の『強面』ホークは信用のおける商人だと知ってはいるが、かように魔導具を持ち込んでくるのは初めてだった。

常であればダンジョンの産品やキャラバンから買い取った珍しいものや服飾などを売り込んでくるタイプの商人だったはずだ。


「爺や」


傍に控える爺を呼び寄せる。

ひそ、と耳打ちする。


「アレは、どう捉えれば良いか?」

「新たな商品を売り込みたいと見ましたが、確かに氷を生み出すことが出来るものとなれば価値はあるように思われます。ですがあのサイズではどうでしょうな……」


爺がチラリと件の『商品』を見やる。

身につけたモノクルを持ち上げて見つめる先には、小箱があった。

確かにあのサイズではそう大きな商いにはならなそうに思われる。


「そう見えるか」

「持ち運べる氷室、と捉えたとしても輸送を変えるほどではありますまい。物珍しいものだから見せに来た、といったところではないかと」

「それで僕、いや私の関心を買えれば一興ということかな?」

「そんなところかと。あるいは、市井で売るに当たって確認しに来たとかですね」

「販売許可を求めに? 律儀なものだな。ホークも」


肩を竦める。

こんな子供貴族にわざわざそんな律儀な真似をするものだろうか。


「貴族の機嫌を損ねて潰される商会など多うございますからな。慎重を期す辺り、流石は豪商といったところでしょう」

「そんなものか」


そういう態度を取ってくれる事自体は歓迎できるし信用に値する。

爺と会話することで対応についても少し考えられた。

シリルは目の前の商人に対する評価を少し上方修正し、改めて向き合う。


「なるほど、ホーク商会の新商品というわけか」

「そんなところです。一先ずはサンプルを献上させていただきたく参上した次第です」

「良い心がけだ」


あまり大きくないものだが、モノを冷やせる魔導具となれば使い所はあるだろう。

料理人にでも渡せば喜ばれるかもしれない。


「それともう一つ」

「何かな?」

「この魔導具の中には天の菓子が入っております。どうぞ後ほどご賞味を」

「ほう」


天の菓子、ね。大きく出たではないか。

氷を作れる魔導具の中に入れたモノとなれば冷たいものだろう。

シャルバートでも凍らせたか、あるいは雪でも入れてきたか?


(そういえば王女が無類の雪好きであったな……。まぁ、貴族間での話題にはなるか)


「どうかこれからもホーク商会をご贔屓に」

「うむ、頼りにしている」


※ ※ ※


「さて、今日の予定はこれで終わりかな?」

「はい。如何されますか?」

「夕食まで時間もある。茶を一つ淹れてくれないか? 天の菓子が気になる」

「ではそのように」


……。


「こ、これはなんと甘露な……!」


※ ※ ※


「仕込みはしてきた」


最も近い貴族様に献上してみよう。

そのようにお父様が決断されて、帰ってきたのは店を閉めた直後のことだった。


椅子に深く座り、特製ハーブティーを啜るその顔には少し疲労の色が見えた。

険しい顔つきだが家族の自分にはわかる。温かな茶にホッとしている。


「如何でした?」

「流石にその場で食していただくのは難しかったが、魔導具への反応はそれなりといったところだ。今のローラン家当主は子供だが、良く支える家臣が居るし本人の頭の巡りも悪くないと評判でな。最低限価値は汲み取ってもらえたよ」

「氷を作る魔導具としての価値は認めていただいた、と」


テーブルに置かれたカップが、カチャリと音を立てる。


「頭の巡りといえば我が愛娘もそうだったな」


お父様は目を細め、苦笑した。


「そうだ。無論、持ち運べる氷室としての価値も認めてはいたが。改良の余地とお前の見出した価値までは評価しきれてない様子だった」


もしそこまで考えていたなら、もう少し大きな反応があっただろうからな。

そう続けたお父様は眉間を揉みほぐした。


「『持ち運べる氷室』というだけでもとんでもない話なのですけれどね。食料の保存が変わります。何れは旅人も挙って求めるでしょう」

「どうしても想像がしづらいのだろう。そもそも氷室による保存がどれほど優れたものか、など貴族やその周辺ではあまり理解がないのかもしれん」


セリーヌは考える。持ち運べるという点ではかつて自分が生きた世界のクーラーボックスのようなものだが、より驚異的なことなのだ。

あの魔導具は魔石によって動作する。代替の魔石さえあれば長旅でも使用に耐えるだろう。

小型でありながら充電式のバッテリーがあるようなものだ。しかも現在冷蔵~冷凍まで出力の調節が出来るように依頼中だ。利便性は言うまでもない。


(とはいえ、冷蔵や冷凍がどれほど食品保存に寄与するか。正しい知識は広まってないか……)


寒い地域での経験則が限度だろう。そう考えれば、家臣の入れ知恵があったとしても魔導具の価値を認めたという少年領主は充分慧眼と言えるのかもしれない。

目の前の父でも自分ほどには理解があるわけではないはずだし。


「冷たい食べ物や飲み物、という概念自体が殆どないからな。だがセリーヌ、お前にはアイデアがあるのだろう?」

「えぇ、それこそ無数に」


シャーベットは手始めだ。アイスクリームだって作りたいしシェイクも夏場には提供したい。

冷製の料理には独特な奥深さがあるし、酒や飲み物の味わいも温度で様変わりする。

何より、今まで課題だった保存の問題が一挙に解決できる。仕入れの自由度も上がったと言える。


「♪~」


想像すればするほど笑みが溢れてしまう。

お父様が呆れたように見てくるが、知ったことではない。

自由にさせてくれると約束してくれたのだ。何を隠す必要があろうか。


「美味しいものを作りますから、楽しみにしていてくださいね?」

「あぁ、頼むよ。お前はそうやって自由にするのが一番良い。……もう思い知らされたからな」


頬を掻く父親に、セリーヌは微笑むのだった。

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