魅惑のオレンジシャーベット#3
「ええと、つまり」
「今までの料理もそうなんだけど、あまりに美味しすぎるのが問題なの」
良く理解していないセリーヌに対して、イザベルとともに何がどうマズイか説明をする。
「恐らく、というか確実にセリーヌはホーク商会の庇護下にある。実際に貴女がどう思ってるかは置いておいても周りからはそう思われてるの」
「あたしからもそれは保証する。実際にここの魔導具造りを請け負うことになったのはセリーヌ、貴女の父からの紹介が切っ掛けだからね」
2人の言葉にセリーヌは頷いた。
「店自体が商会の向かい側という立地だし、以前お父様の友人の方からも説得されて支援していただいているのは確かですね。だからこそ手は抜けないのだけれど……」
「多分ね、貴女が思ってる以上に守られてるわ。ここで店を開くように強く言われたのでしょう?」
「えぇ、よく分かりますね」
「それはもう。貴女の作る料理は独創的でどれも強烈な印象を残す。なら、目の届くところじゃないと父親も不安なんじゃないかしら」
ホーク商会は大きな商会である。その本店が位置するこの通りは当然、客層も相応のものになっている。
するとどうなるか。どんなに評判を呼んでも、そう悪いことをする人間は中々出てこない。
企んだところでバックにある存在に想像がつくからだ。
大商会が裏で手を引いていることが確実な店。目端の利くものほど、そのことを悟っているのである。
「だから開店してから結構経つけど困ったトラブルはあまりなかったでしょう?たちの悪い地上げ屋に絡まれるとか、貧民が徒党を組んで強盗じみて殴り込んできたりとか。料理にケチを付けて店の評判を下げようとする不心得モノが出てきたりとか。そういうことはなかったはず」
「そう、ですね……」
「恐らくだけれど、直接的にも商会の手の人たちが見張ってくれているはずよ。実際に、この店にそれだけの価値があることはもう示しているしね」
セリーヌは考え込むようにして俯いた。
「あまり、考えたことはありませんでした。何となくお父様に応援していただいているということ、助けていただいているということは理解していましたがそれは金銭的な援助であったり、イザベルさんのような人脈の紹介であったりということだとばかり考えてました」
「そうね。表面的に分かりやすい部分ね」
「けれど、そうですよね。私が好き勝手出来るのは周りに助けてもらえてるから、か」
何となく色々な危ない想像を巡らせたのだろう。心細そうにそうつぶやくセリーヌの手を、思わず手に取った。
「る、ルイーズさん?」
「貴女の料理、いや貴女にはそれだけの価値があるということよ。料理だけじゃない。多分ご両親からの愛情の示し方でもあると思うの」
ルイーズにとっても、この店は大事な場所だ。
美味しいものを出してくれる、仕事にも繋がる話がある。そういう理由はある。
けれど、この店の雰囲気やセリーヌの人間性が好ましいということもあるのだ。
仲間達にしてみても、この街に長く滞在している理由の一端には確実にこの店の存在がある。
魔導具の制作に関わるのも面白みや自分の経験になるからということだけじゃなく、セリーヌの力になってやりたいとも思っているからだ。
それでまだ見ぬ料理が味わえるなら、或いはその切っ掛けの一つになれるなら、それを生み出すのが目の前の彼女の手からなら。
それは素晴らしいことだと、強く思えるからそうしているのだ。
「だから引け目になんて思わないで、今まで通りにして。私達もそうしてほしいと思ってるし」
「そうね、あたしとしても変な遠慮はしてほしくないかも」
イザベルもまた、うんうんと頷いていた。
「……ふふ、有難うございます」
「あはは、ごめんなさいね。急に」
「いえ、嬉しかったです」
少しだけ目尻を拭うセリーヌに、ルイーズは頬を掻いた。
「で、話を戻すけど。現実問題としてこのシャーベットはそのまま出すのはマズイと思うわ」
「貴族に目をつけられるリスクか……」
「そう。ちょっと、立ち回りを考えたほうが良いと思うの」
「あたしもお貴族様に魔導具を献上するほど出来た技師じゃないからねえ」
うーん、と腕を組み考える。
「でも今更じゃない?今までの料理の噂も、既に貴族の耳には届いてるかも」
「だとしたら、何かアクションがあるはずじゃない?それがないってことはまだ気にされてないか耳に届いてないはず」
「で、流石にこれは新しすぎるってことで目をつけられるかもか」
「なくはない……と思う」
どうにも、わからない。
実際のところルイーズにしてもイザベルにしてもお上の事情は知らないし、ホーク商会がどのようにしてこの店を守り支援しているかも知らないのだ。
そうすると、想像だけで話すしかなくなり、何となく「マズイんじゃ?」以上のことは言えなくなる。
「それに、この魔導具も。今までの魔導具も勿論常識外れだと思うのだけれど、氷が作れるっていうのは小さくない価値のはずよ」
「天然氷で潤ってる街が実際に近くにあるものね」
イザベルが頷いた。
「そうなんですか?」
「メリアナっていう街が近くにあってね。その街の近隣にある山から氷が運び出されて一大産業になってるのよ」
「言われてみれば……家庭教師からそんなことを聞いた覚えがあります」
「で、そういう産業が実際にあって天然の氷には価値がある。それを人工的に作り出せるとなったら」
「利益を見出す人は居るってことですね……」
ことは料理の話だけじゃない。
セリーヌが悪いわけではないが、彼女の発想と求めによって生まれた魔導具の扱いにも繋がるわけだ。
話しながら整理できた内容を考えると、やはり軽々に動くべきではない。
ルイーズにはそう思えてならなかった。
「セリーヌ、まずはお父様や、力になってくれそうな方に相談してみたらどうかしら」
「あたしも気づくのは遅れたけど、言われてみればこれはちょっと気をつけたほうが良さそうよ。今までのは料理の範疇だったけど、この吸熱箱は色んなものを一変させるかも知れない」
「……確かに、この魔導具自体の価値を考えるとそうかもしれませんね。わかりました」
セリーヌは考え込み、決心したように頷いた。
「お二人共すみませんが、後日お時間をください。お父様に相談の上で、話し合いの場を設けたいと思います」
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