晨星はほろほろと落ち落ちて 第十九幕
「んだよ、今度は?」
「いやなに。お主らの戦いぶりを見てな、儂もこの昂りを抑えられなくなったまでのこと」
突如、貴賓席から飛び降り、ゆっくりと舞台上まで歩いていったクエル。
大仰に上着を脱ぎながら歩くその姿は、まさに王者の風格と言って相違なく、50そこらの年齢であろうクエルからは想像できない程の筋肉がシャツの上からでもくっきりと見て取れる姿には、観客たちも流石とばかしに唸っている。
「ち、父上!? 本当にやるのですか?!」
一方のガイル。
その急展開には付いていけないとばかりに戸惑うものの……
「無論だとも! ……というよりも、だ。この祭典を企画したこの儂が指をくわえて見ているだけなど、それこそヴィーラヴェブスの名折れというもの! そしてまた、この儂手ずから試合の幕引きをしてこそ、この大会は真に終われるというもの! そうは思わぬか?! 皆の者よ!」
一切気にすることなく悠然と答えたその姿には、観客たちもまた乗り気とばかりに声をあげてしまうのだった。
「という訳だ、ルーザーよ! その名に反した振る舞い、再び儂らに見せてみるがよい! ……って、その名、それは本当に貴様の名か?」
そうして、真の決勝戦の開催を高らかに宣言しつつ、その不思議な名前には疑問があると、首を傾げているクエルに「名前っていうか生き様だからな。それは気にすんな」と答える気が無いという風に返事をするルーザー。
その姿にどういうことかとクエルは首を傾げるも、「……まぁ、どうでもよいか」とニカっと笑うと……
「では! 開催の宣言を頼む!」
と、大きく手を広げ、ナーセルに進行しろと告げるのであった。
「いや、ちょっと待て。そもそもの話、俺はまだ受けるなんて一言も言ってねぇからな? 俺はお前と違って別に戦闘狂でも何でも……」
「と、ということで始まりました! まさかまさかの真の最終戦! ヴィーラヴェブス家当主クエルオック様ⅤSアールスヴェルデ魔術学校のド底辺! ルーザー選手とのエキシビションマッチが開催だぁーーー!!」
「「「「「おお!!」」」」」
「って、だから俺の紹介に悪意あるだろ!?」
しかし、この状況では誰も聞く耳持たないと実況者たるナーセルも一切気にすることなく、「それでは……バトル始め!!」と開始の宣言をしてしまうのであった。
「いや、だから俺の話をだな……」
「ゼッハハハハッ! 賽は既に投げられておる! いい加減諦めるのだな!」
「ったく、好戦的な奴ばっかだな……ここの奴らは」
ここでいう奴らとは盛り上がっている観客は勿論、最初に決闘を申し込んできたガイルも含まれているのだろう。
そもそも、彼の言葉がキッカケでこうなっている訳だし。
「お前さんは違うというのか?」
「違ぇわ。俺はただ必要だったから、力をつけただけだわ」
頭を掻きながら心底興味ないといった感じに語るルーザー。
しかし、最終的には大ピンチだった王国を救えるまでになっていたのだから、鍛えすぎているような気がしないでもない。
「そうか。だが、それでそこまでの腕前というのであれば……だ。やはり、その力には興味が尽きんというものよ!」
「……ハァ。全く、しょうがねぇな」
文句を垂れつつ、何だかんだでこの状況を受け入れてしまう辺り、やはりルーザーという人間は付き合いがいいらしい。
そうして、「では! 存分にかかってくるがよい!」と満面の笑みを浮かべて両手を広げたクエルだったが……
「……どうした? 先程やったように速攻でかかっては来ぬのか?」
大仰に腕を開いて見せるクエルに対しては、今まで彼がしてきたような先手必勝とばかしの突撃をしないとルーザーに首を傾げるクエル。
「馬鹿言え。何の準備もなく飛び込んだら、その体の内側のもんに粉々にされるっての」
そんな彼にルーザーはクエルの胴体を指さしながら答えると、ニカっと笑ったクエルは、今度はシャツを脱ぎ捨てる。
すると……
「は、鋼の鎧だぁ!!」
ナーセルの実況通り、クエルの胴体には銀色の鎧ががっしりと着こまれており、「よくぞ見破った!」と上機嫌になるクエル。
「確かに貴様が突撃してこようものなら、儂のこの
「そいつはどうも。昔は獣狩りのついでに魔獣とかも狩ってたんでな」
「なるほど。必要だった、とはそのことか」
ルーザーの言葉に納得したと頷くクエル。
「……ならば! 貴様に出し惜しみなどは不要であるな!!」
そうして、体内のマナ――即ちオドを活性化させるべく、体の内に眠る真の力を解放し始める。
「えっ……ま、まさか父上!?」
そんな異様なマナの流れを察知したとガイルは、今からクエルがしようとしていたことに驚き声をあげる。
しかし、クエルは止まらない。
そうして……
「
クエルに秘められし彼だけの使いやすい魔術――固有魔術。
その全てを解放するための解号を口にしたクエル。
その言葉を機にクエルを中心に巻き起こる風。
――否、暴風。
己が内に閉ざされし力を解放した際の衝撃が周囲に巻き起こり、ポムカたちすら巻き込む……かに思われたが、それを予期していたネンニルが風の魔術で壁を作り出し、彼女らは巻き込まれずに済んでいるが、観客たちはそうはいかずに腕で体を守るように縮こまる。
一方、それを目前にしていたルーザーは、頭を掻きながらも何が来るのかと受け止める準備をしており、クエルのその身の変化を目にし続ける。
そして……
「
クエルの背中に生み出されたのは、12本もある巨大な機械の蜘蛛の足のような装備だった。
その足の先端には丸鋸のような金属の刃が取り付けられており、今まさにギュイーンと回転し始める。
「……で、出たぁ!! まさかまさかの! クエルオック様の
そのまさに暴力と言わんばかりの姿、威容には末恐ろしさを感じつつ、まさかこんな所で
まさか、こんな場所でクエルオック様の本気が拝めるなんて、と。
それほどあの
「……にしても、あれって何です?」
「あれが伯父様の固有魔術よ。コンセプトは製造」
「製造?」
一方のナーセル。
解説役としては解説もしておきたいが、クエルの固有魔術をよく知らないとネンニルに視線を向けると、代わりとばかしにその膝の上に座っていたポムカがクエルの固有魔術は知っていたと口にする。
「今はあの形だけど、伯父様の固有魔術は金属の形を如何様にも変化させるものなの」
「ええ。ですので、あれはあの人の戦い方の一つ。無数に存在する型の一つに過ぎません」
「へぇ~」
「ただし、金属を変化させることしかできないので、金属自体は魔術で生み出さねばならないのですが……」
昔はそのせいで戦闘も一苦労したそうだが、今では自慢の力と十三騎族の中でも指折りの武闘派となっているよう。
「ゼッハハハハッ! では、行くぞ!!
そうしてルーザーへ突撃してみせたクエルは、勢いそのままに背中から生やした機械の脚を複雑に動かしながら、丸鋸での攻撃を試みる。
「単なる腕試しで本気出しすぎだろう、っての!」
一方のルーザー。
あらゆる角度からの丸鋸による斬撃を寸でのところで交わしつつ、何でこんな所で本気なんて出しているんだと苦言を呈する。
「なに、本気を出さねば貴様の実力は計れまいよ! それに観客たちも手抜きの勝負など納得すまい?」
「いや、絶対にお前が楽しんでるだけだろ!!」
「ゼッハハハハッ! そうとも言うな!」
しかし、ルーザーの力を推し量ることが目的と、ルーザーの言葉は気にせず攻撃を続けるクエル。
そうして、開幕から全力を出してきたクエルの攻撃を必死に避けていたルーザーは、今のところ回避したり足で受け流したりはしているものの、攻めることはおろか近づくことすらできないとジリ貧状態になっており、さてどうしたものかと考える。
「ゼッハハハハッ!! どうした、どうした!? その程度ではなかろう!? 貴様の実力は!」
「そりゃまぁ、そうだけど……攻撃の手が多すぎんだよな~。……あと、その切った後すぐに直していくとことかズルすぎだろ!」
複数の
しかし、クエルの攻撃はその普通とは違い、何一つ遠慮がない。
……たとえ、その攻撃で自身が生み出した別の機械の足を切断してしまったとしても、だ。
なのに、それを先程言ったクエルの固有魔術で直していくのだから、卑怯と言いたくなる気持ちはわかるというもの。
ちなみにクエルの魔術は金属を変化させるもの。
……変形ではなく。
つまり、それが金属であればどのような形にもすることができるのがクエルの魔術であり、それは即ち金属の元々の質量を考慮しなくていいということである。
たとえば、掌サイズのコインで人が入れるぐらいのドラム缶を作れと言われたらどうだろうか?
……おそらく、そんなことはできないと考えるのが普通だろう。
しかし、この固有魔術はそれを可能にしてしまうもの。
故に、自らで削ってしまった丸鋸無き先端部分を少し伸ばしつつ、再びそこに丸鋸を作ってしまえるのがクエルの固有魔術なので、クエルは一切気にすることなく背中の機械の足でルーザーを責め立てていたのだった。
……正確には足りない分は大気中のマナを変質させて補っているので変形で合っているのだが、見た目だけで言えば変化の方が相応しい訳で。
おかげで足元には徐々にクエルが自ら破壊した丸鋸の山ができ始め、仕方なしにとルーザーは後ろへ下がっていく。
「……ほう、これも気付くか! やはり、お前という男は侮れんな!」
その振る舞いに笑顔になるクエル。
実はルーザーが後ろに下がったのには訳があった。
勿論、足場が悪くて動き辛いということもあるにはあるが、それ以上にこの壊れて動かない丸鋸をクエルの魔術で別の形状へと変化させられ攻撃に使われたら困るというのが最たる理由だ。
そしてその読みは正しく、この丸鋸も未だクエルの技の一部であるが故に、ルーザーが踏もうものなら形状を変化させ攻撃しようと狙っていたのだが、そんなクエルの魔術の特性に気付いて動いたと、クエルは彼を称賛していたのだった。
「どうだか。昔の俺だったら速攻で足斬って終わりだったろうに……今じゃこっちの脚が斬られかねないからな~」
「ゼッハハハハッ!! ……して? どうする? どう攻めてくる!?」
この状況でこの男はどのように振舞うのかと期待の眼差しで見ているクエルに対し、防戦一方のルーザーを見てナーセル。
「……もしかして、ルザっちヤバめ?」
と後ろに座るポムカやネンニルの意見を求める。
「何も打つ手がないというのであれば、あるいは……。あの人はほとんど動かず魔術を操作するだけに対し、彼は素早く動きながらの回避を余儀なくされているのですから……」
体力の減りはルーザーの方が早い。
それがネンニルの見解であった。
「うへぇ~、じゃあやっぱり本当に凄いんだな~。クエルオック様って」
一方のナーセルは、聞き及んではいたが実際目で見ると本当に凄いんだなと感じつつ、自分が知っている中で一番強いと思っていたルーザーがこうして防戦一方になっているという点から見ても、やっぱり十三騎族は伊達じゃないなと実感していた。
「とはいえ、あの人の攻撃を初見であれだけ回避できている彼も、見事という他ありませんが……」
「あいつ……」
そうして、クエルの凄さを目の当たりにしたナーセル含めた観客たち。
一方、ポムカは単なる腕試しにそこまで本気にならなくてもと思いつつ、どこかルーザーの敗北は見たくないと心の底からルーザーを応援しており、全員がその戦闘の行く末がどうなるのだろうと食い入るように見つめていた。
防戦一方のルーザーが先ほどのガイル戦で見せたとっておきをいつ出すのか。
このままクエルオックが押し切ってしまうのか、などと予想しながら。
ともすれば、何かが始まりそうな、逆にまだまだ続きそうな予感をさせる戦い……ではあったのだが、この戦いは予期せぬ来訪者によってあらぬ方向へと進んでいく。
「……ふあ~ぁ。むにゃむにゃ……ん~、なんやの……こんな朝から、ドシドシバンバンって……ふあ~ぁ」
その来訪者こと、寝ぼけ眼でパジャマを着崩したままの状態で歩いてきたエルは、実は今の今まで(現在時刻正午過ぎ)寝ていたのであった。
しかし、それは昨晩はパーティが夜遅くまで行われていたことに起因する。
というより、最近のエルはポムカたちに付き合って何かと夜が更けた頃も起きていていようとしており(ほぼ寝ているが)、おかげで生活リズムが狂ってしまうと、最近では朝早く起きれなくなり始めてもいた。
そのため、こんな時間まで寝てしまっていたというのも仕方ないと言えば仕方ないのだが……
「……って、あれ?! なんでルーザー君がクエルオックさんと戦っとるん?!」
おかげで今のエルは、完全に寝ぼけていたのだった。
しかも、目を覚まして朝ごはんを食べようとしたが、折悪く誰もおらず(この催しの際の軽食販売に全員駆り出されていた(警備除く))、仕方なくいい匂いがする方へとやってきてみれば、何故かルーザーがクエルと戦っている――即ち喧嘩しているという光景を目の当たりにしたことで、より理解ができないと慌てふためいてしまっていた。
「な、なんやわからんけど……喧嘩なんかしたらアカンのよ~」
そうして、トテトテと未だ寝ぼけた顔をして2人のもとへと走りだすエル。
そんな彼女の姿を2人の戦いに夢中になっていたポムカたちが気付くのは、エルが2人に近づくもう間近というところであった。
「……ん? って、エル!? あの子、あんなところで何を!?」
「エ、エルっち!? ちょっ! そこ危ないよ! 戻っておいで!!」
しかし、時すでに遅し。
「食らえ!」
「食らえと言われて食らうかy……「2人とも~」」
「「ん?」」
「喧嘩はダメなんよ~」
「なにっ!?」
「エ、エルぅ!?」
何故か石舞台へと上がってきてしまっていた(ルーザーからは背中の方で見えず、クエルの方はルーザーの陰となって見えない位置だった)エルに慌てる2人。
しかしと、クエルは慌ててその一撃を止めようとするも、思いっきり振りかぶっていた一撃は止められる気配が全くない。
そんな状況に仕方ないとルーザー。
「馬鹿っ! 危ねぇ!」
「ぐへっ!」
そうして、慌ててクエルの攻撃を回避させられることになったエルではあったが……
ゴンッ!!
「ごへぇっ!!!」
その余波はルーザー自身に浴びせられてしまうことになる。
一応、
「ル、ルザっちーーー!!!」
「なぁぁぁぁんでこうなるんだぁぁぁぁぁぁ!!!」
珍しいルーザーの悲鳴の後に聞こえてきた轟音。
それは紛れもなくルーザーが落ちた時に響く音だったとわかる面々。
「……し、しもうたわい」
流石のことに戸惑うクエル。
勿論、観客たちも唖然として言葉が出ない。
そんな異質な空気をどうしたものかとナーセルは、仕方ないとばかりにマイクを握ると……
「……え、えっと……舞台上から離れてしまったため、ルーザー選手の失格です」
ルールとしてあった敗北条件を口にして、幕引きを図ることにしたようだ。
「「「「「……」」」」」
……が。
当然、そんな言葉で空気が元に戻るということはなく、その呆気ない幕切れには流石の領民たちも開いた口が塞がらないといった様相で、ルーザーが飛んで行った方向をただひたすらに見つめていたのであった。
「……う~ん、喧嘩は……ダメなんよぉ……むにゃむにゃ」
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