晨星はほろほろと落ち落ちて 第十八幕

「……え? 何これ?」


 翌朝。

 そこは屋敷の敷地外に位置する開かれた場所。


 普段は子供たちの遊び場やピクニックに最適なただの空き地として開放されているその場所で、ガヤガヤと多くの人の賑わいが聞こえてきたと、首を傾げながらやってきたポムカ。


 見るとそこは、確かに多くの領民たちで溢れかえっており、昨日一昨日と見てきた町の雰囲気とは一変して活気に満ち溢れていた。


「……あ! ポムっち。こっちこっち!」


 そう手を振りながら声をかけてきたナーセルが居る場所は、空き地の中央に置かれた20×20m四方の石でできた何かの舞台のすぐそばにわざわざ仮設したと思われる、ヴィーラヴェブス家の紋章が掲げられた舞台の上を一望できる特等席ともいうべき場所。


 そこで、まるでそこで行われていることの実況と解説をしていると言わんばかりに座っているナーセルを見て、『何でそんな所に?』と思いつつ、特等席の警護をしていると思しき面識のある騎士団員に案内されながら、「ねぇ、何してるの? これ……」と舞台上で繰り広げられているについて問いただすポムカ。


「なんかね~、ガイっちがルザっちに決闘を申し込んだっぽいんだよね~」

「決闘? どうして、そんなこと?」

「さぁ? そこまでは……」

「たぶんですけど~、ガイル君に~、譲れないものがあったためかと~」

「1人の、女の子、めぐって、ね」


 合わせて隣に座っていたフニンとルーレも訳知り顔で解説しているが、あえてその譲れない――否、の言及はしなかった。


「なるほどなるほど……罪作りな女の子も居たもので」

「?」


 そのおかげでナーセルは理解ができたと深く頷いていたが、一方のポムカはよくわからなかったようだ。


「ちょっ!? へ、変なことを言うのやめてもらっていいかな!?」


 そんなフニンたちの言葉はマイクを通して辺り一面に聞こえたと、舞台のそばに設置されたパイプ椅子に座るガイルが慌ててその言葉を否定する。


 しかし、時すでに遅いと「ひゅ~ひゅ~! お熱いですね~!」と冷やかしたり、「そんな……ガイル様がそんな……」とショックを受けたり、「いったい誰よ! その女ってのは!」とそのとある女の子に殺意を向けようとしていたりと、様々な受け取られ方をしてしまっていた。


「……うん、まぁ、それはいいとしても……そもそもそれが何でこんな大騒ぎに?」


 しかしとポムカ。

 周りの反応はどうでもいいとしつつ、一番の疑問点を口にする。


 仮にガイルがルーザーに決闘を申し込んだとして、だ。


「うぉぉぉなんだなぁ!」

「なんの!!」

「ぐはぁ~!!」パリンッ

「そこまで! ブテル選手の対物結界鎧ハイリアル・アーマメント消失により……勝者、パン屋のズズブ!!」

「うぉぉぉ!!」


 何故、今、舞台上では対物結界鎧ハイリアル・アーマメントを付与しての、闘技大会のような催しが行われているのか、と。


「っていうか、ブテルさん……パン屋さんに負けたの?」

「ブテっちの固有魔術は、戦闘向きじゃないみたいだしね~」

「そ、そう……。って、それより……」

「なに、ガイルの奴に今朝方頼まれたのだ。ルーザーと決闘したいから立ち会ってくれ、とな」


 そんなポムカの疑念に、解説席の後方――間違いなく貴賓席だと言わんばかりに豪勢にしつらえられた席に座るクエルオックが答える。


「理由までは知らぬし聞くつもりもないが……男たるもの、たまにはこうして本気の戦いに興じるのもいいと許可したのだがな、どうせルーザーとの戦いのための舞台を整えることになるのなら、より多くの腕自慢を集め競わせるのもよいと思ったまでの事よ。建前上は、儂の凱旋を祝う催しとしてな」

「それでこんな大々的に……」


 実はポムカは先ほどまで、ハンハによるポムカ用の新しいドレス作りに協力させられており(勿論、一着で十分と言ったポムカの言葉は無視されて)、数着分の生地やデザインなどを選ばされたために合流が遅れていた。


 おかげで今回の催しが何なのかと首を傾げていた訳だ。


「道理でハンハ様が帽子をかぶっていけと言った訳だ……本当、騒ぐの好きですね。伯父様」

「ゼッハハハハッ! やはり、血沸き肉躍る戦いに興じることこそ、人の本懐であるからな!」

「それはあなただけですからね……全く」

「あはは……にしても、よくこんなに人集まりましたね? 話を聞く限りじゃ、当日に募集されたんですよね?」

「おそらくはこの人が十三騎族の当代であるというところが大きいのでしょうね」


 そう語るのは、クエルの隣に座るネンニル。


 確かに十三騎族の当代ともなる人物が『集まれ』と言ったのならば、集まらざるを得ないのが領民だろうが、それ以上にこの町では力自慢が多く集まっていることも関係しているだろうとも。


「力自慢?」

「ええ。なにせこの町は出来立てほやほや――即ち、建築に携わった者や10年前の残骸を処理した者たちが多く住んでいるということでしょう?」


 要は体を使う仕事を生業とする者たちが大勢いるが、町が出来てしまったのならその腕を揮う機会がないとひまを持て余していたとしても不思議ではなく、その力を揮う機会があるのならとやってきたのではないか、とのこと。


「ですから、急な早朝の呼びかけにもかかわらず、これだけの多くの領民が参加したのでしょう」

「なるほど」


 そう言ったネンニルは、ちょいちょいとポムカを手招きしつつ、『なんだろう?』と思いやってきてたポムカをサッと自身の膝の上に乗せてしまう。


「……え?」

「とはいえ、これはあなたのための催しでもあるのですから。存分に楽しみなさいな」


 その突然の振る舞いにキョトンとした顔をするポムカを余所に、ポムカの頭を撫でるネンニル。


 実はこの闘技大会は名目上は昨日到着したクエルオック夫妻の凱旋記念なのだが、その実、ポムカが生きていたことの祝いをするための下準備とのこと。


 要はこの催しをだしにして、夜に領民を巻き込んでパーティを開こうとしているようだ。


「本当は、今日こそ大々的にポムカの回帰を祝うつもりでしたが……いきなりランペルトン家のことを口に出しても領民は納得しないだろうし、そもそも魔術学校の生徒として密やかに過ごしているポムカをそのように祭り上げるのはポムカの今後に差し支えるとハンハが申したものですから……仕方なく、この人が企画した催しを利用しようと考えましたのよ」


 ポムカの頭を撫でながら、とんでもないことを計画していたと暴露するネンニル。


 そんな彼女の発言にポムカはハンハに心底感謝をしつつ、「ネンニル様の膝の上に居るの誰だ?」「隠し子? ……な訳ないよな。クエルオック様も普通に接しているし」などと悪目立ちし始めたことに少々恥じらうのであった。


「という訳ですので、あなたもこの催しを楽しみなさいな」

「はぁ……」


 と言いつつ、道理でまた新しいドレスが作られることになった訳だとはポムカの心の声。


 きっとそのパーティ中、何回か衣装を着せ替えさせられるんだろうな~という思いでガックリ肩を落としていたが、その思いには気付けなかったとナーセルたち。


「と言っても~、もうほとんど終わっちゃいましたけどね~」

「だ、ね」

「そうなの?」

「まぁ、多くの者が参加したとはいえ、戦い自体は短期で終わることがほとんどだったからのぉ」


 おかげで立ち食いそば屋の如く、対戦の回転率は速かったようだ。


「なるほど」

「でも、惜しいよねぇ。ホビーノさんとヘネロさんの取っ組み合いの大喧嘩とか、ノバツさんとワンクさんの泥試合とか、色々見所あったのにさ」

「いや、それ絶対に見所じゃないでしょ。特に泥仕合とか……」

「いやいや! 本当に面白かったんだから! ねぇ?」

「ですね~」

「見所しか、なかっ、た」

「そ、そう……」


 そこまで確信もって言われると見れなかったのが少し残念だなとポムカ。

 そんな彼女に、「それにガイっちとルセっちの戦いも良かったよね~」とはナーセルの言葉。


「あの2人も戦ったんだ?」

「うん、エキシビションマッチって感じでね。まぁ、ガイっちが勝ったけど……」

「ルセットさんも~、凄かったんですよ~」

「気合、入って、た」


 しかし、それも当然だろうとはネンニル。


 なにせ、ルセットたちはガイルが団長となったために認められているとはいえ騎士を、そしてヴィーラヴェブス家の家紋を背負っている者だ。


「そのような子が、わたくしたちを前に無様な恰好は見せられないと意気込むのも当然でしょうから」

「なるほど……」

「儂から言わせればガイル含めまだまだひよっこでしかないがな。……まぁ、あの町を守るという意気だけは認めてやってもよいが」

「全く……あの子が認めた相手と、既に気にしてない癖に」


 まるでまだルセットたちが騎士とは認めてはいないとでも言いたげなクエルの言葉を、ネンニルが呆れたように否定するも、「ふんっ」と顔を背けたところを見るに、どうやらネンニルの言葉は間違ってはいないようだ。


「……まぁ、その後のルセっちのやりとりは……」

「最悪でしたけどね~」

「そう、なの?」


 実は戦いの後。

 ガイルに負けたルセットがガイルから手を差し伸べられ普通にその手を取ったのだが、ガイルと手を握っているという事実、そしてそれを衆人環視にさらされていると自覚したことで急に赤面すると、体調不良かと思われたガイルに顔を近づけられ、そして……


「……ち、近い!!」


 とガイルを思いっきり突き飛ばしてしまい、逃走してしまったんだとか。


 おかげでルセットは今も行方をくらまし、ガイルはそんなにルセットに嫌われていたのかとショックを受け、団員達は「どうしたんですか?! 姐さん!」とルセットを追いかけ、周りの人々は「またやってるよ……」と呆れた眼差しで見ていたんだとか。


「町の人たちも~、ルセットさんの気持ちに~、気付いてるんですね~」

「みたい、だ、ね」

「本当……あれさえなければな……」

「全くだ。戦いの最中に感じさせたあの意気込みは良いとしても、戦い終わってのあの振る舞いは騎士としての誇りを軽んじているとしか言いようがn「あなたは黙っていなさいな。……乙女の気持ちがわからないというのなら」……え?」


 そうして、町の人同様に呆れた感情を抱いていたナーセルたちを他所に、ルセットの気持ちがわからないとクエルは戦い終わりの振る舞いに憤りを感じていたが、一方でネンニルはあの振る舞いの意味を理解したとクエルの方を嗜めるのであった。


「……? まぁ、それはそれとして……もうほとんど終わっちゃったってことは、もう決勝戦なんですか?」

「いいえ。この催しはトーナメント戦ではありませんよ」

「うむ。急な呼びかけであったが故な。流石に人数調整や腕前によるハンデなどを考慮する時間は無かったので、出たい奴が出る。その者と戦いたい者が戦う。戦いたい者を指名して戦う。負けても戦えるというのならば何度でも戦え、逆にもう戦えぬとなった時点で参加は終了、というルールにしたのだ」


 おかげでもう残りの参加者がそれこそルーザーとガイルのみになり、もうほとんど終わっちゃったとフニンが言った訳だ。


「本当、今日は面白かったな~」


 そして、この方式での大会であったがために凄いマッチアップが実現したとも。


「……なんか、そう何度も言われると見れなかったのがとても悔しいんだけど」

「あはは~。ごめんごめん」

「まぁ、わたくしとしては、今夜どのような装いをポムカがしてくれるのかの方が楽しみですけれど」

「ぐっ……」


 背中から感じるネンニルの熱い視線に、冷や汗を掻くしかできないポムカ。


「……おっと、準備できたみたい。……おほんっ! それでは! 本日の最終試合! ペシュフーロン領主ガイルエック様ⅤSアールスヴェルデ魔術学校の問題児! ルーザー選手の登壇で~す!」


 一方で双方の準備ができたとの報せを受けたナーセルが、再び実況者として2人の紹介を口にしつつ、本日の見所とでも言わんばかりに盛り上げる。


「いや、だからその紹介やめれ」

「あはは……」


 そうして舞台上に立った2人。


「なんか、ごめんね……父上たちが張り切っちゃってせいで、こんなことに……」

「そう思うんなら、最初からこんなこと申し込んでくんなよな」


 予想以上に大事になってしまったとルーザーに謝罪するガイル。

 その言葉に苦言を呈すルーザーだったが、「いや、僕だってこんなことになるとは思わなかったんだよ」との言葉には「そうかい」と理解を示している。


 ……まぁ、決闘しようと立ち合いを頼んだら、何故か領民を巻き込んだ闘技大会になるとは露とも思わないことだろう。


 とはいえ、やる気十分といったガイルに対し、ルーザーの方はすこぶる面倒といった様相だが、それもある程度は仕方がない。


 なにせ、決闘を申し込まれた後、何故そんなことをしなければならないのかと問うルーザーに対し、『負けられない理由がある』とだけしかガイルは答えず、しかもいつの間にか大勢の前で戦わされる羽目になっていたのだから、こんな反応になるのも当然だろう。


 ちなみに2人はそれぞれ肩慣らしとばかりに何試合かをしており、ルーザーはその全てで圧勝、ガイルもルセット戦を除けばこれまた圧勝と、その2人の強さを目の当たりにした観客たちは、どのような戦いが繰り広げられるのだろうと期待の眼差しで見つめている。


「ガイル様~! 頑張れ!!」

「ルーザーもファイトだぞ~!」

「……にしても、この戦いはどっちが勝つと思う?」

「普通に考えればガイル様だろうけど、ルーザーなんて魔術を使わずに勝ってるからな~」

「確かに。魔術を使うようになればあるいは……」

「でも何で負け犬ルーザー? そんな名前付ける親なんていねぇよな?」

「さぁ? それは……」

「ねぇねぇ! ルーザー君ってさ……」

「わかる! ガイル様のあの子犬感も捨てがたいけど、ルーザー君の大人びたワイルド感もグッとくるものがあるよね!」

「だよねだよね! あのたくましい腕で抱きしめられたいよね!」

「あ~、本当どうしよう! どっちを応援したらいいかわかんな~い!」


 一方、選手控え席に唯一残っていたモニクンとブテル。


「くっ……ルーザーには負けて欲しいっスけど、だからといって団長を応援もしたくないっス……」

「まぁ、お前はルーザーに手も足も出なかったしなぁ」


 実は一昨日のリベンジとばかりにルーザーに勝負を挑んだモニクンは、固有魔術を使う前にルーザーに吹き飛ばされ敗北しており、おかげでこのような悩ましい状態となっていた。


「まぁ、気楽に見させてもらうんだなぁ」

「……ちっ。そうっスね」


 そうして、仕方なくと成り行きを見守ることにしたモニクンたちや色んな感情渦巻いていた観客を他所に、対物結界鎧ハイリアル・アーマメントを審判たる者に付与された2人は、それぞれ逆側へと歩いて距離を置く。


 ガイルがいざ始まるという緊張感に息を呑み、ルーザーが首をコキコキ鳴らしながら待っていると……


「それでは最終戦! 試合開始!!」


 準備は終わったと判断したナーセルが、大きな声で開始の宣言をするのであった。


 そうして、いの一番に動いたのはやはり速さに定評のあるルーザーだった。


「んじゃ、さっさと終わらせるぞ!」

「させないよ! 打ち鳴らせ! 鳴々槌めいめいつい!」


 ルーザーの突撃を予想して回避に転じつつ、解号を口にしたガイル。


 実はルーザーは全ての試合で同じような突撃を繰り出しており、それを避けられなかったのがモニクン含めた数名であり、それをちゃんと対策していたのがガイルであった。


 そうして、ルーザーの攻撃をしっかりとかわしすぐさま距離を置いたガイルが固有魔術の限定解除を果たすと、その手には大きさ30cm程度の金色のベルが握られており、ともすればそのまま楽器演奏が始まるのではないかと思う程に、戦うための姿とは思えなかった。


「……あん? なんだ、そりゃ?」

「お~っと! ここでガイっち、まさかの限解げんかいだぁ!!」


 ナーセルの実況で大いに盛り上がる観客たちだが、実はこの闘技大会において、ガイルは一応のハンデと限解を使ってきてはいなかった。

 なので、ルーザーは初めて見ると首を傾げ、観客はルーザーに対しては本気を出すのかと盛り上がっていた訳だ。


 ……ちなみにルセットも同様であり、モニクンは普通に使おうとしていたが前述。


 そんな少し驚くルーザーに対して、「味わったらすぐにわかるさ!」とガイル。


「……胡蝶之夢こちょうのゆめ


 技の名前を告げつつカーンッと手に持ったベルを振ると、辺りに低く、それでいて遠くまで響き渡る音が鳴り響く。


 すると……


「これって……蝶々?」

「綺麗……」


 ひらひらと辺り一面に色とりどりの蝶々が突如として舞い始める。


「でも、突然どこからこんな蝶々が……」

「これがガイルの固有魔術ですよ」


 視界を埋めるほどの蝶の姿に目を奪われていたポムカたち。

 そんな彼女たちに解説をするのはネンニルだ。


「うむ。……しかし、相も変わらず攻撃的では無い魔術よのぉ」


 確かにクエルの言うように、ひらひらと舞うだけの蝶々は何かをするということはなく、ただひらひらと舞うばかりで恐れは感じない。

 だからポムカたちも綺麗と目を奪われていた訳だし。


 とはいえ、勿論これで終わらせるつもりはないとガイル。


「次行くよ! 黄粱一炊こうりょういっすい


 そう言ってガイルがもう一度ベルを鳴らすと、今度はその蝶々たちがその体を破裂させ、大量の煙を巻き起こす。


「うわっ! 熱っ!?」

「なにこれ!? 蒸気!?」


 そう、実はこれは煙ではなく熱を帯びた蒸気であった。

 そのせいで熱さまで感じると、巻き込まれる形となったポムカたちが忌避感を示していた中、クエルとネンニルはジッと蒸気の中を見つめるようにしており……


「……ほう」

「あの子、やりますわね」


 何かに感心するように声を漏らす。


 すると、薄っすら晴れ始めた蒸気の中に居たルーザーが、その手で何かを掴んでいる姿が見て取れる。

 それは……


「お~っと? ルーザー選手が何かを手にしているぞ~? これは……」

「ガラス~、ですか~」

「凄く、透、明」

「うへぇ~。周りを見えなくしてる間に透明なガラスで攻撃とか……地味だけど嫌な戦い方しやがるな~」


 掴んだガラス片を捨てながら言うルーザーにガイル。


「それはどうも。……とはいえ、僕としてはそれを初見で見破られたどころか、当たりそうな物を全部キャッチされたことの方が驚きなんだけどね」


 実はこれがガイルの戦い方。

 固有魔術によって生み出した幻を相手に見せながら、透明のガラス片を魔術で生み出し攻撃するというもの。


 無論、ガラス片でなくても、透明な何かを作り出せればいい訳だが、やはりそこはイメージの世界。

 ガラス片というものが一番魔術でイメージしやすく生み出しやすいと、確実性をとってわざわざガラス片にしているのである。


 しかし、それを初見で見破られたと驚くガイル。

 確かにルーザーが捨てたガラス片の透明度は極めて高く、鳴り響くベルの音に飛来するガラス片の音がかき消されていたことを含めて、初見で見破るのはかなり難しいだろう。


「ま、何か飛んでくるな~って思ったから避けただけだよ」


 だが、そんなルーザーは視覚ではなく感覚で技を察知したようで、流石は元近接戦闘最強の勇者だっただけのことはある。


 そうして、互いが互いに睨み合う中、観客たちは口々に驚きの声をあげている。


「まさか、ガイル様の初撃を見破るなんて……」

「あいつ、本当にやるなぁ!」

「もしかして……ガイル様、負けちゃうの?!」

「どうだろうな? ガイル様もまだ様子見って感じだったし……」

「いや~、これは目を離せないぞ~!」


 そうしてざわめき立つ観客たちに合わせるように、ナーセルもまたマイクをがっしりと握りながらテンションを上げつつ実況をする。


「さぁ! いきなりのルザっちの攻撃をひらりとかわしたガイっち! しか~し! そのガイっちの攻撃をこちらも受け止めたぞ~!!」

「これで、お互い、様子見、終わった?」

「どうでしょうね~? 少なくとも~、ルーザー君の方は~、手の内全然~、見せてませんから~」

「まぁ、ガイっちが今の技をどういうつもりで放ったか次第かもね」


 最初の攻防を見て思い思いのことを口にする実況&解説者ナーセルたち。

 そんな彼女らの言葉に観客たちも頷いたりする中、「……だ、そうだが?」とルーザー。


 相手を煽るかの如く、またはただの世間話の如く問いかけた言葉に、「まぁ、確かに。今ので終わってくれてれば楽だったけどね」とは笑顔のガイル。


「……とはいえ、君にこの程度で勝つつもりはなかったし、これで勝てるようならきっとポムちゃんは……」

「ポムカ? 何で急にポムカの話?」

「急にって……いや、だって昨日……」


 ――君に聞いたじゃないか。そしてこの戦いの目的も何となくは察してくれてるはずだろう?

 と言わんばかりにルーザーを見つめるガイルだが、勿論そこには誤解があったがためにルーザーには理解が出来ていない。


 そんな彼の振る舞いに、どういうことだと尋ねたかったガイルだったが、すぐそばでポムカが見ているということで流石に恥じらいが勝ってしまい押し黙る。


「?」

「……ま、まぁいいや! それよりも……僕は、絶対に負けるつもりはないからね!」


 そうしてガイルはポムカの姿をチラッと見つつ、気合十分といった表情になると、再びベルを鳴らし始める。


雪泥鴻爪せつでいこうそう!」


 すると今度は大きくて白いカラスが姿を現し、辺りを羽ばたき始め、再び視界を覆うほどの大挙を成していく。


 しかも、今度はカーンカーンと不規則にベルを鳴り響かせており、見ている者、聞いている者の多くがその歪さに眉根をひそめ始める。


「うへぇ~、ナニコレ~? 変な感じがする~」

「気持ち悪いです~」


 これもまたガイルの戦術の一つ。

 不快な音を響かせ聞いた者の感覚をおかしくしつつ、目の前の幻と共に相手を幻惑するというもの。


 実際はこの後に魔術で攻撃するのだが、今はその準備期間といったところだ。


「気を付けて。魔術で音を防がないと三半規管やられちゃうみたいだから」


 懸命に耳を押さえて音を聞かないようにしていたナーセルたちを他所に、すぐさま技の特性に気付いて対処する辺り、やはりポムカは魔術の才能は高いようだ。


 一方、その魔術の才能が低いと思われるルーザーはというと……


「蝶の次はカラスねぇ~?」


 何故か音の方には反応せずに、今見えている光景にだけ注目していた。


 実はルーザー。

 魔術が大の苦手であるが故に、それを危惧した親友から身体強化の魔術以外の魔術も習っており、それが今は功を奏していた形となっていたのだ。


 それが精神に関する魔術防御。

 要は相手を混乱させたり誘惑したり、認識の齟齬を発生させたりといった魔術への対抗魔術のことだ。



「君は単純だからさ。きっとこういう魔術には思いっきり引っ掛かっちゃうだろうからさ」



 その親友の言葉は至言だなとルーザーは、せめて精神干渉系の魔術への対抗策は頑張って覚えるべきだと、身体強化と同じく常時発動できるまでになっており、おかげで今こうして他の人が感じている音への不快感は無いに等しかったのである。


 ただ、視覚への干渉は『そういう風に見せる魔術』であれば対抗可能だが、ガイルのように『魔術で生み出しているが実在する偽物』の場合はその限りでは無かったりする(前者は錯覚であるため本当には存在していない、後者は偽物ではあるが実存しているということ)。


 なのでルーザーは今、白いカラスにしか目が言っていなかった訳だ。


 ちなみに、このガイルの魔術は触れるとダメージを受ける錯覚もするが、こちらもルーザーには効いていないので普通に立ってもいた(通常であればカラスから受けるダメージ(錯覚)で立っていられないといった風になる)。


 更に言えば、このカラスたちを音を聞いた相手が異形な物に見えるようにすることもできるのだが、音の性質上、周りへの被害が大きいとこの戦いでは使っていない――というか使う訳にもいかないとガイル。


「……流石だね。まさか、この技でその程度の反応しかしてくれないなんて」


 故にガイルはこうして戸惑っており、さて次はどうしたものかと悩んでしまっていたのだった。


「そうかい? ……ま、よくはわかんねぇけど。でも、そっちが幻覚を作るってんなら……こっちも幻覚で勝負すっかな!」


 そうして、ガイルの技の一部を無効化していたルーザーはスっと構えると、いつもの如く足に雷を纏わせ始め、十分に雷がたまり切ったタイミングで動きを見せる。


「行くぜ! 雷式虚歩らいしきこほう千鳥脚ちどりあし!」


 その場に現れたのは6人のルーザーであった。


「なっ!?」

「ルザっちが……6人に分裂した!?」


 そのルーザーの状態に驚く面々。

 しかし、本人はあっけらかんと「ま、そう見えてるだけだけどな」と口にする。


 曰く、これはそう見えるように早く動いているだけであり、実際に増えている訳ではないとのこと。


「とはいえ……昔だったらもっと多かったのにな~」

「あなたがたまに言う昔って、いつなのよ……」


 しかしとルーザー。

 今はこれが限界だと肩を落とすものの、一方でポムカは、ルーザーが若返って弱体化したことを知らないので(知ってる方がおかしいが)、何を言っているのやらと首を捻っている。


 そんなルーザーではあったが、「……なんて、言ってても仕方ねぇ。それじゃあ、俺の攻撃、避けてみろよな!」と気を取り直しつつ、ガイルを見やりながら突撃開始。


「くっ!?」


 一気に駆け寄ってきたルーザーに対して、ベルを構えてまた何やら攻撃しようとしたガイルだったが……


「……残念! こっちだ!」

「えっ?! ……ぐあぁ!!」


 いつの間にかにいたもう1人のルーザーからの蹴りを、背中からもろに受けてしまい、攻撃できず。


「し、7人目が現れた~!!」

「凄、い……」


 そして……


「トドメ! オラオラオラオラオラッ!!」

「ぐあぁぁ!!」


 7人のルーザーによる蹴り攻撃。

 前から後ろから横から上からと数多の方向からの連続蹴りを受け、休む間もなく体を動かされ続けたガイル。

 その結果……



 パリンッ



 何かがはじけた音がする。

 それはどこかで聞き覚えのあった音。


 即ち……


「……しょ、勝負あり! 勝者、ルザっち!!」


 対物結界鎧ハイリアル・アーマメントが消失し、ガイルが敗北した瞬間であった。


「まさか、本当にガイル様が負けるなんて!」

「しかも早く動いただけで7人に分裂してるように見えるとか」

「あいつ、何者なんだ!?」


 勝敗が決した瞬間、盛り上がる観客たち。

 一方でルーザーが見せた技にも驚きを隠せないといった様子。


 なにせ魔術で分裂したように見せているのならまだしも、ただの足運びだけで分裂したように見せているというのだから、その驚きは当然といえる。


「ほぅ。本当に7人同時攻撃なようなことをするとは……誠に見事であるな。あやつは」

「……いえ。たぶんあれ、魔術の一種だと思います」

「なぬ? そうなのか?」

「はい」


 確かに体捌たいさばきだけで果たして7人いるように見せられるのかどうかは首を傾げるところだが、とはいえ本当に魔術で再現したのかどうかも疑わしいのが実情だ――なにせ、使用者はあのルーザーだし。


 そう思ってナーセルたちも本当かどうかと疑念を抱くも、「どんなに早く動いたって7人に見える訳がないでしょ」とポムカ。


「仮に7人に見えたとしても、攻撃が当たった際はどうなってるのかって話じゃない? ヒットした瞬間別の、そしてまた別のって移動してたら、それこそ威力が削がれちゃうし」

「確かに」

「だからきっとあれは、あいつが自分がたくさん居るって相手に思わせようと体を動かした結果、本当に7人に居るっていう風に無意識に魔術で再現しちゃってるんだと思います。なにせあいつ……馬鹿なので」


 ここでいう馬鹿とはいい意味での馬鹿だ。

 即ち、どんなことでも信じ切ってしまえるほどに、自分への疑いを持たないということ。


 その強い思い込みは時にイメージの世界である魔術においてはいい方向にもたらすこともあり、それが今回のルーザーの技の根幹を担っていたのだろうというのがポムカの見解であった。

 ……無論、真相は本人すらわからないのだが。


 ちなみに昔はもっと多かったと言っているのに今は7人にしかなれないのは、自分の体の動かし方から7人ぐらいが限度だろうとルーザー自身が判断しちゃっているせいだろうとも。


「そこはそこで頭の固さを発揮する辺り、あいつらしいんだけどね」

「なるほどのぉ。それなら確かに、道理としては頷けるか」

「ま、それを無意識でやっちゃうってのは、本当に凄いけどね」


 そうして、ある程度の理論は提唱しつつ結果よくわからないのが実情といったルーザーの技を見た観客たちは、それはそれとして凄い試合を見たものだと、それぞれを労う声をあげ始める。


「惜しかったですよ! ガイル様!」

「ドンマイです!」

「それにしても、スゴイ試合だったな! あっという間だったけど」

「ああ。まさか、ガイル様が負けるなんてな」

「まぁ、ガイル様が真技解放してれば、まだ可能性はあっただろうけど……」

「こんな狭い所じゃ使えねぇし仕方ねぇよ」

「それもそうか」

「キャー! ルーザー君~! カッコよかったよ~!」

「私、好きになっちゃったかも~!!」

「あたしも!!」

「……あぁ?!」


 一方のポムカ。

 ルーザーに対する黄色い声援は聞き捨てならないとでもいうように怒りを露わにする。


「……? どうかしたのですか? ポムカ」

「え? ……あ、い、いえ、な、何でも……」


 そんな様子に首を傾げたネンニルの言葉に、脊髄反射で反応してしまったとポムカは我に返ると、慌てて帽子のプリムをギュッと握って帽子を深々被りなおす。


「ポムっち……それで好きじゃないは無いよ……」

「もう認めてくださいよ~」

「応援、するか、ら」

「な、何を言ってるのかしらね? あなたたちは……」

「「「ハァ……」」」


 そうして、急遽開催された領民たちを巻き込んだ闘技大会は最高潮で終わりを迎え……「待て!」……てはいなかった。


 それは、椅子から立ち上がり声をあげたクエルによるもの。


 そんな彼が突然何を言い出したのかと一斉に口を噤んだ領民たちの視線を一身に浴びたクエルは、ルーザーを指さしながらこう告げたのであった。


「ルーザーよ……儂とも勝負せい!」

「……は?」

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