晨星はほろほろと落ち落ちて 第十七幕
「……ふぅ。家がデケェのは落ち着かねぇけど、風呂がデカいのはいいな。足が伸ばせるし」
ホカホカとした蒸気を体から生み出しながら、領主邸の長くて赤がよく映えている絨毯の廊下を歩くルーザー。
そんな彼は今、領主邸に存在する大浴場にて汗を流してきていた訳だが、それは別に彼が洗浄の魔術を使えないからという訳ではない(使えないからというところもあるが)。
入浴という行いの効能――疲労回復やリラックス効果、腰痛肩こりの改善などなど、魔術でも真似できはすれど、それでもお風呂でのんびりするというのは、言葉では言い表せない程の良さがある訳で。
なので、たとえ魔術師一家で全員が洗浄の魔術を使えるとしても、わざわざお風呂を作ることなんてのはザラにあったりする(自分の研究にしか興味のない魔術師などは作らないが)。
だからこそ、この領主邸にもそういったお風呂は存在し、風呂を浴びることこそ体を清めることだといった感じのルーザーもまた、こうしてわざわざお風呂に入っていた訳だ。
「……ルーザー君。ちょっといいかな?」
そんなお風呂に入って上機嫌だったルーザーに声をかけた人物――それは彼を待っていたかのように廊下に立っていたガイルだった。
「あん? どうした?」
「その……ひ、ひとつ聞きたいんだけど……」
と言いつつ、すぐに押し黙るガイル。
最初は意を決したように声をかけてきたくせに、いきなりその勢いが無くなったとばかしにモジモジし始めたガイルに首を傾げるルーザーだが……
そんな彼にガイルがわざわざ話しかけてきたのには勿論理由がある。
それは……ポムカのある想いに気付いてしまったからだ。
「さて、名残惜しいが今日はこれにてお開きとしよう」
それは撮影会後に行われた夕食を終わらせるべく発せられたクエルの言葉であった。
そうして、キビキビと食事の後片付けを始めた従者たちを余所に、「さて、明日はどのような姿のポムカを撮るべきでしょうね? 今回同様シンプルに? 趣向を変えて花に囲まれた姿? それとも……」と、ワクワクしながらその場を去るネンニルとクエルに、今日以上のことをさせられるのかと諦めた様子のポムカだったが……
「……にしても、いつもそれぐらいまともな恰好してればいいのに」
ようやく解放されたとルーザーたちに近寄りつつ、ずっと言いたかった感想を述べていた。
それは当然、身嗜みをしっかり整えられているルーザーのことだ。
「え~? やだよ、メンドイ」
「メンドイって……」
「オラもそっちの方がええん思うけどなぁ?」
「そう言われてもな~」
2人の率直な感想に、心底面倒とでもいうようにイヤリングをいじりながら外そうと試みるルーザー。
「っていうか~、いつものボサボサ頭の方が~、変だった思いますよ~?」
「だ、ね」
「そりゃまぁ、自分で適当に切ってたからな」
「「「「「え?」」」」」
そんなルーザーが放った一言に、ポムカたちどころかその話を聞いていた全ての人がありえないというように声を漏らす。
「あなた、いつも自分で切ってたの……?」
「そうだが?」
しかし、そんな周りの空気もどこ吹く風と、事も無げに言うルーザー。
「道理でいつもボサボサだった訳だ……」
「別に前さえ見えりゃよくね?」
「いや、実用性重視にもほどがあるでしょ……」
そんな彼には呆れるしかないとでもいうように、顔を強張らせるポムカたちは皆一様にため息を吐く。
……気持ちはわかるが。
「……全く。もうちょっと身嗜みとかには気を配りなさいよね。……そうしたら、その、少しはちゃんと見れるようになるんだし……」
「見れるって?」
「えっ?! それはその……」
「ふ~ん……どういう意味なのかな~?」
「どういう意味ですか~?」
「どういう、意味?」
「な、何となく言っただけよ! 何となく!」
「「「何となく~?」」」
「……なん?」
ボソボソと小さく声を漏らすように言ったポムカの言葉を詰めるように、ニヤニヤした表情で見つめるナーセルたち。
そして当然の如く、その会話に乗り切れていなかったルーザーとエルを余所に、ジッとポムカの表情を見つめていたガイル。
「ポムちゃん……」
彼の目に映るポムカ。
それは誰がどう見ても、とある感情を抱いているようにしか受け取れず、そのせいで何かしなければならない焦燥感に駆られ……
そして、ついこうしてルーザーを待ち伏せして言葉をかけてしまったのである。
しかし、テンションの赴くままに声をかけたはいいが、冷静になった考えてみると何を言えばいいのかと悩むガイル。
なにせ、今から口にしようとしている言葉の恥ずかしさたるや、領主としての地位を得ているとはいえ未だ青臭い時分と言っても過言ではないガイルにとっては、なかなかに口にしづらいのだろうから。
だからこそ、声をかけたはいいが、今のようにモジモジとしてしまっていた訳だし。
そうして、そんな様子を見つめながら返事を待っていたルーザーだったが……
「……? なんもねぇなら行くぞ?」
と、一向に喋りださないガイルに首を傾げながら、特に何もないなら別にいいだろうと歩き始める。
しかし……
「あ、ちょっ!」
勿論、言いたいことはあるとガイル。
慌ててルーザーを引き留めるも、やはりその先が続かない。
「なんだよ。言いたいことがあるならハッキリ言えよな」
心底面倒そうに言うルーザー。
しかし、ガイルは視線を下に向けていたが故に、その振る舞いには気付いていない。
とはいえ、ルーザーの言うようにこのまま引き留める訳にもいかないと、目を瞑り、歯を食いしばって意を決したガイル。
「そ、その……ポ、ポムちゃんのこと、なんだけどさ……」
「ポムカがどうした?」
「ル、ルーザー君はその……ポ、ポムちゃんのこと、ど、どう思ってるのかな~って、思って……」
「は? どう思ってるって……どういう意味だ?」
懸命に絞り出した言葉。
しかし、ガイルは至って真剣に聞いているのだが、曖昧過ぎる質問では理解ができないのがこの男。
それ故、「ど、どういう意味って……その……」とそのことを口にしなければならないのかとガイルは慌てたように、されど逃げてはいけないことだと決意したように、やや声を上ずらせながら……
「だ、だからその……ポ、ポムちゃんのことを……す、好きかってこと!」
と、ようやく本題を口にしたのであった。
「なんだ、急に?」
「い、いいから! ど、どうなの?!」
まるで子供のような無垢な顔つきで、しかしてその眼差しは真剣そのものであり、少なくとも何か悪ふざけのようなものではないとルーザー。
「……? まぁ、好きだぞ?」
いちいち口にするのも面倒ではあるが、その意気には答えてやるかと今の気持ちを口にする。
「なっ!? そ、そう……なんだ、ね……」
ルーザーの言葉を聞いて、やっぱりポムカに好意は持っていたかとガイル。
「そ、そうか……君の方がそうじゃないというなら、まだ可能性はあったけど……いや、でも、だからといって……」
由々しき事態だと慌てたように、しかして譲れない何かを譲ってなるものかとでもいうように、懸命に何かを考えていたガイル。
しかし……
これはガイルの勘違いであり、完全な失態であった。
なにせルーザーは『好き』かどうかを聞かれただけのため、『嫌いじゃない』的な意味で『好き』と答えたにすぎず、所謂『LOVE』ではなく『LIKE』の意味で答えていた訳だ――お察しだったとは思いますが。
なのでこの後、続けざまに「それじゃあ、エルは?」と聞いたり、挙句「僕のことは?」と聞いていればきっと同じ答えが返ってきたため、ルーザーが自分の質問の意図を何一つ理解していないということがわかったはずだった。
しかし、ガイルは流石にルーザーのそんな性格までは把握していなかったとその言葉だけしか聞かなかったために、結果的に大きな勘違いをしてしまった訳だ。
「そ、そういうことなら……ル、ルーザー君! き、君に! 決闘を申し込む!!」
「……は?」
そう。
ルーザーが……自分の恋のライバルなのだと。
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