晨星はほろほろと落ち落ちて 第二十一幕
麗かな日和りの町を
変わってしまった景色、変わらない風景を堪能しつつ、買ってもらったお洒落アイテムで己を着飾った女子たちは……
「あれ? もしかして……ネンニル様?」
「本当だ!? どうしてこのような所に……」
「そもそも、その恰好はいったい……?」
「……さて? 一体誰の事でしょう? わたくしはニルニル。こちらにおわすポムカ様の従者ですので、そのような方は存じ上げませんね」
「え? いや、何を仰って……」
「わたくしはポムカ様の従者ニルニル。そのような名前の人は知りません」
「ですが、その扇子はどう見ても……」
「知りません……よろしいですね?」
「「「……はい」」」
「伯母様……」
途中、ネンニルのことがバレそうになったのを威圧して誤魔化したり。
「いや~! あの時、回避せずに攻めに転じてさえいればな~!」
「痛たたた……ちょっとハリキリ過ぎちまったよ。殴られた痛みはねぇけど、体を動かした時の節々の痛みは何ともならねぇからな~。痛たた……」
「ちょっとあんた! 今のうちにストレッチとかしときなさいよ? どうせ明日、筋肉痛になって足が動かんとか言い出すんだろうから」
「それにしてもノバツとワンクの戦いはマジで熱かったよな! あんな最高の泥仕合初めて見たぜ!」
「……本当、どんな泥仕合だったのよ……」
今朝、行われていた闘技大会の反省会なり感想なりで盛り上がっていたり。
「あ~、どうしよう。また後でガイル様にお会いできると思うと、ドキドキしちゃう~」
「だよねだよね! どんな衣装で参加されるのか楽しみよね~」
「楽しみといえば、ルーザー君もじゃない?」
「あ、わかる! 子犬系のガイル様とワイルド系のルーザー君、どんな衣装なのかすっごい楽しみ!」
「私も私も! でも、いつかはルーザー君、アールスヴェルデの魔術学校に帰っちゃうんでしょ?」
「残念よね~」
「いや! だからこそ、いつ帰っちゃってもいいように、今日中にアピっとかないと!」
「確かに!」
「あ、ズルい! あたしが最初に目を付けてたんだからね!」
「なによ、それ!」
「それを言うなら私だって……!!」
「………………………………………………………………………………………………」
「ポムっち……殺意溢れてるよ……」
今夜開催される慰労パーティ(特にガイルやルーザーに会えること)を楽しみにしている女子たち……にポムカが殺意を抱いていたり(本人非公認)。
「おぉー! ズズブだ!」
「今日の試合、カッコよかったよ!!」
「ハッハッハッ! あんがとよ! ……さぁ! という訳で、パン屋のズズブ、闘技大会大活躍記念パンを焼いたから食べて行ってくれ! 勿論、お代はいただくがな!」
「いや、サービスじゃねぇのかよ!」
パン屋のズズブに人気や注目が集まっていたり。
「……そういえば、結局ネンニル様の膝の上に居た女の子って誰だったんだろうな?」
「さぁ? ガイル様によれば今、親戚の子が泊ってるって言ってたし、その子じゃね?」
「あぁ、あのガイル様が大泣きしながら抱き着いたって子な。それなら確かにそうかもだが……でも、何で膝の上に乗せたんだ?」
「たぶんだけど……ネンニル様のお子さんは全員男児だから、女の子が珍しいんじゃね? お孫さんも全員男児って話だし」
「なるほどな。……にしてもよくそこまで女の子が生まれなかったよな」
「……ええ、本当に。全く、どうしてそんなことに……」
「「ネ、ネンニル様!?」」
「……さて? いったい誰のことを言っているのやら。わたくしは……」
結局、ネンニルの膝の上に座っていた少女は誰だったのだろうと噂されていたりと、闘技大会の興奮冷めやらぬといった町並みに少し戸惑いつつも、今しか味わえない時間だと楽しんでもいた。
「これは……いい味出しとるんよ」
「その味、昨日も食べたやつじゃない?」
「そうやったっけ? ……まぁ、美味しいんならなんでもええんよ」
「……あっそ」
一方のエルは、周りの様子などお構いなしと、昨日も食べた特産品を美味しそうに平らげていたりするが。
「本当……よく食べられるな、エルは」
とは、ガイルやルーザーがそばにいないからと護衛を頼まれ途中で合流したルセットの言葉。
ちなみに、あの後すぐさま気を取り直していたようで、今はもう平気な感じだ。
しかし、ポムカにとってそんなエルの姿は当たり前であったためか、「この子はまぁ、こういう子ですし」と普通に返している。
「おかげで昔はもっとこう……ぽっちゃりしてたんですよ?」
「この子がか?」
確かに痩せているとは言い難い体つきではあるが、それでもぽっちゃりというほどだらしない程でもないので、ルセットは少々驚いている。
「はい。ただ、それを見るに見かねたあいつが、『そんな体じゃ何かあった時に困る』って言って強制的にダイエットを~って感じで……」
「なるほど。それで今の彼女がある訳か」
エルの変遷に納得しつつ、ダイエットさせた理由はルーザーらしいと笑みを漏らすルセット。
「まぁ、あいつはあいつでそういう奴なので……」
そんな風に呆れつつも、結局それも彼女にとっては日常だったと、ポムカは笑みを浮かべていた。
「……そういえば、ポムカ。今まで聞きそびれていたのですが、どうしてそれほど大きな帽子を?」
せっかくならもっと可愛らしい帽子をかぶればいいのにと言うネンニルに対し、その訳を答えたポムカの言葉に、「……全く。ようやく男らしいところを見せるようになったかと思えば、これなんだから……」と頭を抱えるネンニル。
「あはは……まぁ、ガイル君は昔からああでしたし」
「それが親としては心配なのですよ。……あなたが昔はよくやんちゃをしていたのだって、アリエスカは心配していましたし」
「え? お母様が? というか、私のやんちゃって……」
ネンニルの言葉に首を傾げるポムカ。
彼女の言う『やんちゃ』という言葉には自覚がないようだったが……
「聞けば、よくお屋敷を抜け出していたそうではありませんか」
微笑みながら言うネンニルの言葉を聞いて、「えっ!? も、もしかして母様……気付いて……」と驚きを隠せないようだった。
「ふふっ。案外、隠し事というものは隠しきれないものですよ。子供の隠し事ともなればなおのこと、ね」
曰く、ポムカが元気なのは嬉しいが、何かあった時が心配と時折相談されていたらしい。
「うちは皆、男兄弟でしたので、女の子のことはよくわかりませんでしたが……そう思うのなら、あの子が無事であれる場を作ればいいとアドバイスいたしましたね」
「それはそれで伯母様らしいですね……」
少し呆れつつも、結局自分のやりたいようにやらせてくれていた母に感謝の思いを抱くポムカ。
「……まぁ、それも、今やっと正しかったのだと理解できましたが」
「正しい……ですか?」
「ええ。そのやんちゃさが、今のあなたを形作っているのだとすれば、我々の心配は杞憂でしかなかったのだと。そのやんちゃさがあったからこそ、あなたはあなたを救えたのだと、知ることが出来たのですから」
それは勿論、ポムカの奴隷時代のことを差している。
彼女が少しでも弱さを見せる少女であったら。
少しでも後ろ向きな考えをしてしまう少女であったのなら。
きっとネンニルは、今もこうして彼女とは会えなかったのだろうから、と。
「本当に……立派になりましたね」
「伯母様……」
ポムカの頬に優しく触れるネンニル。
その温かさには心安らぐと、ポムカも手を重ねて受け入れている。
そうして、つい感傷に浸ってしまうと2人に対し、優しく微笑むルセットだったが……
「……って、いけませんね。せっかくのお出かけなのに、このような雰囲気にしてしまうなんて。それよりも、今日は散財するつもりで遊びませんと。そのために、これだけのお金を用意してきたのですから」
そんなルセットやポムカの顔を見て、今はそんなことをしている場合ではないと自省しつつ、ジャラジャラと見せびらかすようにお金を見せたネンニル。
曰く、この領地のお金をありったけ持ってきているらしく、今日のお出かけを本当に楽しみにしていたんだとか。
ちなみにこの世界で使用されている貨幣の解説をしておくと、日本における1円相当の価値の
更にちなみに、この硬貨には特別な魔鉱石が使われており、偽造はほぼ不可能という代物なので皆が安心して使えているという訳だ。
「ちょっ!? ネ、ネンニル様! このような所でそのような物を見せびらかすのは……」
「ルセット。先ほども申しましたが、今のわたくしはポムカの従者のニルニルです。そこを間違えてはなりませんよ?」
「それにしては雇い主みたいな態度! ややこしい! というか、わたしの立場でそのようなことは言い辛い!!」
「そもそも、私のためだけに、なに国の財政逼迫させようとしてるんですか……」
そんなネンニルの振る舞いに悶えるように反応するルセットと、そのお金の原資を聞いて呆れるしかないポムカなのであった。
◇ ◇ ◇
「……時にポムカ」
「はい? 何でしょうか?」
「あなたには好い人などはおりませんの?」
「ブーッ!!!」
あの後、流石に歩き疲れたとポムカたちは、近くのカフェで休んでいたのだが、突如ネンニルがそんなことを聞いてきたことで、ポムカは今まさに口に含んだコーヒーを盛大に吹き出してしまう。
「む……」
そんな彼女の反応には、ルセットもあることが気になると注視する。
「あら、はしたない」
「お、伯母様が変なこと仰るから!!」
「ニルニルです」
「伯母のニルニル――つまり伯母様がそんなこと仰るから!」
「なるほど。それならば良し」
「受け入れた!?」
「……いえね。せっかく男どもの居ない場ですし、あなたにそういう人がいるかいないかは、アリエスカの代わりに聞いておかないとと思いましたもので」
確かにルーザーやガイル、クエルが居ないこの状況は、恋バナをするには絶好のタイミングではある。
「そう言って……ただ伯母様が興味あるだけなのでは?」
「ええ、勿論」
「すぐに認めた! だとしたら、アリエスカ様の名前を出した意味が無い!」
「も、もう……残念ですが、そんな人はおりませんから」
しかしとポムカは、ネンニルの気持ちを言い当てつつ、先ほどの焦りを誤魔化すかの如く、努めて冷静に答えて見せると、再びコーヒーを口にしている。
そんなポムカにルセット。
「……ルーザーは違うのか?」
「ブーーッ!!!!」
再び盛大にコーヒーを吹き出したポムカ。
「あらあら、はしたない」
「いや! だって今度はルセットさんがっ!!」
「そ、そんなに変なことを聞いただろうか? ただ、君の彼を見る目が特別だと思っただけなんだが……」
「なな……なっ!?」
明らかにルセットの言葉に動揺していると見たネンニルは、顔色は変えていないものの「……あら? そうなのですか?」と興味津々といった様相で問い詰める。
「だ、だから違っ……あいつは別にそんなんじゃ……」
「え~? 本当に~?」
「そうなんですか~?」
「信じ、られない」
「……とのことですが?」
「な、ななないです! 本当にないですから!! ……って! ナーセルたちは、急に話に入ってくるのはやめて!!」
そんなネンニルの言葉に何と言ったものかとポムカだったが、そんな彼女を畳みかけるように言葉をかけてきたのは、さっきまでエルと一緒にカフェの商品棚を見ていたナーセルたちだった。
どうやら、恋バナが聞こえてきたと慌ててやって来たらしい。
一方のエルは未だに何を食べようかと商品棚とにらめっこしていたりするが……まぁ、平常運転か。
「どう考えても、ポムっち。ルザっちのこと意識してると思うけどな~」
「今も~、ルーザー君が飛んでった方~、ちょくちょく見てましたもんね~」
「お、思ってませんし、見てません! なんで、私があいつのことを……そもそも、あれはエルの思い人なのであって、私は別に……」
「そうなのですか?」
誤魔化すようにエルの名前を出したポムカに対し、ルーザーを取り巻く恋模様を把握していないとネンニルがナーセルたちに尋ねている。
「さぁ? あっちはあっちでどうなんですかね? 気になってるって感じだとは思いますけど……」
「どっちかって言うと~、信頼しきったお兄ちゃんって~、感じじゃないですか~?」
「恋、未満?」
「なるほどなるほど。……それで、ポムカは恋以上だと?」
「友達以下です!」
「「「本当に~?」」」
「本当です!」
そうして、どれだけ言っても認めようとしないポムカに対し、業を煮やしたとナーセルは別の切り口でポムカを責め立てることに。
「それじゃあ……例えばなんだけどさ。今目の前にメゴっちがいます」
「な、何よ急に……」
「メゴっちとは?」
「ポムちゃんの嫌いな~、貴族の1人です~」
「なるほど……」
ネンニルたちへの解説をフニンに任せつつ、自分は話を続けるとナーセル。
「まぁまぁ、たとえ話だから。それで、メゴっちが『ポムカ、好きだよ』って言ってポムっちの頬に触れようとします。……ポムっちならどうする?」
「焼き殺すけど?」
「早い。結論が、早い」
「まぁ~、それが~、何の興味もない相手への~、普通の反応ですよね~」
「ちょっと過剰な気がしないでもないけど……それじゃあ、今度はそれをガイっちがしてきたら?」
「今度は何よ?」
「まぁまぁ、たとえ話なので。……それでどう?」
「どうって言われても……」
その時のことをイメージしてみてと言われ、渋々とばかりに目を瞑って思案し始めたポムカ。
一方のナーセルは、その妄想の手助けをしようと言葉を付け加えてくる。
触れる指先。
――その柔らかさを想像してみて。
真っすぐに見つめてくる視線。
――そんな風に見つめられたらどう思うのか考えてみて。
温かな温もり。
――人肌に触れた時、ガイっちの体温を掌から感じた時のことを思い描いてみて。
そうして、言われた通りの状況を頭の中で再現したポムカ。
「……う~ん。って言われても、やっぱり現実感がないから何とも……」
しかし、やっぱりよくわからないといった風に首を傾げていた。
「それじゃあ、最後にルザっちで考えてみて」
「あいつでって言われても……」
そうして再び、その時のことを思案させられたポムカ。
触れる指先。
――あいつの手はゴツゴツしているから、きっと柔らかさとは無縁だろう。
……まぁ、それでも、あの大きな掌はきっと何でも包み込んでくれるんだろうけど。
真っすぐに見つめてくる視線。
――って、そもそもあいつは誰であろうと目を見て喋ってくるし、いつも通りじゃない。
こっちが恥ずかしがっててもお構いなしだし。
……まぁ、別にイヤな感じはしないけど。
温かな温もり。
――それは……まぁきっとそうなんだろう。
あいつは昔から温かい。
その心根も振る舞いも何もかもが。
だからこそ、私はこうしてあいつのそばに……
そうして、全ての状況を鑑みたポムカ。
不意に自分の顔つきが柔らかくなっていることに気付いたためか、慌てて顔を背けると……。
「……べ、べべべべ別に、な、何とも思わ……思わない、わよ?」
声を上ずらせ顔を真っ赤しながら、こんなことを抜かすのであった。
「「「ダウトォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」」」
「はぁ!?」
「どう見てもダウトだよ!? ポムっち!!」
「恋する乙女の~、顔でしたよ~?!」
「そ、そそ! そ、そんな訳、な、ないじゃない……?」
「そんな訳しか、なかった、よ……」
「……なるほど。ポムカが義理の娘になる可能性は、既にありませんでしたか……だから泣き虫なところを治さないとポムカに呆れられますよと、あれほど……」
そんなポムカの振る舞いにナーセルたちは全力でツッコみ、ネンニルは袖を噛みながらとにかく悔しそうにしていた。
「そ、そうか……君は、そうなのだな」
一方のルセットはどこか嬉しそうに微笑んでおり、胸のつっかえが取れたというか、何も心配する必要は無くなったとでもいうような安堵の表情を浮かべており……
「いや、ルセットさん!? だから私はそんなんじゃ……っていうか、何でそんな安心した顔してるんです?」
「えっ!? いや、それはその……」
流石に表情に出し過ぎていたためか、その違和感にはポムカも気付くとルセットに尋ねると、今度はルセットの方が焦りだす。
その言葉にルセットの気持ちを理解していた3人娘。
「もう~、ポムちゃんは~、にぶちんなんですから~」
「え?」
「つまり、ルセっちは~」
「ガイル君、に、恋して、る」
「なっ!?」
「え……えぇっ!? ガイル君を!? ……えぇっ!?」
「でしょうね」
今、初めて知ったという風に驚くポムカ。
一方のネンニルは、今朝の闘技大会時点で気付いていたと深く頷いている。
「ほ、本当なんですか? それ」
「いや、それはその……」
ポムカの問いになんと言うべきかとルセット。
それは気恥ずかしさからくるものと同時に、その母親が目の前にいるという状況ということも相まって、彼女の言葉を鈍らせる要因となっていた。
そのためチラチラと自分に視線を送るルセットに、その視線の意図を理解したとネンニル。
「別に構いませんとも。誰を愛し、誰に恋慕するかは自由なのですから。そもそもわたくしもあの人とは身分違いの恋でしたし、それを否定するつもりはありませんよ」
「さっすが! 話がわかる~」
「……まぁ、出来ることならポムカ……ぐらいの子の方が愛で甲斐があったというものですが……まぁ、それは孫娘に期待いたしましょう」
何度も言うように、彼女の子供は全て男児であり、息子たちの妻たる義理の娘も全員成人済み。
更に孫も全員男の子というのだから、ネンニルがこう言うのも当然ではある。
……が。
実はそれ以上にポムカに執心していたのには理由があるのだが、それはまたいずれ。
「そういえば仰ってましたね。そんなこと……」
「まぁ、あの子たちが選んだ子であるのなら、誰でも構いませんが……さて、あなたの真意はどうなのでしょうね?」
「……」
ネンニルの言葉に少し躊躇していたものの、意を決したように、どこか諦めたようにルセットは口を開く。
「……そ、そんなにわたしは……わかりやすかった、だろうか?」
「「「はい」」」
「そうかぁぁぁ~~~」
自分の言葉を迷いなく肯定されたルセットは、顔を真っ赤にしながら自分の不甲斐なさを恥じてしゃがんでしまうのだった。
「マ、マジだった……」
一方のポムカはそんなルセットの姿を見て、真実であったと驚いている。
「本当に気付いてなかったの?」
「いやだって……そんな素振り、全然なかったし」
「そんな素振りしか~、ありませんでしたよ~?」
「え?」
「モロ、バレ」
「うんうん」
そんなポムカの方がビックリとばかりに言うナーセルたちに、「う、うまく隠せていたつもりだったのだが……」とルセットが言うも……
「「「な訳ないない!」」」
3人揃って一目瞭然だったと否定されると、「あう~」と声を漏らしながら再び恥じ入るように縮こまる。
「でも、きっと……当人も、気付いて、ない」
「そうでしょうね。あれはポム……おほんっ! 一つのことに熱中すると、それしか見えないなんてこともありますから。……そもそも気付いていたのなら、もっとなんらかの形で意識すると思いますよ。あれも父親同様、それほど器用な子でもありませんし」
「なる、ほど……」
一方でガイルも気付いていないだろうというルーレの指摘には、流石は母親といった観察眼でネンニルがガイルを語ると、ルセットも納得せざるを得ないと頷いている。
「本当に~、ルーザー組然り~、騎士団の人たち然り~、恋心がわからない人が~、多すぎですよね~」
「な、なによ? そのルーザー組って」
「それは勿論、恋愛に鈍感なルザっち、エルっち、そしてポムっちのことだよ?」
「わ、私は……あいつらと同じ土俵にいるというのか……っ?!」
そうして、まさかのド田舎組の仲間扱いされていたことにショックを受けるポムカを余所にナーセル。
「……まぁ、何はともあれ! お母様の許可も下りたことだし、これからはドーンと行っちゃいましょうよ! ドーンっと!」
テンション上げていこうとばかりに、ルセットの背中を押すことに。
「いや、ドーンと言われてもな……」
「大丈夫大丈夫! もう一番のライバルはいないんだし、あたしの見立てではルセっちが一歩リードしてるんだからさ!」
「確か、に」
「ですね~」
「……ライバル?」
それは勿論……と説明するのは野暮というものか。
「そ、そうだろうか……」
「まぁ確かに、あれを落とすというのなら、強気に行く必要はあるでしょうね。……なにせ、死んだと思っていた間でさえ、ポムカのことしか考えていないようでしたし……」
「伯母様?」
ボソボソと言った部分が聞こえ辛いとしつつ、自分の名前が聞こえたような気がしたとポムカが首を傾げるも、ネンニルは咳ばらいを1つしただけで答えはしない。
……勿論、ナーセルたちは理解していたが。
「大丈夫です~。きっと~、ルセットさんの想いは~、ガイル君に~、通じます~」
「間違い、ない」
「お前たち……」
そうして、ネンニル及びナーセルたちの励ましを受けたルセット。
その表情はどこかまだ遠慮がちながらも、そこまで言ってもらえたのならと気合を入れる。
「……そう、だな。正直、今のままでも十分だからと、これ以上を望むのは
「僕がどうかしたかい?」
「え? ……だ、団長!?」
突如、後ろに現れたガイルにビックリするルセット。
……というより、そこにいた全員(エル除く)。
そのあまりの驚かれようにはこっちこそビックリしたと、「ど、どうしたんだい!?」と口にするガイル。
「いや、それはその……」
「……いえ。ちょうど、あなたの話をしていたものですから」
「僕の話?」
「ええ。……あぁ、勿論、内容は気にしないように。あなたには聞かせられないことですので」
「は、はぁ……?」
そんな状況に、どうしたものかと慌てるが……流石は
その母親特権を使って強引に話を断ち切ってみせると、ガイルは訳が分からないと首を捻りつつ、そう言われては仕方ないとこれ以上問うことはしないのであった。
「……って、母上。なんて恰好をしているんですか?」
「それも気にしない様に」
「……?」
そうして、何とかなったと安堵したポムカたちは、「逆に何でここにガイル君が?」と尋ねることに。
なにせ今のガイルは、強くなりたいと言って領主としての仕事を休んでまでどこかで特訓していたはずなのだから、こんな町中にはいるはずがない。
そう思っていたポムカの言葉に、どうやら彼は今まで騎士団の詰め所で特訓していたようで、そんな折に魔獣の討伐依頼が来たとそこに向かう途中だったようだ。
「まぁ、そんなに大きい個体ではないそうだから、わざわざ出向く必要もないんだけど……今の僕は修行中の身。なら、そういうものには率先してかかわっていかないとと思ってね」
「……なるほど。確かにそれは今のあなたには必要なことでしょう」
実戦さながらの訓練ほど有意義なものはない。
それは元騎士として活躍していたネンニルならではの言葉だろう。
……まぁきっとルーザーが居たら同じことを言うんだろうなとポムカたちは思っていたが。
そうして向かっている最中に、ポムカたちを見かけたので声をかけたんだとか。
「他の団員さんたちは~、どうしたんですか?」
「彼らかい? 彼らにはここに残ってもらったよ。僕一人で討伐したかったし……そもそも、まだ彼らの信頼を得ていないから、連れ出すのも悪いと思ってね」
どこかしょげたように言うガイルに対し、「まぁ、ルセっちが勇気を出せば、一発で解決するんだろうけどね~」とはナーセルの言葉。
そんな彼女の言葉には頷かざるを得ないとポムカたちが首を縦に振っているのを他所に、首を傾げたガイルだったが……
「……そうです。ならば、彼女を同行させなさい」
「えぇっ!?」
「ルセットを、ですか?」
一方のネンニルは、ガイルがそばに来てから落ち着きが無くなっていたルセットの名前を出しつつ、二人きりにしようと画策する。
「わたくしの護衛とわざわざ来てくださいましたが、わたくしの強さなどあなたも知っていることでしょう?」
「そ、そりゃまぁ……」
確かに騎士として功績を上げ続けた結果、武闘派のクエルのハートを射止め、結果的にはヴィーラヴェブス夫妻は武闘派夫妻などと呼ばれることになっているのだから、それはガイルの知るところではあるだろう。
「ならば、騎士団の実力の底上げという点においても、あなたと共に魔獣討伐に向かう方が有意義というもの」
「なる、ほど……」
「え……え? ほ、本当に? ……えぇ?!」
ネンニルの言葉には一理あると戸惑いつつ受け入れたような表情のガイルに対し、そんなガイルの振る舞いに戸惑うことしかできないルセット。
一方でナーセルたちにも、「いいですね!」「それじゃあ~、行ってらっしゃいです~」「頑張、って」等と後押しされたことで、もはや逃げ道が無くなってしまったルセットは、徐々に顔を赤らめ始める。
「……って、ことみたいだけど……どうする?」
一方のガイルは、彼女らの振る舞いの裏を知らないと、その言葉を純粋に受け取りルセットに尋ねている。
そうして追い詰められたルセット。
目をぐるぐる回しながら、どう答えるべきかと必死に考えていたが……
「あ、あの、その……ま、またの機会にぃぃぃ!!!」
先程の決意はどこへやら。
一瞬でその意志を消し去ると、その場から全力で走り去ってしまうのであった。
「あっ! 逃げた!!」
「せっかくのチャンスでしたのに~」
「ルセットさん、チキン」
「……そうか。それほど、僕と行くのは嫌だったか……」
皆が皆、ルセットの振る舞いにガッカリする中、ガイルもまたルセットの振る舞いをマイナスな意味で捉えてしまう。
「……ハァ。あなたが身を固めるのは、もうしばらく先になりそうですね」
「……え?」
こうして、ポムカルートもルセットルートも期待ができないと、ネンニルは深く深くため息を吐くのであった。
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