晨星はほろほろと落ち落ちて 第十五幕

「もっと腰を捻って! そう! もっと扇情的に! そう! そうです! いいですよ! ポムカ!」カシャカシャ

「ええい! くそっ! こんなことならもっと腕を磨いておくんだったわ」カシャカシャ

「……っ////////」


 カシャカシャ、カシャカシャ。


「「「……」」」


 ……何をしているんだろう?

 そういう視線で何かを見つめているのはルーザー、ナーセル、フニン、ルーレ、そしてガイル。


 エルはコクンコクンと船を漕いでいる。


 そして、そんな視線を一身に浴びているクエルオックとネンニルは何をしているかというと……


「おい! そこ! しっかりを持たぬか! ポムカを美しく撮れんではないか!!」

「は、はい! 申し訳ありません!」

「……あ、あの……もうそろそろ、よろしいのでは……」

「「よろしくない!」」カシャカシャ

「あ、はい……」


 真っ白い背景の前でメイドたちが構えるレフ版をいい感じにあてがわれているドレス姿のポムカを、カメラに収めていたのであった。


 だからこそ、ルーザーたちの表情はキョトンとした顔になっていた訳だ。

 ……あの感動の再会はどこに? と。


「ポムカ。そう下を向いては美しく撮れませんよ?」カシャカシャ

「であるぞ? もっと堂々とするがよい」カシャカシャ

「いえ、その……そもそも撮っていただく必要が……」

「何を仰っているのです? そのように美しい姿をしたあなたをカメラに収めずして、何のためのカメラだというのです」カシャカシャ

「私以外を撮るためにも使われていいと思うのですが……」


 事の起こりはポムカとの再会後、ポムカが美しいドレスを何故着ているのかと尋ねたことに起因する。




「これは……」


 正直、自分でも何故こんな物を着せられているのかとポムカ。

 おかげで、何と説明したものやらと躊躇っていたが、そんな彼女の代わりとばかしに、事の発端たるハンハが口を開く。


ぁめが仕立てさせていただきました。せっかくお美しくなられたのですから、それに相応しいお召し物が必要だろうと」

「「なるほど」」

「……何がなるほどなんです?」


 ハンハの言葉に疑問も抱かず賛同した両親に対するガイルの言葉。

 正にその通りなのだが、一方でその両親といえば……


「では、それを後世に残す準備をしませんと」

「であるな」


 どこからか取り出したカメラを手に、まるで聞く気がありゃしない。


「え?」

「既にご用意してございます」


 勿論、ハンハも同様に。


「え? え?」

「では、早速始めるとするかのぉ!」

「ええ。では、ポムカ。こちらに」

「え? え? え? え? ……えぇ!?」




 そうして、連れてこられたのがこの部屋であり、始まってしまったのがポムカの撮影会だった訳だ。


 ちなみにこの世界のカメラは魔道具の一つであり、投影させた被写体の姿を別の物に焼き付けるという所謂インスタントカメラのことを差す。

 しかもすぐさま現像できるため連写が可能であり(焼き付ける対象となる専用の紙の補充は必要だが)、おかげで夫妻の足元には色んなポーズをさせられたポムカの姿を収めた写真がこれでもかというほどに散らばっており、ハンハ及び従者たちが必死に拾い集めては良い写真をアルバムに納め、ポムカ写真集を何冊も作り出していたりする。


「ふっ、世迷言を。今の貴様以上に撮る価値のあるものなどあるまいよ」カシャカシャ

「ええ。正しくその通りかと」カシャカシャ

「それが世迷言なんだよな~……」カシャカシャ

「って言っておきながら、お前も撮ってるじゃねぇか」

「いや~、ポムっち綺麗だから、つい」カシャカシャ

「ですよね~」カシャカシャ

「これは、残しておく、べき」カシャカシャ

「わ、わかる」恐る恐るカメラを構えるもどこか躊躇うようにスッと下ろす

「そうかよ……それより、どうしてあんたらがここにいる訳? 確か、首都とここって結構遠いんだろ?」


 そうして、突如始まってしまった撮影会を切り上げるかの如く、クエルオックとネンニル夫妻に言葉を投げかけたルーザー。


 ちなみにこれは、ポムカから再三に渡って『助けて』といった表情で見られていたが故の行動だったりするが……確かに今朝のガイルの言葉を信じるのなら、ここから夫妻の居る首都は早馬で2~3日はかかる所にあるはずなので、あれから半日程度しか経っていないこの状況で彼らがここに居るのはおかしな話と言える。


「そんなもの、魔術などを使えばどうとでもなるというもの」カシャカシャ

「ええ。そもそも、あんな話を聞かされては、黙っている訳には参りませんでしょ?」カシャカシャ


 しかし、残念ながら撮影会を切り上げる気はないと夫妻は、後ろにいるルーザーたちに視線を向けずに返事をしたが、一方でガイルはその言葉に驚きを隠せないといった表情となる。


「……もしかして、転移ゲートを使ったんですか?!」カシャカシャ

「いや、結局お前も撮るんかい……」


 転移ゲート。

 それは魔鉱石を用いたある地点とある地点を繋ぐことができる魔道具の一種で、所謂転移の魔術というものを道具を使って再現した代物だ(そもそも魔道具とは、魔術を使えない者たちにその魔術の効果を疑似的に使えるようにしたり(火をおこしたいが火の魔術が使えない、洗濯したいが洗浄の魔術が使えない等)、いちいち魔術を使わなくていいようにしたりする代替品だったりするが)。


 そんな転移の魔術を再現した代物は、この世界で化学が発展しない原因の一つ(最大の要因はそもそも魔術が存在すること)でもあるが今はいい。


 そんな優れた移動手段があるというのなら、確かに早馬で2~3日かかる距離を半日でやって来れたのは頷けるというもの……だが、それだと逆に何故半日かかったのだろうかという疑問が生まれてしまうが、勿論優れた技術と雖も完璧なものとは言い難く、実はこの転移の魔術というものには一つの大きな問題が存在しているのである。


 ――それが有効範囲。


 ある程度魔術を収めた者であれば転移の魔術は使えるものの、その射程はだいたい目につく範囲。

 いって数キロ先がやっとであり、固有魔術のようにその魔術に特化していない限りは遠くまで行くことなど不可能に近い。


 勿論、前述の通り、固有魔術として使いやすい形で扱える魔術師だったり、どんな魔術でも使える優れた魔術師であればその限りではないが、少なくとも夫妻はそのどちらにもあてはまらない。


 では、夫妻はどうやってきたのか?


 それが先ほどガイルが言った転移ゲートなのである。



 以下転移ゲートの作り方を記す。


 まず大前提として、長距離を転移できるだけのエネルギー(=それだけの量の魔鉱石)を用意する。


 次に、その魔鉱石を使って転移の魔術をいい感じに生み出せる専用の扉を作る(ここでいう扉は概念的な意味での扉。要は形は何でもよく、人が通過できる程度の大きさがあればいいので、トンネル型や落とし穴スタイル、果ては筒状だって良い訳だが、入りやすさの観点から基本扉型で作られる)。

 勿論、扉の製造には時間がかかるので、既に準備している物を使うのが望ましく(勿論、入り口用と出口用の二つ)、既に作ってある場合はこの工程は省く。


 そして次に、その扉に魔鉱石と共鳴させていた伝宝珠を入り口と出口となる2つの扉にそれぞれはめ込み扉同士をリンクさせる。


 そして最後に、扉にはめた魔鉱石を活性化させその扉を転移の魔術が使える魔道具として成立させれば完成。



 そうして便利な物を使ったことで、夫妻はたった半日でこの町に来たのであった。


「無論そうだが?」カシャカシャ


 ちなみに、転移ゲートは何かあった時にと、基本領主は一台は持ち合わせており、ガイルも一台持っているのだが、伝報珠でんぽうじゅを壊してしまったがために使えなかったという訳だ。


「……全く。一体使ったのやら」カシャカシャ

「お前ももう遠慮無くなってきたのな……」


 ガイルの言葉にあっけらかんというクエル。

 そんなクエルの言葉に、何故ガイルが頭を抱えているかといえば、当然その準備には相当なお金がかかるからだ。


 勿論、エネルギーとなる魔鉱石の準備や転移ゲート用の扉づくりにも金はかかるが、十三騎族などは既に前もって備蓄や準備をしているため、ガイルが指摘したのはその点ではない(魔鉱石はほぼほぼ使い捨てになるため、ポムカに会いたいという理由で使っていいものでもないが)。


 今回ガイルが指摘したのは、出口となるペシュフーロン側の扉の話。

 即ち、どうやって出口を確保したのかという話だ。


 なにせ、ガイル邸にある扉が使えないとなると、別の扉を準備しなければならず、そうなると頼れるのが『転送屋』だけだったりするのだから。


 転送屋というのはその名の通り、各地にある転移ゲートを通じて、利用者を目的の地に転移させることを生業としている店、ないしその従業員の総称だ。

 なので、ここを使えば誰でも容易く遠くの地に転移できる訳だが、無論それだってお金がかかる。

 魔鉱石代、扉の維持費、使用料などなど……少なく見積もっても平民が容易く扱える代物ではない。


 おかげで転移ゲートというものを使えるのはごく一部の富裕層などに限られ、ルーザーたちが馬車でこの町にやって来たのも、そもそも早馬なる概念が存在するのもこのためだったりするので、それにいったいいくら使ったのやらというのが今のガイルな訳だ。


 ……ポムカに会いに来るためだけに、と。


「安心なさいガイr……「カシャカシャ」。今回は近k……「カシャカシャ」貴族に無償でやら……「カシャカシャ」たに過ぎませんかr「カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ」」

「いや、うるせぇうるせぇ!!」


 ここからは今朝の話。


 伝報珠でんぽうじゅを壊してしまったことで、ポムカのことを詳しく聞けなかったとクエル。


 居ても立っても居られないと、公務の全てを長男や側近に任せて馬に飛び乗り、今まさにこの地に発とうとするも、ネンニルに見つかってしまう。


 公務をほっぽってどこに行く気かとお説教モードのネンニルだったが、今ガイルのもとにポムカが居ると聞くや否や、「何をしているのです? そんな物よりももっといいものがあるでしょう」と馬にまたがるクエルを引きずり下ろすと、「近くの貴族に連絡なさい」と従者に指示を出したネンニル。


 そうして連絡を取った領主に、とにかく急いで準備しろと転移ゲートを用意させ使用しつつ、そこから借り受けた馬を全速力で走らせてきたので半日で済んだんだとか。



「ふっ。儂の顔色ばかり窺っている貴族どもも使いようというものよな」カシャカシャ

「ええ、正に。……いっそのこと、奴らにはもっと多くのことを強いらせましょう。下手なことを考えられないようにするためにも」カシャカシャ

「おお。それはいいのぉ」カシャカシャ

「「ふふふふふっ」」カシャカシャカシャカシャカシャカシャ


 怪しく笑うクエルオック、ネンニル夫妻――勿論、ポムカの写真を撮りながら。


 一方でガイルたちは(ルーザー&エル除く)、その薄気味悪い笑み、笑い方に怖気を感じて引いている。


 こうして、彼らが居ればヴィーラヴェブス領は安泰だななどと思うガイルたちを他所に、夫妻は次から次へとポムカにポーズを取らせつつ、その美しさを堪能するのであった。




「……いや、いつ終わんだよ。これ……」

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