晨星はほろほろと落ち落ちて 第十四幕

「……た、ただいま……」


 茜色に染まっていた空が徐々にどんよりとした闇に蝕まれ始めた頃、町の人に捕まっていたガイルが、疲労困憊と言った表情で帰宅してくる。


「よぉ、お疲れさん。あれからどうだった?」


 そんなガイルにラウンジで逆立ちしながらの腕立て伏せをしていたルーザーが、筋トレを中断しつつ声をかける。


「どうもこうも、とにかく大変だったよ……」


 ガックリとした表情でせぐくまりながら語るガイル。


 あれからというもの、昨日のことは亡くなったと思っていた親戚が生きていたということで終息自体はしたのだが、それはそれとしてポムカとはいったいどういった関係なのかを根掘り葉掘り聞かれたようで、いくら言ってもただの親戚として認識してくれないとほとほと参ってしまったよう……まぁ、実はその際のガイルの態度ないし表情に問題があったのだが今は割愛。

 しかも、ある程度の説明でその場の人は納得したとしても、ちょっと歩けばまた別の人たちに囲まれ同様のことで質問攻めに遭い、更にその後も……と何度も繰り返し繰り返し説明しなければならなかったとも。


「おかげで帰ってくる時間もこんな時間になっちゃったし……」

「ほ~ん。そいつは大変なこって」


 これもやってきた大勢の人たちのために住居を提供した半面、娯楽施設の建築を怠ったツケだとガイルは身をもってそのことを知ったといった感じだが、その発言に首を傾げたルーザー。


「そうかい……って、そんなに何も無いのか? ここ。今日、結構色々回ったぞ?」


 おかげでエルは思いっきり楽しんで食べ過ぎていたし、何なら明日からダイエット再開させねぇとだし、との言葉に、乾いた笑いをしつつガイル。


「まぁ、初めて訪れた人ならそうかもね。ただ、ずっと住んでいると流石に飽きちゃうというか……そういった施設は各地に点々とし過ぎててアクセスが良くなくてね」


 となると、そこへ行くとなってもそれ以外にすることが無く、結果面倒だからと近場の人しかいかない、ということもあるそう。


「そうなると、せっかくの娯楽施設も意味がないし、一生懸命再建した町だけど領民に不満が出て、どんどん人が出て行きかねないって訳」


 それでもここは十三騎族のお膝元ということもあって、貴族領よりはマシと出て行く人はほとんどいないが、だとしてもそのままにしていいという訳はないとガイル。

 なので現在では領民と話し合い、商業区画や行楽地などを整備するためにと土地の譲り渡しをお願いしていたりするらしい。


「大多数の方々が理解を示してくれてるから、何とかなるとは思うけど……それでも、一朝一夕にできるものじゃないからね。譲ってくれた方の代替地も探さないとだし」

「なるほど。町の運営ってのは大変なんだな」


 自分じゃ絶対にやらないだろうなぁというルーザーに、笑みを見せたガイル。


「まぁね。……でもその分、やりがいはあるんだけどさ」


 何もなかった所に人が集まり賑わいが生まれてくるのを見ると、何とも言えない感慨があるんだそう。


「それに……ここはポムちゃんやアフェルバス様の思い出の場所だからね。昔のように……いや、それ以上にいい場所にしたいと思うから」


 幼少のみぎり、よくこの地に訪れてはポムカやポムカの兄たちに遊んでもらい、それが縁でアフェルバス一家にはよくしてもらっていたとガイル。


 だからこそ、この町の復興というものには並々ならぬ思いがあるようで、もっとよりよく、もっとより素晴らしい町にしようと決意して、この町の運営に携わっていたようだ。


「……まぁ、この町を見てアフェルバス様がどう仰るのかはわからないんだけどね」


 とはいえ、とガイル。

 今まで言ったことを少し恥じたように、真面目な話をし過ぎてしまったかなと乾いた笑いをするも、「別にポムカの父ちゃんがどう思うかなんてのは気にする必要はねぇっての」とルーザーが彼の言葉を否定する。


「でも……」

「よく言うだろ? 死人に口なしってさ。そもそも死人に褒めてもらおうとすんじゃねぇって話だ。それよりも……になるべきだ」

「死人に誇れる自分?」

「ああ。死人と口が利けねぇってんなら、何やったって自己満足にしかならねぇだろ? でも、自分を満足させることはできる。んでもって、ここで言う自分を満足させるってのは……」

「死人に……アフェルバス様に誇れる自分であるかどうか」

「そゆこと」


 自分の振る舞いを死者に対して誇れないというのなら、そう思ってしまっている時点で自分を満足させることなどできはしない。


 逆に自分が満足していない、誇れない状態であったとしても、それを死者がどう思うのかなんてわかりっこない。

 なにせ死人には口はなく、喋る機能は持ち合わせていないのだから。


 だから彼らが何を思っているのか、何を感じているのかは結局自分本位で考える、感じるしかなく……


「少なくとも、お前が今の自分を誇れないってんなら、それは間違ってるってことだ」


 だからせめて、自分が正しいと思える振る舞いをすることで、きっと亡くなられた方も満足してくれていると思うしかない。


 だからこそ、アフェルバスがどう思うかを気にする必要はないとルーザーは言ったのだ。

 今までの歩みに胸を張れるというのなら、自分を恥じる必要はないと教えたのだった。


「……そうだね。全てが全て正しいとは思わないけど……少なくとも僕は自分のやっていることには誇りが持てているよ」

「そうかい。なら、それでいいじゃねぇか……っていうか、それしかできねぇじゃねぇか。な?」

「ああ、そうだね」


 ルーザーの言葉に肩の荷が下りたとでも言うように、重すぎた荷が軽くなったとでもいうように、笑みを見せたガイル。

 それは彼が新たに町をより良くしようと決意した瞬間でもあり、今までやってきたことを無駄にはしないと覚悟を決めた瞬間なのでもあった。


「ありがとう、ルーザー君。なんか、色々スッキリしたよ」

「そうかい。なら、真面目な話をした甲斐があったってもんだよ」


 そう言いながら再び逆立ちでの腕立てを再開したルーザー。


 そんな彼の振る舞いについ笑みを浮かべてしまうガイルだったが、「でも、意外だったよ。ルーザー君からそんな言葉が出てくるなんて」と茶化すように言葉をかける。


 確かに脳筋と名高いルーザーから相手を慮る言葉、それも相手が納得する程の含蓄のある言葉が出てくるのは意外かもしれない。


 ……が。

 勿論それは、あくまでも見た目と年齢が一致していればの話。


 齢10代後半に見えるこの物語の主人公たる男――ルーザーは、自身の固有魔術によって若返っており、実年齢は50を超えていたりする。

 それ故、長い年月を経て多くを経験した彼の言葉に、価値あるものがあっても不思議ではない……というより、無いとそれこそただの馬鹿でしかない。


 だからこそ、ガイルでさえ腑に落ちたと思える言葉を述べることが出来た訳だ……が、それを知らないのだから驚くのは当然だ。


「悪かったな。体と一緒で脳みそも硬そうで」


 しかも、本人までこう言っちゃってる訳だし。


「いや、そこまで言ってないんだけど……って、体で思い出したけど、君がパンツ姿で徘徊してたって噂、普通にされてたんだけど?」


 おかげで、理解出来なくて当然の事に首を捻るしかないガイルだったが、ルーザーの言葉でそういえばと今朝の振る舞い及び町の人の言葉を思い出す。


「あ、そう?」

「そうって……まぁ、そっちの方も僕の方でちゃんと説明しておいたけどさ」


 パンツ一枚で徘徊したからなんだという感じで一切気にしていないというルーザーに呆れつつ、たまたま沼にはまり、川で体を洗いつつ、そのまま領主邸に入るのは忍びないとした客人がいたというそのままの説明をしたとガイル。


「一応、領主邸にお客が来てるってのは町の人たちも知ってたからね」

「そうかい。そいつはどうも」

「どうもって……ほんと、次からは気を付けてね?」

「……あぁ、無理無理。そいつにいくら言っても聞きゃしないから。さっさと諦めた方が楽よ? ガイル君」

「いや、諦めちゃだm……」


 そうして、突如話に割って入ってきた知り合いのものと確信した声に『諦めちゃ駄目でしょ』と言おうとして、口を噤んでしまったガイル――否。正確には喋ることすら忘れる程に驚いてしまったガイル。


 しかし、それも無理はない。

 なにせ、そんな彼の目に映ったのは……つい今しがたやってきた、美しい真っ赤なドレスで着飾ったポムカの姿だったのだから。


「……」

「……? どうかした? ガイル君」


 それはまるで絵画に描かれた薔薇の如く、誇張されたように色鮮やかで美しく。

 火傷の痕が気になりはすれど、それでも胸元から覗くその白く透き通った肌の何と妖艶なことか。


 そんな美しい以外の形容詞が見つからない程のポムカの姿に、ガイルは完全に見惚れてしまっていた。


「……え、あ、いや……」

「……やっぱ、こんな痕があるんじゃ、似合わないよね? こんな綺麗なドレス」


 一方のポムカ。

 ガイルの視線を勘違いしたと、少し恥じ入るように自分の頬に携えている火傷の痕を指でなぞりながら俯いてしまう。


「え? い、いや! そそ、そんなことないよ! と、とと、とっても! その……き、綺麗……だと、思う、よ?」

「そう……ふふっ。ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」


 慌てながら、しどろもどろになりながら、それでも今言える最上の言葉で彼女を誉めてみせたガイルの言葉に、ポムカは少しホッとしたような表情を浮かべながら笑顔を取り戻す。


「お、お世辞だなんてそんな……」

「……ち、ちなみにその……本当に、似合うと思う?」


 お世辞と言われたことで、決して嘘ではなく心からの言葉だとでも言いたげなガイルを余所に、もう一人の意見が聞きたいとポムカは、やや照れたようにその視線をチラチラと逆立ち状態のルーザーに向けている。


「あん? ……あぁ、まぁ、似合うんじゃねぇの? ……動き辛そうだけど」


 しかし、その当人は逆立ちしながらそんな感想を述べており、「あ、うん。知ってた」とはポムカの言葉。


「あなたにとって服なんて動きやすいか否か、ですものね」


 どこか呆れたように、それでいてどこかガッカリしたとでもいうように、少し頬を膨らませながら動き辛そうと言われた最たる部分であるスカートを摘まんでヒラヒラ動かしていたポムカだったが……


「そりゃな。……まぁでも、そもそもお前みたいなのはなに着ても似合うだろうよ。んだし」


 と逆立ちをやめてしっかりと見たポムカの姿への感想には、流石に「うぇっ!?」と驚いてしまうのであった。


「も、元って……」

「ん? 元は元だろ」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「……あん? どうかしたか?」

「い、いいえ! 何でもありません! それよりもありがとう! とっても嬉しいわ!」

「お……おう?」


 自棄を起こしたかのように謝辞を述べたポムカの姿に戸惑うルーザー。

 一方でポムカの顔は怒っていながらも、どこか照れたような、それでいてどこか嬉しいとでもいうような顔つきに見え、「ふ、ふ~ん……そっか~。……ふ~ん」と身を包むドレスを踊らせながら、次第に笑みをこぼし始めた。


 そんな姿を見たガイル。


「……もしかして、ポムちゃん……」


 何かに気付き、しかしその話題をどう振るべきかと迷った姿を見せ始める。

 ……が。


「…………ォォォォォムゥゥゥゥゥゥゥカァァァァァァァァァァ!!!!!」


 ドタドタと大きな足音と共に大きな声が聞こえてきたことで、その思いはいずこかへと霧散してしまうのであった。


「……あん? なんだ?」

「なんか、スゴイ音がこっちに近づいてるみたいだけど……」


 その音ないし声の先である扉を見つめるルーザーとポムカ。

 一方のガイルは、「なんだろう……今の声、どこかで聞いたような?」と首を傾げている。


 そうして、3人が玄関の方から来ていると思われる音ないし声に耳を澄ませていると……



「どこだぁぁぁ!!!? 儂の可愛い姪はどこにおるぅ!!!?」



 突如、目の前の扉が無造作に開かれ、身の丈190はあろうかという巨体の男が姿を現す。


 白髪、白髭を携えた齢50かそこらと思われる、どこかで見たことのある男性の姿を見たガイルとポムカ。


「……えぇっ!? ち、父上!?」

「クエル伯父様!?」


 彼らの口にした名前は今朝にも聞いたなとルーザーを余所に、何故父上&伯父様――即ち、このヴィーラヴェブス領の現当主である男、クエルオック・ヴィーラヴェブスがここにいるのかと驚く2人。


「……お、おお! おお!! その姿……赤い瞳に赤い髪……間違いない……間違いない、のだな……」


 一方のクエルと呼ばれた男。

 わなわなと震えながらも、懐かしさや今朝見た以上の美しさを有するポムカに感極まりながら少しづつ歩み寄っていく。

 そんな彼にポムカはどこか照れくさそうにしつつも、「……はい。お久しぶりです。伯父様」と笑顔を見せると……


「ポ……ポムカァァァァァァァ!!!!!」

「きょわっ!?」


 ガイルが昨晩にもした行動そのままに、ポムカを抱きしめようと筋骨隆々たるその体躯を飛びつかせる。


「ポムカァァァァァ!!! おお!! ポムカァァァァァァァァァァァァ!!!」

「……えっ!? なになに!? 急にどうしたの!? ……って、何この状況?」


 すると、その騒ぎを聞きつけたのか、ナーセルたちもまた色鮮やかで美しい装いのままやってくる。


「じ、実は……」

「おぉ! おおぉぉぉ!! ポムカァァ! ポムカよぉ!! こんなに……こんなに大きくなって!! しかも、これほどまでにガタイもよく……って、誰だお主は!?」


 ポムカが現状を解説しようとした矢先、クエルがようやく自分が抱きしめていたのがルーザーだと気付き、慌てて距離を置く。


 実は彼がポムカに抱き着こうとした瞬間、ポムカは咄嗟に隣に居たルーザーを盾にして回避していたのだ。

 その結果、筋骨隆々の男クエル筋骨隆々の男ルーザーに抱き着くという異様な光景が生み出され、だからこそ、その光景を見たナーセルたちは『何この状況?』と首を傾げていた訳だ。


「いや誰だって……お前が急に抱き着こうとしたから、ポムカがビビったんだよ」

「ぬっ!? そ、そうか……それはすまなんだ……」


 ルーザーの言葉に反省するように肩を落としたクエルだったが、改めてポムカの方を向き直り、目線を合わせるためと膝を突く。


「本当に……本当にあの、ポムカなのだな?」

「……はい、伯父様。アフェルバスとアリエスカの子。ポムカです」

「おぉ!! おおぉぉぉ!! ポムk……「いい加減になさいませ」ぐへっ!?」


 パコン。


 ともすれば、再び抱きしめかねない雰囲気を醸していた男性の脳天を、優雅に振り下ろした扇子で叩く着物の女性。

 しかし、その威力は相当なものであったようで、男性の巨体が難なく大きく傾けられる。


「全く、あなたは昔から……」

「ネ、ネンニル伯母様!?」

「って、母上まで!?」


 その扇子の持ち主たる女性、ネンニルを見て、再び驚きの声をあげたポムカとガイル。


 しかし、ガイルを無視した母上――即ちヴィーラヴェブス領現当主クエルオック・ヴィーラヴェブスの妻、ネンニル・ヴィーラヴェブスは、スッとポムカの顔に手をやると、感慨深げに言葉を漏らす。


「……本当にアリエスカによく似て。綺麗になりましたね。ポムカ」

「ネンニル伯母様……ご無沙汰しております」


 そうして、感傷に浸ることは禁じ得ないとネンニルはゆっくり、それでいて力強くポムカを抱きしめると「……本当によかった。生きていてくれて」と涙を堪えながらポムカの生存を喜ぶことに。


「はい……ご心配、おかけしました」


 その触れ合いに、ポムカも溢れる思いがあると抱きしめられるまま、一筋の涙を零れさせる。


 そんな彼女らの姿を見たルーザーたちは互いに顔を見合わせると、本当に良かったとでもいうように笑みをこぼすのであった。

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