晨星はほろほろと落ち落ちて 第十一幕

「とりゃ!」

「ギャーっス!!」


 ルーザーのグーパンによって吹き飛ばされるモニクン。

 その一撃は相当効いたようで白目をむいて倒れてしまっていた。


「モニクン!!」

「……おっかしぃな~? イケてるはずなんだけどな~?」


 慌てて駆け寄ったルセットが治癒の魔術をかけているのを余所に、自分の拳を見つめながら前にも聞いたことがあるようなことを述べるルーザー。


 ここは昨日訪れた騎士団の詰め所の奥に位置する訓練場。

 アールスウェルデ魔術学校でも使われている対物結界鎧ハイリアル・アーマメントなどを用いて戦闘の特訓をするための場所だ(今回はルーザーたちの特訓のため、対魔結界鎧マナリアル・アーマメントを用いているが)。


 そうしてやってきたここにて、ルーザーとモニクンによる魔術訓練が始まっていたのだが……相も変わらずルーザーは対魔結界鎧マナリアル・アーマメントを貫通する攻撃をしてしまい、今のモニクンが出来上がってしまったという訳だ。


「……ハッ?! ……死んだ婆ちゃんが見えたっス」

「実は致命傷だったのか?!」

「悪い悪い。つい殴っちまった」

「いや、悪い悪いじゃねぇっスよ!? なんっスか、その一撃?! マジで痛ぇんっスけど?!」


 殴られた頬を押さえつつ、与えられた信じられない痛みに憤りや戸惑いを感じていたモニクン。


 流石、常日頃から体を鍛えているだけはある訳だが……それはそれとして。

 今まで相手をしてきた生徒たちからも言われてきたであろう台詞を言われたルーザー。


「悪かったって。ほら、一発殴っていいからよ」


 いつものように、これでチャラにしようと顔を前に突き出している。


 普段であれば拒絶される振る舞いも、ルーザーの悪評を知らなかったとモニクン。


「お? いいんっスか?」

「ああ」


 意気揚々とルーザーを殴るための準備と肩を回している。


「お、おい、いいのか? 一応、こいつらは筋力も鍛えている訳で……」

「ふっ! 前言撤回なんてさせねぇっスよ! オラっ!!」


 ルセットの心配を余所に気合を入れたモニクン。

 その拳をルーザーの顔面目掛けて突き出してしまう。


 ベキッ


 何かが折れた音がした。

 それは……モニクンの手首が折れた音だった。


「……え? ……ギ、ギィィィヤァァァァァァァ!! 折れたぁぁぁぁぁぁ!!! 骨が折れたっスゥゥゥゥ!!!」

「いや、なんでお前の骨が折れるんだぁ!?」


 痛がるモニクンの手首に慌てて治癒の魔術をかけるルセットは、ルーザーのその頑丈さに驚きを隠せない。

 ……というか、それが当然の反応か。


「んだよ。やわだな~、

「いや、なんだその感想?! 普通、顔を殴った方が痛がるなんてことがあり得な……って、ちょっと待て? も? お前今、も、って言ったか? それじゃあ、まるで他にも被害者がいる言い方なんだが?」

「……オラたち、新入生の間で知らん人はおらんのよ」

「あった! やっぱり前例あった! そして扱われ方が大事件レベルぅ!」

「本当……顔を鍛えるって、何なのかしらね……」


 一方のポムカ達は、昔に見た光景を再び見てしまったと、驚くことはなくただただ呆れていたのであった。


「あははは……ま、まぁそれはそうと、次は誰にする? ポムちゃん?」

「私は後でいいわ。それよりエルをお願い」


 気を取り直そうと次の相手を問うたガイルに、ポムカはそばにいたエルをガイルに向けて突き出し、彼女の相手をしてほしいと口にする。


「そりゃ、未だに負け知らずのポムっちだしね~」


 そんなポムカの振る舞いにナーセルが備考を口にした。


 実はポムカは奴隷時代にも魔術の腕を磨いていた(磨かなければならなかった)こともあって、魔術学校での筆記も実技も新入生の間ではトップの成績を誇っており、それ故に彼女が最下位コンビなんかと一緒にいるのが勿体無いと注目を浴びていたりする(勿論、その美しい容姿も相まってだが)。


「流石だね、ポムちゃん。……それじゃあ、えっと……エルルルルムゥ、さん? だったかな?」

「エルでええんよ?」

「じゃあ、エルさん。準備はいいかい?」

「は、はいな!」

「それじゃあルセット。相手を頼む」

「あ、はい!」


 一方のガイル。

 エルの相手のためにとルセットに声をかけると、返事をしたルセットはモニクンの治療を取りやめ急ぎエルの前に立つ。


「よろしく頼む」

「こ、こちらこそ、なんよ」


 こうして、今度はエルの戦いが始まった……のだが。


「ぐへぇ~!」

「……え?」


 すぐに決着がついてしまうのだった。


「早っ! そして、弱っ! ……流石。期待を裏切らない最下位ルーキー」

「エルザっちって……1人になってるじゃねぇか」

「少しも喜べない二つ名も~、付いてますしね~」

「まぁ、そっちは否定しないがな」

「否定、できるよう、頑張ろ?」

「あはは……そ、それはそうと、どうだい? ルセット。君の目から見た彼女は」


 ルーザーたちのやり取りに呆れつつ、話をエルに戻したガイル。


「そ、そう、ですね……流石に今の1戦では何とも……」

「そうですよね……それじゃあエル。あと10……いや100回ぐらいやられなさい」

「負ける前提で話を進められとる!?」

「それなら聞くけど……勝てる自信あるの?」

「……全くないんよ」

「自信、持てるよう、頑張ろ?」

「あはは……」




 そうして、エルと複数回戦い全勝を収めたルセット。


「……な、なるほど」

「なにかわかったかい?」


 エルと戦ってみて直すべきところはどこかとガイルに尋ねられたことで、それに答えてみせることに。


「そうですね……やたらとテンパってしまうとはポムカから聞いてはいましたが、正しくその通りと言いますか……どちらかといえばその……戦い方がうまくないというか、適切なタイミングでの魔術の行使ができていないというか、えっと……」

「つまり、お馬鹿だから容量が悪いってことですね?」

「ぐはっ!?」


 言葉を懸命に選んでいたルセットに対し、情けも容赦も無用だとポムカが痛烈な一撃を放つと、それを受けたエルは致命的な精神ダメージを受けてしまうのだった。


「ちょっ!? せっかくわたしが言葉を選んでたのに……」

「いいんです。下手に言葉を濁すと、この子には伝わりませんので」

「ポムちゃん、厳しいんよ……」

「ま、ポムっちはエルザっちには厳しいからね~」

「特にルーザー君には~」

「ね」

「……あなたたちにも厳しく行きましょうか?」


 揶揄うようなナーセルたちの言葉に恐ろしい形相をしたポムカ。

 それに対して、「ひゃ~、怖~い」などと嘘臭い演技でその場から離れていったナーセルたちだった。


「全く……」

「あはは……それはそうと、要領が悪いというのは具体的にはどうなんだい?」

「あ、えっと、そうですね……正直な話、正当な評価かと。たとえば、敵が近付いてきたらこの魔術、遠ざかったらこの魔術とある程度魔術の選択肢を決めておくのが普通かと思いますが、彼女の場合それに固執しすぎている気がします」


 確かにエルとのバトル時、一気に詰め寄ったルセットに対して魔術を使おうとするエルではあったが、ルセットがそれを避けようとステップして左に移動した際、急に慌て始めるというのが今までの戦闘でのエルであり、その隙をつかれての敗北が常となっていた。


「なるほど。それでちょっとフェイントを入れただけで彼女は焦ってしまったと」

「はい」

「それ、ルーザー君にも言われたんよ……」


 そんな2人の会話に肩を落としながら語るエル。


「そういえばそうだったわね。……まぁ、全然治せてないのがあなただけど」

「あい……」

「そうなのか?」

「はい。治す為にもとにかく戦いの数をこなせ、とも言われてましたね。そうしたら自然と臨機応変に戦えるようになるからと」

「なるほど。確かに道理だね」


 ルーザーの言葉は頷けるとガイル。


「それじゃあ、エルさんにはたくさん戦闘経験を積んでもらうべきか」

「そうね。遠慮なくやっちゃっていいから」

「なっ!? ポ、ポムちゃんの鬼ぃ!!」

「はいはい」


 エルの可愛らしいだけの抗議には耳を傾ける必要はないとポムカが適当にあしらったのを機に、ルセットは「ということだ。すまないが彼女の相手を頼む」と団員たちに声をかける。


「「「あいあいさー!」」」

「……って訳でだからよぉ!」

「俺たちがた~っぷり、可愛がってやるぜぇ?! ヒャッハー!!」

「ひぃ!?」

「やめろ!! その顔で変なことを言うな!」


 ルセットの言葉にやる気十分といった顔の団員たちではあったが、そのやる気が過ぎたがために怯えてしまうエルなのであった。


「あはは……まぁ、あっちはあっちで大丈夫として、それじゃあ、次は誰が行くかな?」


 一方のガイル。

 今度は誰かとナーセルたちの方を向き直り声をかけている。


「じゃあ、あたしで!」

「了解。それじゃあ始めるとしようか」


 こうして、ナーセル達の相手をするガイルなのであった。




「それじゃあ、最後はポムちゃんかな?」

「……」

「ポムちゃん?」


 ナーセルたちの相手をしたガイル。

 流石に領主兼騎士団の団長というだけあってか、その実力はナーセルたちを凌駕するものであり、ナーセルたちがひぃひぃ言いながら休憩している中でも息一つ乱さず最後に残ったポムカを視認していた。


 しかし、そんなガイルの言葉にポムカは少し考えこむような表情をしており、それにガイルは首を傾げていた。


 ちなみにこの間も、ルーザーは相も変わらず反則負けを繰り返しながら団員たちに恐怖心を植え付け、エルはまるで活躍ができずに敗北を喫し続けていたのだが、いつものことなので割愛する。


「……ねぇ、ガイル君。ここってってある?」

「投影システム? まぁ、あるにはあるけど……それがどうかした?」

「……実はね。ちょっとお願いがあるの」

「?」


 ◇ ◇ ◇


「それじゃあ始めるけど……本当に大丈夫かい?」

「ええ、お願い。これはいつか乗り越えなくちゃいけないことだから……だったら、早い方が良いに決まってるもの」

「そうかい……わかったよ」


 ポムカの決意を受けたガイルは、側にあった先程居た所に運び込んだ謎の機械を作動させる。


 すると、ポムカの目の前に獣の足のような物が作り出され、徐々にそれは獣の姿へと形作られ、最終的には目算で2m弱の巨大なライオンの姿になるのであった。


 投影システム。

 それは、疑似的に物質や物体を再現しつつ、更に動作までさせられることのできる魔道具の一つ。

 これを用いることで、実戦さながらの戦闘訓練ができると騎士団や魔術学校などでは重宝され、当然この騎士団の詰め所にも存在していた訳だ。


「とりあえず、証言にあったモジャモジャってことからライオンを作ってみたけど……どうだい?」


 そしてそれを今回ポムカが使用している訳だが……理由は単純。


 これはルーザーが言っていた最終手段――目の前で巨大な物を燃やす様をポムカに見せることで無理やり慣れさせてトラウマを克服しようという力業を実践しているだけだったりする。


 正直、ポムカ自身その方法はどうかとも思っていたが、それでもここまでしてもらったことや、治さないままでいればルーザーたちにずっと心配をかけてしまうという思い、そして他に解決方法が思い浮かばなかったということから、せっかくの機会及びそれを作れる機械があるのならと覚悟を決めた訳だ。


 ちなみに、サイズはできる限り小さめからスタートしていた。

 ポムカの証言にあった巨大な何かの『巨大』が、幼少時故にどれくらいかはわからなかったためだ。


 そして今回作り出したのはライオン。

 ライオンと言えばたてがみ、それがポムカが見たモジャモジャしているものに見えたかも知れないという予想なのだが……


「う~ん……確かにもじゃもじゃとした何かだけど……もっと薄っすらとしていたっていうか、そこまで強調されるほどのものじゃなかったような……全体的にもっと細長かったような気もするし」


 残念なことにポムカが見たものとは違うようで、このライオンに関して特に何か思うことはないようだった。


「そっか……。それじゃあ、とりあえずこれではないとして……次はこれを燃やして徐々に大きくしていくけど……準備は良いかい?」

「え、ええ……お願い」


 ガイルの言葉を受け、やや緊張した面持ちで返事をしたポムカ。


 しかし、それも無理はない。

 なにせ、ガイルの言葉は即ち自分のトラウマを呼び覚ましてしまうことと同義なのだから。


 そうして、ポムカの決意を見届けたガイルは、自身の魔術で巨大なライオンを燃やして見せる。


 煌々と燃え上がる炎。

 偽物であるが故に特に苦しむ様子を見せない何とも味気ない姿の獅子。


 ともすれば、特大のキャンプファイヤーか何かと思えるその光景も、ポムカにはやはりどこか違って見えたようだ。


「……ハァ、ハァ……!!」

「ポ、ポムちゃん!?」


 胸を押さえながら苦しみ始めるポムカ。


 目も口も大きく開かれ、息を徐々に乱れ始めていくその様は、やはりトラウマの再起を予感させる。


 記憶に蘇るモジャモジャした何か。

 家族を燃やし、町を焦がし、そして自分の頬に傷跡を残したあの生物。


 それが脳裏に蘇ると……。


「あぁ……ああぁ……あああぁぁぁ!!!」


 未だ2m近くの巨体なれど、その姿を見たポムカは既に発狂したように、そのライオンに向けて攻撃をしようとしてしまう。


「ポムっち!!」

「ポムちゃん~!」

「ポム!」

「ポムちゃん!!」


 小刻みに震えだす体。

 何かを見ているようで、実は過去しか見ていない視線。


 一応、何かあってもいいようにと側で控えていたエルたちの声にも耳を貸さず、あと少しで以前に起こしてしまった惨劇を起こしかねないとなったその瞬間……


「ていっ」

「かっ!?」


 スッと現れたルーザーのデコピンが、ポムカのおでこにヒットする。

 特に強烈に見えないその一撃は、実はスゴイ威力を誇っていたようで、ポムカはそのまま意識を失い倒れてしまう。


「ポ、ポムちゃん!?」

「おっと」


 倒れそうになったポムカを抱き抱えたルーザー。

 そんな彼女を心配して集まってきたエルたちが、何とか介抱しようと試みる。


 一方でルーザーは、「やっぱいきなり耐えろって言っても無理があるか……」と燃え盛る獅子を見ながら感想を漏らしていたのであった。


 ◇ ◇ ◇


「……はっ!?」

「ポムちゃん!!」

「ポムっち!!」

「目、覚ましましたか~?!」

「あ、あれ……私……」


 詰め所にある医務室。

 その中にあるベッドの一つで横になっていたポムカが目を覚ましたことで、側で彼女を見守っていたエルたちが喜びの声を上げていた。


「……良かった。元には、戻ってる」

「ほ、ホッとしたんよ……」


 そんなエルたちの姿を見て、自分は何をしていたんだろうと首を傾げていたポムカだが、「……何故かしら、凄くおでこが痛いんだけど……」と今もってズキズキ響くおでこの痛みに顔を軽くゆがませてしまう。


「それは……」


 ポムカの言葉にエルたちの視線を一身に受けたのは、勿論ルーザーだった。


「やっぱダメそうだったんでな。ポイッとこう……」


 デコピンの動きをしてみせた少年の姿を見たポムカは、「そ、そう……」とおでこをさすりながら、自分の不甲斐なさに肩を落とす。


「そ、それよりポムちゃん! 本当に大丈夫かい?!」

「ええ、まぁ一応……ね」

「それならよかったけど……ル、ルーザー君っ! ポムちゃんを止めるためとはいえ、何もそんな力を込めたデコピンしなくても……って、力を込めたデコピンって何さ」


 自分で言ってておかしな話だとガイル。

 しかし、一方のルーザーは気にした風もなく……


「いや、最初はチョップの予定だったんだけどな? 嫌そうだったんでデコピンに変えてやったんだよ」


 と、あっけらかんと告げている。


「まず、打撃でどうにかしようという発想をだね……」

「ありがとう、ガイル君。でも、このぐらいは想定の範囲内だから気にしないで」

「想定できちゃう程、いつも通りの振る舞いなんだね……」


 ルーザーのポムカに対する振る舞いに異議があるとガイルだったが、ポムカ自身がルーザーの振る舞いに対して諦めていたため、彼自身も諦めることにしたようだ。


「とはいえ、無理矢理やらせんのはやっぱダメだったな。悪い」


 一方のルーザー。

 自身の言ったこととはいえ、やはりうまくいかなかったとちょっと反省した様子。


「元はと言えば~、ルーザー君のアイデアですよ~?」

「わーってるって。だから、無理にとは言わねぇって言ったんだし」


 確かにルーザーは最終的にはポムカに任せると強要も強制もしてはいない。

 選んだのはあくまでもポムカなのだから。


「気にしないで。正直、あなたの言った方法は別に間違いじゃなかったんだし」


 そもそも、それ以外の方法が思い浮かばなかったために行ったのだから、ポムカ自身もルーザーを責める気はなさそうだ。


「それは確かに」

「でも、あのサイズ、ダメ、なら……」

「後はもう~、どうしようもなくないですか~?」


 フニンたちの言うように、確かにあの時点の大きさでこのありさまというのなら、完全に克服するには一体どれだけの時間が必要になるのかわかったものではない。


「そうだな。なんかキッカケでもあれば別だが……」

「このままだと、ポムっちのおでこが腫れ上がるだけだね~」

「だな」

「私を止める方法はデコピンで決定なのね……」


 それ故のルーザーの発言に、頭を悩ます面々。

 ……ポムカは別の事で頭を悩ませていたが。


「オラも何か、ポムちゃんのためにできたらええんやけど……」


 エルもまた何か出来たらいいと顔を曇らせる。


「……ありがとう、エル。でも、あいつの言うようにこれは私が何とかしないといけない問題だから、くれなくても大丈夫よ」


 しかし、結局何にもできないと落ち込むエルにポムカは笑顔で返事をする。


 そんなポムカとエルの何気ない会話を聞いていたルーザー。


「一肌脱ぐ、か……って、それだ!」

「「「え?」」」


 何かをひらめいたように口を開くと……


「キッカケがねぇんなら、こっちで作っちまえばいいんだよ」


 と喜々として語ってみせた。


「キッカケを……」

「作るん?」


  ◇ ◇ ◇


「……………………………………え?」


 それは目の前で突っ立ているスッポンポンのエルを見たポムカの一言だった。


 正確に言えばポムカたち、か。



 あの後、再びこの場所に居てくれと言われたポムカ達は、準備をするためと後から来るはずのルーザーたちを待っていたのだが、突然エルの悲鳴にも近い驚きの声が上がったかと思えば、少ししたのち、何故か大きめの布を全身に纏ったエルだけがやって来て再びシステムを起動した後に訪れたのが今という時間であった。


 勿論、その場にはルーザーの厳命により男子はおらず、魔術学校組と何か起こっても大丈夫なようにとルセットしかいない訳だが……燃え盛るライオンを背景に、裸で立ちながらポーズを取っているエルのなんとアンバランスなことかとはポムカの脳裏。


 最初こそ、再炎上したライオンの姿に動悸が激しくなり始めたポムカだったが、目の前で友達が真っ赤な顔で、それも必死にその恥辱に耐えようとプルプル震えながらも、靴しか履いていない姿で立っているという光景を目の当たりにしたことで、今のポムカにはもう何が何だかといった感じで目を丸くしていた。


「……何してんのさ。エルっち」

「ル、ルル、ルーザー君に、言われたん、よ……ト、トラウマを治すために、別の強い衝撃を、あ、与えればええんやって」

「それで、エルちゃん、裸……」

「確かに~。ナイスバディではありますけど~」


 若さゆえのその氷肌ひょうき

 豊艶という言葉が相応しいその体躯。


 肉付きが少し良すぎると言えなくもないが、それでもその愛らしい顔立ちと相まって、抱き着きたくなる衝動に駆られる身体髪膚しんたいはっぷを惜しげもなく見せつけるエルの顔は、今にも火を吹き出しそうなぐらいに真っ赤だが、「ポムちゃんのため……ポムちゃんのため……」と自身に暗示をかけるようにつぶやき続けることで、何とか正気を保っているようだった。


 そうして、無表情で燃え盛るライオン。

 その前に立つ裸の少女……というとんでもない光景を目の当たりにしたポムカ。


「……エ、エルが裸……で、も、燃えて……エル、裸……燃え……萌え…………ブシュ!!」


 脳の処理に負荷がかかり過ぎたと、鼻血を吹きだし倒れてしまうのであった。


「ポムっち!!」

「ポムちゃん~!!」

「ポム!!!」

「裸……萌えて……エル……キュ~」

「なんか変な言葉を口にしながら倒れてるんだけど!?」

「と、とりあえず医務室へ運べ! 流石にそのままはマズイ気がするぞ!」

「そう、だね!」


 ルセットの言葉を合図に、ポムカを運び出す4人。


 そんな彼女たちの姿を見ていたエルは……


「……ただ、オラが恥ずかしいだけだったんよ……」


 とりあえず、自分も後を追おうと体を布で覆うのであった。


 ◇ ◇ ◇


「……はっ!?」


 医務室のベッドにて目を覚ましたポムカ。


「ポムっち!!」

「良かった、目、覚ました」

「再びの無事、何よりです~」


 上体を起こしたポムカを心配するように、ナーセルたちがポムカに抱き着いていく。

 しかし、一方でポムカはガタガタと震えだしたかと思うと、頭まで抱えだしてしまう。


「ポム? どうか、した?」

「エル、が……」

「オラが?」

「エ、エルが……裸で炎を吐きながら……襲って、くるっ!!」

「新しいトラウマが植え付けられてるんよぉ!!!」

「それ、オラの真似なんかぁ!?」


 あまりのことにエルの口調が移ってしまったとナーセル。

 もしくはただ単に言ってみたかっただけかもしれないが、それでも大きな声でポムカの異常性を指摘する。


「ダメ、来ないで……縄跳びしながら近づかないでっ!」

「どんな状況なんかぁ~?!」

「だからそれ、オラの真似なんかぁ!?」

「……次、私、か」

「やらんくてええんよ!?」


 そうして、未だに現実ではないエルの姿に恐怖を抱くポムカの心を和らげようとしているのか何なのかわからない様子のナーセルたちを他所にルーザー。


「これもダメだったか~」


 彼女らの振る舞いには一切触れずに感想を漏らしていたのだった。


「……だろうね」


 一方、ルーザーの言葉にこのような反応を示したガイルを見るに、事情はルーザーから聞いていたようだ。


「……はっ!? あ、あれ? 私……今まで何を……」

「今までの台詞を覚えていない、だと……?」

「それほどポムちゃんにとって~、あの光景は~、悪夢だったんですね~」

「オラの裸って……悪夢なん?」

「まぁ、足りない人からしたら、ね」

「うん……」

「?」


 そうして再び意識を取り戻した(記憶は失ったままの)ポムカを他所に、足りない代表格ともいうべきナーセルとルーレが、自分の胸に手を当てながら肩を落としている。


「大丈夫ですよ~。女の子は~、そこだけじゃないですから~」

「それは! フニンが持てる者だから言えることだぁぁ!!!」

「ヒャワッ~!?」

「これは、フニン、悪い」

「はうっ!?」


 フニンの慰めという名のマウント(ナーセルとルーレの認識)に苛立ちを露わにしたナーセルは、ガシッとフニンの胸を鷲掴むと、そんなナーセルに合わせるようにルーレも逆側の胸を鷲掴む。


「や、やめてください~」

「うるさい! このこの~!!」

「ひゃわわ~」


 その柔らかさに憎しみをぶつけるように揉みしだくナーセルとルーレ。


 そんな女子の姿を見ていたモニクンとブテルは……


「エ、エッチっス! 凄いエッチっス!! まさか、この男所帯でこんなのが見れるだなんて!!」

「ありがたやぁ、ありがたやぁ、なんだなぁ~」


 と、目に焼けんばかりに凝視しつつ拝んでいたのであった。


「……最低だな。お前たち」


 一方、その姿を見たルセットは軽蔑したような視線を2人に送る。


「いや! ち、違うっスよ!? 姐さん!」

「そ、そうなんだなぁ?! これはその不可抗力というかぁ……」


 流石に姐さんと慕うルセットに変には思われたくないと慌てて弁明する2人。


「こ、これは男なら誰しもが通る道でして! ……ね、ねぇ?! 団長!?」

「えっ!? ぼ、僕!?」

「……そう、なんですか?」


 しかし、一向にその視線には軽蔑しか感じ取れなかったと2人は、たまらずガイルにバトンを渡す。


 渡されたガイルは、よりにもよって何て話題を回してくるんだと焦っていたが、そんな彼に対してどこか不機嫌そうに、しかしそれはそれで気になるとでもいうような表情でルセットは見つめていた。


 そのバツの悪さに冷や汗を掻きながら、「いや、それはその……」とどこか歯切れの悪い反応をしてしまうガイル。

 ……まぁ、無理もないが。


「ル、ルーザー君はどう思う!?」


 仕方なく助け船を借りようとルーザーに声をかけたガイルだが、「……あん? 悪ぃ、聞いてなかった」と本人は全く話に参加してはいなかった。


「次の作戦考えててな」


 作戦とは勿論、ポムカのトラウマ克服のためのアイデアという意味だ。


「聞いてて! そして、僕を助けて!」

「つまり、女の子のちょっとあれなところとか、気になっちゃうかってことっスよ!」


 一応、今は味方だとガイルに助け船を出したモニクンだったが……


「あれなところ? ……っていうと?」


 完全に話を聞く相手を間違えたと言わんばかりのルーザーの逆質問に、ガイルともども冷や汗を掻いてしまうのだった。


「えっ!? いや、それはそのっスねぇ……」

「あ、あれなところはあれなところなんだなぁ」

「いや、だからどこなんだって」

「そうですね。まだ話は聞いてませんよ? 団長?」

「い、いやその……か、勘弁してくれ……」


 そうして、ルーザー&ルセットの言葉に追い詰められ参ってしまうガイルたち男子組。


「このこの!」

「昔は、そんな差、なかった、のに!」

「やめてください~」


 フニンの言葉を許さないと未だ胸を揉みしだくナーセルにルーレ。


「オラの裸……」

「……裸? ……って、そうだ、裸……だ、駄目、来ないで! 頭燃えてるのに、笑顔で踊るのは本当にやめて!」


 そして、自分の裸が悪夢と言われ凹むエルに、エルの言葉で再び悪夢に苛まれ始めてしまったポムカと、そこに居る者たちはしばらくの間、全くかみ合わない様相を繰り広げるのであった。

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