晨星はほろほろと落ち落ちて 第十二幕

「……ごめんなさい」


 あの後。

 ようやく事態の収拾がつき、今日はもうトレーニングを終えようと詰め所の出口までやってきたルーザーたちに、深々と被った帽子のプリム(つば部分)をギュッと握ったポムカが申し訳なさそうに告げてくる。


 ちなみに帽子を深々と被っているのは、昨日の出来事のための変装用だ。


「なんだ? 急に」

「結局、全部無駄だってことがわかっちゃったじゃない? だから……」

「気にすんなって。元々、何かキッカケがあればいいってつもりで来ただけなんだし」


 確かにルーザーは、「ここへトラウマ解決のために行こう」とは言ってない。


 あくまでもキッカケがあればいいなと。

 そのキッカケが一番有りそうなのがここだっただけの事。


 それ故の気にする必要は無いとの発言に、「そうなんよ」「だ、ね」とエルたちも続いている。


「それに……ポムっちはここに来た甲斐あったって感じっしょ? だったら、あたしらはそれで充分だよ」

「ですね~」

「そうだな」


 それはおそらく亡くなったポムカの家族との再会――正確にはお墓参りのことを言っているのだろう。

 今まで色々あって出来ていなかった肉親たちとの、思い出との、空想ではある対面のことを。


 はたまた、彼女の既知であるガイルエック並びにハンハとの再会のことかも知れないが……


 どちらにせよ、彼女にとっては必要な時間だった。


 そんな特別な時間をポムカが過ごすことができたのなら……というのがナーセルたちだった。


「皆……」

「……まぁ、どっちかっていうと、ガイっちの恥ずかしい話ばかり出てきちゃってたけどね?」

「「「うんうん」」」

「がはっ?!」

「だからお前ら!!」

「……ふふっ、ありがとう」


 そうして皆の言葉優しさを受けたポムカは、気を取り直したかのように笑顔を見せるのであった。

 ……一方のガイルは言葉暴力によって吐血していたが。


「……ま、まぁ何にせよだ。そういうことなら、来て良かったと思ってもらえるように僕も頑張らないと。……ってことで、良ければこれから町を案内するよ。ポムちゃんには復興した町をちゃんと見てもらいたかったしね」


 吐いた血を拭いつつ、再起したガイル。

 彼女らの案内を買いつつ、特にポムカに町の風景を見せたいと申し出る。


「待ってました!」

「楽しみなんよ!」

「……魔術の特訓もそれぐらいやる気を出しなさいよね。特にエル」

「ま、まぁまぁ……」


 ガイルの言葉にようやくここに来た甲斐があるとワクワクしていたナーセルたち。

 そんな中の一人であるエルに呆れるポムカを余所に、「それじゃあ、俺は何すっかな~?」とはルーザーだった。


「お前は観光に行かないのか?」

「興味ねぇな。それより体動かしてる方が落ち着くんだよ」

「落ち着くって……」


 本当にそんなことあるのだろうかと、ルーザーをよく知るであろうポムカたちを見やったルセットの視界には、肩を落としながら疲労感を露わにしたポムカとエルの姿が映る。


「おかげで暇を見つけてはギルドの依頼に参加させられてるのが、私達なのよね……」

「ルーザー君とおると、落ち着ける時間は無いと思った方がええんよ……」

「マ、マジだった……」

「なるほど……道理でポムっちがどんどん強くなってる訳だ……」

「……まぁ、そのやる気を魔術の特訓に充ててくれてれば、今頃は最下位コンビだなんて言われずに済んだんでしょうけど?」

「♪~(´ε` )」


 2人の言葉に憐憫の情を抱いたルセットたち。

 一方、そんなルーザーに対して一矢報いてやろうとでもいうようにポムカが嫌味を言うものの、そんなものはどどこ吹く風と口笛を吹きつつ明後日の方向を見るルーザーだった。


「あはは……とはいえ、この町にはまだギルドは無いし、近くても片道1日以上はかかるところだから……」

「今日の所は大人しく観光してなさいってことね」

「へ~い」


 ポムカの言葉に渋々といった顔で了承したルーザー。


「良かったね、ポムっち! と一緒に観光できて」

「そうね。と一緒でとても嬉しいわ」

「くっ……手強い!」

「そろそろ認めてくれてもいいんですけどね~?」

「後押し、できな、い」

「何か言った?」

「「「いいえ、何も!」」」


 そんな彼をだしにしてポムカに何かを認めさせようとしたナーセルたちではあったが、掌の上に作ってみせた炎という名の脅しに屈し、これ以上は何も言うまいと口を噤むのであった。


「えっと……ま、まぁ、話もついたってことで、まずはどこへ行こ……「あっ! ガイル様!」……ん? あぁ、皆さ……って、うわっ!? 」


 ナーセルたちとポムカの謎のやり取りを見つめつつ、とりあえず話を進めていいかなとガイルは、さっそく町の案内を始めようと詰め所の外に出た矢先、町の人たちに声をかけられ詰め寄られてしまう。


「えっ!? ちょっ……どうされたのですか!?」

「どうされたかじゃないですよ! 結局、あの子とガイル様はどんな関係だったんですか?!」

「「「そうですそうです!!」」」

「えぇっ!?」


 ガヤガヤと自分に詰め寄ってきた領民の目的。

 ――それは勿論、ガイルが大泣きしながら一人の少女を抱きしめた事件のことだ。


 ポムカとの感動的な再会時、お店にいた多数の客――特にガイルを見知った人たちは当然、あの件は何だったのか気になって仕方がないと、まだ町に娯楽が少ないこともあってか今朝から口々に噂を立てては、喜々として、時にはショックだと言わんばかりに涙しつつ、最終的には本人に直接聞こうとこの詰め所に入ったガイルを待っていた訳だ。


 ……一応、仕事や訓練のこともあると、中にまでは入ってこなかったようだが。


「あ、いや……それはその……」

「やっぱりあれですか? 恋人的な?」

「う、嘘ですよね!? ガイル様にそんな方、いらっしゃる訳ないですよね?!」

「もう~、そんな人がいらっしゃるなんて聞いてないですよ! おかげでうちの子はガイル様に恋人がいたなんて~って、大泣きまでして……」

「うちもですよ!」

「いや~、しかし、まさかガイル様に恋人がいらっしゃったとは! てっきり自分はルセットと付き合うもんだと思ってましたが……」

「そこんところどうなんですか?! ガイル様!」

「ちょっ、え、えぇ?!」


 そんな領民の姿に戸惑うガイル。

 しかし領民たちはお構いなしと、ガイルの初めての浮いた話に喜々として語る者、ガイルを狙っていたと嘆く者、またはその関係者や、挙句ルセットの名前をあげてくる者など、様々な様相で好き勝手に言い続けており、そんな混沌とした状況をどうしたらいいのものかと、しどろもどろになってしまう。


「いや、その……ぼ、僕とは別に……そ、そういう関係じゃ……っていうか、何でルセットの名前を……」

「へぇ~。その子とは、ポムちゃんって呼ぶような間柄なんですね~」

「……あ! いや、違っ……」


 そうして、何と言うべきかと迷っていたガイルは、ついポムカの名前を口にし焦ってしまう(正確には愛称だが)。


 なにせ、昨日の時点で町を出歩けなくなったと怒られ、それ故に深々と被れる帽子を準備させられた相手であったのに、また個人を特定できるような情報を口にしてしまったのだから――『きっとまた怒られる』と慌てて後ろを振り向いたガイル。


「……って、あれ?」


 しかし、そこには奇抜な服装(いつも通りだが)の団員たちの姿しか見当たらず、いったいどこに行ったのだろうと、領民に気付かれないようにキョロキョロ見回していると、団員たちが「あっち、あっち」と声には出さず指を指す。


 そうして指の先を見たガイルの視線には、その場からダッシュで逃げていくルーザーたちの姿があった。



 そう。

 この事態を想定したポムカの号令により、ルーザーたちはさっさとその場から離脱していたのだった。



「って、あれぇ!?」

「ちょっと! 聞いてるんですか?!」

「そうですよ! あの子とはどういう関係なのか説明してください!!」

「「「「「ガイル様!!」」」」」

「あ、いや、だからその……」


 こうして、完全に囲まれてしまっていたガイルは逃げることができず、住民たちの好奇な視線にただただ冷や汗を流すしかできないのであった。




「……それはそうと。今朝、パンいちの男が徘徊してたって話なんですけど……そいつについては何か知ってたりしますか?」

「……」


 ◇ ◇ ◇


「……団長を置いてきてしまったが……よかったのだろうか?」


 道すがら、ガイルのことが気がかりだとルセット。


 過ぎ来し方を見やりながらも歩き続けるルセットに「ま、仕方ねぇだろ。巻き添えはごめんだ」とルーザー。


「ルザっちに一票」

「二票です~」

「三、票」

「オ、オラも……」

「くっ……ま、まぁ仕方ない状況ではあったがな」


 ガイルを見捨ててしまった罪悪感に苛まれながら、しかして仕方がないという意見も理解ができるとルセットは、心の中でガイルに謝罪するだけにとどめたのであった。


「……でも、どうするっスか? この後」

「また騒ぎになりかねないんだなぁ」


 一応、護衛は必要だろうとついてきたモニクンとブテルの言葉だが、確かに彼らの言うように、ポムカが見つかればまた騒ぎになりかねないが、「大丈夫だろう」と言ったのはルーザーであった。


「一番目立つ髪は隠してるし、そもそも町の奴らが興味あんのは『ガイルと何かありそうなポムカ』じゃなくて、『ポムカと何かありそうなガイル』だろ? だったら、ガイルがああやって町の奴らを引き付けてる間は、こっちには興味なんて持たねぇよ」


 あくまでも彼らが興味があるのは謎の女の子を抱きしめ泣きじゃくっていたガイルであり、その相手たるポムカではない――とはルーザーの談だが、確かにその考えは正しいだろう。


 ……それでも、バレないに越したことはないのだろうが。


「そうね。実際、私は泣きつかれた方だし、何で泣いたのかはガイル君に聞いた方がいいものね」

「そうか……まぁ、そうだな」


 そんなルーザーの言葉に理解を示したルセット。

 それを見たナーセルたちは……


「って訳で! あたしらは観光続行だね!」

「まだ始まっても~、いませんでしたけどね~」

「確か、に」


 と、憂いは晴れたと観光に意識を持っていく。


「ふふっ、違いない。……だが、そうだな。団長には悪いが、ああして囮として活動してもらえていれば、お前たちの案内は楽にできるだろうな」


 そんなナーセルたちを見て、ルセットもガイルのことは気にせず彼女らの案内に意識を切り替える。


「だね~」

「って、ことで、よろ、しく」

「ああ、任せてくれ」

「オレたちが名店に案内してやるっスよ!」

「楽しみにしてるんだなぁ!」

「……なんか、変なお店に連れていかれそうで怖い……」

「あはは……」


 こうして、ポムカたちはルセットの案内を受け、町を散策することになるのであった。

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