晨星はほろほろと落ち落ちて 第八幕

「……そういえば、お前たちはどのくらいここに滞在するつもりなんだ?」


 話をし終えたルーザーたちは、ルセットの厚意で宿に向かう付き添いをしてもらっていたのが、その最中、他愛無い世間話の一環と彼らの今後の予定をルセットが聞いてくる。


「さてな? 正直、もう学校に戻ったっていいんだが……」


 今回の旅はあくまでもポムカのトラウマを治すキッカケ探しが目的だが、いま現在ではそのキッカケが無いと手詰まり状態。

 しかもポムカのトラウマを作ったペシュフーロンの大火のことは、ルセットに全て聞き及んだので別段誰かに話を聞く必要も無くなってしまっていた(勿論、結局勇者が絡んだのかどうかは確定しておらず、更なる情報が得られる可能性がある人がいるのならその限りではないが)。

 なので、ルーザーの言うように帰ってしまっても何かが変わるということはないと、さてどうしたものかとどっちつかずの返事をしていた訳だ。


「確かに。もうここでやることって無いもんね」

「そう、ね……」

「とはいえ~、ポムちゃんの昔を~、知っている人と~、お話できたら~」

「ポム、新しい、何か、思い出す、かも?」

「はい~」

「そうだな。昔の記憶を刺激されたことで……ってのはあっかもな」

「そうか……なら、団長……いや、領主様にお話を聞くというのはどうだ?」

「え?」


 そんな諦めたといった様相をポムカたちが見せる中、不意にルセットがこう告げたことで、ポムカたちは少し驚いてしまう。


「確か領主様はランペルトン家の方々と懇意にされていて、こちらにもよくご訪問されていたハズ。もしかしたら、何か聞けるかも知れないだろう?」

「それはそうかもですけど……」


 そもそも彼らもそうしようとしてはいたのだが、門番に門前払いされしまっての今であるため、「わたしたちが~、会ってもいいんですか~?」とはフニンの言葉。


「ああ、勿論。どのような人の相談でも門扉を開く。それが我が騎士団の意向なのでな。……まぁ、騎士団というよりは元警備隊、いや家事手伝いの、というべきだが。それでも、今もそれを継続しているからな、毎日毎日領主様に~というは流石に控えてもらいたいが、君のような特殊な境遇の子であれば、逆に話を聞きたいと思ってもらえるはずだ」

「やったんやね! ポムちゃん!」

「そ、そうね……」


 ルセットの申し出にこれ幸いとばかりに喜ぶエルたち。

 しかし、当事者たるポムカはどこか戸惑っている様子。


「……どうした? 嬉しくねぇのか?」

「あ、いやその……会えるとなると、何か急に緊張してきちゃって……」


 確かに10年も会っていなかった相手に会うとなると、途端に緊張してしまうということはあるだろう。

 特にポムカは少し特殊な事情――要は向こうに死んだと思われている状態なのだし。


「あ~。それはちょっとわかるかも。あたしも子供の頃に会った伯父さんに会うってなったら、何喋っていいかわかんないもん」

「そうですね~」

「わか、る」

「そうか?」

「そうかって……まぁ、ド田舎組のあなたたちには、繊細さとかないものね」


 それなら仕方ないといった表情のポムカであったが、「オラも一緒くたにされたんよ!?」とエルはその扱いには異議があるといった風に声をあげるのであった。


 そんな振る舞いを微笑ましく見ていたルセット。


「ふふっ。……まぁ、安心しろ。領主様は気さくな方だからな。それに君たちと同い年ぐらいの方だ。きっと話も合うだろう」

「あれ? ここの領主様って確かクエルオック伯父さ……クエルオック様だったはずじゃ……」


 そうであれば自分の両親と同い年ぐらいのはずだと首を捻るポムカ。

 しかし、名義上ではそうなっているとルセット。


「実際にはご子息が統治しておられるのだ。次代を担う者として座学などしている暇があるのなら、さっさと前線に立って経験を積むべきだとのお父上のお達しでな」

「うわ~。確かに伯父様なら言いそう~」

「伯父様?」

「あ、いや、なんでも……」


 知り合いだということがバレたら面倒だとでも思ったのか、慌てて口を噤んだポムカ。

 一方でエルは「なんや、ルーザー君みたいな人やね?」と指摘している。


「なんで俺?」

「あ~、確かに」

「そして、なんで理解できたの?」

「気にしないで。今のでわからないのなら、あなたには一生かかってもわからないことだから」

「?」


 そんなルーザー弄りに乾いた笑いしかできないでいたルセットは「……えっと、それで結局どうするんだ?」と改めて尋ねることに。


 ルセットの言葉に、この件に関してはポムカが決めるべきだろうと全員がポムカに視線を移すと、ポムカは少し考えたものの覚悟を決めたような表情になりながら、「……それじゃあ、その……お時間がよろしければ是非お会いさせていただきたいとお伝えください」という旨をルセットに伝えるのであった。


「わかった。それじゃあ、また明日のお昼過ぎぐらいに詰め所に来てくれ。可か不可かに関わらず、とりあえずどうだったのかということを伝えたいのでな」

「わかりました」


 かくして、ポムカたちは後日、ポムカの過去を知っている人物に話を聞くことになったのであった。


 ◇ ◇ ◇


 宿に到着しルセットと別れたルーザーたち。


「やったね、ポムちゃん。伯父さん……やのうて、その息子さん? の誰かと会えるんやって」

「そうね」


 宿の中に入りながら、改めて自分の過去を知る相手に会えると喜んでおり、話題はその相手のことになる。


「ポムちゃんは~、ご兄弟の方々とは~、会ったことあるんですか~?」

「勿論、全員知り合いよ。よく一緒に遊んだのは一番下のガイル君……ガイルエック様だけどね」


 訂正前の呼び方を聞くに、確かにポムカはクエルオックの家族とは親密であったようだ。


「さっき俺たちと年齢が近いって言ってたし、もしかしたらそいつかもな」


 ルーザーの言葉に「どうかしらね?」と首を捻るポムカ。


「ガイル君は今たぶん19ぐらいだったはずだけど、その上のサールフェス様も2個違いだったハズだし……」

「統治を任されるってなったら、そのの方が確立高いってこと?」

「ええ」

「いや、サフェっちって……」

「慣れなさい。この子はこういう子よ」

「さいですか」


 呆れ顔のルーザーを他所に、微笑みを携えたルーレ。


「どちらに、せよ、ポムの、知り合い、なら……」

「また色んなお話が聞けるんな!」

「だね」

「……とはいえ、私だってわかってくれるかしら……」


 もしかしたらまた何かキッカケが見つかるかもと喜ぶエルたちを他所に、自分のことを相手が忘れている、ないしわからないのではないかと心配するポムカ。


 確かに最後に会ったのが7歳ぐらいの時であり、そこから10年分の成長をしているのが今のポムカなので、雰囲気の違いから気付かれないこともあるかも知れない。


「大丈夫だろ。お前しか知らない話とかしてやりゃ、嫌でも思い出したり気付いたりするっての」

「……それもそうね」


 しかしとルーザーの言葉に沈んだ表情を明るくしたポムカ。


 そうして、それじゃあこれからどうしようかとなった、その時……



 ぐぅ~



 特大の音がエルのお腹から鳴り響く。


「……あ」

「そういえば~、ご飯を食べるって~、お話でしたね~」

「そうだな。結局ルセットに付き合ったから、こんな時間になっちまったけど」


 そう言いつつ宿に壁に取り付けられた時計を見ると、その数字は8時を差し示しており、確かに山登りをした後としては空腹になるのは避けられない時間といえる。


「いい時間だし、一度部屋に戻ったらどこかで食事にしましょうか」

「待ってたんよ!」


 実はルセットとの話し合いの最中にもお腹が鳴っていたとエル。


 しかし、流石に会話の邪魔をしたら不味いと必死にお腹を押さえていた甲斐があったとも。


「そんなことしてたのか……」

「気付かな、かった……」

「えへへ~」

「それじゃあ、エルが空腹で倒れちゃわないうちに、行きましょう」


 こうして、一度部屋へと戻ったルーザーたちは再度合流しつつ食事処を目指すのであった。


 ◇ ◇ ◇


「……失礼する!」


 大きな音を立てて開かれた扉。

 そこは多くの人で賑わう食堂であった。


 そこかしこにいる行商人や旅行者、定住者などの話声が聞こえていたその場所ではあるが、やたらと大きな音を立ててその人物が入ってきた故に、皆一様に喋るのをやめて視線をそちらに移してしまう。


「……あれ? 領主様じゃないですか。どうなさったので? こんな時間に」


 そうして見やった相手に、店の料理長と思しきエプロン姿の男性が見知った顔だと声をかけつつ、周りも同じく見知った顔だと警戒は解いていたが、『こんな時間に何故この方が?』という気持ちは拭えず視線はそのまま、彼らの会話に耳を傾けることに。


「すまないが、ここに……という女の子が来なかっただろうか?」

「ポムカ?」

「少年1人と少女5人の集いだそうなのだが……あ、いや、数は多少変化しているかも知れないが」


 どこか逸った様子でポムカの名前を出しつつ、店の中を検めるようにキョロキョロとする領主と呼ばれた天然パーマの少年と青年の狭間のような見た目の男性。


「少年1人に少女5人って……随分偏った面子で」


 その言葉に首を傾げつつ、さてどうだったかなとも首を捻るエプロン姿の男性。


 流石に店に入ってきた人間を事細かに把握はしていないかと思いつつ、一通り見てみた店内には目的となる人物がいなかったことで、その少年は「すまないが、見つけたら僕に連絡を……」と言いつつ、そそくさとその店を後にしようとする。


 ……しかし。


「……少年1人に少女5人ですか? 確か、少し前にここに来たような……」

「本当かい?!」


 2人の会話に割って入ったウェイターと思しき女性の言葉に、一気に距離を詰めた男性。


 その近づけられた顔を見て、女性は赤面しながら「あ、えっと……」と口ごもる。

 それは決して怯えからくるものではなく、どちらかと言えば恥じらいからくるもののようだった。


「だ、団長! くっつきすぎです!」


 慌ててその団長の振る舞いを窘めたのは、何故かちょっと怒った顔のルセットだった。

 しかもそばにはモニクンやブテル、そのほか数名の騎士たちまで控えており、だからこそ客たちは皆、いったい何だと視線を向けていた訳だ。


「……あ。す、すまない。つい、興奮してしまって……」

「い、いえ……」


 嗜められた少年はやってしまったと自省した面持ちでいたが、女性はどちらかといえば照れた様子を見せており、確かに整った顔立ち(どちらかと言えば愛らしい)の男性に迫られたのなら、そうもなるかといった感じであった。


 そんな2人の姿にどこか面白くないといった顔のルセットだったが、「それより、本当に見たのか?」と聞くべきことを聞こうと女性に尋ねる。


「あ、はい。確か……」


 そう言って女性が視線を送った所は2階席。

 吹き抜けとなっている場所だった。


 すると……


「……ん? ルーザー? お前、ルーザーじゃないか?」

「あん?」


 その吹き抜けを背に座る1人の少年の姿に見覚えがあるとルセット。


 そこにいたのはルセットの言葉通り、ルーザーその人であった。


「……って、なんだ。あんたか。どうかしたか?」

「ああ、実は……」

「ポムちゃ……ポムカという子を探しているのだが、そこにいるだろうか?!」


 ルセットの言葉を遮って、少し興奮したような状態で目的を告げた領主、ないし団長。


「ポムカ? そりゃまぁここにいるけど……いったい何のよ……」


 ここにいるけど。

 そう言ってルーザーがすぐ左手側に居たポムカの姿を目に移しつつ、再び彼女らを視線に入れるも、その時には既にその少年は階段を駆け上がっており、その場にはいなかった。


「ポムちゃん!?」


 ドタドタと慌ただしく階段を駆け上がる音と共に2階に上がってきた少年は、ポムカを視界に入れているのかいないのかわからないタイミングで、仲の良い人間が発するポムカの呼び名を口にする。


「……え?」


 一方のポムカ。

 突然呼ばれた自分の呼び名に驚き、その相手を見る。


 すると、その少年はわなわなと体を震わせながら近づいてくる。


「そ、その髪と瞳の色……それにその顔立ち……ま、まさか……まさか本当に……ポム、ちゃん?」

「あ、あの……何で私の名前を知って……って、あれ? あなたどこかで……」


 そう言ったポムカの視線は少年の頭、即ち髪型に向けられている。


「そのクシャクシャの髪……もしかして、ガイル君?」

「!! ポムちゃん!!」


 自分の名前を呼ばれるや否や、驚きと歓喜の表情でポムカに抱き着いたガイル君と呼ばれた男性。


「なっ!?」

「うにゃっ!?」

「ポ、ポムっち!?」


 その振る舞いに驚きのあまり目を丸くしつつ、両手を上げて動きを止めるポムカ。


 そして彼女同様、その様にナーセルたちもなんだなんだとわめき立つ。

 ――否。色めき立つ。


「な、なになになになに!? ど、どういう関係!? 2人ってどういう関係なの!?」

「いや、どういう関係って言われても……」

「ポム、隅に、置けな……」

「……うわぁぁぁぁん!!! ポムちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「「「え?」」」


 しかし、その少年にはナーセルたちが思うようなラブストーリー的な感情は持ち合わせてはいなかった。


「良かった……生ぎででよがっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!!」


 そう。

 それはただの再会。


 失ったと思っていた少女との奇跡的な再会に打ち震えていた少年の、単なる喜びの発露なのであった。


「ガイル君……」

「ガイル君って……そうか、この人がポムっちの」


 突然ポムカを抱きしめたものだから、てっきりポムカの昔の何かかと思っていたナーセルたちであったが、その名前は聞いたことがあると得心がいったよう。


 ガイル――即ちガイルエックとは、ポムカが昔懇意にしていたというヴィーラヴェブス家の末弟の名。


 そんな相手であるが故、死んだと思っていた相手が生きていたのなら当然だ、と理解を示していたのであった。


 一方、大粒の涙をボロボロこぼしながら膝から崩れ落ちたガイルの姿は正しく子供のそれであり、団長とも領主様とも呼ばれるにふさわしいとは言い難く、おかげで慌てて追いかけてきたルセットたちも戸惑いを隠せず「な、何事です!?」と声を出している。


「よがっだぁぁぁぁ!!! よがっだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「……もう、相変わらずの泣き虫なんだから」


 しかし、ポムカは最初から彼がこういう人間だと知っていたかのように、自身のお腹に顔をうずめているガイルの頭を撫でながら優しく微笑む。


 ――どこか、瞳を潤ませながら。


「……あ~、んで? 結局、こいつ誰なんだ?」


 一方のルーザーは未だによくわかっていないといった様子で2人を見ており、その言葉にエルもうんうんと首を縦に振っていた。


「いや、ガイル君って言ってたじゃん」

「ガイル君? って、そういや、そいつの名前って確か……」

「ええ、そうよ。彼がさっき話したガイルエッ……」


 そんなルーザーの言葉にポムカが彼を紹介しようとするも……


「よがっだぁぁぁぁ!!! よがっだぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!! ボムぢゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

「「「……」」」


 話ができない。

 大泣きしているせいで、声が相手に届かない。


 というか、急に抱き着かれたり、大声出されたせいで、なんだなんだと人が集まってしまい、注目を浴びていることに気付いて途端に恥ずかしくなってきた。


 それが今のポムカの嘘偽りのない感情であった。


「……ああ、うん。とりあえず泣き止んで? ね? 話しできないから。ね?」


 そのため、とりあえず落ち着いてもらおうとガイルをなだめてみたが……。


「ボムぢゃぁぁぁん!!! ボムぢゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」


 全然、話を聞いてくれない。

 それどころか、さっき以上に感情も顔も酷い有様になっている。


「あ、うん、だから。話はするし、聞きたいことも全部話すから。ね? まずは泣き止ん……」

「ボムぢゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

「…………ダメだこりゃ」


 こうして、少年とまともに会話ができるようになったのは、更に15分が過ぎた頃であった。

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