晨星はほろほろと落ち落ちて 第七幕

「ここがルセットさんたちの……」

「ああ。我々の詰め所だ」


 ――あの後。

 あまりにも彼女が不憫だということで、彼女の言われた通りにしようというポムカの言葉に従い山を下りた後にやってきたのは、領主邸よりさほど離れていない所にある騎士団の詰め所であった。


 ちなみにルセットとは女性騎士の名前で、道中での軽い自己紹介で判明していた。


「……それはそうと、そろそろそいつらを放してやってくれないか?」


 一方の彼女。

 ルーザーの手に持たれている何かを見やりながら、どこか心配した表情でルーザーに声をかけている。


「……ああ、忘れてた」


 ポイッ


 そうして片足ずつを持って引きずるように運んでいた気を失った状態のモニクンとブテルを、無造作に騎士団の詰め所の入り口に投げ捨てたルーザー。


「いや、扱いぃぃぃ!!」

「あなた……もうちょっと気を遣ってあげなさいよね」

「へ~い」


 2人を心配して駆け寄るルセットを他所に、その振る舞いをたしなめたポムカだったが、当のルーザーの様子を見るに反省するつもりはなさそうだ。


 ちなみにどうしてこの2人がこうして運ばれているかといえば、「結局、この方々はどうするので?」というポムカの言葉がキッカケだった。


 あの後、詰め所に行くということで話が決まった訳だが、そうなるとルーザーの攻撃で伸びてしまっているモニクンとブテルをどうするかということになり、一応揺さぶって起こそうとしてみたものの、一向に起きる気配が見えず困惑するルセット。


「ダメか。全然起きる気配がない……仕方ない。わたし1人では運べないし、後で団員を呼んで……「しゃーねぇな。そういうことなら、俺が運んでやるよ」」


 そんな彼らの扱いに頭悩ませていたルセットに助け舟を出したのが、ルーザーであった。


「こんな見てくれでも、流石に夜までこのままってのはなんだしな」

「本当か? それは助かるが……」

「ま、半分以上はあなたのせいだけどね」

「うっせぇ」


 ポムカの嫌味を軽くいなしつつ、いざ彼らを運ぼうとしたルーザー。

 しかし……。


「いや、脚ぃ!!」

「え?」


 ルーザーの運び方はそれぞれの片足をもってズルズルと引きずるスタイルであった。


「何で引きずろうとするんだ!? そんなの、絶対頭ぶつけちゃうだろ!!」


 てっきり小脇に抱えるスタイルかと思って受け入れたのに、とも。


「いや、そのショックで途中で目ぇ覚ますかと」

「起こし方がワイルド!! だとしたらこの時点で殴って目を覚まさせた方がマシ!!」

「それもそうか。じゃあ……」


 そうして、本当に殴ろうとするルーザーにルセット。


「マシと言っただけで、決して最善ではないのだが!? 一番下とその次程度に最悪な選択肢なのだが!?」


 慌ててルーザーの腕に抱き着き必死に止めようとするのであった。


「すみません……うちのが脳筋で」


 こうして、他の子たちの手を煩わせる訳にもいかず、自分1人で大人の男は運べないと途中で目を覚ませば何とかなるだろうと渋々引きずるスタイルをルセットは受け入れた訳だが……残念なことに更なる痛みの追い打ちにより、彼らの意識はより深く深く失われることになり到着するまで目覚めることはなく、最終的にはこんな扱いをされるに至ったのである。


「……それにしても、本当に騎士だったんだな」


 一方のルーザー。

 目の前にある詰め所に掲げられた『騎士団』と書かれた文字を見て、流石に街中で嘘はつかないだろうと信じることにしたようだ。


「信じてくれたようでなによりだ……まぁ、とりあえず中に入ってくれ。そんなに時間は取らないからな」


 可哀想にと憐れみながらモニクンとブテルを入り口の端に移動させつつ、どこか少しやつれた表情のルセットだったが、とりあえず今は切り替えようと、ルーザーたちを中へと手引きする。


 すると……。


「「「お帰りなさい! 姐さん!!」」」


 そこにはモニクンやブテルと同じ、悪党面した男たちが列をなしていたのであった。


「……前言撤回」

「しないでくれ!? 皆、本当にいい奴らなんだ!!」


 ◇ ◇ ◇


「……なるほど。10年前にここに住んでいたことがあり、その時の記憶を失っていたから思い出のある地を巡っていたと」

「はい」


 詰め所の中。

 魔術学校の謹慎室のような狭い空間ではなく応接室ともいうべきやや広めの場所にて、ようやく落ち着ける状況になったとルセットが本題に入るものの、流石に見ず知らずの人にトラウマのことを話す訳にはいかないと、仕方なく大事なところだけは濁したポムカ。


 その言葉に皆は乗っかるように頷いていたため、流石のルセットも信じているようだ。


「そうか……それにしても、まさかの生き残りだったとはな」

「ペシュフーロンの大火?」


 初めて聞く言葉に首を傾げるポムカ。


「その名は知らなかったか……ペシュフーロンの大火。10年前、突如としてこの地が炎上し20万人以上の領民とここの領主であり現ヴィーラヴェブス家当主、クエルオック・ヴィーラヴェブス様の再従兄弟はとこにあたるアフェルバス・ランペルトン様御家族まで犠牲にした大惨事……それを我々はペシュフーロンの大火と呼んでいるんだ」

「そうなんですね……」


 ちなみに犠牲者を20万人と言ってはいるが、それは何となくそれぐらいの規模の人間が住んでいたであろうということからその数字になっただけであり、実際はもっと多かったり逆に少なかったりするかも知れないとのこと。


「それぐらい、被害が酷かったようだからな」

「でも、ちょうどいい。そのことについてもっと教えてくれないか?」

「オラたち、その話を知っとる人を探しとったんよ」


 ポムカたちに大まかなことを話してくれたルセットに、これ幸いとばかりに詳しい話を要求するルーザーとエル。


 しかし、「そうか。まぁ、目的が目的だし当然と言えるが……すまない。それに関しては力になれそうにないな」とルセットは申し訳なさそうに告げている。


「どうしてなん?」

「さっきも言ったように、あの惨劇は未だよくわかっていないことが多いんだ。一応、調査ではということで決着は着いたそうなんだが……」

「噴火が原因?」


 ルセットが話した事実とされた言葉に、首を捻るのはポムカだけではない。


 それもそのはず。

 なにせ、ポムカとの証言に食い違いがあるのだから。


「ああ。調査に来た者たちによれば、カロン山が噴火した形跡があってな。少なくとも町の炎上はその噴火が原因とのことだ」


 カロン山というのはこの町の北東に位置する山のことで、魔獣避けの外壁がない地続きの山であるため、ハイキング等には丁度いいと今なお町の人たちの運動不足解消や行楽目的で訪れる人がいるという場所だ。


 そんな山のふもとには火砕流などを魔術で食い止めようとした形跡もあったらしく、噴火したのは間違いないそう。


 しかし、それには納得がいかないとポムカ。


「えっと……本当に噴火が原因なんですか?」


 ルセットの言葉を疑うように自分との記憶の食い違いを指摘する。


「ん? どういう意味だ?」

「どういう意味も何も、こいつの記憶と食い違ってんだよ」

「そう、よね……」

「……? どういうことだ?」

「実は……」


 流石にそのことは話さざるを得ないとポムカは、当時の記憶を開示する。


 焼けた街にいた謎の化け物。

 モジャモジャとした何かをまとい、母親を……その場にいた全てのものを殺し尽くした謎の生命体の存在を。


「まさか、魔獣……いや、厄災級の獣が居たというのか?!」

「わかりません。私もその時の記憶は曖昧で……。でも、確かに町を……人を燃やしていたのはそいつです。この火傷の痕だって、その時に付けられたつけられたものですし」


 頬に刻まれた火傷の痕をなぞるポムカ。

 その姿を見たルセットはどこかその話に納得していたようだった。


「そうか……だが確かにそうなると、辻褄は合うな」

「というと?」

「そうだな……まずカロン山は活火山ではなかった、ということだ」

「活火山じゃねぇのに噴火したってのか?」

「そういうことになる」


 活火山。

 それは噴火の記録のある火山及び現在活発な噴気活動のある火山を定義した言葉。


 それ故、活火山ではないということは、少なくとも噴火しそうにはない安全な山ということのはずだが、何故噴火したのだろうかということになると当時の調査員たちも首を傾げていたとルセット。


 ちなみに、以前は活火山以外の山を『休火山』『死火山』と分類していたが、研究が進み数万年周期の噴火活動まで観測できるようになったことで、数千年前は噴火してたかも知れないと定義が難しくなったと、学術的には使われなくなったようです。一応。


「それに噴火した際に発生した火砕流やマグマなどが冷えて固まった跡はあったのだが、何故か一部が消失していたらしい」

「消失?」

「わかりやすく言えば、雪道を大きい雪玉が転がったかのように、奇妙なくぼみが存在していたというのだ」


 しかし、その転がった(くぼみを生み出した)何かは見つからなかったという。


「誰かが片付けたってのか?」

「流石にそれはないだろう。なにせ量が量だ。人間の力ではどうしようもないし、できるのならきっと全てを取り除くなりなんなりしていたはずだ」

「それは確かに」

「そして一番おかしな点と言えば……高台にあって火山の被害を受けていないはずのランペルトン様のご自宅もほぼほぼ全損していたということだ。無論、焼け焦げたご遺体らしきものもあったというしな」


 死体となってしまった人たちが、マグマや火砕流から避難してきたというのはわかるのだが……問題はその後。

 火山が到達していない所で何故多くの人が焼け死んだのかということだとルセット。


「そういった要因が重なって、他に何かが居たのではと疑われてはいたのだが……」


 しかし、あまりの被害の大きさ――特に火災による町の溶解が激しすぎたがために証拠となる物が殆ど残っておらず、調査しても何もわからなかったため噴火が原因と決着せざるを得なかったらしい。


「それで諦めて復興に舵を切った訳だが……」

「でも、それがポムちゃんの見た化け物やったかも知れんっちゃね?」

「そういうことだ。実際にそうであれば、色々説明がつくしな」


 カロン山の噴火はその化け物が火山の中から現れた結果引き起こされたもの。

 そして、高台の領主邸が焼けてたのはその化け物が暴れたことによるもの、と。


「まぁ、火山の中から現れられる獣が何なのかはわからないから、噴火は少しこじつけが過ぎる気もするが……」

「溢れ出したマグマの一部が無くなってたのを、その獣が火山から現れてズルズルと移動していた跡だってすりゃ筋は通るもんな」

「ああ」

「でも、そういうことなら、ポムっちが見た化け物は実際に居たってことだね」

「そうなんでしょうね。……嬉しくはないけど」


 確かにできることなら夢であった方が良かったとポムカが思うのは無理はないだろう。

 なにせ、それほどの惨劇を目の当たりにしてしまっていたのだから。


「だが、その化け物の形跡が残っていない所を見るに、おそらく討伐はできたのだろう。そして、相打ちのような形になってしまった……。まぁ、これだと化け物の遺体が残っていないのが説明つかないが、それこそ噴火で焼けたか何かしたのかも知れないしな」

「なる、ほど」

「それなら~、ポムちゃんがそいつに怯える心配は~、無くなりましたね~」

「そう、みたいね……」


 こうして、ある程度の憂いは晴れたとホッとしたのも束の間、ルーザーが1つの疑問を口にする。


「……あれ? でも、ポムカがその化け物を見たのってじゃなかったか?」

「ええ、たぶん……それが何か?」


 ルーザーの言葉に真意を図りかねるとポムカだったが、ルセットは理解したと口を開く。


「……ああ、そうか。ランペルトン様の御邸宅は町を挟んだカロン山の反対側」

「つまり、その化け物が私の……ランペルトン様の家へわざわざ移動したかどうかってこと?」

「というより、町で大暴れしてたんだろ? そいつ。だとしたら、それがこっちに来るってのに屋敷の奴らはそれを黙って見てたのかって話だ」

「なるほど! 確かにそんな化け物が近づいてくるってなったら、あたしなら必死に逃げるかも!」

「確か、に」


 しかし、そうなると何故ポムカの自宅は全損し、死体の山が生み出されていたのか――もっと言えば目撃者がいない状態(即ち、ポムカ以外の生き残りが居ない状態)なのかが理解できないとルーザー。


「まぁ、ポムカの見間違いって可能性も、否定できねぇけど……」


 ルーザーの言葉にそこのところはどうなんだろうと皆の視線を浴びたポムカは、ゆっくりと過去を振り返るように頭を悩ませ答えを探る。


「……そうね。確かにその可能性はあるかも。なにせ、あの頃はまだ7歳ぐらいの子供だったし、その後に私、記憶を失っちゃってたから」

「そうか、それで記憶を……まぁ、それだけの辛いことがあれば当然といえば当然か」

「仮にポムカの記憶が正しいとなると、その化け物が恐ろしい速さで移動したって可能性だが……マグマの一部が無くなったのを、その化け物が通った跡って考えるなら……」

「そんなに、早く、動けない?」

「四足歩行じゃねぇってなら、そうだろうな。……あ、いや、蛇は意外と速かったか?」


 過去に戦った記憶を頼りに言葉や結論を探していたルーザー。


「……ま、速く動けたとしても、だ。そうなってくると、今度はポムカだけが見逃された理由がわからねぇ」


 確かにポムカは言っていた。

 目の前で母親が……と。


 となれば、その時ポムカはその化け物の目の前にいたことになるが、母親は襲っていたはずなのに何故彼女は放っておかれたのか、にもかかわらず領主邸は襲われたのか。


 その答えが出ないというのが今のルーザーだ。


「なるほど、確かにな」

「実はそのばけもんはポムちゃんが昔飼っとったペットで、ポムちゃんだけは見逃した……みたいな?」

「残念だけど、ペットは飼ってなかったわ。特に興味もなかったし」

「そーかぁ……」


 アニメのような展開を口にしたエルではあったが、それもそのはず。

 何を隠そうエルは今、そのアニメにドハマりしていたからだ。


 田舎にはなかった空想を現実にした娯楽。


 それに彼女はどっぷり漬かっていたのだが、それに関する話はまたいずれ。


「ポム、襲われる前、誰か、助けて、くれた?」

「可能性はあんな。実際、記憶を失った後、お前って孤児院に居たんだもんな?」


 確かに意識を失った状態で孤児院に行ける訳がないので、第三者が居たのは間違いないだろう。


「ええ、そうね……でも、そういう記憶も私にはないわね。襲われそう……というより、それを見たまでの記憶しかないから」

「そうか……しかし、そうなると因果関係、っての? それがよくわかんなくなるんだよな~」


 ポムカが町中で誰かに助けられた。

 しかし領主邸は崩壊し、化け物の行方もわからない。


 これが領主邸で助けられたのなら別だ。


 領主邸が崩壊した後、ポムカを助けた者によって化け物は討伐されたとできるのだから。


「確かにな」

「ちなみにそんな町を簡単に燃やせそうな化け物が居たって記録はあるのか?」

「うむ……炎に関係する魔獣がいなかった訳ではないのだろうが……町を焼失させるほどの存在ともなると、流石に……」


 もしも、その化け物が発見されていれば、ポムカを助けた人も逃げることしかできなかったということで辻褄を合わせることもできた訳だが、化け物が発見されていないとなれば、やはりポムカを助けた者が倒したとみるのだが妥当だろうとルーザー。


「もしかしたら、ポムカだけ急いで孤児院に避難させつつ、そいつは戻って化け物退治に参加したか、だが……」

「どうかしら? 私が居た孤児院は結構ここから離れていたから……」

「町に戻ってくる間に全滅して逃げられてる可能性の方が高いってか?」

「ええ」


 ポムカが見た化け物はたった一匹。

 そんな一匹だけで町の全てを燃やせるほどの獣を相手にするともなれば、行って帰ってくる間に領主邸の住人たちが一丸となったところでひとたまりもないだろうとも。


「まぁ、複数匹居たとしたら一匹一匹を何とか討伐していって……って可能性も無くは無いし、ちょうど弱っていた獣とその人が戦って相打ちって可能性だって無くはないけど……」

「だとしたら、化け物の死体が残ってないってのがおかしいもんな」

「ええ」

「そうだな。……となると、やはりお前が獣を目撃したのは屋敷だったのかも知れないな。ルーザーの言うようにそっちの方がまだ辻褄が合う」

「そうですね」


 と、言いつつ、それでもどこか腑に落ちないといった表情のポムカ。


 それもそのはず。

 なにせ、7年近く住んでいた屋敷と町中を、いくら崩壊していたとはいえ間違えることなどあるのかという思いが拭えないからだ。


 とはいえ、それでもその事件の記憶は10年も前の子供の頃のもの。

 記憶がごっちゃになったりすることもあり得るだろうと、ポムカは受け入れることにしたようだ。


「でも、仮にポムっちが見たのが屋敷だったとしても、その獣を倒した人が現れないのは何でなんだろう?」


 実際、ルセットがあの事件に魔獣ないし厄災獣が関わっていたかもしれないと知ったのは今だ。


 それまでの10年間、その事件を口にする人が現れなかったというは確かにおかしな話と言える。

 ……が。


「いや……その助け出した者がだったとしたら、無くはないかもしれないぞ」


 とは、ルセットだった。


「え?」


 話をしていた中、突然ルセットが出してきた自分の名前に流石のルーザーも驚いたような、戸惑ったような、間の抜けたような顔をしてしまっていたが、幸いにも誰かに見られることはなかったようで、話は続けられることに。


「勇者様が?」

「ああ。あの時代は勇者様がご活躍なされていた時代だからな。いつの間にか倒されていたという可能性はなくはないだろう。なにせあのお方は、サッと現れてはサッと魔獣や厄災獣を倒し、特に名乗りもせずに去ってしまうと評判のお方だったしな」


 そのせいで誰に知られる間もなく町の人たちを全滅に追いやった魔獣ないし厄災獣を倒してしまったかも知れないとルセット。


「そういえば、聞いたことあるよ。勇者様は見返りを求めなさ過ぎるって。そのせいでいつの間にか色んな魔獣とかがいなくなってて、勇者様が国中の人に知られるようになるまで誰がやったのか逆に謎過ぎて大騒ぎだったとかって」

「ほへ~。勇者様ってホンマに凄い人やったんやな~」

「流石にエルでも勇者様のことは知っていたのね」

「そやね。そんまでのお人とは知らんやったけど」

「だからこそ、勇者様が関わっていたとするのなら、ある程度は説明がつくというものだ」


 そう言ったルセットは、ポムカが獣を見たのは町ではなく屋敷、その獣は高速で移動できたという前提を口にしつつ以下のように推理する。


 町はその獣に燃やされ人々は全滅、屋敷に高速で移動してきた獣によって屋敷も全損し中の人たちも殺される。

 そんな中、ポムカは寸でのところで勇者によって救われ、獣は跡形もなく処理され、ポムカは無事孤児院に運ばれた、と。


「確か山でかくれんぼしていたせいで遅れて町に向かった……という話だったよな? となれば……」

「一応、筋は通ってるね」

「だろ? ……まぁ、前提条件が多すぎる推理ではあるがな」


 そうして、意外といい線いってるのではないかと思うルセットの推理を前に、当事者たるルーザーは……


「……た、倒したことあったっけかな~?」


 必死に昔の記憶を引っ張り出そうとしていたのであった。


 しかし、彼はルセットたちの言うようにサッと現れてはさっさと次に行ってしまうという行動を繰り返していたので、いちいち倒した獣のことは覚えていなかったりする(何故そんな行動を繰り返していたのかは追々)。


 なのでそう言われるとそんな気もするし、しない気もするという中途半端な感じになってしまうのだった。


「……? ルーザー君、どうか、した?」

「……あ~、いや、別になんでも……」

「?」

「まぁ、今のが正解にしろ違うにしろ、やはりそれだけのことをしでかした化け物が今も生きているとは考えづらいだろうな。少なくともここ5年、この周辺や遠方にそんな被害は出てないのだから」


 彼女が騎士としてここで活動を始めたのが5年前だが、警備の都合上そういった類の情報はある程度過去に遡ってまで調べておかないとならないので、そういう情報には詳しいとも。


 だからこそ、ペシュフーロンの大火のことも詳しかった訳なのだから。


「なら、後はポムっちは自分のことに集中してればいいだけだね」


 そんなルセットの言葉に安堵したように語るナーセル。


 彼女の言う自分のこととは勿論、トラウマのこと。

 燃え盛る巨大な何かを見たことによって発作的に引き起こされる、悪夢からの逃避行動のことだ。


「そうね……」


 そんなナーセルの様子とは裏腹に、やはり心配が尽きないとどこか愁いを帯びていたポムカだったが……


「大丈夫! そっちもオラたちが協力するんよ!」

「はい~、最後まで~、お付き合いしますよ~」

「当、然」

「勿論! あたしだって!」

「皆……」


 それに気付いたエルたちが笑顔で励ますと、「……ありがとう」とポムカもまた柔らかな笑みを携え返事をするのであった。


「……彼女、何かあったのか?」

「まぁ、その化け物にちょっとトラウマがあるみたいでな……」


 一方のルセット。

 話が分からないとルーザーに問いかける。


「そうか……確かにそのような怖い思いをすれば当然だな」


 ルーザーの濁したような返事を聞き、ルセットもまた下手に追及すべきでないと口を噤むも……


「……しかし、今の話を聞く限りでは、やはり君たちはとは関係がなさそうだな」


 と、そもそもルーザーたちを尾行していた理由を口にしていた。


「あの子供たち?」

「そういや、今度はその話を聞かせてくれよな。そもそも、どうして俺たちの後なんてけてたんだ? 別に領主邸をコソコソ覗いていた訳でもねぇし」


 確かに彼らの所業といえば門番に中に入れてくれと言った程度。

 それで彼らを尾行すると決めるにはおかしな話といえる。


 そうして、ルーザーの言葉を受けたルセットは、「ああ、実はな……」とその話をしてくれることに。


「1年程前から、君たち……程の子はいないが、10歳前後の身元の分からない子供たちがこの辺りでちょくちょく確認されていてな」

「身元の分からない子供?」

「ああ。しかもそんな子たちが近隣の貴族邸でも目撃されてて、ちょっとした話題となっているのだ」


 話に聞けば、その子供たちは中をコッソリ覗き込むように見てくるだけで何かをするではなく、実害自体は出ていないんだとか。

 しかし、頻繁にそのようなことをされては気味が悪いと周辺の領主共々、彼らに話を聞こうと探しているとのこと。


「それで俺たちを……」

「ああ。いつもその子たちには逃げられてしまっててね。だから、今回は珍しく後をけられると意気込んでいた訳だ。まぁ、結局バレてしまってはいたが……」

「いや、子供に逃げられるって……」


 呆れ顔のルーザーにルセット。


「それを言われては不甲斐ないばかりなのだが、本当に突然姿を消してしまってな。行き止まりに追い詰めたはずなのにいなくなっていた……なんてこともしょっちゅうあるんだ」

「追い詰めたのに逃げられるん?」

「ああ。おそらく何らかの魔術を使っているのだろうが……それがわからなくてね。完全にお手上げなのだ」

「なるほどな」


 流石にそんな魔術まで使う相手ともなれば逃げられるのも無理はないかと考えを改めたルーザー。


 一方のポムカは「まぁ、貴族たちが逃がしちゃってるってのは理解できますけど、騎士様相手に逃げられるってことは、逃亡に特化した魔術を覚えているんですね」と口にしている。


「そうだろうな」


 話を受けたルセットは特に気にした風もなく返事をするが、ポムカの言った「貴族たちなら~」の部分が引っ掛かりを覚えたと、「えっと……」とエルがポムカを見つめている。


 その視線にいつものやつかと思いつつ、知らないのも無理はないかとポムカ。


「基本的に騎士を名乗れるだけの実力のある方と違って、警備隊だの近衛兵だの名乗ってる貴族お抱えの兵士は、練度も低ければ忠誠心もない奴が多いからね。領主の目を盗んでサボってるってのも日常茶飯事なのよ」


 実はこれを利用して奴隷時代に盗んだ金を渡しては、ナーセルたちが故郷に帰るのを見逃してもらったりしていたらしい。


「ま、そのおかげでこっちは助かった訳だけど……それはいいとして」

「騎士以外なら子供でも逃げられるって言った訳か」

「ええ、まぁね」

「……奴隷? いったい、何の話だ?」

「あ、いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」

「……? そうか……」


 ちょっと気にはなったが、奴隷というセンシティブなワードであったが故に、流石にこれ以上の言及は無粋かとルセット。


 その話は気にしないようにしつつ、「それより、一応聞いておきたいんだが……そんな子供たちのこと、君たちは何か知っていないか?」と本題の方を尋ねることにしたようだ。


「残念だがサッパリだな。正直、そんな話は今ここで初めて聞いたしな」

「私達もですね」

「お役に立てずごめんなさい~」

「いや、気にするな。話を聞く限りたぶんそうだろうとは思っていたしな」


 申し訳なさそうにするポムカたちに努めて笑顔で返事をしたルセット。


「……しかし、本当に彼らは何なんだろうな? せめて目的でも聞かせてもらえれば、協力なりなんなりができるかも知れないのだが……」


 未だ解決の糸口すら見えない事態に首を傾げることしかできないのであった。


「話すらさせてもらえないんじゃ、無理っぽいよね~」

「ああ」


 ひたすら参っているといった感じのルセット。

 そんな彼女の力になれればとポムカ。


「ちなみに、他にその子供たちが覗いてるって報告のあった場所は無いんですか?」


 話を聞いて何かのキッカケでも掴めればと質問してみることに。


「そうだな……たまに孤児院に出没するという情報を聞いたことはあるが……概ね領主邸周辺のようだな」

「つまり、その子たちは領主邸の中の何かを探してるってことなんですかね?」

「おそらくな。もしも、孤児院に現れている子たちが領主邸に現れている子たちと同じだと仮定すれば、人を探してるってことになるのだろうが……」

「それが誰かなのかは聞かないと、ってことですね」

「ああ。その通りだ」


 お手上げだというように、手を上げ肩をすくめてみせたルセットだった。


 話を聞いたポムカたちもまた、その話だけでは解決は無理だと顔を伏せてしまうも、その姿を見てルセット。


「……まぁ、なんにせよだ。今日は話を聞かせてもらって感謝する。わざわざ付き合ってもらってすまないな」


 そう彼女たちを慮る言葉を述べて、この場をお開きにするのであった。


「本当だぜ」

「あなたは何で騎士様相手にもそんな態度取れるのよ……ったく」

「ふふっ。別に構わないさ。元々我々は警備隊として活動していたし、過ぎたる大役だという自覚もあるからな」

「そうなんですか?」

「ああ」


 実はルセットはここと縁も所縁もない貴族の領地の生まれであり、10年前、両親に連れられて新しく生まれ変わるというこの町に引っ越す予定の子だったんだとか。


「うちの領は税の取り立ても厳しくてね。しかも、わたし自身が領主の子に見初められ、嫁がされることになっていたんだ」

「貴族ならありがちなことです~」

「最低、だもん、ね」

「そうだな。今考えても理不尽極まりない話だ」


 しかし、どうやら両親も同じことを思ったようで、もともと領主の態度に不満を抱いていたことから夜逃げを決行。

 バレない様に必死にこの町へ向かっていたのだが、それが不運だったとのこと。


「基本的に貴族どもは自分たちの税収を減らしたくないからと、逃げる者を何だかんだ理由をつけて許さないからな。まともなルートでは捕まりかねないと森を抜けようとしたことが仇となったんだ……」

「……ってことは、襲われたんだな。魔獣なり人狩りに」

「魔獣で正解だ」


 こうして、両親は魔獣に襲われ亡くなってしまうが、両親が囮になってくれたことでルセットは何とか普通の道まで辿り着くことが出来、たまたまその辺りを巡回していたこの町の人間に助けてもらうことができたのだという。


「あの後、森に父と母の助けを出してもらったのだが……そこには酷く損傷した遺体しか残されていなくてな、服装でようやく父と母だとわかるほどだったんだ」

「それは……」


 相手が獣――即ち肉食獣であるのなら、死んだ人間の末路などは想像に難くない。

 だからこそ、その場にいた全員は息をのむことしかできないでいた。


「おかげで幼いながら悟ったよ。……わたしはもう一人ぼっちになってしまったんだなと。そうして身寄りも何も無いと諦めそうになったんだが……そんな時に、この町のシブル婆がわたしを引き取ると言ってくれてね。以来わたしは彼女と生活することになったんだ」


 老齢の女性シブルはこの町に住んでいた娘夫婦をペシュフーロンの大火で失っており、せめて彼女らが愛した町の復興に助力したいとやってきていたよう。

 しかもその夫婦にはルセットぐらいの子供――つまりシブルにとっては孫がいたようで、身寄りが無いルセットと失った孫を重ねた彼女は喜んで彼女を引き取ってくれたんだとか。


「おかげでわたしは幸せだったさ」


 そこで成長したルセットは恩を返そうするものの、一緒に居てくれるだけでいいとシブルに言われたことで、ならばせめて彼女が愛したこの町を守ろうと騎士になると決意。

 しかし、騎士になるためには騎士学校に入学――即ち、その学校がないこの町を離れねばならず、卒業も早くて3年はかかると知ったことで、シブルとの時間を大切にしたいと諦め、最初はただの家事手伝い程度の活動をしていたという。

 ただ、そこから彼女の活動が評判となり、彼女自身も徐々に力を付け魔獣討伐もできるようになったことで警備を任されることにもなり、1人では手が足りないと仲間を集めて大々的に町の警備にあたるようになってきたことで警備隊を自称。


「それからも町の人々に頼られるようになったのだが……それが領主様のお耳に入ってな。我々を見込んで騎士の位を授けてくださったのだ。おかげでこうして家紋を背負わせて戴けるまでになった訳だが……」


 鎧の胸に刻まれた家紋を示したルセット。

 その家紋を刻まれているということは、彼らが十三騎族の預かりであるという証拠であり信頼の証でもある。

 なのでルセットは、どこかその重みは自身には過ぎたるものだと言っていたのだった。


「そっか~。ルセっちも苦労してるんだね~」

「でも、よくモニクンやブテルみたいのまでスカウトしたよな」

「まぁ~、町を守る人としては~、あのルックスの人たちは~、遠慮して欲しいですよね~」

「やっぱりそう思うか……。だが、はぐれ者という意味ではわたしも同類だったからな。きっと話せばわかってくれると何度も声をかけたのだ」


 その甲斐あって、今では彼らもまた町の人々たちにも信頼されるほどの存在になったとも。


「……まぁ、声をかけた時よりも更に奇抜な恰好になっているのは、未だに理解できないが……」

「昔の方がまともだったんかい!」

「あ、ああ。……とはいえ、ちゃんと働いてさえくれれば服装などは彼らの自由だからな。そこは尊重してやろうと思っている」

「そこって尊重してやるとこか? もっと他に尊重すべきとこあんじゃね?」


 騎士団としての威厳とか、町の評判とか、諸々と、とルーザー。


「それは確かに」

「「「「うんうん」」」なんよ」


 そんなルーザーの軽口に珍しく賛同したポムカと同調したエルたち。


「うっ……や、やはりそう思うか……本当、何であんな恰好しているんだろうな……?」


 そんな彼らの振る舞いに、やっぱりそうかと肩を落とすルセットなのであった。

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