晨星はほろほろと落ち落ちて 第五幕

「ここが……私の……」


 真新しい大理石が立ち並ぶ淅瀝せきれきたるその場所は、荘厳さがありつつ作られた経緯が経緯なので、どこか立ち入るのに勇気が必要という独特な雰囲気を醸し出していた。


 しかし、それでもとポムカ。


 一歩一歩、ゆっくり歩いて近づいていくと、目の前にある一番大きい碑石に刻まれた文字を目にして口にする。


「……偉大にして実徳な男、アフェルバス。そして彼が愛せし者たちが眠る……か。伯父様らしいな」


 刻まれている文字をそっと撫でるポムカ。

 その名前には心当たりがあるようで、どこか懐かしいという風に、だけど物悲しいという風に、ジッと見つめ続けるのであった。


「……それがお前の父親の名か?」

「ええ……そうよ」

「へぇ~。ここがポムちゃんのおっとさんのお墓なんやね~」

「……エルっち、全然わかってないみたいだね」

「ほえ?」


 全てを理解したとどこか気の毒そうな面差しのルーザーに対し、全く分かっていないといった顔のエル。


 そんなエルに対して、仕方ないとばかりにネタ晴らしをしていくナーセルたち。


「これ、皆の、お墓」

「あ、うん。そうなん……な?」

「普通~、皆のお墓ってことなら~、名前が書かれるのは~、その代表者ってことじゃないですか~?」

「……ああ。それはそうなんよ。……あれ? ほっだら、なしてポムちゃんのおっとさんの名前がここに?」

「いや、まだわかってないんかい」


 エルの言葉に流石のルーザーも呆れ顔だ。


「あい?」

「……要は、私の父がここの元領主だって話よ」

「ほぉ……え? りょ、領主様!? ポムちゃんのおっとさん、領主様なん!?」

「ええ」


 ようやく事の真相に気付いたとエルは驚いた顔を見せる。


「お前らは知ってたんだな」

「まぁね~」


 それはポムカが過去を思い出したという後のこと。

 何故、燃え盛る炎を見て怯えていたのかと訳を聞いた際に、聞かされたのだとか。


「わたしたちも~、聞いた時は驚きましたけどね~」

「びっ、くり」

「ふへぇ~。ポムちゃんってやったら偉ぇ人っぽい振る舞いとかすっから、都会の人は皆こんなんなんかな~とか、思っとったけど……」

「ポムっちが特別だったってだけだよ」


 実際、ポムカ以外から古式ゆかしい振る舞いが見て取れたことはない。

 ……まぁ、ポムカも貴族に対しては同様だが。


「ってことは……お前も貴族ってことなんだな。あんな嫌ってんのに」

「そういうことになるわね。あんな奴らと一緒にされるのは腹立たしいけど……」


 ――うちのルーツは曾祖父様ひいおじいさまから始まったらしいのよね。

 そうして、ポムカの家の過去語りが始まるのであった。


「曾祖父様はヴィーラヴェブス家の第二子、要は嫡男の弟ってことだったらしいんだけど、跡目とかには興味が無い人らしくてね。騎士として腕を振るっていたらしいの」


 しかし、ある日彼が魔獣討伐の遠征から帰ってきた時、彼が立ち寄ったヴィーラヴェブス領のいくつかの地区にて領土争いが勃発していたという。


「どこも小さい領土が嫌で争っていたみたいでね」

「いつの時代もお貴族様は~、ってやつですね~」

「そうね」


 バカバカしい限りだと吐き捨てるように言うポムカだったが、どうやら曾祖父もまた同じことを考えていたようだ。


「見るに見かねて、領民のことで身動きが取れなかった当代のお兄さんに代わって、そこの貴族どもを皆殺しにしちゃったんだって。民を守るべき領主が民を巻き込んで争うなど言語道断だって言ってね」

「スゴイ行動力!」

「というかよく勝てたな。護衛だって数十人だったって訳じゃないだろ?」

「おそらくね。まぁ、それだけ前線で戦ってたってことじゃない? それから曾祖父様は争っていた貴族たちの領土を仕方なく束ねて統治し始めて……それで今のこのランペルトン地区が出来たって訳」


 それ以降、この土地はランペルトン家が統治していたとのこと。


 ちなみに先の功績から、ポムカの曾祖父はヴィーラヴェブス家の後継者たる兄よりヴィーラヴェブスの名前を使っていいと言われたそうだが固辞。

 代わりに母方の性たるランペルトンの名を名乗って今があるとの事。


「……ま、それも私の代が来る前に終わっちゃったんだけどね」

「ポムちゃん……」


 寂しげに、物憂げに、慰霊碑を撫でるポムカ。

 そんな彼女の後ろ姿に皆かける言葉が無いと顔を伏せる。


「そういや、記憶を無くしてたっていってたけど……家族の記憶はあんだな」


 しかし、ルーザーはそうではなかったようだ。


「当り前じゃない。確かに一度全部忘れちゃってたけど……それでも今は全て覚えているわ。アフェルバス父様にアリエスカ母様。イーリル上兄様にミニファル下兄様、それにツェルスカ姉様……使用人のチーブォにカギャック、ランビート。ランビートと付き合っていたヒンナーにゼップ、それと私の世話役のグルーコおば様。後はちょっとお姉さんだからって口うるさく私に突っかかってきたメイドのカイリルとメッサ姉妹にそのお母様で料理長のビーフルさん。それと一緒に遊んでくれた町の子たち……ダッカノにポルルにウェスティに、それから……それか、ら……」


 優しく慰霊碑を見つめながら、過去に思いを馳せるポムカ。


 その顔は愛おしい人たちとの交流を懐かしいと思うかの如く。

 どうして今はもうその人たちに会えないんだと悔しく思うかの如く。


 指折り数えては、今はもういない人たちの記憶を辿っていたが……


「……悪い。変なこと思い出させたな」


 徐々にその声は震えだし、瞳には大粒の涙が蓄えられ始めたことで、見るに見かねたルーザーはポムカの頭に手を置き彼女を止める。


「……わかってる。もう皆いないんだって……数えたって意味ないんだって……でも、でも……」


 それでも溢れるものは止められない。

 感情然り、涙然り。


 ここに来るまで忘れていた――というより、思い出さないようにしてしまっていたことを嫌でも思い出してしまったとポムカは体を震わせながら、涙を流す。


 無理もない話だ。


 記憶を失っていたが故に残されていた可能性――いつか親や家族に会いたいという願いは、たった一度の出来事で全てもろく崩れ去ってしまったのだから。

 その時抱いた無力感が再び湧き上がり、こうして自分でもどうしていいのかわからない感情に苛まれているのだから。


 溢れる涙の止め方を、自分たちは全く知らないとエルたちは何も言えずに下を向く。

 何も言うことができない自分が歯痒くて体を震わせてはいるが、それだけしかできないでいる。


 ともすればポムカの涙が枯れるのを待つしかないという状況の中……口を開いたのはやはりこの男であった。


「……別に泣くなって言うつもりはねぇけどさ……せめて、ここぐらいは笑顔でいてやった方がいいんじゃねぇか?」

「……え?」

「だってそうだろう? 確かにここにはそいつらは眠ってねぇかも知れねぇけどさ。それでも……久々に会いに来てくれた奴がずっと泣いてるとか、こっちはどんな顔してりゃいいんだって話だろ?」

「それは……」


 確かにここには何も残ってはいないとは、先ほど会った男性の言葉だ。


 それでも……

 ここが残された者が置いて行った者たちに会える唯一の場所だというのなら……。


「俺だったら笑っていてほしいと思うけどな」


 そう、ルーザーは語るのだった。


「……そうだね。あたしも、そっちの方が嬉しいかも」


 ルーザーの言葉に合わせるように、ナーセルもまた元気いっぱいの笑顔をポムカに見せている。


「ですね~。生きていてくれているのなら~、幸せであって欲しいと思うのは当然です~」

「私も、そっちの、方が、嬉しい」

「オ、オラだって! きっと……そう、思うんよ!」

「みんな……」


 そうして、精いっぱいの笑顔でポムカを見つめたエルたち。

 その顔にはポムカを元気づけようという意思がみられるが、それ以上に嘘偽りのない本音であるとも読み取れた。


 だからこそ……ポムカの涙は少し止んでいた。


「だから、ここぐらいは我慢して笑顔を見せてやれよな。泣くのは……その後でもできんだからさ」


 エルたちの温かなほほ笑み。

 ルーザーの優しい言葉。


 それを見つめているポムカはどこか背中を押された気がしたと、覚悟を決めたというようにゴシゴシと服の袖で無造作に目を擦ると、今できる精いっぱいの笑顔を見せることに。


「……そうね。……ごめん、皆。……それと、ありがと」

「どういたしまして」


 お礼を告げたポムカは改めて慰霊碑に向き直る。


 今までできなかった挨拶をするために……。

 泣き虫になりそうな自分とお別れするために……。


「お父様、お母様、兄様姉様たち、それに皆……こうしてお参りに来るのに10年近くかかってしまってごめんなさい。もっと早く来れたらよかったのだけど、記憶を無くしてしまっていたせいでこんな遅くなっちゃって……でも、そのおかげで素敵なお友達ができました。とっても優しくて、とっても頼りになる素敵なお友達が……」

「えへへ~」

「……それに魔術学校にも入ったんですよ? お父様に誓ったスゴイ魔術師になるために。……おかげで、手のかかる妹みたいな子ができちゃいましたけど」


 その言葉に一斉にエルを見る面々。

 自覚のなかったエルはその視線に「……えっ?! オラのことかぁ!?」と驚いている。


「それに……いや。おかしな同級生に魔獣狩りとかさせられてるのは、言わなくてもいいわね」

「おい」

「フフッ。……でも、こうして私は良い人たちに巡り合えました。だから……だから、心配しないでくださいね。私は元気でやってますから。これからもきっと……やっていけますから……だからどうか、ゆっくりお眠りください。私のことは気にせずに……これからも、ずっと……」


 ポムカがゆっくりと目を閉じ祈りを捧げる。

 ルーザーがそれに合わせるように胸に手を当て黙祷を捧げると、エルがルーザーのそんな姿を真似て黙祷を捧げる。

 そしてナーセルたちもまた同様に黙祷を捧げ始めていく。


 果てしなくもゆったりとした時間が流れる中で、ちゃんと届いているのかもわからない感情思いが、こうして朗らかに捧げられることになるのであった。


 ◇ ◇ ◇


「ポムちゃん……大丈夫なん?」

「……ええ、もう大丈夫よ」


 黙祷を捧げ終えた後、慰霊碑に別れを告げたポムカたち。


 そうしてその場を離れた訳だが、先ほどのポムカの姿を見て心配だという面持ちなのは何もエルばかりではない。


「なんだったら、今日はもうゆっくりしてもいいからね?」

「そうですよ~?」

「無理、ダメ」

「ありがとう。確かにまだ整理はついてないけど……それでも、涙を見せるのはあれで最後にするつもりだから……だから、大丈夫よ」

「ポムちゃん……」


 自分はもう大丈夫なのだというように、エルの頭を優しく撫でたポムカ。

 それでもまだ心配といった様相のエルではあったが、ポムカの優しいほほ笑みを受け、ポムカの言葉を信じようとエルも笑顔になる。


「……んじゃあ、これからどうっすっか決めっか」


 そう言ったルーザーの言葉に、彼女らは今後の方針を決めることに。


「そうだね。……まぁ、知り合いも知ってる場所も無いとなると行ける場所は限られちゃうけど……」

「そうなんな」


 頭を悩ませるナーセルたち。

 しかし、ルーレは何かに気付いたよう。


「……でも、ポムの、話じゃ、ヴィーラヴェブス様と、ランペルトン家、仲良し」

「あ。そういえばそうだね。……ってことは、会ったことあったり?」

「ええ、勿論あるわよ。それどころか、うちはヴィーラヴェブス家の方々とは懇意にさせてもらっていてね。当代のご当主様が10年前と変わっていなければ、クエルオック伯父様とは何度かお会いしたことがあるわ」

「あぁ、そういや言ってたな。伯父様って」


 それは最初に会った男性との会話のこと。

 それを尋ねようとした矢先に男性に声をかけられ聞けなかったのがルーザーであった。


「でも、本当に十三騎族の方と知り合いだったとは……」

「それは知らなかったのか?」

「ですね~。ポムちゃん~、あまりその辺のこと~、お話してくれませんから~」

「別にベラベラと人に話すことでもないでしょ?」

「普通の、貴族、もっと、言ってる」

「ですね~」


 実際、それはある話。


 十三騎族は貴族などを集めて茶会や会合を定期的に開いており、そこに呼ばれて顔を売ることは彼らにとってはある種のステータスとなっている。

 なので、ちょっと顔を合わせただけでも偉そうに語るのが貴族の常だが、ポムカはやはり違うようだ。


 ちなみに何故十三騎族は貴族を集めての茶会や会合をするかといえば、所謂『お前、領地で変なことしてないよな? してたらわかるよな?』という注意や牽制の意味合いが大きい訳だが、この話はまた追々にでも。


「へぇ~」

「……もう~、エルっちってば。この凄さ、正直ピンときてないでしょ?」

「あははは~。実はそうなんよな~」

「どっちかっていうと俺もだな」

「流石はド田舎コンビってところか~」


 その蔑称に関しては流石に反論できんと2人は受け入れ反論しない。

 ……本来であれば受け入れちゃダメなのだろうが。


「……でも、そういうことならそいつに会ってみたらどうだ?」

「伯父様に?」

「ああ。ちょうどここを取り仕切ってんのが、そいつなんだろう? だったら色々聞けるかも知れねぇじゃねぇか。トラウマを作りやがった化け物がどうなったのかも合わせてよ」


 曰く、あえて話に出さなかったが、ポムカにトラウマを負わせた化け物の所在が気になっていたとルーザー。


 そんな化け物が討伐されていると知れればポムカの憂いは一つ無くなり、後はトラウマ克服に専念できるとも。


「それは……」

「ま、そんなやつが野放しになってる訳ねぇけどな。流石にその十三騎族が動いただろうし」


 だからこそ、下手に怖がらせる必要はないと話題には出さなかったよう。


「でも、それをちゃんと聞くのとそうじゃないのとじゃ、絶対違ぇと思うぞ?」

「確かに。それはあるかも」

「……でも、急に行って会ってもらえるかしら? そもそも、私が最後に伯父様に会ったのはもう10年も前だし、私だって認知してもらえるかどうか……」


 確かに10年前に死んだという少女が生きていたと聞いても、嘘だと思われてしまうことはあるだろう。


 しかし、「ダメ元でいいんだよ、こういうのは」とはルーザーの談。


「ダメだったら、また考えりゃ良い訳だしな」


 要はウジウジしてないで当たって砕けろということだ。

 ……彼らしいと言えば彼らしいが。


「いい加減ね、あなた……でも、確かに会ってみないと始まらないのは当然かもね」

「それじゃあ早速、領主様の所へ行k……」


 ぐ~。


「……あ」


 行こうと言おうとした矢先、エルのお腹の虫が鳴り響く。

 早くご飯を寄越せと鳴り響く。


「……まぁ、確かに到着してご飯もまだだったものね」

「それじゃあ、エルっちのお腹の虫を退治してから行くとしよっか!」

「よ、よろしくなんよ~」

「……ふっ、なるほど。確かにこれは手のかかる妹だわな」

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