晨星はほろほろと落ち落ちて 第四幕

「到ーー着ーーーー!!」


 馬車に揺られて丸4日。

 正午よりは少し早い時間にようやく到着したというその場所は、ヴィーラヴェブス領ランペルトン地区首都ペルシュフーロン……だった場所。


 勿論過去形なのはその場所は過去に焼け落ちてしまい、跡形もなくなってしまっていたから――なのだが、実は町の名前は現在でもそのまま使われているので、過去形を使うのも少し違ったりするとややこしい。


 なのでここは、一から作り直されたポムカの故郷と言っておくべきか。


「長かっ、た」

「だな」

「ま、確かに退屈だったのは確かね」


 高さ3m近くある魔獣対策の外壁をくぐったすぐ先にある、馬車専用の停泊所にて馬と荷馬車を泊めさせてもらいつつ、その大地をゆったりと踏みしめるルーザーたち。

 体を伸ばしたり、新鮮な空気を胸いっぱいに吸ってリフレッシュを図ろうとしているところを見るに、やはり馬車での移動には窮屈さを感じていたようだ。


「でも、ルザっちのおかげで野宿じゃなかったのは助かったよね~」

「ですね~」


 基本的に馬車で移動する際は各町を経由するので宿に泊まるものだが、学生の身分ともなれば宿に泊まれる金銭的な余裕はないと、借りた馬車の中で野宿したりすることがザラにある。

 しかし、この旅ではルーザーによる悪党狩りのおかげで余裕があったため、この4日間(正確には3泊)はちゃんとした宿に泊まれていたのであった。


「別に俺は野宿でも良かったけどな」


 そうのたまうのは獣を狩って生活をしていたというルーザー。


 獲物の生活習慣によっては朝寝て夜起きるということをせざるを得ず、すぐさま獲物を狩れるようにとその場での就寝が基本だということで、特に気にはならないようだ。


「あなたと一緒にしないで」

「オラも別に平気なんよ?」


 そう言うのは、昔は布団なんてものはなく藁の上で寝ていたというエル。

 そのためふかふかの布団で寝るということの方が慣れていないとも。


「……前言撤回。ド田舎組と一緒にしないで」

「っていうか、微妙に悲しくなることを言うのはやめて。エルっち」


 同情してしまう。

 フカフカのお布団でいっぱい寝させてあげたくなってしまう。


 そして最終的には、美味しい物をいっぱい食べさせ立派に成長して欲しいと願ってしまうと涙目でナーセルは語るのであった。


「?」

「でも、お前らも奴隷として暮らしてたんなら扱いっていうか、生活は酷いもんじゃなかったのか?」


 確かにルーザーの疑問は最もではある。


 奴隷とは正しく人間扱いされないであり、使用人や従者とは扱いが著しく異なるものだ。

 故にベッドなどという豪華な物は手に入らない……と思われるが、それは違うと微笑むポムカ。


「言ったでしょ? 私の魔術で家の奴らを支配してたって。だから、ベッドだって普通にあったわ」

「下手したら実家うちの布団より豪華ですらあったよ」

「「うんうん」」


 ナーセルの言葉に賛同したフニンとルーレ。


 曰く、屋敷の人間に買わせたベッドを古くなったと誤解させてまた新しいのを買わせつつ、その処分をさせられるという体で全員分のベッドを手に入れていたのがポムカたちらしい。


 ポムカの策略で、貴族連中が奴隷の住む場所に近づかなかったことも、バレなかった要因だったとも。


「奴隷たちの居る場所は、いつも鼻がひん曲がる程変な臭いがするって思わせていたからね」

「なるほど」

「ポムちゃん、流石なんよ!」

「ありがと」


 その笑みに微笑ましさや逞しさを感じつつも、ルーザーはそろそろ本題に入るかと街を見渡す。


「それで……ここがお前の生まれ故郷、でいいんだよな?」

「まぁね。……とはいえ、街並みなんて丸っきり変わっちゃってるから、思い出も何もあったものじゃないけど」


 明るい茶色を基調とした煉瓦作りの建物や街路など真新しさがあるその場所は、アールスウェルデ魔術学校のようなドでかい建物があるということはなく、魔術学校のある町、アールスウェルデ領首都ギースロントのような喧騒さがある訳でも無く、ただただ優しい自然に囲まれた街であり、外壁の外を出れば暖かな大地に触れられるようなそんな穏やかな場所だった。


 しかし、そんな町を見つめながら寂し気に語るポムカ。

 自分が生まれ育った場所が影も形もなくなってしまっているのなら、こうなるのも当然だろうが。


「でも、ここの名前は変わってないっぽいんでしょ?」

「みたい。来る前、調べたけど、間違い、ない」

「新しい領主様って~、ヴィーラヴェブス様なんですよね~? 気を遣ってくれたんですかね~?」

「でしょうね。……伯父様はそういう人だから」

「あん? 伯父様? 何でそいつがお前の伯父さ……「……おや? 珍しいね。この町に若い子らが観光なんて」」


 伯父様なんだとルーザーが言おうとした矢先、町の人と思しき桑年そうねん程の男性に声をかけられる。


「あ、こんちゃわー」

「はい、こんちゃ……って、なんだい? 今のは」

「き、気にしないでください。国外の方言なんで」

「国外からこんな所まで?!」

「あ、いえ……そういうことじゃ」

「俺たちはアールスウェルデ魔術学校から来たんだよ。その……友達の墓参り、的な?」


 何気ないエルの挨拶のせいで、話がこんがらがりそうなのを修正したルーザー。

 流石にポムカが過去の事件の生き残りだと言うのははばかられるとそういう設定にしたようだ。


「墓参り……って、ああ。10年前の」

「知ってんのか?」

「勿論さ。そもそもここに集まってきている人たちは、君たちのようなここに所縁のあった者たちだからね。……まぁ、貴族が嫌で逃げてきた人たちもいるけど」


 十三騎族の領地は貴族の領地とは違って税も町の守りもしっかりしていると、多くの民の憧れの地であり、領地が余ってさえいれば好き好んで貴族の領地に住みたいと思う者などいないだろうから、新しく作るこの領地に人が殺到するのは当然といえる。


「そうかい。それはそうと俺たち、昔の所縁のある場所とかを探してんだが……何か残ってるもんとかねぇか?」


 今回の旅の目的はポムカのトラウマ克服のためのキッカケ探しだ。

 そのために、過去とリンクする場所があれば是非とも行っておきたいところだったが……


「う~ん……残念なだけど、ほぼ無いに等しいね。なにせ片付けるのも一苦労なほど町もも焼けちゃってたから」


 流石にそれはポムカに聞いていただけあって難しいようだ。


「……って、人は余計だったね。すまない」


 変なことを思い出させて申し訳ないと男性に、「いえ、お気になさらないでください。……その、何となく知ってますので」とポムカ。


 実際、それは彼女も知るところなので、嫌な思いをするという程ではないだろう。


「……ああ、でも慰霊碑はあるよ」

「慰霊碑?」

「ああ。……あそこ、見えるだろ? 小高い丘の上」


 男性が指さす所を見ると、確かに街はずれの小高い丘の上に何かが建っている姿が見て取れた。


「あそこはここの元領主、ランペルトン家の方々の邸宅だったんだけどね……あそこもほぼほぼ壊れちゃってたし、作り直すよりも慰霊碑を置いた方がいいだろうって、今の領主様が」

「なるほど」

「……まぁでも、亡くなられた方はほとんどあそこにはいないんだけどね」


 先ほども言っていたように、片付けるのも一苦労なほど人も焼けてしまっており、無残な程に焼け焦げた遺体は身元の確認すらできない程で、おかげで未だに誰が亡くなったのかは判然としないと男性。

 住民の名前がわかるものすら焼けてしまっていたため、関係者を辿って何とかわかった人もいるにはいるが、そのほとんどは未だに詳細が不明らしい。


 しかし、それでも慰霊の場所は必要だろうと、10年前の事件での死者を弔う場所にしたんだとか。


「そうかい。なら、そこに行ってみるよ。ありがとな」

「どういたしまして。……まぁ、まだ出来立てほやほやで大した物もまだ少ない町だけど、それでもいいならゆっくりしていくといいよ」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 そうして、一度は立ち去ろうとした男性だったが、何かに気付いたかの如く再び足を止めると、ジッとポムカを見つめ始める。


「……それにしても。君」

「はい?」

「その赤い髪に赤い瞳……まるでみたいだね」

「えっ!?」


 男性の何気ない言葉に何故か驚いているポムカ。

 しかし、何故そう言われて慌てているのか見当がつかないとルーザーとエル。


「……ん? そいつがどうかしたか?」

「いや、ちょっと懐かしいって思ってね」

「懐かしい?」


 どこか焦った様子で身を縮こまらせるポムカを他所に話を続けるルーザー。

 そんなポムカの様子にナーセルたちも少し慌て気味だったが果たして……。


「ああ。さっき言ったランペルトン家の奥方様にね。その子がそっくりなんだよ」

「ランペルトン家の~ってことは、領主様の奥さんってことなん?」

「ああ、そうだよ。まぁ、僕はただの平民だったから、領主様がご結婚なされる際にちょっと見た程度だけど……本当に君のように美しいお方だったんだよ」

「あ、そ、そう、ですか……」

「ほ~ん……」


 男性の言葉に冷や汗を掻きながら目を泳がせていたポムカ。

 そんな彼女の姿を見て、まだ何か聞かないといけないことがありそうだなとルーザーは思うのであった。


 ……一方のエルは何も感じず、「そうなんか~」と過去に居たという奥方様に思いを馳せていたが。


「ま、まぁ、髪や目が赤い子なんて、いくらでもいるしね!」

「で、ですね~」

「うん、うん」


 そんな中、ナーセルたちもまたやや焦った感じに言葉を発しながら、そんな状況を変えようとしているようだった……が、とはいえ、その言葉は決して嘘ではないのでおかしいということでもなかったりする。


 実際、この世界に満ちているマナは、彼ら彼女らの身体に多大な影響を与えており、代表的なのは魔術が使えるということだが、こと容姿についても影響があったりする。


 それは得意な属性の魔術に近い色が体表に現れるということだ。


 特に髪に顕著に表れるが故、火の魔術が得意なポムカの髪は赤く、風の魔術が得意なナーセルは髪の所々が緑色に染まっていたり、氷の魔術が得意なルーレは髪のインナーが濃いめのブルーだったりしている訳だ。


 一方であくまでも影響を受けるだけなので、雷の魔術が得意なルーザーのようにやや色の抜けた黒髪や、エルのように土の魔術が得意だが茶色ではなく明るいピンク、フニンのように水の魔術が得意だが明るい茶色の髪色の者もいたりする。


「まぁ、それもそうだね」


 なので、赤髪赤眼だからといって珍しいということもなく、この男性もナーセルたちの言葉を受け入れた訳だ。


「ま、なんにせよ。ゆっくりしていくといいよ」

「ああ、ありがとな」


 そうして、話は終えたと男性は手を振りながらその場をあとにするもルーザー。


「……どうやら、まだ聞かないといけないことがあるらしいな? ポムカ」


 何やら隠していたと思われるポムカに対し、心得顔こころえがおで見つめている。


「べ、別に隠してた訳じゃないからね? 言う必要を感じなかっただけで……」

「え? 何? どういうことなん?」


 しかし、エルはよくわからないといった顔で2人を見つめており……


「……後で話すわ。今はとりあえず宿に荷物を預けて、慰霊碑に行きましょう。……私は、そこに行かないといけないんだから」

「……そうだな」


 2人の会話には「?」といった顔で、見つめることしかできないのであった。

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