忠直は慷き慨る 第六幕

「プルニー!? ちょうどいいところに! あなた、囮になってあたくしを逃がしなさ……」

「嫌です」

「なっ!?」


 これがあの後のプルニーとナカリーラのやり取り。


 そして現在。

 早々にその場を立ち去ろうとしたプルニーに対し、「……ちょっ、ちょっと! お待ちなさい! あたくしを置いて逃げるなんてどういう了見ですの!?」と彼女を慌てて追いかけたナカリーラと、「お、置いてかないでぇぇぇ!!!」と叫びながらついてきたメゴボルとで仲良く3人、巨大猪との追いかけっこに勤しんでいたりする……勿論、追われる側で。


「あ、あなたねぇ! 自分の立場がわかってますの!? あたくしの言葉を拒否するなんていい度胸じゃありませんこと?!」

「だから何です?」

「いや、だからって……」

「ここであなたのために戦っても、戦わずに逃げても結果が同じなら、どっち選んだっていいじゃないですか」


 一応、まだ丁寧語を使うだけの気遣いをしているが、その視線はまるでゴミを見るようなものとまるで意味はなかったりする。


「あたくしが助かるか助からないかの違いがありますでしょう!? あたくしが貴族である以上、あなたにはあたくしをたっとぶ義務が……」

「ママ~って、大泣きしながら喚き散らしていた女のどこをたっとべと?」

「なっ!?」


 完全に見られたくない所を見られてしまったナカリーラ。


 言葉を詰まらせながらも、「そ、それよりもいったいどうしましたの?! 今まであんなにあたくしに献身的でしたのに!?」と今の疑念を口にする。


「それはあたしの父があなたの父に逆らえないから仕方なくです。本当はお前……あなたみたいなのに付き合うなんて真っ平御免だったんですから」


 その心変わりの理由は既に言語化しているのだが、更に畳みかけるように告げたプルニー。


「今、お前って言いませんでした!?」

「言ってません。言いそうになっただけです」

「いや、だとしたらアウトォォォ!! 何で言いそうになっただけならセーフだとお思ってやがりますの!? そもそも、あなた! あたくしが栄えある十三騎族じゅうさんきぞくが一人、フェフトエルケ様の血筋だと理解しての振る舞いなのでしょうね!?」

「貴族貴族って偉そうに……所詮はの癖に」

「がっ!?」


 ここで少し貴族と騎族、2つの呼び名がある理由を解説しよう。


 まず騎族とはバンタルキア王国を平定する際に尽力した13人の騎士が由来だというのは以前説明したとおりだ。


 そうして、そんな彼らにバンタルキア王国の首都を除いた領地を13分割して与えたのがバンタルキア王国の始まりである。


 それから数百年以上が経過した現在。


 騎族は相変わらず王国に忠誠を誓い、王国も彼らを信任するほどの厚い信頼関係を築いているのだが、この長い年月の中で厄介な問題が発生していたりする。


 それが十三騎族の当主に選ばれなかった親族の末裔、所謂分家筋の領地問題だ(末裔と言っても2、3親等ぐらいの親族ないし血族ならまだまともな人物が多いので、ここではその配偶者の親族、所謂姻族いんぞくや10、20親等といった十三騎族の後継者からだいぶ離れた血族が対象となる)。


 要は自分たちも十三騎族の関係者だからと、十三騎族並みの権利を主張し始めたのである。


 特に十三騎族が統治を任せた部下(13分割したといっても、王国はそれでも統治できないほど広いため)などに対し、血の繋がりが無い者が統治するのはおかしいなどと難癖をつけては、共同統治や果ては追い出してからの単独統治なんかを始めてしまう者たちがあちらこちらで頻発することになったのだ。


 最初の頃こそ十三騎族の言葉は重かったのだが、初代が亡くなったことでその言葉に聞く耳持たない者も増え、結果領地を簒奪しようとした分家筋たちの間で家督争いなどが頻発することになり、下手をしたら内乱にまで発展しかねず、魔領デスティピア側にそれを利用されたらマズイと、十三騎族や王家も渋々領地の更なる割譲を了承することになっていたのだった。


 そうして、領地を簒奪した分家筋たちは自身の統治を揺るがないものにするため、自身を「騎族のたっとい血を受け継いだ一族」、即ち『貴族』と称し(『騎族』という名称は王家から直々に賜った物であり分家筋が名乗ることは王家や十三騎族を敵に回すことに他ならないと流石に控えている)一応の筋を通すことで王家や十三騎族に対する牽制、領民への楔とした訳だ。


 なので、こういう経緯から『領地を簒奪した』と言われるのは、貴族が最も言われたくない言葉ナンバーワンであり(貴族たちは由緒あってその領地を統治していると胸を張っているため)最も怒らせる言葉ではあるのだが、もう全てを捨てると決めたプルニーに怖い物はない。


「だいたい面倒だったんですよね、あなたの相手は。朝弱いからって起こせって言う割に、起こそうとしたらしたで、『何で起こしますの?!』とか癇癪起こすし」

「がっ……」

「夜、怖いからトイレについてこいとか、髪が決まらないから今日は休むだの。歩き疲れたからおぶれだの。本当、金を持ってるだけの癖に偉そうに……」

「い、いい加減になさい!? あなたねぇ、さっきから黙って聞いていれば……」

「おいおいおいおい!! 口喧嘩してる暇があるのなら、まずアレを何とか……っ!!」

「お黙りなさい! ここまで平民にコケにされたとあっては、カカデッドル家の名折れ……」

「では、その威厳を是非いまここで見せてください」


 ガッ


「え……?」


 プルニーの隣でギャーギャー騒いでいたナカリーラ。


 ずっと視線をプルニー及びメゴボルに注いでいたせいか、足元が疎かになっていたのをプルニーに利用され足を引っかけられると、盛大にその場で転げてしまうのだった。


「ぐへっ! ……ちょっ、ちょっとあなた何をしま……」

「ではお任せします」

「お前の雄姿、決して忘れんぞ!」

「ちょ、何を……」


 プルニーへの憤りですっかり現状を忘れていたナカリーラ。


 その2人の言葉に首を傾げるものの、すぐさま後ろからやってきた巨大猪に気付くと、「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と特大の悲鳴をあげて走り出す。


「な、ななな、なにをしやがんですの!? こんちくしょうは!!」


 全力で走ってきたが故、すぐさま追い付いてきたナカリーラ。


 その姿を見て、「……ちっ」と舌打ちしたプルニーは、「せっかくなので、ナカリーラ様の素晴らしいご活躍をこの目に焼き付けようと思いまして」ととりあえず取り繕った言葉を述べていた。


 ……完全に遅い気もするが。


「無理に決まってるでしょう!? あんな化け物を相手に!! ……って、舌打ちしましたわよね!? 今、完全にわたくしに対して舌打ちしましたわよね!? ねぇ!?」

「……ハァ。あ~、はいはい。反省してま~す」

「絶対してないやつ!!」

「だから! そんなことしてる暇があるならあれを何とかし……」


 ブモォォォォォ!!!


「「ひぃっ!!」」

「と、とにかく! あなた、あれを何とかなさいませ!!」

「あたしですか? それよりも、ご自慢の固有魔術を使えばよろしいのでは?」

「それができたら苦労しませんわ!!」

「そうだそうだ! ボクたちの攻撃なんて、全然利かなかったんぞ!? そんな奴相手にボクたちにどうしろと!?」

「……ハァ。役に立たな……使えない」

「言い直してもっとひどい言葉を述べてません!?」

「……さぁ?」

「いや、絶対言いましたわよ!? 今あなた、あたくしのこと使えないだとか確実に言って……」

「あの……喋ってる暇がおありなら、何か作戦考えていただけません? 使えナカリーラ様」

「だから! 使えないにあたくしの名前をくっつけるじゃねぇですわ!!」

「おいぃぃぃ!! だから、今は言い争ってる場合じゃ……っ」


 ブォォォォォ!!!


「「ひぃぃぃぃぃ!!!」」

「……ハァ。こんな人たちと終わるのか~」


 できることなら、素敵な人の胸の中で眠りたかった。

 そんな淡い期待を抱いていたプルニーだったが……実は意味もなく逃げていただけではなかったりする。


「でも、もうそろそろのハズ……」


 実は彼女には1つの考えがあったのだ。

 ――それはスタート地点に戻るというポムカと同じ発想だ。


 SOS信号を上げても無駄という現状は誰が見てもわかり、ナカリーラたちの頼りない姿を見て、もう頼りになるのは教師に直接会うしかないという考えに至った彼女は、すぐさま森を抜ける方へと走り出していたのだ。


 それを知ってか知らずか付いてきたのがあの2人だった訳だが……。


 だが、それでも諦めの言葉が口に出るのも無理はない。

 ――なにせ、そろそろ余裕が無くなってきたのだから。


 巨体を巨木にぶつけながらの追撃であるためそこまで速さがある訳でもない巨大猪相手とはいえ、今までずっと走りっぱなしであったことや、そもそも小型の魔獣相手に戦闘していたこと。

 そしてこの走りづらい地での全力疾走で体力を削られてしまっていたために、足が動かなくなるのも時間の問題だったのだ。


「マズイ……本格的に足が……」

「ひぃいぃいぃぃぃ……ひぃぃぃいいぃぃぃ」

「だ、誰か……誰かあたくしを、負ぶりなさ……」


 そうして不安が募る中、ペース配分を間違えた貴族2人の足取りが弱まり始めたのを受け、「こいつらを囮にすればワンチャン助かるかも」とよぎるプルニー。


 生き残るためにはもはや手段を選んでいられないという彼女だが、実はもう一つ懸念材料があったりする。


 それは教師の不在。


 この異常事態に教師が動かないということは考えづらく、下手をしたらスタート地点である開けた場所に自分たちが出てしまうだけ、という可能性があったことだ。


 そのため2人を囮にしたところで次は自分、という可能性が拭えず、せっかくの活路も意味をなさないでいた。


「それでも……それでも、あたしは……」


 ……生きたい。

 こんな奴らの面倒を看させられただけの人生で終わりたくない。


 そんな思いからか、プルニーの脳内にあの日のことが思い出される。


 それはプルニーの父親によって勝手に決められた将来に悲観し、幼馴染の男の子に自分と一緒に逃げてと願ったあの日の夜のこと。



「その……俺も、行った方がいいと思う。家族に迷惑だってかかるだろうし、それに逃げるったって、どこに行けばいいのかもわか……」



 貴族の圧力に屈し、唯一頼りにしていた幼馴染にすら見捨てられたあの日の絶望感たるや、こいつらにはきっと一生かかってもわからないのだろうと、隣を走る貴族共を睨むプルニー。


 だからこそ、彼女はひた走るのだ。

 少なくとも最後尾はこいつらにやらせるべきだと2人の前まで全力で。


「ちょっ!? ちょっと、あなた……あた、あたくしの、ま、前に……前に立とうなど……」

「ひぃぃぃぃぃ!!! 後ろは嫌だぁぁっぁぁ!!!!」


 そうして、再び全力で走り出す3人。


 樹の幹を避け、根を飛び越え、行く手を阻むその悉くを見事に回避していく様は、もはやあの巨大猪から逃げるためだけに生きてきたと言っても過言ではない……訳ではないが、それでも先程までの鈍足が嘘のように息を吹き返していた。


 そのおかげだろうか、「ん? ……あっ! 光だ! 光が見えるぞ!! もしかして、スタート地点に戻れたんじゃないか!?」とメゴボルの声。


 見ると確かにその地面は、今いる場所と違って明るく照らされており、それだけで陰鬱とした気持ちを吹き飛ばしてくれるかのようだった。


「やった! ボクたち助かったぞ!!」

「さ、流石あたくし! 知らぬ間に戻ってくるルートを選んでましたのね!!」


 実はプルニーが選んだのだが、当の本人は「お願いします、お願いします……どうか、どうか先生のどなたかがいらっしゃいますように」と必死に祈りを捧げていたので聞いてはいないようだ。


 そうして、すべての幸運をここで全て出し切ってもいいと、全身全霊で願いをかけるプルニーを他所に「ボクが一番だ!!」と猛ダッシュするメゴボルに、「あっ、ズルいですわよ!!」とナカリーラが続くと、プルニーも勢いよく樹陰じゅいんから抜け出し光あふれる地へと足を踏み入れる。


 両手をあげながら涙も鼻水も垂らして笑顔でひた走るメゴボル。

 無駄に長いスカートの裾を持ち上げながら優雅さの欠片も無い走り方をするナカリーラ。

 そして、うつむきながら必死に願いをかけて走っていたプルニー。


 三者三葉の走り方をしながら猛追してくる猪から逃げるため、ついに森を抜けた3人。


 そんな彼らが目にしたものは……。




 ジュ~




「「「……え?」」」


 バーベキューをしていたポムカたちの姿であった。

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