忠直は慷き慨る 第七幕

「ん? ……なんだ、あなたたちか」


 美味しそうに焼けた肉を頬張りながら、森を抜けてきた相手を認めたポムカの第一声、そしてため息。


 それは紛れもなく会いたくない相手に対して向けられる所謂遺憾の意を込めたため息であり、普段の彼らならそれに対して苦言を呈するところだったのだろうが……。


「あ、あなたたち……ここで、何してますの?」


 状況が状況なだけにどうやらスルーされたようだ。


 一方、先ほどまで抱いていた恐怖心などどこ吹く風と呆気にとられた表情をしているナカリーラたち。


 確かに死に物狂いの状況を抜けるとそこはバーベキュー会場であった……ともなれば、誰だってそうはなるだろう。

 ……というか、ポムカたちもここに戻ってきた時、同様に驚いていたりするし。


「それは……って、後ろ!」

「え?」


 そんな経緯もあったからか、面倒だが説明してやろうとポムカがお肉を乗せた紙皿を折りたたみ出来そうな白色の長テーブルに置いて説明しようとしたまさにその時、彼らのもとに1匹の巨大猪が襲い掛かってくる。


 無論、先程まで彼女らを追い回していた個体だ。


「しま……っ!?」


 流石のことに足を止めてしまっていたメゴボルたちには、その猪の突進を避けられそうにない。

 もう駄目だと全員が目を瞑った、その時……。


「エル!」


 上空から声が聞こえてくる。


 何者かはわからない。

 何者かを確認している余裕がない。


 しかし、確かにそこに居た誰かがポムカのそばで肉を焼いていたフワフワ髪の少女、エルの名前を口にする。


「はいなんよ!」


 そうして、肉を焼くのに使っていたトングを持ったまま手を突き出したエル。


「グロックウォール!!」


 魔術を生み出すためにと詠唱を唱えると、突如エルたちとナカリーラたちの間を隔てる壁が地中から生まれ出る。

 ……猪たちとナカリーラたちの間ではなく、だ。


 おかげで完全に猪からの逃げ場を失ったナカリーラたちだったが、「雷式虚歩らいしきこほう堕足おちあし!!」の声とともに何かがかかと落としをしながら落下してくると、強い衝撃を放ちながら猪の頭を地面に突き刺してしまう。


「キャッ!!?」

「うぁああ?!!」


 ナカリーラたちに襲い掛かるすさまじい衝撃波。

 どうやら先ほどの壁は、その衝撃から焼いたお肉を守るための壁だったようだ。


 そうして、衝撃の終着点となっていた場所に居たナカリーラたち。

 スカートがめくり上がるほどの勢いを縮こまりながら腕を使って耐えている。


 恐怖と驚きに苛まれながらも、必死に身の安全を確保しようと努めていると、ゆっくりだが徐々に衝撃が収まっていく。


 待つこと十数秒。

 ようやく体を正せる程度には土煙も収まり始めてきたと、舞い上がった土煙にケホケホしながら何が起こったのか確めるべく視線を衝撃の発生源へと向ける3人。


 すると……土煙の奥。

 猪の頭の上に1つの何者かのシルエットが見て取れた。


「……んだよ。やっぱ、トドメをさすと小さくなりやがんな。こいつら」


 先ほどまで居た猪の遺体を検めるように衝撃波が生み出された中心点、今はだいぶ抉られて小型の穴のようになってしまっている所を覗き込む何者かが、ぼやくように呟いている。


 見ると、確かに先程まで3人を襲っていた猪は今はその体を小さいもの――即ちうり坊と呼んでも過言ではないものへと変化させており、今まで自分たちを追っていたのはいったい何だったのかという疑念を抱かせる。


 一方、その何者か(声音から男だとはわかる)は、「エル~。そろそろ捌くのも終わりにするか?」と、その事実を気にすることなくエルに何かを尋ねている。


「勿論なんよ! そのために色々、準備したんやし」

「……マジか。まだ食えんのかよ……ったく」


 そんな自身の言葉に対するエルの返事に呆れつつ、その何者かは手に持っていた包丁と思われる物で手際よく猪を捌いていると、周りを覆っていた土煙が徐々に晴れていき、ようやくその男の正体をメゴボルたちは見て取れるのであった。


「お前……ル、ルーザーっ!?」


 そこに居たのは負け犬コンビと彼らが嘲笑っていた一角、髪型が歪な男、ルーザーその人だった。


「あん?」


 メゴボルの声に反応したルーザーは3人の姿を認めると、「そういやお前ら居たな」と告げつつ、「しょうがねぇから、お前らにも肉、分けてやるよ」と今まさに解体した猪の肉を突き出している。


「い、要らんわ! そんなもん!」


 猪の血に染まった真っ赤な手ともども、汚物を見るかの如き視線を投げかけたメゴボルは、強くルーザーの厚意を拒絶する。


「そうか? なら、いいけど……」


 一方のルーザーはそんなメゴボルの視線を気にしないとばかりに解体を進めている。


「……っていうか、今のはなんだ!? なんでお前があの猪を倒せるんだ?! しかも一撃でなんて!」

「いや、普通これぐらいならできるだろ?」

「出来ないから驚いてるんだ!!」


 確かに先程、メゴボルは言っていた。

 ボクの魔術が通用しなかった、と。


 それなのにルーザーの一撃は猪を死出の旅路へ誘うほどの威力を誇り、トドメすら差していた。


 それに納得がいかないというか、理解が出来ないといった風のメゴボルだったが、ルーザーは相手にするつもりがないようで、「これぐらいならできるだろう」と言った後、すぐにポムカの所に歩いていくと「ほい。後は頼む」と猪の肉を差し出していた。


「はいはい」


 そういったポムカが掌の上で水の塊を作り上げると、その肉を綺麗に洗うかの如くジャブジャブとその肉を水の塊の中で動かし始める。


 これは洗浄の魔術。


 魔術の中でも上位に食い込むほど多くの者が習得している魔術であり、こういった使い方は勿論、服や自身の体を洗い上げるなんてこともできるため、非常に便利な魔術だったりする……のだが、当然の如くルーザーには使えないと、ポムカに頼んでいた訳だ。


 ちなみにエルも使えなかったりするが……今はいいか。


「……って、おい! ボクの話を聞いてるのか!?」


 そうして、既にルーザーの中では時の人となっていたメゴボルは、あまりの無視されっぷりに完全に呆けてしまっていたが、慌ててそんな扱いは許さないといった風に抗議する。


「え? いや、聞いてないけど?」

「そこは気を遣って聞いてると言っとけ!」

「なんでお前みたいな奴に気ぃ遣ってやんねぇといけねぇんだよ?」

「ボクが貴族だからに決まってんだろ!!」

「貴族? お前が?」

「……おい、まさかお前……ボクのこと覚えてないのか?」

「ん? あ~………………ああ」

「だから気を遣え! 嘘でいいから知ってるぐらい言え!!」


 メゴボルの抗議に「ったく、ギャーギャーギャーギャーうるせぇ奴だな」と、頭を掻きながら応えたルーザー。


「それで? 何の話だっけ?」

「だから! 何でボクたちの魔術にビクともしなかったあの猪を、お前みたいな奴の攻撃で殺せるんだって話だ! 後、猪が縮んでることも!」

「そ、そうですわ! そっちの田舎娘だって、普段は魔術を使う前に敗北する落ちこぼれのハズ! それなのに、いま完璧なタイミングで魔術を使っておりましたわ!?」


 そうしてようやく疑問点の洗い出しが終わったと2人に、「それは確かに気になるかも」とポムカの友達たるナーセル、フニン、ルーレも応えている。


 ちなみに彼女たちは今までバーベキューを堪能しており、メゴボルたちの話はほぼ聞いていなかったりする。


「何でって言われてもな~。猪の方は知らねぇし、俺の方は鍛えてるからとしか言いようが……」

「そりゃあ、ボクたちだって特訓ぐらいして……」

「なら、私から説明してあげるわ。こいつじゃきっと一生かかってもこの調子でしょうからね」


 なんと応えればいいものかといった具合に頭を悩ませていたルーザーに、助け舟を出したポムカ。


「……勿論、あなたたちのためじゃなくて、ナーセルたちのためだけど」


 最も嫌っている相手たる貴族の2人に嫌味を言うのを忘れずに。

 ……何故、嫌っているのかはいずれまた。


「何ですって!?」

「まぁまぁ、落ち着いて。今は話を聞きましょう。というか、黙っててください。役に立たナカリーラ様」

「だから! あたくしの名前に役に立たないを加えるんじゃ……!!」

「し~っ」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぅぅぅ!!!」


 プルニーのぞんざいな扱いに怒り心頭といった具合のナカリーラだが、今は気になることを聞くのが先と袖を噛むだけで耐えている。


「何があったのか知らないけど……まぁいいわ。まずはエルが魔術を使う前に負ける理由だけど……この子はね、とにかく要領が悪い生き物なの」

「はうっ!」


 先程洗浄を終えたお肉を預かり、美味しく焼こうと意気込んでいたエルは、話は聞こえていると、ポムカが口にした事実に変な声を出しながら目を瞑って恥ずかしそうにしている。


「要領が悪い?」

「そ。例えば、相手が接近してくるじゃない? それを魔術で応戦しようとした時、相手がフッとフェイントをかけて横に移動すると……途端にこの子、テンパり始めちゃう訳」


 相手を追いかけて攻撃するか、それとも避ける方に専念するべきか、はたまた更なるフェイントや動きに対応する魔術を準備するべきか。


 そう、色んなことを考えてしまい、途端に動きが鈍くなるのがエルだとポムカ。


「そして、そういう情報は当然、相手にも知れ渡っているから……完全にカモにされてるって訳」

「わかりやすく言や、相手の搦め手に弱すぎってことだな」

「がふっ!」


 ついでとばかしにルーザーまで彼女を評すると、エルはやはり変な声を出して恥ずかしがる。


「ちなみに、ほとんどの獣は直線的に動いてくるだけだし、フェイントと言ってもたかが知れてるからな」

「なるほど~。そもそも慣れてるってことと~」

「猪のような獣は単純な攻め方しかしてこないから……」

「楽で、いい」

「そゆこと」

「それで搦め手を使ってくる人間相手には連戦連敗と……」

「あう~」


 ポムカとルーザーの解説に、焼いている鉄板よりも赤く染まった顔を伏せつつも、肉を育てるのだけはやめていないエル。


 先程の言葉から察するに、エルの食に対する思いやこだわりは相当のようだ。

 ……否。そっちはどうでもいい。


 先程の言葉から察するに、エルは臨機応変というものを大の苦手としているようだ。


「そんでもって、そこの馬鹿は……」

「誰が馬鹿だ、誰が」

「あなた以外に誰がいるってのよ。私がせっかく魔術の手ほどきをしてあげてるのに、それを全く使えない癖に」

「ぐっ……さ、最近はちゃんと出来始めてる気がするっての」

「気がするだけでしょ。結果が出てないんじゃ意味無いから」


 一応の反論を試みたルーザーだったが、すぐさま論破されたことでばつが悪いと押し黙るしかないようだ。


「そして、改めてこいつだけど……こいつはね。何故か魔術の才能を身体強化に充てちゃってるのよ」

「身体強化って……」


 身体強化。

 それは魔術によって腕力や脚力、筋力などを底上げする単純にして意外と誰でも習得できるお手軽魔術。


 何故お手軽かと言われれば、それはイメージがしやすいからだ。


 魔術はマナを知覚し思い通りの姿に変質させる術だが、炎が燃えている姿を作り出せとか、何もない所から水を湧き出させろというのは意外と難しかったりする。


 しかし、筋力増強はそうではない。

 ――なにせ、比較対象が存在するからだ。


 10kgのバーベルを20kgの重さにしろと言われると難しいが、10kgのバーベルしか持てない自分が20kgのバーベルを持てるようにしろと言われたら、どうすればいいのかは単純だ。

 実際に手に持ちながら持ち上げられるようなイメージをすればいいのだから。


 だからこそ、今よりも速く走れるようにイメージするだけの脚力アップ、殴ったり蹴ったりで壁を壊したりする自分をイメージするだけの膂力アップなど、身体強化の魔術はお手軽だったりする。


「つまり、そのせいで筋力は上がってるけど、あくまでも筋力が上がってるのであって魔術での攻撃ができるようになってる訳じゃないから……」

対魔結界鎧マナリアル・アーマメントが反応しなくて~、反則負けになってるってことですか~?」


 先ほど名前が判明したたれ目の少女フニンの言葉に「そういうことよ」とポムカ。


 あくまでも魔術学校は魔術での戦闘を学ぶ場であり魔術込みの実戦形式を学ぶのならいっそのこと騎士学校や王国の近衛兵とかに志願した方がいい。

 だからこそ、実技の授業では対物結界鎧ハイリアル・アーマメントではなく、対魔結界鎧マナリアル・アーマメントが使われているのだから。


「仕方ねぇだろ? 俺ん所もエルと同じように狩りが主流の村なんだから。身体強化はうちの村の奴なら皆使えるっての」

「でも、エルっちはそうでもなさそうじゃない?」


 見るからにプニプニした体のエルからは、確かにルーザーのような引き締まった感じはしない。


「エルん所はあれだろ? 狩猟もできたけど食い物の栽培も出来てたんだろ?」

「そうやけど……ルーザー君ところは違うん?」

「ああ。俺の村はとにかく厳しい環境でよ、野菜だなんだってのは全く育たねぇんだ。だから狩りしかできやしねぇ。しかも猟場はだいたい森ん中ってんで、魔術なんて使ったら森が禿げちまうから、魔術での戦闘なんてやる訳にはいかねぇんだよ」


 もしも魔術で森が傷つき野生の獣が住める環境でなくなってしまえば、狩りが出来なくなってしまうから、とも。


「それなら確かに身体強化を極めるのも当然だけど……そもそも、何でそんな所に住んでるのよ?」

「さぁ? それは知らねぇ。興味なかったし。そういうもんだと思ってたからな」


 そもそも、今自分が住んでいる町が出来た由来など知っている者の方が少ないだろう。


「そう。……まぁ、そういう訳で、こいつらにとってはこっちの方が得意だから……」

「大活躍なんですね~」

「そういうこと」

「それじゃあ、ルザっちやエルっちって、弱いって訳じゃ……」

「だから言ってんだろ? 最弱コンビじゃねぇ……最下位コンビだってな!」

「だとしても、胸を張っていいことじゃないからね……」


 ルーザーの言葉に呆れ気味のポムカ。


 しかし、もう既に何度も聞いた言葉なので、これ以上ツッコんで指摘するつもりはなさそうだ。


「ちなみに、おかげで魔術の授業ばっかじゃ腕がなまるとか言って、エルと一緒に魔獣退治とかさせられてたから、私は猪の解体とかできてた訳」

「えっ?! ポムっちたち、魔獣退治したことあるの?!」

「まぁね」


 実は魔獣はその成り立ち故に、いくら討伐してもオドに異常が起きてしまえばまた魔獣化してしまって害獣と化し、それを討伐してもまたと、いたちごっこになりかねず、その度に人を派遣したり褒賞などを出したりするとすぐに資産が枯渇してしまうので、十三騎族ぐらいしかまともに兵士を出してくれず、それ以外の貴族たちは兵力不足や資金不足を理由に自分に被害が出ない限りは討伐しようともしないと、領民は困っていたりする。


 そこでギルドという、所謂腕自慢の人間に報酬を渡す代わりに依頼をこなしてもらいたい人の仲介をする施設にて、常日頃から大量の魔獣討伐依頼が出されており、ルーザーたちはそれを日々こなしていたのだった。


 ちなみに魔獣討伐はその性質故に報酬が少ないと、基本的に誰もやりたがらないのだが……


「そりゃな。やっぱ実戦でしか味わえない感覚ってのがあんだから。早いうちに経験してた方がいいっての」


 ルーザーの目的は報酬ではなく、ポムカやエルに実戦を経験させ、戦いというものに慣れさせることにあるので、別に気にしていない訳だ。


「それはわかるんよ」


 ルーザーの言葉に意気投合する最下位コンビを他所に、ため息交じりに肩を落とすポムカ。


「……本当、最初は大変だったんだから。対物結界鎧ハイリアル・アーマメント無しの戦闘とかは勿論だけど、討伐した魔獣の解体作業とかもやらせてくるし。いつか食料に困るような時に役に立つからって。おかげで飛び出してくる臓器とかはもう慣れちゃったけど……」


 ちなみに魔獣とは、体内のマナ――即ち、オドの影響で急成長したとも言うべき存在なので、大方普通の獣と同様の扱いで食しても問題は無かったりする。


 ただ、体の肥大化によって普段食べないものを食べたりするので注意は必要と、体内の構造をしっかり把握させるべく、わざわざ解体作業をやらせていたのがルーザーな訳だ。


「それは……」

「ご愁傷、様」

「でも、実際やっといて良かったろ?」


 聞けば顔を引きつらせるような仕打ちをさせていた張本人こと、笑顔で言うルーザー。


 その顔に少しの苛立ちを覚えたものの、確かにルーザーの言う通り、此度の事件ではその特訓の成果からかポムカは冷静さを失わずに行動できており、彼女自身それは自覚していた。


「はいはい、その通りね。……ったく」


 そのため憎々しいといった思いを肉に対してしかぶつけられないと、美味しくエルが焼いたお肉を横取りしつつ、その味に舌つづみを打つことしかできないのであった。


「あっ! それ、オラが育てたお肉……」

「スゴイ美味しいわ。ありがとう」

「あう~」


 一方でついでに言えばとまたポムカ。

 これこそが自分がルーザーたちとは違うチームでこの課外授業に参加した理由とも語る。


「そうなの?」

「ええ。勿論、あなたたちが心配だったってこともあるけど……」


 重要なのはこの課外授業のポイント取得のルール。

 チームでの活動を認められているが、それ故メンバーが少ない程ポイントがもらえるというルールでもあるため、現状0ポイントであろう2人とチームを組むより、2人だけのチームにしておいた方がより多く稼げるだろうと考えたためだ。


 なにせ、こういう方が2人は得意なのだから、わざわざ自分やナーセルたちと一緒になる必要がないと。


「ま、私はポイント結構稼いでいるしね」

「そりゃ、実技の授業始まってから一度も負けなしのポムっちだもんね」

「なる、ほど」

「でも~、だからポムちゃんは~、すごい冷静だったんですね~」

「ええ、そう……」

「……フ、フハハハハハ!! アーッハッハッハッ! そうかそうか!! それは良いことを聞いたぞ!」


 ポムカの話を聞き終えると、何故か高笑いを始めたメゴボル。


「あん?」

「どうしたの急に? 元々おかしかった頭がついにイカれた?」

「お前はいつもいつもつかかって来るなぁ?! ……だが、今はいい。許してやろう。なにせ、今のボクは気分がいいからな」


 ポムカの辛辣な言葉にも、何故か明るい笑顔を見せたメゴボル。


 流石のその異様さには、ポムカも「は?」としか言えないでいる。


「つまり、だ! 貴様がいればボクたちはもう安全ということなんだろう?」

「まぁ、あの程度なら雑魚だわな」

「ならば! 貴様にこのボクを守る栄誉をくれてやる! いや、いっそのことボクの従者として使ってやろう! 万年最下位の貴様には過ぎた褒美だろうが背に腹は代えられん、ありがたく受け取るがい……」

「嫌だよ、面倒くさい」

「なっ!?」


 偉そうオブザイヤー大賞のメゴボルの言葉を一蹴するルーザー。

 その顔は心底嫌だという顔だ。


 流石にそれは看過できないとメゴボル。


「貴様! 誰に向かってそんな態度をとってると思ってるんだ?! このボクはバンタルキア十三騎族が一人、ユーゲントラール様の血を受け継ぎし、ノーベンテラール家の麗しき5男……」

「湯気虎? ……なにそれ? 風呂にいる虎かなにかか?」

「なっ!? き、貴様……まさかバンタルキア十三騎族、ユーゲントラール・フルエティス様を知らんのか?」

「ユーゲントラールねぇ? ……まぁ、確かになんか聞いたことあっけど……何だったかな?」

「いや、あのお方の名前をうろ覚えとか、その時点でおかしいんだが……」


 本気で信じられないといった様子のメゴボルを見て、「そうなの?」とポムカに問うルーザー。


「当たり前でしょ……流石に分家の分際で偉そうにしてるメゴボルのことは知らないにしても、バンタルキア十三騎族は知っておきなさいよ。っていうか、歴史の座学でも習ったハズでしょ」

「……さぁ? あの時は退学がどうので必死だったしな~」

「あなたねぇ……」

「おい! 分家の分際とはなんだ! 分家の分際とは!」

「何? 私、何か間違ったこと言った?」

「……い、いや、間違ってる訳ではないが……」


 そうして、メゴボルをやり込めたポムカだったが、不意に変な表情で顔を伏せるエルの姿を視界に捉える。


「……」

「……ねぇ、エル? まさかとは思うけど……あなたも知らない訳じゃないわよね?」

「ぎゅえっ!? ……も、もちろん知ってっと!! あ、あれじゃい?! その……ユ、ユゲトランプじゃま!!」

「方言出てるし、ユーゲントラール様だし、方言出てる時はあなたがとんでもなくテンパってる時だって私知ってるし、結果あなたも知らないってことが理解出来ちゃったし」

「がふっ?!」


 早口で理詰められたエル。

 完全に言い逃れはできないといった具合に顔を伏せてしまうのだった。


「……ハァ。これだからド田舎組は……」


 心底頭が痛いといった様子のポムカは、今後使われてしまうであろう2人の呼び名を口にしつつ、後で教えないといけないことが増えたとため息を吐くのであった。


「……な、なんにせよだ! たとえ知らなくてもボクが貴族に変わりはないんだ! 大人しくボクの言うことを聞……」

「そいっ」

「け……ぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええっ!?」


 ルーザーがバンタルキア十三騎族を知っていようがこの際どうでもいいと、とにかく自分の言うことを聞くよう迫るメゴボル。


 しかし、流石に相手するのが面倒になったのか、彼の頭を鷲掴みにしたルーザーはそのままメゴボルを森へと放り投げてしまう。


「……ぉぉぉぉおおおおいいいいいい!!! 何するんだ貴様はぁ!!!」


 全力疾走で森から戻ってくるメゴボル。


 さっきまでの疲れはどこ吹く風と全速力で戻ってきた彼は、息を切らしながらもルーザーへの批判は忘れない。


「だってお前、うるせぇから」

「う、うるせぇとは何だ! うるせぇとは! ボクが貴様を使ってやると言ってるのに、貴様が首を縦に振ら……」

「そいっ」

「ない……って! だぁぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 再び投げ捨てられるメゴボル。

 その様を見てナーセル。


「そもそも、よく片手で人投げられるね……」

「だから言ったでしょ? 身体強化に魔術の才を全ブリしてるって」

「「「なるほど……」」」


 ルーザーへの疑問を口にするも、ポムカの解説によって確かにこれなら魔術が苦手でも強いハズだと得心がいったようだった。


「……ぉぉぉぉお前ぇぇぇ! 1度ならず2度までも!」


 再び全力疾走で戻ってきたメゴボル。


 投げ飛ばされたはずなのに、ノーダメージなのはまだ壊されていないであろう対物結界鎧ハイリアル・アーマメントのおかげか、それとも……って、どうでもいいか。


「もう許さんぞ! 今度帰ったらお前を……」

「俺を? 何だって?」

「……あ、いや、なんでもないです、ごめんなさい。だからボクを本気で森の奥まで投げ飛ばそうとしないでぇぇぇ!!!」


 怒り心頭と言った具合でルーザーに詰め寄ったメゴボルだったが、再び自分の頭を鷲掴みにしながら今度はグルングルンと遠心力だよりの遠投をされそうになったことで諦めることを誓うのであった。


「初めからそう言ってりゃいいんだよ。面倒臭ぇ奴だな、お前」

「くうぅぅ……」


 背に腹は代えられないというか、本気のルーザーには勝てそうにないというか、そもそも自分の攻撃を難なくはねのけた猪を一撃で仕留めた相手に敵うわけないと流石に諦めざるを得なかったメゴボルは、唯一いま自分にできることと地面を睨みつけながら唸っている。


「絶対……絶対、思い知らせてやるんだからな……」


 そうして、何とか絞り出した声ではあったが……。



 それは完全に小声であった。

 物凄い小声であったのだった。



 自身のプライドは守りたいが、決して勝てないと自覚させられた相手に聞こえて欲しくない。


 そんな感情がないまぜの結果、とんでもない小声での文句しか口にできなかったのであった。


「……っていうか、お前、何か変な匂いしねぇ?」


 そんなメゴボルに対して、不意に何かを気付いたルーザー。

 くんくんと鼻を動かし匂いを嗅ぐルーザーはその正体に気付いてしまう。


「もしかして、お前……漏らした?」

「なぅ!?」


 ルーザーの言葉に慌てて手で股間周りを隠すメゴボル。

 確かによく見ると股間周りにはしっかりとしたシミが出来ており、漏らした跡が見て取れる。


「ち、違っ!? これは、その……」

「うわ……」

「こ、こいつのせいだからな!? こいつが急に投げたりするから、不意に出ちゃっただけで!!」


 必死に言い訳するも結局出たんじゃねぇかと女子たちからの心証は最悪なようで、全員が全員メゴボルから距離を置いている。


 そうして、散々恥をかかされたメゴボルは、頭の中に色々な想い――貴族としての威厳。それをルーザーに粉々にされた事実。そもそも漏らしちゃった為体ていたらくなど――を駆け巡らせるが、結局どうにもできないと全てを諦めたのか、意気消沈しながら少し離れた場所まで歩いていくと、シクシク涙をこらえつつ「違うもん。ボク、貴族だもん」と何が言いたいのかわからないことを呟きながら、膝を抱えていじけてしまうのであった。


「……オ、オーッホッホッホ!! み、みっともないことこの上ないですわね、メゴボル」


 そんなメゴボルの振る舞いを見て今まで聞き手に回っていたナカリーラが、メゴボルを貶められるチャンスと罵倒を始め、落ち込んでいるメゴボルに追い打ちをかける。


 流石はメゴボルを一番理解している相手、今が攻め時だとわかったのだろう。


 しかし、今までジッと熱っぽい視線でルーザーを見ていたプルニーが、このナカリーラの振る舞いに違和感を覚える。


 そう。

 曲がりなりにも彼女はナカリーラの従者。


 彼女の振る舞いは嫌と言うほど見せつけられてきていたがために、この振る舞いには違和感を抱いたのだった。


「普段、他人を罵倒するのに何の躊躇もないこいつにしてはちょっと勢いが弱い……?」


 じっくりとナカリーラを観察するプルニー。

 すると、ナカリーラが何故か、皆から距離を取るような動きを見せていることに気付く。


 特にルーザーから距離を置いていることに気付いたことで、「……もしかして」とプルニーは高笑いしているナカリーラの後ろに回ると、「ちょっと失礼」と勢いよくスカートをめくりあげる。


「……え?」


 突然のことに時が止まるナカリーラ。


 そして、そんな彼女のパンツを見たであろうプルニーは一言。


「……あ~。あなたも漏らしてるじゃないですか、これ」

「……」

「よくそれで他人の事、笑えましたね。パンツの中黄色ナカキイロ様」

「……」

「「「……」」」


 笑っていた顔が凍り付くナカリーラ。

 メゴボル同様、彼女にも弁明する術は持ち合わせてはいないよう。


 そんな彼女をやや同情した表情で見るポムカたち。


 その温かくも冷ややかな視線を受け、ゆっくりとしかし着実に涙目になっていくナカリーラは、やがてメゴボルと共に膝を抱えながら「……違うもん。これは黄色い汗だもん」といじけるように丸まってしまうのであった。 


「……えっと、大丈夫なの? そんなことしちゃって……」


 一方、プルニーの振る舞いを心配するポムカ。


 確かに知らない人から見たら貴族を貶めた従者ということになるので、彼女のこの先の身の安全は気がかりだろう。


 しかし、「別に構わないわ」とプルニー。


「もう全部、捨てることにしたから。だって、ピンチの時に助けてくれるどころか囮になれとか言う人よ? どっちにしたって終わりなら、せめてこいつらに一矢報いたかったから」

「そ、そう……」


 そうして、全てを捨てると決めた子は強いなと思うポムカは、「何かあったら相談してね。もしかしたら助けられるかも知れな……」と彼女に助け舟を出そうとしたのだが……。


「……それよりも! よ!」

「おうっ!?」

「あたしはきっと、あなた様と出会うために魔術学校に入ったのね!!」


 一方の彼女。

 これから先、どんな状況になるのかわからないのに悲観することなく逆に明るい笑顔を見せると、突如としてルーザーに抱き着いてしまう。


 その振る舞いに驚くルーザーだったが、それ以上にエルとポムカが驚いた表情を見せている。


「なっ!?」

「え、ええ、ええっ!?」

「ああ! ルーザー様ぁ~! このたくましいお体! あの化け物を倒したその強さ! そして、貴族どもすらやり込める精神力! どれをとっても素敵です~!!!」

「お、おう、そうか……」


 突然の豹変ぶりにルーザーは戸惑うものの、それでも大した変化は見せずに立ち尽くしている。


 こういう状況に慣れているのか、それともそういった類のことに興味が無いのかはわからないが。


「あ、あああの、あのあ、あの!! そ、そそそ、そういうんはよくないんやなかな!? ル、ルーザー君やってお、驚いてかってっし!!」

「エルちゃん、ちょっと、落ち着こう?」


 しかし、一方のエル。


 全て吹っ切ったとの言葉を体現するかのように振る舞うプルニーに意表を突かれたことで、完全にテンパってしまっていた。


 そんなエルをルーレが落ち着かせようとしている中、一方のポムカはプルニーに近付くと「とりあえず、離れなさい? こいつには、まだ森中の猪を狩るって仕事があるんだから? ね?」と笑顔なのに顔が笑っていないという状態で、プルニーの肩をがっしり掴んで引き離そうとしていた。


「ちょっと! 何!? 引っ張らないで! あたしとルーザー様を引き離そうとしないで!!」

「っていうか、いつの間に俺にそんな使命が!?」

「どうせできるでしょ?! あなたなら!」

「……まぁ、できなくはねぇけど……」

「流石はルーザー様! 一生ついていきます~」

「いいから! ついていかなくてはいいから! 邪魔になるだけだから! 足手まといは要らないから!」

「何でそれをあなたが決めるのよ! それはルーザー様のご判断次第でしょ!?」

「まぁ、確かにそう……」

「あなたは黙ってて!!」

「何でぇ!?」


 そうして、訳がわからないといった様子のルーザーに、何とか引きはがそうとしているポムカ。

 そして、それでも離れてなるものかとくっついて離れないプルニー。


 その様子を見て、「面白くなってきた」と微笑むナーセルに、「もう~、ポムちゃんは~、素直じゃないんですから~」と優しく見つめるフニン、そして「応援、するよ、ポム」と小さく両手で握り拳を作って念を送るルーレと3人は三者三葉の反応を見せている。


 エルは今もなお、どうするべきかとテンパっており、こうして、ルーザーを巡る何かが勃発しそうな矢先……。


「……お前たち! 無事だったのか!」


 突如聞こえてきた声によって、その和やかな雰囲気は終わりを迎えたのであった。


「先生?」


 その声に皆が皆(メゴボル、ナカリーラ除く)そちらを見やると、そこには最初にルール説明をしていた教師クゴットの姿があり、そのボロボロの様相を呈していた彼の姿を認めた全員はその姿に驚きの様相を見せていた(メゴボル、ナカリーラ、ルーザー除く)。


「どうしたんですか!? そのお怪我!」

「ああ……ちょっと隙をつかれてな」


 その姿を見るに、どうやら巨大化した木の根っこに叩きつけられた後、何とか無事でいられたようだ。


「突然、教師全員があの樹の根っこみたいな物に空まで持ち上げられてな。そうかと思えば今度はすぐさま地面に叩きつけられそうになって……咄嗟に対物結界鎧ハイリアル・アーマメントを付与したおかげで俺を含め教師全員無事だったんだが……今の今まで根っこの下敷きになっててな。今まさに何とか這い出てこれたって訳だ」


 クゴットが指さした所にあった最も大きな樹。


 その根っこが動いたという事実に皆(メゴボル、ナカリーラ、ルーザー除く)驚きを隠せておらず、あんなものの根っこが動いたりするのかと恐怖心を抱かざるを得なかった。


「他の皆さんは今……」

「勿論、他の奴らも無事に這い出てこれたさ。ただ、何人かの奴らは重症でな。動ける奴らだけでも、こうして森の外に出てきた生徒がいないか見て回って……ぐっ!」

「先生!」


 右腕を抑えながら膝をついてしまうクゴット。


 流石は魔術に精通している者なだけあってあの危機を乗り越えたようだが、完全に無傷という訳にもいかなかったようで、クゴットの腕は痛々しいほどの血が噴き出していた。


「今、治療、します」

「すまない……」

「だらしねぇな。根っこの攻撃程度で教師がそのザマなんてよ」


 クゴットの治療をしているルーレを他所に、肉を食いながらクゴットを蔑むルーザー。


「……あ。それ……オラの……」

「ちょっと! あなたねぇ」

「だってそうだろう? 俺たちをこんな所に連れてきやがった奴らがそのザマじゃ、何かあった時どうすんだって話じゃねぇか」


 確かにルーザーの言うように、頼みの綱である教師陣が何ともできないことが起こっている場所に連れてこられるというのは、酷く恐ろしい話ではある。


 それが理解できてしまっているからこそポムカも「それはそうだけど……」としか言えない様子。


「それ……オラの肉……」

「不甲斐ない話だが、全くもってお前の言う通りだよ……って、さっきから何食ってんだ?」

「何って……狩った猪の肉だけど?」

「しかも、オラが育ててたやつ……」

「いや、たぶんそうなんだろうとは思ったが……何でわざわざ討伐した猪をって話で……」


 ルーザーが解体した猪の残骸を尻目に当然の疑問を投げかけるクゴット。


 それにルーザーは、「どうせ狩るなら、ついで食っちまった方が無駄にならなくていいって、エルがな」とエルに話のバトンを渡す。


「なるほど……この元凶はあなたと」

「そ、それはその……ほ、ほら! 魔獣とはいえ、そのまま放置するんもあれやろ? やから……」


 そうしてポムカにジトっとした目で見つめられたエルは、下手なことを言えば怒られかねないと冷や汗を掻きつつ、何とか正論っぽい言葉を口にする。


 それには「あれって……」と何か言いたげなポムカであったが、一方でクゴットは理解したのか、それとも一生理解できないと諦めたのか、「そ、そうか……」と一言だけ告げていた。


「……でも、これってやっぱり先生たちも知らないことなんですね」

「ああ。俺たちも突然のことで驚いてる。だからこそ、こんな怪我するほど油断した訳だが……」

「……なに?」


 ポムカとクゴットの何気ない会話を聞いて少し様子が変わるルーザー。


「これ、学校の試験じゃねぇのかよ」

「ああ、俺たちも聞き及んでいなかったことだ。実際、首謀者と思しき1人の男とも邂逅したしな」

「1人の男、だと?」

「もしかしたら共犯者がいるかもしれないが……」

「そういえばルザっちたち、最初の集合の時いなかったから、もしかしてこれも試験の一環だって思ってた系?」

「……あ、ああ。魔術学校の授業ってここまでやんだなって、来た時エルと驚いてたぐらいだ」


 伸びた様を見ていないのならそう勘違いするのも無理は無い。


 だが、その話を聞いてこの事態の真実を知ったルーザーは、何を思っているのか、ジッと森の中を見続けている。


 一方で、「そういえば……そもそもあなたたち、何で遅れて来たのよ?」とポムカ。


 確かにそれは気になると全員がエルに視線を向ける。


「そ、それはその……オラが村で使ってた調味料がどこにもないんやって、ずっと探してて……」


 そんなエルのまさかの答えに、「なにしてんのよ、本当に……」と呆れるしかないとポムカ。


「し、仕方ないんよ! 冷蔵庫ないないやから、朝市で買わんといかんやったし……」

「まずここでバーベキューするって発想を止めなさい」

「で、でも、それだと無駄な殺生に……」

「だとしたら、魔獣狩りに行く度に狩った獣を食べてこなかったのは何でよ?」

「えっ?! そ、それはその……」

「……ハァ。どうせ、ここの魔獣が猪由来だって聞いて、田舎で食べてた猪肉が久々に食べたくなったとかなんじゃないの?」

「がっ!?」


 流石はエルと付き合いが長いだけはあるポムカ。

 100点満点ともいうべき真実を口にされたことで、エルは変な声を出すことしかできないでいる。


「やっぱり……。あなたって子は……」

「あ、あはは~。ポ、ポムちゃんは、名探偵さんやな~」

「ハァ……」


 ポムカとエルの他愛ないやり取り。


 しかしそれをルーザーは聞いていない。


 代わりに彼が聞いていたのは……森の中のこえだった。


 雄叫びが聞こえる。

 これは大きい獣のものだ。


 悲鳴が聞こえる。

 これはか弱い人間だろう。


 かすかに、でも確かに聞こえてくる音に耳を傾け続けていたルーザー。


「……中で教師どもが助けてんのならいいかと思ってたけど……そうじゃ、なかったんだな」


 道理で悲鳴がやまない訳だと心の中で思うルーザー。


 エルの実力を考えて、悲鳴が収まるまで(即ち、魔獣の数が減るまで)は森の外近くで活動しようと思っていたことは間違いではなかったが、彼の中の何かにとってはそうではなかったようで、「どうやら、お前の言う通りにするべきみたいだな」とポムカに告げたルーザーは、食べていた肉を使っていた箸ごとエルの口の中に突っ込むと、「ちょっと行ってくる」という言葉を残して森に向かって走り出してしまう。


「ふごっ!?」

「え? 行くって……ちょっと?!」

「すぐ戻る!」


 慌ててついて行こうとしたポムカ(とプルニー)だったが、身体強化に魔術の才を振り切ってる男の軽いジャンプに追い付ける訳も無く、ひとっ飛びで森の中へと入ってしまったルーザーをすぐに見失ってしまうのであった。


「ルーザー様ぁ!」

「なによ、あいつ急に……」


 確かに急にとは思うもの、実はこれは決して急なことではなかったりする。


 なにせ、これは昔からそうなのだから。


 そう。

 これは彼の血が騒ぎだしてしまっただけのこと。


 あの頃の……。

 あの時の……。


 世界を救おうとした訳ではなく、ただ黙って見ていられなかったという理由で世界を救ってしまった勇者と呼ばれた頃の血が、騒ぎ出してしまっただけのことなのだから。


「……まぁ、実際あいつの前じゃ私たちは足手まといだから、ついて行ってもしょうがないんだけど」

「ルーザー様ぁ……」

「あなたも諦めなさい」

「うぅ……」


 ついて行こうとしていたプルニーを引き留めつつも置いて行かれたことにどこか不満げのポムカだったが、すぐさま考えを改めると、「ま、私たちは私たちのできることをしましょ」と告げ上空に向かって魔術を放つ。


「ん~? 何してるんですか~?」

「皆も手伝って。こうしてれば、森の中の子たちの目印になるかもでしょ?」

「なる、ほど」

「そういうことでしたら~!」

「……ウマウマなんよ~」

「あなたも手伝いなさい」

「はうっ!」


 自分が焼いたお肉の味に満足いったという様子のエルから箸を奪い去ったポムカ。


 そうして、仕方なく魔術を行使し始めたエルを尻目にクゴット。


「……なら、俺は森の出口付近で待機していよう。こっちに来ようという生徒たちが魔獣に襲われたままであれば問題だからな」


 ルーレに治療してもらって傷はだいぶふさがったとはいえ、痛みだけは残ってしまっている体に鞭打って立ち上がったクゴット。


 不平は述べつつ、一応教師としての仕事は全うしようという気はあるようだ。


「……ほら~! メゴっちとナカっちも手伝って~」


 一方、ナーセルは膝を抱えて落ち込んでいたおもらしコンビに声をかけている。

 より魔術の音を響かせるには手が多いに越したことは無いのだから当然だろう。


 しかし、未だに現実には戻ってきていない2人には何を言っても無駄のようで、「ボクは貴族……ボクは貴族……」「パンツの中黄色ナカキイロ……パンツの中黄色ナカキイロ……」と虚ろな目でブツブツと言うだけで役には立たなさそうだった。


 仕方ないからそいつらはもう諦めようというポムカの言葉に、やれやれといった表情のナーセルは2人を諦め、ポムカたち同様魔術を放ちながら「こっちは安全だよ~!!」と大きな声を出して、まだ森の中を彷徨う生徒たちに安全地帯の存在を知らせ始めるのであった。

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